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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第4章 逢えない人を想うバラード

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第6話 少女の夢の潰える時

 再びドレスに着替えて中庭に戻ると、先に来ていたチイト君がヤマタナカ嬢と話し込んでいた。ヤマタナカ嬢はなにやら困ったような顔をしている。さては……


「また、ユキちゃんを引き取れなんて話をしているのではないでしょうね?」

「あんなの人身売買じゃないか。ユウさんは女の子が買われていくのを見過ごすのか?」


 チイト君は人身売買が許せないという。確かに彼の言うとおり、スケノベ桃爵のしていることは事実上の人身売買だろう。だけど、チイト君は人身売買という行為にアレルギー反応を示しているだけで、ユキちゃんの将来を考慮していないように思える。


「人身売買の是非はさておき、ユキちゃんはまともな職業訓練も受けていません。桃爵はメイドとして教育してくれますし、働き口も紹介してくれるそうです」

「そんなの奴隷と変わらないじゃないか」


 本人の意思を無視して無理やり働かせるなんて奴隷も同然。人には自分の人生を自由に選ぶ権利があると、わたしがまだ優であった頃に耳にしたような台詞をチイト君が高らかに述べる。だけど、ユキちゃんに「君は自由だ」と言うのは、「勝手にしろ」と放り出すのとどこが違うというのだろう。


「無職として日銭を稼いでいくのにだって何某かの職能は必要なんですよ。バンチョウ君がダメなら、経済的に自立させるしかないでしょう」

「だから自分を売り払えっていうのか。そんな人生のどこに生きている価値があるんだ?」


 奴隷にされて生きていくくらいなら死んだ方がマシだとチイト君は偉そうに宣った。

 死んだこともないくせに……


「自分の人生観を他人に押し付けるものではありません。この一件はわたしが任されました。ヤマタナカ嬢も口出しは無用に願います」


 チイト君ではなく、ヤマタナカ嬢に余計なことをしないよう釘を刺しておく。これで彼になにを言われても断る口実ができただろう。ヤマタナカ嬢の仕事はチイト君をチヤホヤしてこの国に留めておくことだから、あれもダメ、これもダメというわけにもいかない。

 たんぽぽ爵に口を挟むなと言い渡された王女様は、どこかほっとしたような苦笑いを浮かべていた。


「あ~、やられた、やられた。【鉄棍鬼】といい、たんぽぽ爵といい、こんなのが野に転がっているなんて、世の中は広いねぇ」


 チイト君を黙らせたところで、体の痺れが取れずミドリさんに着替えを手伝ってもらっていたマコト教官が中庭に戻ってきた。恥ずかしい姿を晒してしまったよとヤマタナカ嬢に結果を伝える。


「マコト姉様が敵わないほどですか?」

「あんな魔法の使い方をしてきた相手は初めてだ。たんぽぽ爵は底が知れない」


 力量を見極めてやろうと打たせた一撃を受け止めきれず、逆にノックアウトさせられてしまった。手の内を出し切らせることもできなかったと、マコト教官は恥ずかしそうに頭をかいている。


 あの一撃に耐えられてしまったら、もう金剛力を使うしか手が残っていませんよ……


 わたしが服を着たままで放てる全力攻撃。実力の知れない相手には出し惜しみせず先手必勝でこちらの攻撃を叩きつけ、通用しないようなら土下座して許しを請うのが修裸のやり方だ。


「チイトはいかがでしたか?」

「話にならん。陛下の腰巾着をしていればいいものを、ミモリのバカは余計なことばかりしてくれる」


 マコト教官が口にしたミモリのバカというのは、ミモリ家の当主を指しているみたい。勇者はミモリ家が育てたと言いたいばっかりに、実戦経験が充分でない自分の娘を指南役にねじ込みやがってとブーブー文句を垂れている。


「あんたが強いことは認めるけど、カナメ師匠の稽古が無駄だったとは思わない」


 試合ではなにひとついいところを見せられず、話にならんと一刀両断にされたチイト君は面白くなさそう。ふてくされた様子で、他人の努力を無駄とか言うなとブチブチ零す。


「あいつのしたことが無駄だとは言わないさ。ただ、あんたがそれを無駄にしているとは言わせてもらうよ」

「僕のせいだっていうのか?」


 学んだことは無駄ではない。だけど、それを活かせるかどうかは本人次第。剣の使い方は様になっているけれど、結果はあのとおりだと言われたチイト君は反論できずに口ごもる。


「せいぜい、たんぽぽ爵に鍛えてもらうことだ。初陣で死にたくないならね」


 いつでも野戦訓練場に来い。盛大なシゴキで歓待してやろうと言い残し、マコト教官は中庭を後にした。今晩は奇襲を想定した抜き打ち夜間戦闘訓練をしたくなったからと、もう日も暮れるというのに今から訓練場まで戻るそうな。

 試合で負けた鬱憤をぶつけるのでなければいいのだけれど……






「チイトさんはいらっしゃらないんですか?」

「買い取られていく子のお祝いなんてできないね」


 ユキちゃんが桃爵に引き取られていくのを明日に控えて、今晩は孤児院でお別れ会が開かれる。孤児達には奉公先が決まったからと伝えてあるので、名目上はお祝いのパーティー。人身売買これすなわち悪という固定観念を持っているチイト君は、お祝いなんてできるものかと駄々をこねていた。


「好きにさせましょう。お祝いの席を壊されるよりマシです」


 わたしがいなくても日課のトレーニングをさぼらないように言いつけて王城を出る。途中で寄り道してお土産のお菓子なんかを購入しながら、ミドリさんとふたりで孤児院を訪ねた。


「甘いお菓子だ。すげ~、メガネすげ~」

「なんかでかい骨付き肉が入ってる。メガネあなどれね~」


 お土産を受け取った孤児達は相変わらずすかう太くんをベタ褒めする。

 お姉さんを褒めなさい。お姉さんを……


「ユキ姉たん。貴族様のお屋敷に上がることになったんだって~」

「いいな~。きっと、美味いもんいっぱい喰えるんだろうな~」


 奉公先が決まったお祝いだと信じて疑わない孤児達が口々に羨ましいという。中にはいなくなるのが寂しいと泣き付いている子もいたけれど、その子も最後にはおめでとうと口にした。ユキちゃんはお礼を言いながら、孤児達を一人ひとり名残惜しそうに抱きしめている。


 彼女は多分理解していると思う。このパーティーは自分を祝うためではなく、孤児達に奉公先を得ることは喜ばしいことだと教えるために開かれているのだと……


 孤児が働いて日々の糧を得られるようになることは好ましいことでなければならない。孤児達が奉公に出ることを忌避するようになってしまっては、孤児院なんて無駄だと運営する人も援助する人もいなくなってしまうだろう。

 アゲチン派の養成所にお金を出すもの好きなんてそうはいない。


 ヤマタナカ嬢のすねを齧る毎日を過ごし、それを当然のことと受け止めている勇者様には理解できなかったみたいだけれど……


「兄ちゃん遅いね~」


 孤児のひとりが呟いたのが耳に入ったのか、ユキちゃんが誰もいない席に視線を向ける。バンチョウ君のために用意された席は座る者のいないまま、料理にも手が付けられずに残されていた。


 宴もたけなわとなり、はしゃぎ疲れたちっちゃい子達がウトウトし始める。孤児達を寝かしつけてパーティーの後片付けをお手伝いしていたところ、気が付けばユキちゃんの姿が見えない。すかう太くんにレーダーを表示させてみたところ、もう夜は冷え込む季節だというのに裏庭に反応がひとつ……


 体を壊すのではと様子を見に行ったところ、ユキちゃんは誰にも知られないように声を殺してひとり泣いていた。


「そんな薄着で外に出ていたら体を壊してしまいますよ」


 わたしの声に驚いたように口元を押さえて振り向くユキちゃん。ずいぶん長いこと泣いていたのか、目を真っ赤に泣き腫らしている。


「メガネさん……」


 それはすかう太くんです。わたしではありません……


「わかってはいたんです……孤児の私がいつまでも一緒にはいられないって……」


 誰とは言わないものの、それがバンチョウ君であることは明らかだ。彼に「そういう関係じゃない」と言われた時、悲しそうに俯いたユキちゃんは、やっぱりふたりの未来を夢見ていたのだろう。いつかお別れの時がくることはわかっていたと、笑顔を作って見せる彼女の両目からは堪えきれない涙が溢れていた。


「ただ、お兄ちゃんと過ごす時間があんまり幸せだったから……あと少しだけ……もうちょっとだけ……」


 無理やり浮かべた笑顔は長続きしない。幸せな夢に包まれていたかったと漏らす唇は、いまにも泣き出してしまいそうなくらいに震えている。


「わがっでっ……いだんです……夢はいつが醒めるっで……」

「周囲に音が漏れないようにしました。我慢しなくてもいいですよ」


 ユキちゃんをそっと抱き寄せて、流動防殻に音を遮る魔法をかけて包み込む。冷たい風も防殻が防いでくれるだろう。


「あ゛あっ……うあ゛あ゛ぁぁぁっ…………」


 堰を切ったように上げられたユキちゃんの泣き声は、誰に知られることもなく夜の闇に吸い込まれていった。






 今日のお昼過ぎにはユキちゃんが引き取られていく。チイト君とミドリさんはそれぞれ授業があるのでわたしはフリーだ。いつもは図書館で時間を潰すのだけれど、今はすかう太くんのレーダーを頼りに人けのない校舎裏に来ていた。


 目的の人物は……なにやら数人の男子学生と言い争っている。近くに気の弱そうな女子学生がひとり。わたしはこっそり後ろから近づいて、女子学生をかばう様に立っていたバンチョウ君に縄をかけた。


「てめえはっ。いつもいつも邪魔しやがってっ」


 言い争っていた男子学生がここぞとばかりにバンチョウ君に殴りかかってくる。


「ぐごえぇぇぇ……」

「他人の獲物に手を出すなんてお行儀が悪いですよ」


 わたしに攻撃されるとは思っていなかったみたいで、鳩尾を狙った蹴りに自ら突っ込む形となった男子学生がお腹を押さえて地面に転がった。敵の敵が味方とは限らないのはダンジョンの常識。だから、わたしは悪くない。


「こいつ、いきなりなにを……」

「バカ、よく見ろっ。その人は貴族だぞっ」


 今日はこれからユキちゃんの見送りに行く予定なので、ドレスではなく戦装束なのだけれど、バンチョウ君よりは勉強しているらしい男子学生のひとりがわたしの身分に気が付いた。失礼しましたマダムと挨拶してコソコソと逃げていく。


「あの……その人は……」

「あなたもわたしの獲物に手を出すつもりですか?」


 自分を助けてくれたと言いたかったのであろう女子学生をガルルル……と威嚇して追っ払う。

 ごめんなさい。今は邪魔です。


「またあんたか……」

「お別れ会に顔も出さず。こんなところでヒーローごっこですか?」

「どの面さげて会いに行けってんだよ」


 ミドリさんの言ったとおり、自分はユキちゃんになにもしてやれない。キャンキャン吼えることしかできない、ただの負け犬だとバンチョウ君が自嘲めいた笑いを浮かべる。ムカついたので、顔面にパンチをくれて達観したような笑みを叩き潰してやった。


「どうせなにもできないだろうと期待なんてしていませんでしたが、せめて最後までお兄ちゃんを貫いてみせなさい」


 ひとつの夢が終わる。だけど、このまま顔を会せることもなく別れたら、ユキちゃんの「お兄ちゃんとの幸せな思い出」は、「お兄ちゃんに捨てられた過去」になってしまうだろう。少女の夢を叶えてあげられないのは仕方がない。でも、彼女から逃げることはわたしが許さない。


「負け犬の無様な姿を晒せってか?」

「そのとおりです。負け犬らしく土下座でもして許しを請いなさい。カッコつけた振りをして見捨てることは許しません」


 このままでいたら、バンチョウ君はどんな言い訳で自分を納得させるだろう。


 なにもできない自分には彼女の前に出る資格がない?

 それとも、自分では彼女を幸せにしてやれない?


 そんな斜に構えた言い訳なんてさせない。自分の努力が足りなかったからユキちゃんはスケノベ桃爵に引き取られていくのだと、骨の髄にまで刻み込むべきなのだ。敗者には屈辱こそがふさわしい。


「自分の足で歩いていくか、縄で引き摺られていくかは選ばせてあげます」

「…………あんたに連れて行ってもらう必要はない」


 バンチョウ君は覚悟を決めたみたい。縄を解いて立ち上がると、用意するものがあるから自分で行くという。


「ひとつ伝えておきます……」


 ユキちゃんのこれから。桃メイドのことをバンチョウ君に聞かせておく。彼女の純潔は桃爵の手で散らされるだろう。知らなかったとは言わせないし、楽観的な希望にも縋らせない。

 すべてを飲み込んだうえで、彼女に伝える言葉を選ぶといい……


「そうか……」


 バンチョウ君はそれだけ呟くと、わたしの前から足早に歩み去った。


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