第8話 夜皇の陰謀
「ゼンナさま~。ホブミのディナーを召し上がっていってくださいませ~」
「あ、ホブミちゃん連れて来てたんだ」
用は済んだと街に戻ろうとしたところで、人族ならば6歳くらいに見えるだろう髪の毛のない少女に背後からガッチリと腰をホールドされた。ちっちゃな角のあるスキンヘッドをヘッドドレスで飾り、メイドのようなお仕着せに身を包んでいるこの少女は名をホブミントという。
「仕事で来たんだから、従者を連れてくるのは当たり前でしょ」
通称、ホブミちゃん。幼い頃に妖獣に襲われて瀕死になったところを、当時まだ魔皇でなかった夜皇ちゃんに眷属の吸血鬼として甦らせてもらい、メイドとして身の回りのお世話をするようになったそうな。
今は吸血鬼だけど、元はホブゴブリンというゴブリンより知能が高い種族の出身。眷属になった時から成長していないため外見は幼いけれど、実年齢はわたしより年上という夜皇ちゃんの一番古い眷属である。
「せっかくだから食べていきなさいよ」
夜皇ちゃんが夕食に誘ってくれた。わたしに敵意をむき出しにする彼女だけれど、国主としてはインテリ系でシャチーと話しがあう。戦うにしても時と場所はわきまえるタイプだから、この場で襲ってくるようなマネはしない。
狭い管制室で金剛力なんて使われた日には、ダンジョンが機能不全に陥ってしまう。
「ホブミが腕によりをかけて作りました。大雑把な修裸料理なんかには負けませんよ」
意外なことに、不死族の食事はとっても美味しいと評価が高い。極一部の例外を除いて、不死族は交配ではなく、他種族を仲間に引きずり込むことによって数を増やす。不死族になるとお腹は空かないし食事を摂る必要もなくなるのだけれど、美味しいものを食べたいという欲求まで失ったわけではないと彼らは言う。
むしろ不死族になって生きることや子孫を残すことから解放されると、美食くらいしか楽しみがなくなるみたい。そのせいか、不死族には食べたものを消化吸収できないくせに味にはうるさいという評判がつきまとっていた。
ちなみに修裸の料理は、倒した妖獣の肉に塩とありあわせのスパイスやハーブをまぶして焼くだけという、サバイバル料理というよりも野人料理と言った方がしっくりくる代物。出身種族によっては新鮮なうちに生食するのが一番という強者もいる。
「ゼンナ様、こういうのお好きでしたよね?」
口の中で溶けていくような柔らかい牛肉のシチューに加え、ホブミちゃんはわたしのために特別メニューを用意してくれた。
たっぷりの大根おろしが添えられた、サンマの炭火焼きである。
「よくそんな焼いただけの魚で涙を流すほど喜べるわね……」
メイド歴100年以上を誇るホブミちゃんは、わたしの好みをしっかりと把握している。銀シャリに今が旬のサンマを涙を流しながら頬張るわたしの姿に夜皇ちゃんは呆れていた。
美食家である夜皇ちゃんには、鱗を剥いで焼いただけという料理がお気に召さないみたい。
「あんたの国から国主家出中って公式発表があったけど、こんなところで何してんのよ?」
「うえぇぇぇ……公式に家出ってことになってるの?」
なんと修裸の国は新たな国主や代理を立てることなく、家出中なので不在にしてますと他の魔皇達に通達したという。
「裸皇がどこをウロついているかわかんないって、チキンな翼皇は震えあがってたわ」
わたしを探し出して帰国させるための裸皇捜索本部を合同で組織しないかと、夜皇ちゃんのところに申し入れがあったみたい。ただ、シャチーから「気が済んだら帰ってくるだろうから余計な手出しは遠慮願う」という回答を受けて、捜索本部の話は白紙に戻されたそうな。
「あんたのところの女宰相。消し飛ばされたくなければ姿を見かけても放っておけ。こちらに知らせる必要もないって言い切ったわよ」
「シャチィィィ……」
確かに「さがさないでください」という書置きを残したのはわたしなのだけど、こうも堂々と放置されるとそれはそれで寂しく感じる。だけど、わたしがそう感じることもシャチーの計算の内に違いない。
あの義姉はいつだって、そうと気付かせないままわたしを掌の上で転がすのだから……
「スズキムラですって……よりにもよって嫌なところに……」
今はスズキムラの街を拠点にしているとわたしが告げたところ、夜皇ちゃんが皺でクシャクシャになるくらい渋い顔になった。スズキムラのあるヤマタナカ王国と夜皇ちゃんの国は戦争の真っ最中。スズキムラの北側を流れる川を下っていった先には豊かな耕地が広がっているらしく、なんとかそこの領主を降伏させたいのだという。
「空からお城に乗り込んで潰せばいいじゃない」
「あたしが欲しいのは耕地と労働力よ。耕す者のいなくなった土地なんていらないわ」
領主が魔族に討たれたとなれば領民が逃げ出してしまうから、その土地に適した耕作法といったノウハウまで失われてしまう。土地の生産力をそのまま手に入れたい夜皇ちゃんは、領主を降伏させて植民地とか保護領にしたいみたい。
領民を不死族に変えるのは、自然死を待ってジワジワ進めればいいそうな。
「何ひとつ生産に寄与しない大喰らいどものために、こっちがどんだけ苦労してると思ってんだか……」
「うぅ……言葉もありません……」
その大喰らいの筆頭は修裸達である。夜皇ちゃんの国は食料に繊維や鉱物などを輸出する魔族の生産拠点。そして、修裸の国は消費される穀物の大部分を輸入に頼っていた。
「放っておけってことだったけど、あたしの邪魔をするなら話は別だわ……」
「スズキムラの辺りも戦場になるの?」
「街を攻め落とす気はないから、街の中でおとなしくしていて欲しいわね」
維持するのにコストがかかるだけなのでスズキムラの街を占領するつもりはないけど、ヤマタナカ王国軍に対する陽動作戦を進行中。夜皇ちゃんの狙っている領から王国軍の関心を逸らすためにバラ撒いている火種のひとつだという。
「余計な首を突っ込んで作戦を台無しにしたら、腹いせに修裸の国への食糧供給を停止してやるわ」
「そっ、そんなことしたら世界中で修裸が略奪を始めるよっ」
「知ったこっちゃないわね。力を信奉するバカどもが、少しは懲りればいいのよ」
とんでもない脅しをかけられてしまった。八大魔皇が強さを基準に選ばれているところからわかるとおり、魔族には「力」とか「強さ」を尊び生産という行為を軽んじる風潮がある。修裸は特にその傾向が強い。
それでも夜皇ちゃんの国は、その生産力で魔族の活動を支え続けてくれていた。わたしのせいでヘソを曲げられてしまったら、シャチーが激怒すること間違いなしだ。
ここはおとなしくしているしかない……
「裸賊って奴らの噂くらいあんたも耳にしてるでしょ」
なん……ですって……
まさか裸賊を裏で操っていたのが夜皇ちゃんだとは思わなかった。おとなしくもなにも、すでに500人ほど金剛力で吹き飛ばしてしまっている。
「すると、裸刹女っていうのは……」
「あんたも知ってるでしょ。あの元サキュバスの淫乱吸血鬼」
かつて夜皇ちゃんを闇討ちしようとして、逆に眷属にされてしまったサキュバスがいた。元が淫魔族なので人族に化けての隠密活動が得意。魔王クラスの実力を持っていて単独任務も安心して任せられるので、便利屋として夜皇ちゃんにこき使われている。
「あ、あのね……とっても言いにくいことなんだけど……」
「なに? たまたま出遭った数人を消し飛ばしたくらいで目くじら立てたりはしないわよ」
数千万という不死族を束ねる夜皇ちゃんなら、500人くらい数人の内に入れてくれるかもしれない。
「ちょっと金剛力で吹き飛ばしちゃったの………………500人くらぃ……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ――――っ!」
ダメだった。500人と聞いた夜皇ちゃんが柳眉を逆立てる。
「主様。最近、定期報告の内容が曖昧なのはそのせいではありませんか?」
「隠してやがったのねっ。あんの腐れビッチッ!」
おぉ……ホブミちゃんが上手いこと怒りの矛先を逸らしてくれた。魔皇の眷属にもかかわらず金剛力を使わないわたしと同程度の力しかない彼女だけど、機転が利くので夜皇ちゃんの秘書みたいな仕事もしている。
なんでも夏頃から、「すべて順調」とか「問題なし」といった報告が目立つようになってきていたとのこと。隊商を襲おうとしてまとめて吹き飛ばされた後、裸賊討伐軍の支援部隊を丸ごと手に入れた話を伝えると、雑兵より同数の技能を持った兵のほうが貴重だと夜皇ちゃんは機嫌を直してくれた。
ゴブリンやオークといった魔物をゾンビやスケルトンにしても、単純な命令しか理解できないから使い道が限られる。様々な技能を有し自分が楽をするために知恵を絞る人族ゾンビは、魔物ゾンビに比べて生産性が高いのだそうな。
「建築技術持ちはいいわね。計算が得意なのは生産高を予測させるのに使えるわ……」
さっそく、裸賊に連れ去られた支援部隊の人達をゾンビとして使う算段をたて始める夜皇ちゃん。わたしが裸族を吹き飛ばしたことは、どうでもよくなってしまったみたい。
ホクホク顔でホブミちゃんのシチューをお土産に持たせてくれた。
「ま~た、ミー達のモラールをデストロイするデモニックディナーですか~」
「フタヨのところの親方より美味しい……」
持ち帰ったお土産を夕食に提供すると、自分達がアゲチン派に堕ちたのはこのせいだと涙を流しながらホムラさんがシチューを掻き込み始めた。身体が小さい分、小食なアンズさんもおかわりを要求してくる。
「どこのお店なのか、ワカナ教えて欲しいです」
「たまたま遭った人にご馳走になったものですので……」
美味しいお店なら憶えておきたいとワカナさんが尋ねてきた。元ホブゴブリンの吸血鬼が作ったとは言えないので曖昧な答えで誤魔化しておく。
「ゾンビパウダーが使われているわ~。お店で頼んだらとんでもない額になるわよ~」
プリエルさんが味の秘密を見破った。ゾンビパウダーというのは味にうるさい不死族の生み出した複合調味料。不死族を倒して奪うしか入手方法がない人族の間では、魔骨並みの高値で取引されている。
ちなみに、食べても振りかけてもゾンビになったりはしない。
「どうしてユウばっかりリッチメンとエンカウンターするですか~」
「やっぱり世界は不公平だった……」
連日、エリアCを探索しているけど、ゾンビパウダーを所持していたゾンビなんていなかったとアンズさんがため息を漏らす。おそらく彼女達が倒しているのはグールだろう。不死族ではなく妖魔なので、ゾンビパウダーなんて持っているはずもない。
探索の様子を聞き出してみると、エリアCではゴブリンとゾンビの他にオークという魔物も出没するみたい。大柄で力が強い豚の頭をした魔物なのだけど、オスばっかりでホムラさんの魔法で丸焼きにすると酷い雄臭を放つという。
「思い出させないでください。せっかくのシチューが不味くなります」
よっぽど嫌な目にあったらしく、ワカナさんがげんなりした顔をしていた。彼女達はこのままエリアCに居座ってエリアDを目指す気はないそうな。
「先制できればエリアDの魔物も倒せるとは思う。ただ、不測の事態が生じたときに対応しきる自信はない」
「アンズは慎重ね~。でも、自信過剰に陥らないのは美点と言えるわ~」
エリアCであれば誰かがミスをしてもフォローが利くけど、エリアDではワンミスが命取りになる。そんな綱渡りみたいな探索はしないというのがアンズさんの判断だった。プリエルさんも賛成みたいだし、わたしもそれがいいと思う。
ダンジョンを運営している魔族側にしてみれば、相手を確殺する必要はまったくなく、そのうち失敗して命を落としてくれれば目的達成。探索者が9割勝てるゲームをするならば、残りの1割を引き当てるまでゲームを続けさせればいいと考えているのだから……
「わたしは王都から来た身分の高そうな一団を見ましたよ」
チイト君が勇者であることは言わずにカナメ師匠の名を出して、訓練場で他人に向けて攻撃魔法を放つような魔法使いが一緒であると警告しておく。彼らがエリアDを目指すのであれば、途中でアンズさん達と遭遇してもおかしくない。
「カナメって、ミモリ・カナメ~? あの女がダンジョンに来てるの~?」
「お知り合いなんですか、プリエルさん?」
なんと、王都でプリエルさんをスカウトしにきたひとり。王国衛士団というエリート部隊に自分の部下として配属させてやると、ずいぶん居丈高なお誘いであったという。
「ダンジョン内で潰せってユウは言いたいのね~」
「違います」
どうもあのカナメ師匠、スカウトを断るプリエルさんに対して「そうすることが人族のため」とか「国恩に報いるべき」なんて言ったみたい。全身甲冑を着けたままだったせいか、プリエルさんが人族でないことに気が付かないまま「みんなのため」論法を大展開したそうな。
「潰すわ~。ダンジョンで見つけたら潰すわ~」
王都ではおとなしくしていたけど、ここでは違うとプリエルさんが殺気を漲らせていた。




