第10話 試練の間での戦い
チイト君達がガーゴイルに敗れてから数日たった日の晩。借家で夕食を摂っていたわたしのところに、どこで調べたのかナナシーちゃんがやってきた。
「あなたの手を借りたい。依頼として充分な報酬も用意した」
連日、エリアDの試練の間に挑戦しているものの、立体的な動きで攻撃を躱すガーゴイルを捉えきれないそうな。投げ縄を引っかけて動きを封じようと考えてはみたものの、そんな道具の扱いに長けているメンバーはいない。
そこで、縄術を使うわたしならばという話になったみたい。
「協力してくれれば小金貨1枚。首尾よく突破できたら大金貨3枚を成功報酬として支払う」
「ずいぶんと大盤振る舞いですね」
探索者の中には、他の探索者に雇われて賃金を得ている人もいるという。わたしは相場に詳しいわけではないけれど、試練の間を突破するだけで大金貨3枚というのは破格ではなかろうか。
「あまり時間も残されていない」
ナナシーちゃん達はチイト君にエリアDを突破したという箔をつけたいけれど、時間をかけ過ぎてはありがたみが薄れてしまう。記録的な短期間で突破したということにしたいそうな。
なんとなく背景が見えてきた。これはきっとミユウと同じだ。でっち上げアイドルならぬ、でっち上げヒーローチイトをプロデュースしようとしているに違いない。召喚から半年が過ぎて、そろそろ「ヤマタナカ王国の勇者ここにあり」とデビューさせたくなってきたのだろう。
しばらく修行させたかったのだけど、おそらくスケジュールはもう決定されている。この冬の間に社交界で支持を集めさせ、春になったら軍事行動を起こす計画だと思う。相手はもちろん夜皇ちゃんの国だ。
「プリエルさんも一緒に請け負いませんか?」
「小娘も~?」
スケジュールが決まっているのなら狂わせない方がいい。硬いガーゴイルを破壊するためにプリエルさんを誘う。裸道も魔法もそれなりに使いこなせる自信はあるけれど、破壊力という点でわたしは人並み外れているわけではない。
「一撃の威力に秀でた人が欲しいですね。報酬は折半でいかがです?」
生き物でないガーゴイルには、電撃で痺れさせたり内臓器官にダメージを与えるといった手が通用しない。修裸みたいに鎧袖一触で粉々に吹き飛ばすなんて芸当も無理。金剛力を使わずにガーゴイルの装甲を貫くのは、わたしにはちょっと厳しかった。
「もちろんいいわよ~。ユウは友達思いだわ~」
快く引き受けてくれるプリエルさん。顔はニコニコしていたけれど、目だけ笑っていないのが気にかかる。カナメ師匠をやっつける機会だと考えているのかもしれない。
「明日にでもプリエルさんとエリアCを抜けてきますね」
「ふたりだけでエリアCを……いや、これは無用な心配?」
「わたし達だけで充分です。それよりも、丈夫で長いロープを調達してもらえませんか」
ナナシーちゃんと今後の予定を打ち合わせておく。チイト君はさくっとエリアDを突破させてしまい、春になったらヤマタナカ王国が軍を動かすつもりだと夜皇ちゃんに教えてあげよう。
食料の供給停止なんて言われないように、ご機嫌を取っておくに越したことはない。
「お前は【鉄棍鬼】っ!」
「夏にあった武闘大会で部門優勝した人ですよね?」
わたし達にずいぶんと遅れて、待ち合わせ場所であるエリアD試練の間の前にチイト君達がやってきた。プリエルさんの姿を認めたカナメ師匠とチイト君が、どうやって連れてきたのだと驚いている。
「……秘密」
プリエルさんが【鉄棍鬼】であることはナナシーちゃんにも黙っていた。とっさに何も教えないことに決めたみたいで、「蛇の道は蛇……」などと言って適当にはぐらかしている。
「はっ! 役に立たない平民どもに足を引っ張られるなんてまっぴらだわ。小金貨はあげるから、おとなしく帰りなさいよ」
どれほどの武器であれ宙を舞うガーゴイルに届かなければ意味がないと、自分の魔法がさっぱり当たらないことを棚に上げたド・リールちゃんが鼻で笑う。それは確かに一理あるけど、そのためにわたしがいることを忘れている。
ヘックスカリバーの届くところにガーゴイルを引き寄せるのはわたしの役目だ。
「この人達が不甲斐ないからわたし達が雇われたと理解していたのですが、違いましたか?」
「違わない。魔法を空撃ちするだけのフウリこそ役に立っていない」
ド・リールちゃんの名前はフウリというらしい。カナメ師匠とフウリちゃんを指差しながらわたしが尋ねると、ナナシーちゃんはそのとおりだと即答してくれた。
「素人が知った風な口をっ!」
「平民の分際でっ!」
役立たず認定された置き物師匠と空砲ちゃんが激高する。
「ふたりとも、おやめなさい……」
ヤマタナカ嬢が静かな声でふたりを制止した。自分達だけでは突破に時間がかかり過ぎると結論は出たはず。武闘大会の優勝者を引っ張ってきたナナシーちゃんみたいに、口よりも働きで役に立つところをみせなさいとふたりを諭す。
「仲間割れはやめよう。みんなの力を合わせれば、きっと試練の間を突破できる」
拳を握りしめたチイト君が、妙に芝居がかった口調でリーダーシップを発揮した。ヤマタナカ嬢の前でカッコイイところを見せたいという邪悪な意図を感じる。
これから試練の間に入るというのに、勇者様はモテたくて仕方がないみたい。
「みなさんは一か所に固まって防御に専念しててください」
控えの間で作戦を伝える。わたしとプリエルさんで1体ずつ捕らえて叩き壊していく間、チイト君達は手の空いたガーゴイルに襲われないよう守りを固めてもらうだけ。みんなの力を合わせるなんて即興でできるはずがない。
「余計な手出しはするなということか? 我々だって――」
「なにもできないから彼女を雇うことにした。それとも、妙案でも思いついたと?」
わたしの作戦にカナメ師匠が異議を唱えようとしたものの、ガーゴイルに通用する新戦法があるのかとナナシーちゃんに問われて黙り込んだ。弟子であるチイト君の前で威厳を失いたくないのかもしれないけれど、カウンター待ちの置き物にやってもらう仕事なんてない。
「山羊、トカゲ、鷲頭の順でやりましょうか」
「了解したわ~」
わたし達が試練の間に足を踏み入れると、太い柱のような台の上で待機していたガーゴイル達が動き出す。天井まで10メートル以上の高さがあるとはいえ、風に乗る魔法で飛び回るには狭すぎたので、モヒカンに使った衝撃波を放つ魔法で床を蹴り山羊頭のガーゴイルに向かって跳び上がる。
ガーゴイルに感情なんてものはないので、これまでいなかった空中戦を挑んでくる相手にも動揺を見せたりしない。一切の迷いなく、最も合理的な行動をとるように作られている。
それゆえに、こちらの思いどおりの動きを誘発させることも難しくなかった。
ナナシーちゃんの用意してくれた先端に重りのついたロープを大きく横薙ぎに振るう。武器のように受け止めようとすれば絡めとられるので、ガーゴイルはもちろん回避する。下降すればわたしに頭上をとられヘックスカリバーの間合いに追い込まれるから、間違いなく上昇を選択するだろう。
思ったとおり、頭を支点にしたとんぼ返りのような動きでロープを躱すガーゴイル。そこを狙ってもう一方の端を投げて絡みつかせた。しょせん行動パターンの決まっている人形なのだから、わかっていれば捉えることも容易い。
肩から腰に掛けてガッチリと巻きついたので、ガーゴイルにぶら下がりながら余ったロープを放り投げる。投げられたロープをプリエルさんの手が掴んだところでわたしの役目は終了。ロープから手を離して床に飛び降りてしまう。
「ずいぶんと手馴れているわね~」
全身甲冑にヘックスカリバーを担いだプリエルさんは重い錨のようなもの。手にしたロープをグイッと引っ張れば、ガーゴイルはヨーヨーのように振り回されて床に叩きつけられた。
そこに振り下ろされるのは、1トンもある鋼の塊……
地雷でも仕込んであったのかと疑いたくなるくらい床が派手に吹き飛んだ。粉塵が収まったところで覗いてみれば、クレーターみたいな爆心地に胴体をバラバラに叩き壊されたガーゴイルが転がっている。
すかう太君で確かめるまでもなく、すでに機能停止していることは明らかだった。
「そんなに力いっぱい打ち下ろさなくっても……」
「小娘はいつだって全力全壊レッツフルパワーなのよ~」
おっとりとした外見と口調のわりに手加減を知らないプリエルさんは、トカゲ頭と鷲頭のガーゴイルもズッガーン、ズッガーンと大砲が着弾したかのような一撃で叩き潰す。その度に粉塵を被らされて、わたしの頭は粉だらけで真っ白だ。
「思っていたより手早く済ませられたわ~。ユウのおかげね~」
「こんな……あっさりと……」
これで大金貨3枚なんて笑いが止まらんわとプリエルさんは上機嫌。一方、チイト君はさんざん手を焼かされたガーゴイルのあっけない幕切れに呆然としていた。
「自律型ゴーレムは決まった動きしかしませんから、行動を誘えばこんなものです」
「それって……ハメ技じゃ……」
なにやらウチのシマではノーカンとかブツブツ呟いているチイト君。ガーゴイルがゴーレムの一種だってことくらい、知らなかったわけでもないだろうに……
「あなたは期待以上の働きをしてくれた。チイトの指南役になる気はないか?」
メイドではなく、チイト君の先生にならないかとナナシーちゃんが誘ってくる。
「ナナシー、勝手に決めるなっ!」
「これからのチイトに必要なのは、さまざまな魔物を相手にするための知識と経験。カナメの役目は終わった」
カナメ師匠が大反対するものの、チイト君に剣術を教えるという目的は達成できたのだから、衛士団の仕事に復帰しろとナナシーちゃんは引き下がらない。ルールの決まった剣術試合でいくら強くても、人とは戦いのステージが異なる魔物には通用しないと指摘する。
「フウリも同じ。ガーゴイルに有効な手が打てなかったふたりから学ぶことは残っていない。ヒジリ、ワタシは彼女を指南役に推薦する」
「ナナシーッ、貴様っ!」
魔力や精霊獣の扱い方をチイト君に教えるのがフウリちゃんの役目だったそうな。剣術も精霊獣もそれなりに扱えるようになったので、これ以上の指導は効果が薄いとナナシーちゃんはいう。つまり、ふたりはチイト君に追いつかれてしまったということみたい。
「成長の段階に応じて別の指南役が必要になるのは自明のこと。執着するのは良くない」
「ふざけるなっ!」
真っ向から用済みと言われて冷静さを失ったのか、カナメ師匠は魔剣の衝撃波を飛ばしてきた。わたしとナナシーちゃんが左右に分かれるように跳ねて攻撃を躱す。チイト君が落ち着かせようとしているものの、もはや聞く耳は持っていなさそう。
「こいつは……こいつは魔族の手先だっ。ガーゴイルを用意したのもお前なのだろう。出来の悪い芝居でチイトに近づくとは何が目的だっ!」
おぉぉぅ。いかなる天啓を授かったのか、カナメ師匠がわたしの正体と目的を暴き出した。
正確には手先ではなくって首領だし、ガーゴイルを手配したのは管制官なのだけど大筋間違っていない。指南役になればヤマタナカ王国軍の動きを探るのに都合が良さそうだと考えていた矢先に、脈絡もなく正体を見破られてしまった。
魔族だと知られてしまった以上、ここにいる全員を始末するべきだろうか……
「どうもおかしいと思っていたら、そういうことだったのねっ。チイトッ、捕まえて目的を吐かせるのよっ」
フウリちゃんはわたしを拷問にかけるつもりみたい。殺さずに捕らえようと考えるあたり、彼女は相手を侮ってかかるタイプとみた。
魔族を目の前にして自分の命の心配は二の次なんて、その無鉄砲さは称賛に値する。
「【鉄棍鬼】っ、こいつを捕らえろっ。褒美は思いのままだっ!」
「そうね~」
わたしの捕縛を命じられたプリエルさんがヘックスカリバーを一閃させた。
「師匠っ!」
カナメ師匠に向かって……
「き……さま……」
横薙ぎの一撃をまともに喰らったカナメ師匠は、丸めた新聞紙で引っ叩かれた虫みたいに近くにあった柱に叩きつけられた。口から血を吐きながら、ズルズルとその場に崩れ落ちる。
「あなたの言葉を真に受けるほど~、小娘はお人好しじゃないのよ~」
都合の悪い相手に罪を被せて排除するのは、集団に属する者の常套手段。わたしの次は自分の番だったのだろうと、プリエルさんがヘックスカリバーを構え直す。
「平民風情がっ、貴族に刃を向けるかっ!」
フウリちゃんの前に魔力が収束を始めた。その数はみっつ。炎の槍を3本まとめて撃ち出す魔法だ。狙われているのは……プリエルさんっ!
流動防殻を前方に集中させてふたりの間に割り込む。狙いが甘いとはいえ威力だけはあるから、魔法防御効果を付与した甲冑に身を包んでいても無事でいられる保障はない。
わたしなら、流動防殻で防ぎきれなくっても金剛力が発動するだけだ。
女の子にモテたくて仕方がない、思春期真っ盛りのチイト君の前で全裸になんてなりたくないけど……
「まとめて消し飛ぶがいいわっ!」
収束した魔力が魔法を形作り始め、太陽みたいな黄金色の輝きがフウリちゃんの前に現れる。当てることさえできていれば、ガーゴイルの装甲だって貫けたであろう強力な魔法が放たれようとした瞬間――
「えっ……」
――影が動いた。




