第4話 ルーキー達のダンジョン探索
どうしてトト君達新人パーティーがアオキノシタにいるのかと思ったら、スズキムラにはいい仕事がないからみたい。元々、無職の人達は魔物も出没する川の北岸側を主な活動エリアにしていたのだけど、今は裸賊の勢力圏になってしまっている。
裸賊討伐軍の支援部隊――医療知識のある衛生兵に建築技術を持った工作兵。物資の管理に長けた計理兵など――を殺さずに連れ去った裸賊は急速に軍隊化を進めていると思われ、パーティー単位で活動するのは危険だと無職ギルドから警告が出されたという。
冬場は天候のせいで仕事にならない日も多いので、ある程度まとまったお金を蓄えておこうと出稼ぎにきたのだそうな。
「ユウさんはダンジョンに行かないの?」
「わたしは付き添いできたのですけど、詳しい人がいて案内も必要なさそうでしたから」
イカちゃんがどうしてキャンキャン踊りなんてやっているのかと尋ねてきた。魔皇であるわたしがダンジョンで魔物を倒していくのもおかしな話。わたしはスズちゃんから逃げたかっただけで、ダンジョンに興味があったわけじゃない。
アンズさん達が危ないところに踏み込まないようダンジョンガイドでもしようかと思っていたけど、プリエルさんが思いのほか詳しかったので出番がなかった。
「なら俺達と行かないか? エリアCはそれなりに稼げるって話だし」
「トト。俺達の実力でエリアCまで行けるとは限らないんだぞ」
わたしがエリアCまで行ったことを話すと、トト君に一緒に来ないかと誘われた。残念だけど、軍死君の言うとおりこの3人にエリアCは早いと思う。エリアCは殺る気20パーセントといったところだけど、グールの罠にはまった探索者達のように迂闊な行動は死につながる。
「手は出さないという条件でよければ案内しますよ。どこまで行けるかは皆さん次第です」
トト君の性格を考えれば、実力以上のエリアに連れて行くのは親切ではない。エリアCに行けるようになれば、わたしがいなくてもエリアCに突入するだろう。そして、そのままあの世まで駆け抜けてしまうに違いない。
戦闘には手を貸さないアドバイザーということで同行することに決めた。
「むしろエリアCに放り込むべき。勝手に死んでくれる」
「そうですよっ。生きていられる方が迷惑ですっ」
わたしがトト君のアドバイザーになったことを知ったアンズさんとワカナさんが憤慨していた。隊商の護衛をした時に、作戦を台無しにしてくれたことをまだ許していないのだ。
トト君の勝手な行動でホムラさんを失うところだったのだから、ふたりが怒るのも仕方がない。
「ルーキーのことなんてネグレクトするです」
「他人のことに文句を言ってる暇はないわ~。さっさとお行きなさ~い」
ここはダンジョンの入口前。ホムラさんは放っておけと言い、まだ以前の腕前には戻っていないとプリエルさんがふたりを急がせる。
「ダンジョンの中に法はない。これで後ろから一撃する」
アンズさんが予備のトマホークを手渡してきた。わたしにこの手を汚せというのだろうか……
「エリアCで見かけたら、ワカナの弓が火を噴きますよっ」
ダンジョン内で見かけたらその場で始末してやるとワカナさんも気勢を上げていた。エリアCへと転送されていく4人を見送り、待ち合わせ場所でトト君達がやってくるのを待つ。
しばらくすると新人パーティーがやってきた。命を狙っている者が徘徊しているとも知らずに、エリアCまで行くのだとトト君の鼻息は荒い。アンズさん達が一日でエリアCまで到達できたのはプリエルさんがいたからで、この3人ではエリアBまでたどり着ければ良い方だろう。
「エリアAで襲ってくる敵は少ないです。ですけど、逃げる敵を追いかけないほうがいいですよ」
エリアAに転送されたところで注意しておく。お化け屋敷のようにこちらを驚かせて逃げるスケルトンさんはトラップゾーンへの案内人。襲ってくるのはボーンゴーレムという、スケルトンさんに見せかけた魔法で動く骨人形だ。
武器を持っているのがボーンゴーレムなので、知っていればひと目で見分けられる。
「スケルトンだ。待ちやがれっ」
「ちょっとトトッ。追いかけないほうがいいって……」
イカちゃんが止めるのも聞かず、スケルトンさんを追いかけてトラップゾーンへと足を踏み入れるトト君。さっそく腰くらいの高さしかない水入り落とし穴に落っこちてズブ濡れになった。
まぁ、エリアAのトラップはいたずらレベルなので大怪我をする心配はない。
もっとも、トラップが作動する仕掛けは先のエリアで使われているのと同じものだから、エリアAで痛い目を見ておくのも悪くないと思う。そのために用意された入門エリアなんだし……
「剣も弓も初段なのに、今度は裸道を習うつもり?」
着替えなんて用意していなかったので、トト君は素っ裸になって服をギュウギュウと絞っている。初段を増やすより、どれかひとつを二段にしろとイカちゃんが呆れたように声をかけた。
「裸で戦うって正気じゃないだろ。あんなの強いのかよ?」
「ユウさんは裸賊の大集団を全裸で吹っ飛ばしたそうだけど」
「マジ……?」
イカちゃんは隊商の後ろの方を護衛していたので、わたしが裸道でやっつけたという話を聞かされているだけ。裸賊の規模も金剛力で吹き飛ばしたところも目撃されてはいない。
「強い弱いは使い手の問題です。適、不適はあっても、技能に優劣はありません」
体術に魔法を加えた総合戦闘術である裸道が弱いはずないのだけど、裸道が強いという間違った考えを持たれては困る。トト君本人が弱ければ、どんな技能を覚えようと弱いままだと釘を刺しておく。
「ユウさん……脱いだのか?」
「ヘンな目で見ないでくださいっ」
トト君がギンギンに血走った眼差しをわたしに向けてくる。これだから男の子は……
「乙女の敵はこのトマホークで切り落としちゃいますよっ」
「うわおっ」
収納の魔法からアンズさんに借りたトマホークを取り出して振るう。刃が汚れてしまうけど、洗って返せばいいだろう。
「待って。今、先っちょかすったっ!」
「次は先っちょでは済ませません。覚悟しておくことです」
トト君に服を着せて探索を再開する。濡れた服が動きにくいみたいで、トト君がスケルトンさんを追いかけなくなったのはいいのだけど、重いだの気持ち悪いだのとブチブチ文句を零すようになった。
「なんだこれ宝箱か――いでっ!」
行き止まりになっている通路の奥で頑丈そうな箱を見つけたトト君が、不用意に留め金を外そうとして毒針が飛び出す罠に引っかかる。このエリアでは毒の代わりに治癒薬が塗られているので解毒は必要ない。
「少しは疑えトト」
通路に置きっぱなしの宝箱なんて罠に決まっているだろうと、軍死君が槍の石突で箱を突いてひっくり返す。木箱の縁を鉄で補強した造りなので、イカちゃんが斧で底面を壊して穴をあけた。
中に入っていたのは鳥のもも肉みたいな形をした鉄槌がふたつ。
「鋼……じゃないわね。鋳造品の安物だわ」
「スケルトンを相手にするにはいいんじゃないか」
このエリアで襲ってくるボーンゴーレムは、頭蓋骨を破壊しない限りバラバラにしてもまたくっついて動き出す。刃物はあまり有効ではないので、トト君と軍死君が持つことになった。
イカちゃんの両手斧は重量に任せて叩き潰してしまえるので問題ない。
第三階層まで降りるとボーンゴーレムが襲ってくるようになる。軍死君が魔法で先制攻撃を加え、近づかれたらイカちゃんが両手斧でバラバラにし、転がった頭蓋骨をトト君が鉄槌で打ち壊していく。
戦っている3人の後方から新たなボーンゴーレムズがやってきて、わたしの横を通り抜けて軍死君に向かっていった。すかう太くんの発する識別信号により味方だと認識されているから、わたしが襲われることはない。
『ヘイ、お嬢さんはどちらの魔族で?』
3人が戦闘に気を取られている間に、物陰に隠れていたスケルトンさんが魔族語でこっそり話しかけてきた。味方の識別信号を発している正体不明の魔族がいるので、ダンジョンの管制室から確認するよう指示されたのだろう。
『修裸の国の者です。人族に紛れ込んでいるところですので……』
『合点承知之助』
スケルトンさんはわたしの答えに右手の親指を立てて返すと、隠し扉から従業員専用通路へと姿を消す。そう、このダンジョンというアトラクションを運営しているのは他でもない魔族であった。
魔族にとって一番困るのは、人族が一丸となって総力戦を挑んでくること。戦場で勝利するのは魔族だろうけど、繁殖力に優れる人族に消耗戦を挑まれるのは都合が悪い。
そのため、魔族の対人族戦略は「戦力統一を阻害する」というのが基本方針とされていた。
ダンジョン運営もそのひとつ。規律の厳しい軍隊に志願するよりも気楽に稼げるアトラクションを用意して人を集め、エリアという形で力量による選別を行う。そして、魔族にとって脅威と判断される相手から優先的に間引いていくのだ。
魔族の間ではエリアCまでが「客寄せエリア」、エリアD以降が「殺っちまうエリア」と呼ばれている。
3人に気付かれないようわたしに接触することが目的だったのだろう。スケルトンさんが姿を消した途端、ボーンゴーレムによる波状攻撃が止まった。
「魔骨のひとつもないのかよ……」
「まぁ、エリアAだからな」
トト君がバラバラになった骨を蹴飛ばしている。ボーンゴーレムは骨人形なので、作る段階で仕込んでおかなければ魔骨なんてあるはずもない。
「ここは稼ぎにならないってわかってるんだから、先へ急ぎましょ」
イカちゃんがふたりを急かす。エリアAは稼ぎにならないけど、ダンジョンは人を軍に入隊させないことが目的なので、エリアBで兵卒並、エリアCなら下士官並の稼ぎになるよう設定してある。
程なくして、エリアBへの転送魔法陣がある場所近くまで到達した。
「この先に控えの間、試練の間があって、その奥に転送魔法陣があります」
控えの間と試練の間の扉は同時には開かないようになっていて、一度に中に入れる人数を制限している。試練の間にはいわゆるボス敵みたいなのが居座っていて、倒さなければ次のエリアに行くことはできない。
控えの間を抜けて試練の間の扉を開く。奥に閉ざされた扉があり、左右に骨の山が積み上げられていた。わたし達が足を踏み入れると、骨の山の中からガシャガシャとボーンゴーレム達が姿を現し襲いかかってくる。
「全部倒せば奥の扉が開く仕掛けです。頑張ってください」
「ユウさんは手伝ってくんないの?」
「わたしはアドバイザーですから」
ボーンゴーレムは6体といったところ。持っている武器もなまくらな青銅の剣だし、これくらい自分達で何とかできなければエリアBでは稼げない。
「イカッ、右からくる奴を頼む。トトは近づいてきた奴を――って、おいっ!」
右はイカちゃんに任せ、左は軍死君が魔法で攻撃。トト君は軍死君に敵を近づかせないように立ち回るというのが軍死君の作戦だったのだろう。実にオーソドックスで良い判断だったと思う。
トト君が指示を待たずに飛び出して行かなければ……
「こいつらの動きはわかったっ。俺だってやれるっ」
さっきの波状攻撃をしのいだことで自信をつけてしまったみたい。試練の間のボーンゴーレムがさっき出てきたのと同じだとは限らないのに……
あっという間に2体に挟まれて孤立させられていく。
「なんだこいつらっ。さっきまでのと違うっ?」
わたしに接触するためにぶつけた囮のボーンゴーレムは近づいて剣を振るうだけだったけど、ここは仮にも試練の間。防御や回避もしてくるし、仲間と連携して3人の分断を図ってくる。
当たると爆発する火球の魔法で軍死君が1体破壊したけど、トト君を巻き込むから救援には使えない。爆発しない炎の矢を撃ち込むものの、骨は燃えないからボーンゴーレムは意にも返さなかった。
3体を相手にしているイカちゃんにも助けに行く余裕はなさそう。
焦ると練習したことを忘れてしまうという悪癖が顔を出したみたいで、トト君はやたらめったら剣を振り回している。あんな大振りを続けていたら、すぐに疲れて動けなくなってしまうだろうに……
「トトォ――――ッ!」
とうとうボーンゴーレムの剣が動きの鈍ったトト君のわき腹を捉え、囲まれて救援に向かわせてもらえないイカちゃんが悲鳴を上げた。




