第3話 無職ギルド
困った。考えてみれば、メイドがこんな場所をひとりでウロついているのもおかしな話で、若旦那が疑問に思うのも至極当然。
なんとか誤魔化さないと……
「この格好はその……そう、趣味ですっ」
「か、変わったご趣味ですね……」
無理があっただろうか。若旦那の顔が引きつっている。
「いえっ。あのっ、いつお屋敷勤めになってもいいようにっ」
「デリバリービッチでしたか……」
スズちゃんがジト目になっていた。まずいっ。富豪なんかにお呼ばれして、ひと晩のお相手を務める女性だと思われてしまった。
「違いますっ。わたしはまだ乙女ですっ」
「ビッチは皆そう言うんです。若旦那に近寄らないでください」
わたしの前に立ち塞がったスズちゃんが、仕種や口調があざといと侮蔑するように指摘する。あざといんじゃないよぅ。これは素だから仕方ないよぅ……
若旦那の名はエイチゴヤ・スケノシンといい、荷馬車は3台と少ないものの、修行を兼ねてエイチゴヤ商会の隊商をひとつ任されているという。スズちゃんは護衛として一緒にいるのだけど、本業は商会の薬師だそうな。
「わたしは……ナロシ・ユウと言います。ユウと呼んでください」
裸皇ゼンナの名は知られ過ぎているので名乗るわけにはいかない。変に凝った偽名は自分自身が忘れてしまいそうなので、転生前に別の世界で中学生をしていた時の名。成司 優を使うことにした。
「メイドの武者修業とは……また変わったことをされますね……」
わたしのことを若旦那を狙う悪い女だと疑っているスズちゃんから、仕事でもないのにどうしてあんな場所にいたのかと追及され、上手い言い訳が思いつかなかったわたしはシャチーの諜報員と同じ結論に至った。すなわち、武者修行の旅である。
そのせいで、誰にも雇ってもらえないままお仕着せを着てメイド武者修行の旅を続けるおかしな女の子という、意味不明というか不審人物が出来上がってしまった。スズちゃんの目は三角に吊り上っている。
「それではスズキムラの街は初めてですか?」
「ええ。道もわからず路銀も尽きて……」
「ペッ……さっそくお金の無心ですか。若旦那、こいつは悪い女ですよ」
路銀のことを口にすると、スズちゃんがフーッとおかっぱの黒髪を逆立てて威嚇してきた。
「無心じゃありません。モノを売れる市場のことを聞きたかったんです」
「なにか売り物をお持ちで?」
「若旦那っ。こんな女を買ってはいけませんっ」
自分を売るのではないと、収納の魔法を展開し妖獣から採れたぶっとい黒い骨を取り出す。魔力をたくさん含んだ骨で、魔法で火をつけると威勢良く燃え上がって火持ちも良い。煙も臭いも出さないので、修裸の国では高級燃料として使われている炭骨だ。
「ああ……ユウさんは魔法が使えるのでしたね」
「80リットルくらいしか入りませんけど……」
わたしの収納の魔法はそれほど容量が大きくないので、あまり余計なものは入れておけない。
「それはもしかして魔骨ですかっ?」
「これは炭骨っていう燃料ですよ。木炭代わりに使えるんです」
「見せてくださいっ」
若旦那ではなくスズちゃんが興味を示したので渡すと、真剣な表情で炭骨を改め始めた。金属の棒で軽く叩いて音を聞いたりしている。
「どうだいスズ?」
「魔力が行き渡って完全に魔骨化してます。最高品質の魔骨ですよ」
どうやら人族は炭骨のことを魔骨と呼んでいるらしい。炭骨なんてどれも変わらないから、品質も何もないと思うのだけど……
「木炭代わりと言っていましたね。まさか燃やしたんですか?」
「燃料を燃やさないでどうするの?」
「こっ、このバカ者おぉぉぉ!」
ひいぃぃぃ。スズちゃんが怒った。
貴重な魔骨を火にくべるとは何事だと口から火を噴くような勢いだ。なんでも、魔骨はスズちゃんの作る薬の材料に使えるのだけど、高価過ぎて手に入らないので諦めていたという。
「若旦那、この品質の魔骨は魔獣を倒してもそうそう手に入りませんよ」
魔獣……? ああそうか、人族は魔獣と妖獣を区別していないんだった。
わたしたちは魔族と意思疎通が出来て手懐けられる生き物を魔物とか魔獣と呼び、まったくコミュニケーションを取ることができない本能で行動する生き物を妖魔とか妖獣と呼んで区別している。人族はひとまとめにして魔物、魔獣と呼んでいるから、気をつけないとボロが出てしまう。
どうやらこの辺りでは炭骨は貴重品らしい。スズちゃんによると、魔骨は魔物1体からちょっぴりしか採れず、それも魔骨化が進んでいない不完全な魔骨が殆どだという。
修裸の国で倒した妖獣は全身の骨が炭骨として使えたけど、こちらの大陸の生き物は違うみたい。シャチーに教えてあげれば交易品になると喜んでくれるかも……
「若旦那……」
炭骨を胸に抱いたスズちゃんが上目遣いで若旦那を見つめていた。あざとい……
「どうでしょう、この魔骨を大金貨1枚で引き取らせていただくというのは?」
「いえ、取引できる場所だけ教えていただければ……」
路銀の足しになればと薪箱から引っこ抜いてきた炭骨が想定外に高く売れるのは嬉しいのだけど、わたしが欲しいのはそういったものをお金に替えられる市場の情報だった。
「これは失礼。相場を確認しなければ取引はできませんよね」
うっ……
なんか足元を見て値段を釣り上げようとしていると思われてしまったみたい。スズちゃんが親の仇を見るような目でわたしを睨みつけながら低く唸っている。
「いえ、金額が不満というのではなくって、取引できる場所のことを知りたいなって……」
「確かにそういった知識は持っておくに越したことはありませんね」
若旦那が教えてくれたところによると、一番高値で売れるのはそれを欲しがっている人に直接売りつけること。もちろん相手は自分で探さなければならない。それ以外となると、そういった品を扱っている商会やギルドと呼ばれる組合に持ち込んで買い取ってもらうことになる。
商会やギルドもいろいろあるのだけど、自分でも価値のわからないものなら「無職ギルド」がオススメだという。これは定職に就いておらず、他の職業系ギルドに所属できない日雇い労働者のための組合らしい。
「魔骨であれば、魔法素材を扱う商会。魔導師ギルドや薬師ギルドがいいのでしょうが、価格は交渉次第です。当然、相手は買い叩こうとしてきますよ」
無職ギルドの買取価格は底値に近いものの、一定量までなら公表している規定の金額で買い取ってくれ、買取りを拒否されることもない。商会や他のギルドは買い叩くために手段を選ばないから、価値ある物を無価値な偽物と鑑定するくらいは当たり前。偽情報に談合、恫喝なんでもありだという。
この魔骨を無職ギルドに持ち込めば、若旦那の示した金額の7割程度。小金貨7枚から8枚になる。商会に持ち込めば、なんだかんだと難癖をつけられて小金貨4枚以下が提示され、そこから交渉スタートだそうだ。
「そんな交渉やってられません……」
「ええ。ですから、商人としての才覚に自信がないなら無職ギルドが安心です」
せっかくですから行ってみましょうと街に着いたら案内してくれるという。買取金額が若旦那の言ったとおりなら大金貨1枚で譲る約束をすると、スズちゃんはもう自分のものになったかのような顔で炭骨に頬擦りしていた。
「スズも無職ギルドに登録してます。薬師ギルドは入会条件が厳しくって……」
職業系ギルドは街や軍の発注する単価が高くて大口の仕事を組合員に割り振ってくれるものの、いろいろ入会条件が厳しく会費も高い。親方という自分の工房を構えている人達が甘い汁をすするためのギルドだとスズちゃんは怒っている。
美味しい仕事は街や軍の役人と癒着している大手商会や職業系ギルドが独占するという構造がすでに出来上がっているらしい。
「無職ギルドも仲介手数料を天引きしてますけど、面倒な交渉を肩代わりしてくれていると思えば納得の金額だし、親方の元で奉公して紹介してもらう必要もありません」
「スズ。あまり他所のギルドを悪く言うもんじゃないよ」
弟子を組合に紹介した親方はその保証人になるのだから、奉公させて信頼できる弟子を選別するというやり方にも理はあるのだと、プンプン怒っているスズちゃんを若旦那が諭す。
職業系ギルドは発注元と契約を交わし履行義務も賠償責任もギルドが負っている。無職ギルドはあくまでも仲介者で依頼の履行は保証しない。その違いであり、怒るようなものではないと笑っていた。
「だってあいつらいっつも偉そうに……」
「苦労して親方になったんだ。そのくらい許してあげなよ」
結局のところ、偉そうにふんぞり返っている親方が気に入らないスズちゃんだった。
スズキムラの街は中心の古い城壁に囲まれた旧市街と、それを取り巻く新しい外壁に囲まれた新市街からなる城塞都市。街の北側を川が流れていて、外壁の外には水堀が掘られている。街の外にも人が住んでいるらしく、木造の掘立小屋なんかが並んでいた。
「周辺の集落に住んでいた人達です。裸賊の襲撃にあい、住むところを失って逃げてきたんですね」
貧民街があるのかと若旦那に尋ねてみたところ、裸賊の砦近くに住んでいた人達の難民キャンプみたいだった。この地方の中核都市でしっかりした外壁を持っているため、逃げてきた人が集まりやすいという。
若旦那のメイドの振りをして入街審査をパスし、木造の家々が並ぶ石畳の道を進んでいくと、石造りの大きな建物にたどり着いた。無職ギルドの建物だという。
「無職なのにずいぶんと立派な建物なんですね」
「中には魔法が使える荒くれ者もいて、木造では火事になってしまうそうです」
定職に就けない人達だけあって、ギルド内で喧嘩を始めた挙句、炎の魔法を放つような考えなしなのだそうな。そりゃ、誰も雇わないはずだよ……
炭骨を鑑定してもらったところ、買い取り額は若旦那の見立てどおり小金貨7枚と大銀貨8枚。約束どおり大金貨1枚で若旦那に譲ることにする。スズちゃんがヒャッホウと歓声を上げていた。
「ユウも登録しておいたらどうです。入街審査もすぐ済みますし、入街税も免除されます」
無職ギルドの組合員になると会費を取られるけど、一定期間の間に規定量の依頼をこなせば免除してもらえる。会費かギルドの得た仲介手数料から税金が支払われているため、いくつかの税金を個別に支払う必要がない。無職カードを発行してもらえるので、それを提示すればいいらしい。
税金の計算ができない無職のための措置だと、こっそり若旦那が耳打ちしてくれた。
無職カードには氏名、生年、種族、性別、髪と瞳の色、職能なんかが表示される。スズちゃんの無職カードを見せてもらったところ――
『ミモリ・スズ ××年春生れ 人族 女性 髪色、黒 瞳色、茶』
『筆記初段、調薬六段、植物鑑定四段、解体三段、裸道五段』
――とあった。っていうか、裸道あるんだ……
日銭稼ぎに街の外に出ることは最初っから予定していたのでわたしも登録しておく。
申込用紙に記入して、職能は一覧表から魔法と魔族語を選んでおいた。どうして裸道を選ばないのかとスズちゃんは不満そうだけど、修裸でないわたしの裸道はしょせんモドキでしかない。わたしに裸道を名乗る資格なんてありはしないのだ。
戦うたびに脱がなきゃいけないなんて嫌ですし……
「あら、スズさん。本日はなにか御用で?」
「お~う。新規ちゃんの登録プリーズ」
ギルドの職員っぽいお姉さんが声をかけてきた。スズさんなんて呼ばれて、なんか態度デカいよ。
「スズはああ見えて手練れなので顔が利くんですよ」
そういえば、8人もいた裸賊をひとりで倒しちゃったんだもんね。調薬の腕も良く強いとあって、ギルドの職員からも頼りにされることが多いという。
登録の際は職能のテストをするのだけど、魔法は適当にいくつか使えばいいだけだし、魔族語はわたしにとって母国語なので超余裕。最後に箱に入って写真?のようなものを撮影するまで1時間とかからない。
無職カードが出来上がるのを待っていたら、職員のお姉さんが血相を変えてやってきた。
「あなたっ、種族を偽るとは何のつもりですかっ?」
げげぇ……バレた?