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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第4章 逢えない人を想うバラード

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第5話 修裸の一撃

「お待ちしてましたわ。3人とも、もうハシモリこう爵とはお会いになっていて?」


 鋼爵というのは武官職に付随する爵位で宝位と呼ばれるもののひとつ。文官職の花位に相当する。


「訓練場でお会いしています。挨拶もロクに交わしませんでしたが……」

「ああ、訓練コースでベソかいてる使えない奴が勇者だとは思わなかったよ」


 この女性教官はハシモリ・マコトといって、今現在王国軍のトップにいるハシモリ上将軍の娘さん。ヤマタナカ嬢が幼かった頃に遊び相手を務めてくれたお姉さん的な女性だそうな。


「剣は相当使えるとカナメからは聞いていたのですが?」

「カナメってミモリ家の? 使えない奴が使えない奴にした評価なんてアテにしなさんな」


 マコト教官に言わせれば、カナメ師匠も使えない奴に分類されてしまうみたい。実際、ガーゴイル相手には役に立たなかったのだから、その評価は正しいとも言える。


「カナメ師匠は衛士隊の中でも上位の剣の使い手だって……」

「衛士隊って……あいつらはエリートを自称しているけど、実態は儀仗兵だよ。強いのはルールの決まった試合の中だけさ」


 師匠は強かったと主張するチイト君に、それは剣術試合の話であって野戦なんかさせられたものじゃない。自分の訓練した部隊なら、同数の衛士隊なんか10回戦って10回殲滅できるとマコト教官は肩をすくめた。おそらく本当にできるだろう。チイト君の鍛えられ方をみれば、衛士隊が剣術試合に特化し過ぎていることがわかる。


「たんぽぽ爵から見て、チイトはいかがですか?」

「武器を持った人族と1対1で戦う訓練を積んでいるように見受けられますね」

「実戦じゃ犬より役に立たないって、はっきり言ってやんなよ」


 チイト君が役立たず認定されては困るので遠回しな表現を使ってみたのだけど、マコト教官はすべてお見通しだった。


「よくもまぁ、せっかくの勇者をここまで役立たずに仕立てげてくれたもんだ。なんで私に内緒であんな女に任せたんだい?」

「お兄様がミモリ家の当主から推されたと……」


 どうやらカナメ師匠とフウリちゃんは、ヤマタナカ嬢のふたりのお兄さんから押し付けられた指南役であったみたい。立場上、断ることは許されなかったそうな。ダンジョンでの顛末――示し合わせておいた作り話――を聞き終えたマコト教官は、ひとつ鼻を鳴らすと酷薄そうな薄ら笑いを浮かべた。


「つまり、名誉を守ってやらないといけないような死に様を晒したってことだね。ざまぁない」

「なっ……そんな言い方はないだろっ!」

「敵を道連れになんてのはね、やろうと思ってできるほど簡単なことじゃないんだよ」


 あらかじめ自分もろとも相手を吹き飛ばすような爆弾でも用意していない限り、成功することはほとんどない。絶望的な状況に陥ってから覚悟を決めたところで、もう体が満足に動いてはくれないのだ。根性論が通用するほど実戦は甘くない。本当のところをチイト君の口から説明しろとマコト教官が命じる。


「カナメ師匠は【鉄棍鬼】に…………」


 しぶしぶとチイト君が重たそうに口を開いて、ダンジョンで実際にあったことを語った。


「ふんっ。実より名を取ったミモリらしい無様な最期だ。ナナシーはいい仕事をしたねぇ」

「あんたっ。さっきから亡くなった人をなんだと思って――」

「負け犬さ。それ以外になにがある」


 嘘だと思う。マコト教官は亡くなったふたりを教材だと思っているに違いない。必要以上にチイト君を挑発してなにかをさせようとしている。あえて恨まれるようなことをするあたり、この女性は根っからの教官みたい。


「役に立たない無能を始末してくれた【鉄棍鬼】に、ちゃんと褒美は取らせたんだろうね?」

「味方の命をなんだと思ってるんだよっ。あんたそれでも教官なのかっ?」

「無能な味方は敵よりも厄介なんだ。配属される前に駆除しておくのも教官の仕事さ」


 部隊を危険に巻き込みそうな者がいれば訓練中に潰しておく。それも訓練教官の仕事のひとつだとマコト教官は悪びれることなく言い切った。


「この役立たずの勇者様も、大っぴらにする前に潰しておいた方がいいんじゃないのかい?」

「マラソンが得意なくらいで僕に勝てると思うなっ!」


 あ~ぁ……


 チイト君は見事に挑発に乗せられて、マコト教官と試合をすることになってしまった。まあ、ヤマタナカ嬢が止めないということは、最初からこうする予定だったのだろう。わたしとしては仕事がひとつ片付くわけだけど、任せてくれても良かったんじゃないかと思わなくもない。


「チイトさんは大丈夫でしょうか?」

「ハシモリ鋼爵はプロの教官です。加減は心得ているでしょう」


 本当に潰されてしまうのではと不安な面持ちで尋ねてきたミドリさんに、マコト教官は経験豊富なプロフェッショナルだから心配はいらないと答えておく。チイト君を始末して新たな勇者を召喚することはできるけれど、それはチイト君を召喚するために納めた財宝をドブに捨てることを意味していた。


 勇者の召喚は、聖櫃アークに財宝を詰めて起動させると、財宝が消えて代わりに勇者が入っているという仕組みになっている。詰め込んだ財宝の価値によって強力な召喚特典プリヴァレッジをもった勇者が現れる確率が変わるとかなんとか……


 なにはともあれ、勇者の召喚には莫大な額の財宝が必要になるから、ヤマタナカ王国としてはやり直しなんてしたくないはず。今の段階でチイト君を見限ることはないと思う。


「たんぽぽ爵も試合の準備をしておきなよ」

「わたしもですか?」

「あんたはカナメと違ってわかっていそうだけど、念のためさ」


 どうやら、今さらだけどわたしの採用試験でもあったみたい。自室で戦装束に着替えて指定された衛士隊の訓練場に向かうと、マコト教官が準備万端といった様子で待ち構えていた。


「鎧はどうしたんだい?」

「動きにくいのでつけません。代わりに魔法を使います」

「魔法兵だったのかい……」


 マコト教官はプリエルさんみたいな全身甲冑でこそないけれど、いかにも重装歩兵といった感じの結構な重武装をしている。魔法使いはひ弱と相場が決まっているみたいで、教え子を訓練コースでしごいていたのが鎧もつけない魔法兵だったとはと驚いていた。


「訓練場では仕掛けを知らなかっただけだっ。僕の力をあんなものだと勘違いするなっ」


 両手持ちの剣の中では小振りで素早く振るうことができる武器を模した木剣を手にチイト君がやってきた。こともあろうに、自分は罠に気が付かずしてやられましたと堂々と宣言する。

 威張って言うことじゃありませんよ。それは……


「自分の力はあんなものじゃないと勘違いしてるのはあんたの方さ」

「なんだとっ」


 その思い違いを叩き潰してやろうと、マコト教官は両腕に大きな丸盾を装備した。これではチイト君に勝ち目は薄い。というかゼロだと思う。


 カナメ師匠もそうだったけれど、剣術試合に特化しているチイト君の欠点は、剣を持った相手との戦い方を突き詰めていること。相手がそう来たらこう受けるといった訓練ばっかりしてきたものだから、想定外の相手への対応方法が全然身に付いていない。


 槍や斧を持った相手くらいは想定していると思う。だけど、両手に盾を持った相手の防御を崩すことはできないだろう。思ったとおり、試合が始まった途端、防御の構えを取って氷のオオカミを顕現させた。

 隠し玉はここぞという時に使ってこそ意味があるのに……


「ふん。それがあんたの恩恵ギフトかい」


 慎重に相手の実力を量っているように見えるけれど、わたしは騙されない。あれは単にどう攻めていいかわからないから、精霊獣でお茶を濁しているだけだ。氷のオオカミはマコト教官の死角を探すようにグルグル周って時おり攻撃を仕掛けるけど、全部盾で受けられしまう。

 常に片方の盾のどちらかがピタリとチイト君に向けられていて、マコト教官が多人数相手の戦闘にも慣れていることがうかがえた。


 そうしている内に、マコト教官が防壁の魔法を展開する。チクミちゃんやモブツグ君のような全身を覆うタイプではなく、盾の部分だけに限定して補強するタイプ。おそらくは盾に魔法防御効果を持たせるための魔法で、範囲が狭い分強固になっているみたい。


「なるほど、こいつには対魔法防御が有効なのか」


 盾でぶん殴られた氷のオオカミが損傷した。すぐに修復されたけれど、精霊獣がある種の魔法で、攻撃しても意味がないということは知られてしまっただろう。チイト君は手の内をどんどん明かされてしまっている。


「くそっ……」


 ようやくチイト君が打って出たものの、マコト教官の盾に簡単に防がれてしまう。丸盾は木製の盾の縁を鋼で補強したものにすぎないけれど、力任せの攻撃を続ければ先に壊れるのは木剣の方。打つ手のないチイト君がだんだんと壁際へ追い込まれていく。


「ぐわっ!」


 真正面から盾を使った体当たりをぶちかまされ、チイト君は背後の壁に叩きつけられた。剣術試合では壁に叩きつけられることなんてなかったのだろう。自分が危険な場所に立っているという認識すらなかったみたいだ。


「準備運動はここまで。さて、本番といこうか」


 あっけなくチイト君を沈めたマコト教官がわたしに振り返ってニヤリと笑った。






「それは鍛錬用で試合用ではないんだが……」


 訓練場にある一番大きくて重い木剣を選んで手に取ったところ、これだから素人はと見物に来ていた衛士隊員が呆れたように鼻を鳴らす。重さにして10キロ弱しかないのでヘックスカリバーの100分の1にも満たないのだけれど、これを試合で使う人族は素人だそうな。


「あんた本当に魔法兵なのかい?」


 裸力で身体を強化して肩慣らしに振り回していたら、マコト教官にどういう魔法兵だと呆れられてしまった。世の中には60キロの米俵を担いで峠越え余裕な魔法使いだっているのだから、王国軍の魔法兵が貧弱なだけだと思う。


「いつでもいいですよ」

「それじゃあ始めようか」


 わたしは木剣を肩に担いだ状態で、マコト教官は左腕の盾をこちらに構えて位置につく。壁に叩きつけられたチイト君は足にきてしまい、ミドリさんに介抱されているところなので、衛士隊のひとりが試合開始の合図をしてくれた。


「どえやっ」


 チイト君みたいに様子見なんてしない。開始と同時に木剣を頭の上に振り上げる。マコト教官がとっさに盾を上げたのを見て木剣から手を離し、体を沈めて前に出ている足を払った。

 盾を使うことには、自分の視界を妨げてしまうという欠点もある。


 重い一撃に備えて体重をかけていた軸足を払われて、マコト教官の体が地面に転がった。すかさず頭を踏み抜こうとしたものの、これはしっかりと盾で防がれてしまう。わたしの足を受け止めた盾を跳ね上げてきたので、いったん離れて仕切り直しとなる。


「その剣をあれだけ振り回しておいて、初手から放り投げるかい。見かけによらず、ずいぶんと戦い慣れてるじゃないか」

「いろいろ厳しかったもので……」


 武器を使わないわたしは、武器を使って攻撃を捌くといった器用なマネは得意ではない。力任せに叩きつけることしかできないから、最初っから囮に使うつもりだった。


「容赦なく頭を狙ってくるところもいいねぇ。久しぶりに背筋に来るものがあるよ」


 マコト教官にはバトルジャンキーの気があるみたい。もの凄く楽しそうな笑顔を浮かべながら、目だけはわたしの動きを見逃すまいと油断なく見開かれている。


「魔法は使わないのかい?」


 すでに防壁の魔法を展開しているマコト教官が、さぁ撃ってみろと盾を掲げて挑発してきた。


「それでは遠慮なく……」


 流動防殻を全身に展開する。見たいというのなら見せてあげよう。人族のものとは違う。ご自慢の防壁なんて役に立たない修裸の魔法の使い方を……


「まいりますっ」

「受けて立つっ」


 スズちゃんをシビレさせた雷の魔法を右腕に纏わせ、迎え撃とうと構えられた盾のど真ん中めがけて渾身のドリルパンチを打ち込んだ。竜巻のような流動防殻が防壁の魔法ごと木製の盾を引き裂いて、マコト教官の左腕をとらえたわたしの右拳から雷の魔法が流れ込む。


「こんなっ」


 電撃を喰らったマコト教官がその場に膝をついた。立ち上がろうとするものの、手も足もビクンビクンと痙攣して思うように動かせず地面に倒れ込む。この一撃の前に防壁の魔法は意味をなさない。受け止められるのは、わたしを超える流動防殻の使い手に限られる。


「ぐっ。盾を打ち壊して魔法を叩き込んできただと……」


 しばらくもがいていたものの、実戦であればとどめを刺すのに充分な時間が過ぎたとマコト教官は自らの敗北を宣言した。


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