第5話 勇者あらわる
予想していた以上に危機的状況に陥ってしまった。ボーンゴーレム3体を相手取っていたイカちゃんも動きに焦りが見え始め、つい大振りになってしまった隙を攻められて劣勢に追い込まれていく。軍死君はどちらから救援に入るべきか迷っているみたい。
まさかトト君があそこまで考えなしの無鉄砲だったとは……
「イカッ!」
わたしが八つ裂き氷輪を右手に発現させたところで、先にイカちゃんの方から片付けることに決めた軍死君が声を上げる。合図を受けたイカちゃんがバックステップで距離を取り、軍死君が爆発する魔法を炸裂させた。
イカちゃんを囲んでいた内の1体が破壊され、隣にいた1体も体をバラバラに吹き飛ばされる。
足元に転がった頭蓋骨をイカちゃんが一撃。1対1ならボーンゴーレムなんて敵ではないみたいで、残った1体にイカちゃんが両手斧を力任せに振り下ろして叩き潰す。
邪魔者を片付けたふたりがトト君の救援に入り、なんとか試練の間を切り抜けた。
ボーンゴーレムの武器は棍棒も同然の青銅の剣。革の防具を切り裂けるほどの切れ味もないため傷は負っていないものの、トト君はあちこち引っ叩かれてボロボロだ。
「こんのぶわかもんがあぁぁぁ――――!」
そこに容赦なく加えられるイカちゃんの追撃。トト君が行動不能になったため探索はこれまでとし、エリアBに移動した後、そのまま入口へと転送魔法陣を使って戻る。
「今日の稼ぎこれだけ……」
「エリアBには転送で行けるようになったんだ。今日のところはそれで充分だろう」
稼ぎが少ないと黄昏ているイカちゃんを軍死君が慰めていた。本日の探索で手に入ったものは、対ボーンゴーレム用の鉄槌ふたつと、試練の間を抜けたところに落っこちていた大銀貨が1枚だけ。
3人の泊まっている安宿でも2日分の宿代と食費でなくなってしまう。
怒れるイカちゃんにボコボコにされたトト君は、声を出す元気もないのか何も言わなかった。
翌日、イカちゃんと軍死君が仲良くエリアBへと出かけて行くのを見送って、わたしとトト君は探索者ギルドの訓練所へと向かう。追い込まれるとテンパって練習したことができなくなる悪癖を矯正しなければ、エリアBでは足手まといにしかならない。
「なんで俺だけ訓練なんか……」
「エリアBでは鉄器、エリアCになれば鋼の武器が相手です」
昨日、無事にいられたのは相手が青銅の武器しか持っていなかったからで、先のエリアであんなにバシバシ叩かれたら命はないと教えておく。
「せめて防具の使い方を覚えるまではダンジョン禁止です」
「……武器じゃなくて?」
無職で鋼の全身甲冑を装備している人なんてプリエルさんくらいしかいない。ほとんどの人が部分鎧で、それも革製のものが大半。金属を使うのは一部分だけという人が多い。
そのため、致命傷を避けて攻撃を受ける技術が必要になる。
手甲だけ鋼にしているアンズさんは、避けきれない攻撃はまず腕で受け止めるか受け流す。ちゃんと優先順位を決めて避けるか受けるか判断しているのだ。
一方、トト君は防具を着けているだけ。
相手だってバカではないのだから、防御の薄いところを狙ってくるのは当たり前。それを正直にそのままもらっているようでは重い防具を着けている意味がない。
「防具は使いこなせなければ全裸も同然です。防具の硬いところでちゃんと受けてください」
「ぐはっ」
最初の一発はサービスで胸当の上から蹴ってあげる。トト君が着けている防具の内、ハードレザーと呼ばれるカチカチに固めた革が使われているのは帽子、胸当、手甲に脛当だけ。
上腕部に腰、それに首にも顔にも防具はない。
「動きをよく見てください。これはキャンキャン踊りですよ」
両手でスカートの裾を持ち上げて、一定のリズムで動いているのにトト君はわたしの蹴りを防ぎきれない。しばらく続けたところで、トト君の視線がわたしの左右どちらかの足先にしか向いていないことに気が付いた。
しつこくわたしの右足を見ていたので、大きく時計回りにグルリと回してから右足に重心を移し左足で回し蹴りを放つ。右足の動きに気を取られていたトト君は、視界の外から首筋を襲った蹴りに目を真ん丸にして驚いている。
今どき円月殺法に引っかかるなんて……
「視界は常に相手の全身を捉えるように。一か所に集中するからフェイントに弱いんです」
「おいおい、ありゃあどこの坊ちゃんだぁ。メイドに稽古つけられてやがるぜ」
エイチゴヤのお仕着せを着ているせいか、わたしをメイドだと勘違いした探索者らしきモヒカンがトト君を指差して笑っていた。金属の鋲を打った革の胴衣という、実にモヒカンらしい格好をしている。
「そんなガキの相手してねぇで、俺の上でキャンキャン踊ってくれよ」
乙女の敵決定。ノコノコ近づいてきたので、右足に風を収束して衝撃波を放つ魔法を纏わせて蹴り飛ばす。威力は抑えたつもりだけれど、10メートルくらい吹っ飛んで地面に転がった。
「なにしやがるっ!」
「邪魔をする乙女の敵はこれで切り落としちゃいますよ」
収納の魔法からトマホークを取り出して、ニッコリ微笑みかけながらペシペシと掌に打ちつけて鳴らす。モヒカンは「この蛮族メガネッ」と捨て台詞を残して逃げて行った。
乙女の敵は死刑が当然なのだから、命を取られなかったことに感謝するべきだと思う。
気を取り直してトト君に稽古をつけている内に、なんとなくトト君の考えが掴めてきた。何かをしようと一度行動決定すると、それが成功、若しくは失敗するまでひとつのことに囚われてしまうみたい。
わたしの右足を捉えようと決めたら、それに気付いたわたしが右足を引いてもその考えを捨てられず、ターゲットの動きばかりを気にしている。わざと右足を出してみたところバカ正直に掴みかかってきたので、ヒョイと引っ込めてわき腹に左足を叩き込む。
今ので失敗と判断したようで、今度はわたしの左足に狙いを変えた。視線が左足ばかり追っているのでバレバレだ。左足の動きを囮に右足で蹴りを繰り出せば、面白いようにポコポコ当たる。
「視線でどこを狙っているのか丸わかりです」
「ええっ」
これは思っていたよりも先が長そうだと防御することだけに集中させた。カウンターを狙うから、それ以外のことが意識の外へ追いやられてしまうのだ。まずは相手の全身を見るところから始めないといけない。
「ちょっ。ユウさん、はやっ」
「相手が1体とは限らないって、昨日思い知ったのではありませんか」
攻撃のテンポを上げていくと早くもトト君が音を上げる。昨日みたいに2体を相手にすれば、素早い連撃どころか同時攻撃だってあり得るのに、なんとも悠長なことを抜かしていた。
「視点を一か所に留めないでください。足元がお留守になってますよ」
上半身への攻撃を続けた後に足を払えば、トト君は簡単に地面に転がった。これでは剣術や拳術をいくら練習したところで二段にはなれないだろう。
視線の置き方や思考そのものが訓練されていないのだから……
「稽古と称して素人を虐待しているメイドというのは君か?」
言葉だけでどうにかなるものでもないので、組手を重ねて身に付けさせるしかないとトト君をボコボコにしていたところ、背後から失礼な声をかけてくる人がいた。振り返ってみれば、18歳くらいの青年とも少年とも言い難い黒髪黒目の男の子がわたしを睨みつけている。
格好から察するにどこぞのお坊ちゃまっぽい。装飾の入った金属の胸当に肩当まで着けているし、腰に下げている剣もまたずいぶんと凝った鍔がついている。柄頭にあしらわれている宝石は、ホムラさんの杖に付いていた宝玉のようなものだろうか。
もしかしたら、何がしかの魔法の効果を持った魔剣かもしれない。
「違いますね。邪魔しないでください」
素人同然とはいえトト君だって立派な有段者だし、なによりわたしはメイドではない。誰を探しているのかは知らないけど人違いに決まっている。
「しらばっくれるなよっ。ここにメイドは君しかいないじゃないかっ」
「メイドというのは女性の家事使用人を指す言葉でわたしは無職です。よって、わたしはメイドではありません」
しつっこいので、完璧な三段論法でサクッと論破しておく。
「ならその格好はなんだっ?」
お坊ちゃまは論破されたとたん他人の服装に論点のすり替えを図ってきた。若そうに見えるくせに小賢しいなんて、将来は屁理屈ばっかり垂れる大人になること間違いなしだ。
「メイドとは職業、若しくはその職に就いている人を示す言葉で格好は関係ないはずです」
「誤魔化すなっ!」
論点すり替えで誤魔化そうとしているのはお坊ちゃまの方なのに、偉そうにわたしを怒鳴りつけてくる。立場が悪くなると勢いで相手を飲み込もうとする性質の悪い手合いだ。
これは教育が必要ですね……
「声を荒げれば相手がおとなしくなると考えてるんですか。裕福そうな割にまともな教育は受けられなかったのですね」
「なっ……メイドが偉そうにっ」
そもそも雇い主でもないのに他人を使用人と呼ぶ方がよっぽど偉そうだと思うのだけど、お坊ちゃま的にはそれが当たり前みたい。
「おいっ。彼女で間違いないんだろうっ?」
「そいつです。近づくと問答無用で攻撃してきますぜ」
誰に確認しているのかと思ったら、お坊ちゃまの後ろにさっきのモヒカンが隠れていた。どうやら素人虐待を止めようとした心優しいモヒカンを、わたしが一方的に攻撃したという話になっている様子。
お坊ちゃまは訓練場で公開リンチなど僕が許さないと正義感に燃えている。
「そんな人の言うことを真に受けてるんですか?」
「僕は外見で人を判断したりしないっ」
なんかイイこと言ったみたいな顔を決めているお坊ちゃま。服装でわたしをメイドと判断したことは、3歩と歩かない内に記憶から抜け落ちてしまったみたいだ。
「おいっ。訓練の邪魔をすんなよっ」
虐待被害者でありながら蚊帳の外に置かれていたトト君が、早く訓練を終わらせてダンジョンに行きたいんだと声を上げる。
「君は騙されているんだ。こんなやり方続けるより、道場で指導を受けたほうがいい」
自分が騙されていることを微塵も疑わない人が、真顔で他人に騙されていると警告する姿は滑稽としか言いようがない。他人に言う前に、まずは鏡に向かって言ってみた方がいいと思う。
「それでいつエリアBに行けるようになるんだよ?」
「君次第だけど、冬の間みっちり鍛えてもらえば春には」
「バッカじゃねぇのっ。そんな金どっから湧いてくんだよっ」
お坊ちゃまはお金に苦労した経験がないみたい。冬を越す資金を貯めに来たトト君に、春まで無収入で道場に通い続けるお金なんてあるわけないのに……
「僕は君のために忠告しているんだぞっ」
うわぁ……でた、「君のため」論法。妥当性を著しく欠いた主張でも、お前のためなのだから言うことを聞けという恩着せがましい言い分だ。論点をすり替えたところで、トト君にお金がないという事実は覆らないと気が付かないのだろうか。
「それのどこが俺のためなんだよ。引っ込んでろヴァ~カッ」
「余計なことに付き合っている暇はありません。訓練を続けますよ」
トト君にアッカンベーされてプルプル震えているお坊ちゃまは放っておいて訓練を再開する。剣の使い方自体はすでに習っているのだから、ひとつのことに囚われてしまう思考を矯正すればそれなりの形にはなるはず。
習ったことを忘れてしまうのも、いくつもの考えを捨てきれずパニックを起こしているせいだと思う。
「まだ話は終わってないっ。顕現せよ白銀の牙っ!」
自分の目の前で虐待など続けさせるものかと、お坊ちゃまが右拳を振り上げて叫ぶ。彼の足元近くに魔力が集中していき、体長が150センチはありそうな氷のオオカミが姿を現した。
「なんだあれっ?」
「精霊獣を見るのは初めてかい?」
驚いて声を上げたトト君に、得意そうな顔でこれが精霊獣だとご丁寧な解説を加えるお坊ちゃま。魔法に対する高い耐性を備え、物理的な攻撃もほとんど効果がなく傷ついても再生するという。
「なんだよそれ……無敵じゃないか」
「無敵でも何でもありません。アレはこけおどしって言うんです」
「勇者の恩恵を甘くみない方がいいよ」
勇者……恩恵……
すると、このお坊ちゃまは異世界から召喚された勇者?
この精霊獣というのは召喚特典によるもの?
またやっかいなのに出会ってしまったものである。勇者君は今すぐに虐待を認めトト君に謝罪しないと精霊獣をけしかけるぞと脅してきた。
まったく……どうして勇者がこんなところをウロウロしているんだか……




