第11話 王都へ
魔力供給と制御を失い、いったんは形になりかけていた魔法が光となって霧散していく。魔法が放たれる寸前に、フウリちゃんはその命を絶たれていた。
背後から音もなく忍び寄ったナナシーちゃんの手によって……
首筋から刺し込まれた剣は、間違いなく心臓に届いているだろう。悲鳴を上げさせることなく確実に相手の息の根を止める暗殺者の技だ。
「ナナシーッ、なにをっ」
「任務の障害となる者を排除した。それだけ……」
気でも狂ったのかと慌てふためくチイト君に、自分の受けた命令はチイト君とヤマタカナ嬢の護衛。そこにカナメ師匠とフウリちゃんの命は含まれていないと、ナナシーちゃんは冷酷に言い放つ。
「フウリの魔法が放たれてしまえば、そのふたりとの交戦は避けられない。それでは任務を果たせなくなる」
わたしとプリエルさんを相手にチイト君とヤマタナカ嬢を護りきることは不可能。ならば交戦自体を避けるしかなく、最も確実な手段を選択しただけだという。
「そんな……仲間を……」
「指南役でありながら勝ち目のない戦いにチイトを巻き込もうとした。始末するのは当然」
ちょっとプライドを傷つけられたくらいで周囲を危険に巻き込むような人間は、こちらのことも仲間だなんて思っていない。本当に大切に思っているのであれば、自分の感情を殺してでも危険から遠ざけようとするものだと言われ、チイト君は言葉を続けることができなかった。
「チイトには果たすべき使命があります。このような場所で討たせるわけにはまいりません」
チイト君の命はダンジョンなんかで失われてよいものではない。自分という存在が人族にとってどれほど重いものか自覚して、成り行きで戦いに身を投じることは慎んで欲しいとヤマタナカ嬢もナナシーちゃんを支持する。
「わたくし達もあなたが魔族だなんて言い掛かりを信じてはおりませんから、どうか武器を納めてくださいませ」
カナメ師匠の言い分こそ真実だったのだけれど、ヤマタナカ嬢には冤罪だったことにされてしまった。わたしにとって好都合とはいえ、仲間に信じてもらえないなんてちょっとかわいそうだ。
「ヒジリッ、カナメ師匠はまだ息がある。早く治癒術をっ」
床に突っ伏しているカナメ師匠の様子を見に行ったチイト君が、治癒術師だというヤマタナカ嬢を呼んで魔法による治療を催促する。
「カナメ、これまでよく仕えてくださいました。あなたの忠節は、幾久しくわたくしの心に残ることでしょう」
だけど、ヤマタナカ嬢が与えたのは治療ではなく別れの言葉だった。
「ヒジリ……なにを……」
「カナメを治療すれば、さっきの言葉はこの場を切り抜けるための方便だと疑われる」
「ナナシー、慈悲を……」
カナメ師匠とフウリちゃんはガーゴイルとの戦いで相手を道ずれに命を落とした……ことにされた。ふたりの所持品は口止め料も兼ねて譲ってくれるというので、フウリちゃんが身に付けていた宝玉とカナメ師匠の魔剣を頂戴する。
ヘックスカリバーの一撃を受けた鎧はひん曲がってしまい、鎧としての価値を失っていた。
指南役だったふたりを失ったチイト君は、どうして平然としていられるのだとナナシーちゃんに喰ってかかったものの、将帥たるもの犠牲を受け入れられるようになるべきだとヤマタナカ嬢に説き伏せられる。
これから先、魔族との戦いで仲間を失うことは幾度となくあるだろう。その度に悲しみに沈んでいては後ろに続く者達の士気は乱れ、より多くの犠牲を生みだす結果になると言われたチイト君は、「立ち止まることさえ許されないのか……」と戦いの宿命に苦悩するヒーローみたいな台詞を口にしていた。
異世界で勇者になることを何だと思って召喚に応じたのだか……
「チイトがフウリとたびたび寝所を共にしていることには気付いていた。安心する。王都に戻れば新しい女は用意してもらえるし、チイトも古い女のことはすぐに忘れる」
「なっ……」
やることだけはしっかりやっていた勇者様。ヤマタナカ嬢の気を引こうとしているところを見るに、将来を誓い合った仲というわけでもなかったのだろう。女の子なら誰にでも欲情しそうなチイト君の前で素肌を晒すことにならなくて良かったと胸をなでおろす。
万一見られてしまった時は、冥皇ちゃんには悪いけど乙女の敵として滅ぼさざるを得ない。
「オーゥ、ユウはスズキムラにゴーホームしないですか~」
「長くても半年以内には戻りますから、お家賃をリンノスケに渡しておいてください」
指南役の話を受けることにしたわたしは、このままチイト君達と王都に向かうことになった。入用なものは全部ヤマタナカ嬢が用意してくれるみたい。妄粋荘の部屋はそのままにしておいて欲しいので、半年分の家賃をホムラさんに預けておく。
「ずいぶんと上質な宝玉。本当にエリアDでこれを?」
頂戴してきた宝玉を検分していたアンズさんは、ひとつエリアを進んだだけで手に入るとは思えないお宝だと疑わし気に眺めている。フウリちゃんの遺品ということは黙っておいて、エリアDの試練の間で手に入れたとだけ説明した。
ネックレス、ブレスレット、短杖の3点セットなのだけど、みっつ同時に使いこなすのは難しいそうなので、ブレスレットと短杖はホムラさんに、ネックレスはアンズさんに使ってもらう。フウリちゃんが炎の槍を3本いっぺんに放てたのはこの3点セットのおかげらしく、扱いに慣れればホムラさんも2本同時に撃てるようになるそうな。
代わりにホムラさんの長杖に取り付けられていた宝玉を渡された。必要な時にお金に替えて使えばいいという。
「魔剣はユウが持つといい。ワカナでは宝の持ち腐れ」
この中で剣術を修めているのはワカナさんしかいないものの、魔剣を発動させられるだけの魔力がなかった。魔剣として使えなければ、整備にお金のかかる高級剣でしかない。
指南役の仕事で使う機会もあるだろうと収納の魔法に放り込んでおく。
「あなた達の方こそ~、ちゃんとお金は貯まっているの~」
「ワカナ、バシバシ魔骨を見つけましたよっ」
管制官はボーナスゴーレムをサービスし続けてくれたみたい。ワカナさんが得意絶頂の笑顔で、すでに目標額は突破していると教えてくれた。寒さが厳しくなってくる前にスズキムラへ帰ることを考えているという。
あまり雪は深くならないけれど、山からの吹きおろしがもの凄くて移動が辛くなるそうな。
「王都の辺りは暖かくて冬でも過ごしやすいわ~」
海から近いうえに南からの暖かい海流が流れてきているので、王都では雪が降ることすら珍しい。ただ、冬は政治と社交の季節。この国は冬に行動計画を策定し、春から秋にかけて実行するというタイムテーブルで動いているため、この時期にとんでもなく人が集まる。
もう滞在するなと言わんばかりに宿泊料が高騰するそうで、わたしがタダで部屋を用意してもらえると聞いたプリエルさんはしきりに羨ましがっていた。
二日後にアオキノシタを発って王都に向かう予定なので、翌日は挨拶回りに向かう。キャンキャン教室のミセス・ハヅキにウェイトレスさん達、そして最後に管制官のところにお邪魔した。
ボーナスゴーレムのお礼も言わなくてはならない。
「アンズさ……ターゲットαにボーナスゴーレムを出し続けてくださったそうですね。おかげさまで予定より早くこの街を発てます」
「気になさらないでください。私は主様の命令に従っただけですから」
なんと、夜皇ちゃんが命じておいてくれたという。顔を合わせるたびに敵意を向けてくるけれど、魔族のために損な役回りを引き受けてくれている夜皇ちゃんだ。口ではなんのかんの言っていても、最後には手を差し伸べてくれる。
魔皇になっても、国主になっても、持つべきものは友達だ。
「そっかぁ……わたしのために夜皇ちゃんが……」
「はい、一刻も早くお引き取り願えという指示でしたので……」
ん…………それって……
「なんですかそれっ。夜皇ちゃんの言った面倒な奴って、勇者じゃなくてわたしのことなんですかっ?」
「小官ごときに主様のお心は計り知れません。どちらを指してのお言葉だったのか判別できない以上、両者にお引き取りいただくのが勤め人の役目かと……」
勤め人じゃないよっ。管制官は人族社会で言うところの都市総監みたいなもの。間違いなくホワイトカラーの一員で、そんなサラリーマンみたいな言い逃れは容認できない。
「ホットラインで確認すれば済む話じゃないですかっ」
「小官の疑問などという些事で主様の手をわずらわせるわけにはまいりません。裸皇様の御用もつつがなく済んだご様子。理由もなく問い合わせては小官が責められてしまいます」
管制官はしれっとした顔で、用が済んだのならさっさと出て行けとほのめかす。あの夜皇ちゃんがわたしのことを気にかけてくれたのかと喜んだのも束の間、実はやっかい払いされていたなんて酷い話だ。
「ヤマタナカ王国が軍を動かすかもしれないんですけど……」
「…………どこでその情報を?」
わたしを追い払おうとしていた管制官だけど、敵国の軍事情報と言われた途端、探るような声で情報源を尋ねてきた。勇者と一緒にいた従者のひとりから、チイト君を勇者デビューさせる動きがあることを察知したと伝える。
勇者であることを告知した後は、もちろん大軍を動かして華々しい戦果を上げさせ、ヤマタナカ王国が魔族に対抗しうる軍事力を有していると世に知らしめようとするだろう。その矢面に立たされるのは夜皇ちゃんの軍。もうやっかい払いはできまい……
「この度わたくし、例の勇者の指南役に就任いたしまして……」
「主様に伝えましょう」
管制官が洗面台みたいな鏡のついた夜皇ちゃんとのホットラインを起動させる。しばらく待ったところで、白黒のゴシック調ドレスに身を包んだ夜皇ちゃんが鏡の中に現れた。
『なんであんたが出てくんのよっ!』
「そんな格好もするんだ~。グッドだよ~。とっても可愛らしいよ~」
こんな夜皇ちゃんは初めて見たけど、自分のお城にいる時の普段着だそうな。血の通っていない不死族にもかかわらず器用に顔を赤らめる夜皇ちゃんの姿は実に新鮮で、鏡の向こうでなければ思わずギュッしていたと思う。
『管制官。説明しなさい』
なんで不死族でないわたしにホットラインを使わせたのだと剣呑な目をしていた夜皇ちゃんだったけど、わたしが勇者の指南役に就いたことを知ると、ものすっごく悪いことを考えていそうな笑顔を浮かべた。
『わざわざ知らせてきたってことは、情報を回してくれると期待していいのね』
「伝達手段があればね~」
夜皇ちゃんは管制官に伝言板という魔法具を貸し出すように指示する。ホットラインと違って文字や記号しか送れないけど、手帳くらいの大きさで携帯に便利だという。
「確認したいんだけど、夜皇ちゃんが指示した面倒な奴って勇者だよね? わたしのことじゃないよね?」
『あんたは私の心の友よ……』
なんとも微妙な言葉を残して夜皇ちゃんは鏡の向こうから消えてしまった。
今日は王都へ向けて出発する日。アンズさん達は借家の引き払い手続きをして、明日この街を出るという。トト君達はもうしばらく滞在するみたい。
チイト君達と落ち合った後、トコトコと歩いて街から離れる。人目がなくなったところで道から外れて林の中に身を隠し、チイト君が空を飛んで移動する精霊獣を顕現させた。
真ん中に人が入れるドームの付いた蓮の花みたいな精霊獣だ。
スピードは人族の飛行の魔法と同じくらいしか出ないのだけど、ドーム内が与圧されていて高いところも飛べるし、長時間の飛行が可能だから航続距離は段違いだという。
王都まで徒歩で移動したら30日近くかかるのだけど、この精霊獣なら3日だそうな。
「これはまた便利な精霊獣ですね」
「頼むから、こいつは壊さないでくれよ」
カナメ師匠とフウリちゃんが亡くなったことにショックを受けていたチイト君は、まだ目の下に隈が残っているものの立ち直ったみたい。ヤマタナカ嬢が褒めちぎっておだて上げて優しくしまくったとナナシーちゃんが教えてくれた。
ドームの中は温度調節もされているみたいで、ヤマタナカ嬢とナナシーちゃんが外套を脱いで軽装になる。真ん中にある丸いテーブルを囲むようにソファが配置されていて、わたし達が腰かけたところでフワリと精霊獣が飛び立つ。
「それではユウさん。脱いでくださいませ」
「は……」
脈絡もなくヤマタナカ嬢がわけのわからないことを言いだした。
「王都に着きましたら、大急ぎで夜会服に礼装に戦装束も仕立てなければなりません。移動の間に採寸だけでも済ませてしまいましょう。ナナシー、用意を……」
王城では身分ごとに服装が細かく規定されていて、身に着けているものでその人の立場がわかるようになっている。エイチゴヤのお仕着せなんかでウロウロしようものなら、それだけでお縄にかけられてしまうそうな。
「えっ……ちょっと……チイト君の前で……」
「下着を着けていれば淑女の慎みは保たれますから安心なさってください」
「チイトは精霊獣の操作に集中する。ユウに気を取られれば傾くからすぐわかる」
なんでぇぇぇ……せっかく金剛力を使わないで済んだと思ったのに……




