第7話 ダンジョンの裏側
なんで生け捕りにしたゴブリンなんて欲しがるのかと思ったら、チイト君が生き物を殺すことに躊躇いを感じているからだという。人型の生き物を殺めることに対する忌避感を乗り越えさせるため、自らの手でゴブリンにとどめを刺させようということみたい。
「1匹弱らせて引き摺っていこうと思っていたら、おあつらえ向きに生け捕りにしてくれた」
放っておいてもいずれ死ぬとわかっている相手では、これ以上苦しませないことが慈悲だという逃げ道が出来てしまう。まだ生き延びる希望がある相手から、その命を刈り取らせる機会を逃したくない。
大銀貨2枚出すから無傷のゴブリンを譲ってくれと覆面少女は取引を持ちかけてきた。
「かまいませんよ。なんでしたら運びましょうか」
「お願いする。暴れるゴブリンを引き摺っていくのは骨が折れる」
この覆面少女はアンズさんくらいの体格しかない。ゴブリンより背が低いわけではないけれど、陸に打ち上げられた魚のようにビチビチ跳ねられては担いでいくのも大変だろう。
わたしが胴体を、トト君に足を抱えさせてエッホエッホと運んでいくと、ふたりの女性を連れたチイト君が待っていた。ひとりは昨日の女性剣士。もうひとりはローブを着た金髪の美しい女性で、髪をド・リールにした魔法使いの女の子の姿はない。
「安心する。あのバカは連れてきていない」
宿で謹慎しているよう命じてきたと覆面少女が教えてくれる。金髪ローブの女性は治癒術師だそうな。
チイト君の目の前にドチャリとゴブリンを転がして、報酬の大銀貨2枚を受け取った。彼が逃がさずにきちんと始末できれば、イカちゃん先生による魔物解体の授業を引き続き行う予定になっている。
「これが魔物? 人じゃなくって?」
「これはゴブリン。このダンジョンに棲みついて探索者を襲う魔物」
ゴブリンは尺取虫みたいに這って逃げようとするけど、覆面少女にロープの端を握られているので逃げられない。目の前に迫った運命を拒絶しようとするかのように、さるぐつわを嵌められた口からくぐもった悲鳴を上げつつ必死に首を振る。
「僕に無抵抗の相手を殺せっていうのか……」
「無抵抗の相手を殺せなくて、どうして抵抗してくる相手を倒すことができる?」
実戦で躊躇えば不覚を取ることになるぞと、チイト君がカナメ師匠と呼んでいた女性剣士の言葉が冷たく響く。
「ここで始末しておかなければ、いつかこのゴブリンの手にかかる犠牲者が生まれるかもしれない」
逃がしてしまえば再び人を襲う。魔物に情けをかけて人族の犠牲者から目を背けるのは、博愛ではなく偽善だと覆面少女がとどめを刺すよう促した。
チイト君がブルブルと震える手で腰に下げた剣を引き抜く。
「なんであいつ、ゴブリン倒すのにあんなに悩んでんだ?」
「牛や豚はおろか、鶏を絞めたこともないのでしょう。殺すということに罪悪感を感じるのですよ」
トト君が能天気な疑問を口にする。優が生きていた世界から召喚に応じたのであれば、殺したことがあるのは虫や魚がせいぜいだろう。わたしは襲いかかってくる凶悪な妖獣を意図せず金剛力で吹き飛ばしまくってしまったので、悩んでいる暇すらなかったけど……
「鶏も絞めたことがないって、あいつ肉喰わねぇの?」
「喰わないわけじゃない。絞めたことがない人くらい、スズキムラにだっているだろう」
まったく空気の読めていないトト君に軍死君が答える。彼らは農業を営む集落の出身で、3人とも上に兄弟がいて田畑を分けてもらえないから街に来て無職になったという。きっと、家畜を潰すなんて日常風景だったに違いない。
「ふ~ん、街のもんはだらしないんだな」
「あんたが田舎もん丸出しなだけよ……」
恥ずかしいから黙っていなさいと、イカちゃんがトト君の耳を捻じり上げる。チイト君はさんざん迷った挙句、ぎこちない手つきでゴブリンにとどめを刺した。切腹するハメになっても、彼に介錯をお願いするのはオススメできない。
「次からは目を瞑るな。実戦なら反撃されてもおかしくはない」
魔物だって生き延びようと必死なのだ。わずかな隙が命取りになるぞとカナメ師匠が指摘するものの、未だに震えが止まらない手で力いっぱい剣を握りしめたままのチイト君の耳には届いていないみたいだった。
「僕が……殺したのか……」
「命を奪うことを罪と感じるなんて、チイトはやさしいのですね。ですが、魔物は人族に害をなす敵なのです。魔族は人族を苦しめることに容赦がありません」
戦わなければ攻め滅ぼされてしまう。「勇者様、どうかその力をお貸しください」と、金髪ローブの女性が目をウルウルさせながら上目遣いでチイト君にお願いしていた。
実にあざとい……
「こうするしかないんだね……僕が……勇者だから……」
チイト君はチョロかった。人のような生き物から命を奪って呆然としていたところに、その行いこそが正義だと全面的に肯定されて、悲しい宿命を背負わされた殉教者のような顔をしている。
そういう契約に同意して召喚に応じたくせに……
ツチナシさんから伝授してもらったホステステクに、とにかく相手を褒めちぎって自己正当化を促し自信を回復させるというのがあった。そんな手に簡単に乗せられるなんて、チイト君はきっと悪い女に引っかかるタイプだろう。
「わかっているよ……人族を救うのが、僕に託された使命なんだって……」
魔族に対する悪意をすり込まれて、すっかりその気になっているチイト君。魔族には人族を攻め滅ぼすつもりなんてないのですけどね……
魔族の支配地域はこの世界の7割に及ぶ……と聞くと圧倒的に思えるかもしれないけれど、実はこのうちの6割が海皇さんの縄張り。すなわち、海だったりする。
陸地に限れば、魔族が支配しているのは4分の1に過ぎない。
陸地の半分は人族の領域で、残りは極地とか砂漠といった互いに価値のない土地。戦力的には優位なはずなのに魔族の支配地域の方が狭いのは、土地を治められるだけの知性を有した魔族が足りないせい。広い地域に戦力を分散しては、数に勝る人族に確固撃破されてしまうので、縄張りを広げすぎるわけにもいかないのだ。
それに人族は、夜皇ちゃん達不死族にとっては優秀な母体であり、嬢皇さん達淫魔族にとっては美味しい食べ物である。そのため、人族根絶を唱えている魔皇はひとりしかいない。
人族は生かさず殺さず……それがG8での基本合意だった。
「この国と君を護るためなら……僕はこの手を汚すこともいとわない」
「チイト……あなたこそ、わたくしの勇者です」
救国の英雄気取りのチイト君に熱い視線を投げかけられて、金髪ローブの女性が頬をバラ色に染めて微笑み返す。だけど、彼女は本当に知らないのだろうか?
勇者という存在の末路を……
まぁ、人族の勇者に対する扱いに、魔皇であるわたしが口を挟むのもおかしな話。契約に同意したのはチイト君なのだから、彼の行く末を気にしても仕方がない。
いずれ訪れるであろうその日まで、せいぜい勇者として働いてもらおう。
「世話になった。勇者のことは他言無用に願う」
「まいどあり。依頼人の秘密を喋ったりしないわ」
ゴブリンの解体教室を終えたイカちゃんが、覆面少女から報酬の大銀貨を受け取っている。勇者として覚醒を果たしたはずのチイト君だったけど、魔物解体の血生臭さには耐えられなかったみたいで、胃袋をひっくり返らせる勢いで吐いていた。
完全にグロッキーになってしまい、今は金髪ローブの女性に膝枕されて休んでいる。
今日のところはチイト君が復活したら引き上げるみたい。勇者の身体能力もあって、チイト君はおよそ剣術五段に相当し、精霊獣を使えば六段のカナメ師匠とも互角に戦えるという。これで兵士としての心構えが身に付けば、エリアDを突破することを目標にするそうな。
エリアDの試練の間ともなると、わたしでは金剛力を使わなければ倒せないような相手だって出てくるはず。プリエルさんくらい強くなければ突破は難しいのだけど……
「待て。精霊獣に対抗できる貴様には、メイドとしてチイトに仕えることを許してやろう」
「お断りします」
わたし達は引き続き探索を続けようと暇を告げたところ、カナメ師匠がメイドにしてやると言ってきた。まったくありがたくない申し出なので即お断り。チイト君のメイドなんかになったら、この先ずっと戦場に付き合わされることになる。
いつでも勇者を始末できるポジションに潜む魔皇というのもアリかもしれないけれど、残念なことに暗殺を狙う理由が魔族側にはなかった。魔族が恐れるのは人族の数。いかに能力が突出していようとも、聖櫃の数までしか同時に存在しえない勇者は脅威でもなんでもない。
「名誉を得る機会を与えようというのに……貴様、それでもこの国の臣民か?」
「やめる。誰もが勇者に仕えたいわけではないとカナメは理解すべき」
せっかくの好意を無下にするとは何様のつもりだと睨みつけてくるカナメ師匠を、メイドにするために連れてきたのではないと覆面少女が止めてくれた。チイト君の周りには変に気位が高い人達ばかり集まっていて、忍者コスチュームの覆面少女が常識人に見える。
「カナメ……ここにいるわたくし達はただの探索者にすぎませんよ」
「はっ……申し訳ございません」
チイト君を介抱していた金髪ローブの女性に窘められると、カナメ師匠は姿勢を正して彼女に一礼した。彼女達の中で一番身分が高く、決定権を握っているのはあの金髪ローブの女性なのだろう。
いささか禍根を残してしまったものの、二度とかかわることもあるまいとその場を後にした。
本日の探索を終えてトト君達と別れた後、わたしは再びダンジョンへと戻った。すかう太くんのレーダーで近くに人がいないことを確認し、小さく「スタッフオンリー」と書かれている隠し扉から従業員専用のエリアへと足を踏み入れる。
「これは修裸のお嬢さん。こんなところに何用ですかい?」
「管制官に伝達事項がありますので、管制室まで連れて行ってください」
わたしを見つけたスケルトンさんに管制室まで案内してもらう。エキストラに不死族が多いことから予想はしていたけど、案の定、ここは夜皇ちゃんの運営するダンジョンだった。
「なんであんたがここにくんのよっ!」
「あれぇ、なんで夜皇ちゃんがここにいるの?」
管制室には、かつて金剛力に半身を吹き飛ばされた夜皇ちゃんがいた。運営責任者として定期ダンジョン監査に訪れていたのだそうな。国主として仕事中なので、わたしに襲い掛かってきたときの魔皇コスチュームではなく、ダークスーツに身を包んでいる。
元気に復活してくれたみたいでなによりだ。
「勇者ですって……まったくやっかいな……」
「エリアDを突破するって、それなりの実力者も連れて来てるみたい」
ここの管制官を任されている吸血鬼の女性を交えて、勇者がダンジョンを訪れていることを説明する。面倒な奴が来やがったと、話を聞いた夜皇ちゃんは眉間にしわを寄せた。
「裸力による防殻を応用した遠隔操作型の人形ねぇ……」
「ガーゴイルでも倒させて満足していただきますか?」
チイト君の召喚特典のことを話すと、管制官の女性が怪物を模ったゴーレムの相手をさせておこうと対策案を出す。
「混沌の暗き炎で焼き尽くしてしまいたいわ」
「勇者を殺っちゃったら冥皇ちゃんが怒るよ」
さっくり始末してしまいたいという夜皇ちゃんをたしなめる。魔皇及びその配下は勝手に勇者を倒してはいけないという決まりがあって、魔皇が勇者をその手にかけることはG8での決議を要する重要事項とされていた。
格下の魔帝とか魔王には適用されない。魔皇だけの秘密ルールである。
冥皇ちゃんは見た目わたしより年下の女の子なのだけど、在位期間は最も長いという最古参の魔皇。地獄という地下世界を縄張りにしている八大魔皇のオピニオンリーダーで、わたしが唯一苦手としている魔皇でもあった。
「まったく面倒なルールね。仕方ないわ。ガーゴイルで適当に遊ばせておきなさい」
「了解しました。裸皇様、勇者の探索者コードはわかりませんか?」
探索者コードというのはダンジョンパス毎に割り振られている9桁の識別番号。実はこのダンジョンパス。探索者の動向を逐一把握できるようにと、魔族から人族に技術供与された魔法具だったりする。
そのため、人族の知らない機能がこっそり組み込まれているのだ。
わたしはチイト君の探索者コードなんて聞き出していないけど、そこはすかう太くんが肩代わりしてくれている。チイト君達のコードを伝えると、管制官の女性が探索者ギルドに登録されている情報を引き出してきた。
ナナヒカリ・チイト 男性 18歳
ヤマタナカ・ヒジリ 女性 19歳
ミモリ・カナメ 女性 23歳
ナナシー04088 女性 13歳
勇者はもちろんチイト君。カナメ師匠の姓はスズちゃんと同じミモリだった。ナナシーという名に番号が付いているのはあの覆面少女だろう。そして金髪ローブの女性は、このアオキノシタやスズキムラのある国名と同じ姓を名乗っていた。
この国はヤマタナカ王国というのだ。ひょっとすると王族かもしれない……
チイト君が勇者であることと、この中にはいないけど強力な魔法を使う少女が仲間にいることを告げ、ちょうどいい機会だとプリエルさんを抹殺対象に選定しないようお願いする。
アンズさんやトト君達は実力からいって候補に挙がる心配はない。
「はみ出し者の怪力エルフ? いいわね、眷属に欲しいわ……」
「ダメですよっ。いずれは修裸に届くかもしれないんですから」
プリエルさんのことを知った夜皇ちゃんが食指を動かしたので、目を付けたのはわたしが先だと優先権を主張しておいた。




