第3話 キャンキャン踊り
アンズさん達は連日、ダンジョンのエリアCでプリエルさんにしごかれている。プリエルさんがいればわたしが案内する必要もなさそうだったので、今日はひとりでアオキノシタの街を観光させてもらう。
探索者がダンジョンで稼いだお金を落としてもらうためか、この街は娯楽で溢れていた。レストランやパブには芸を披露するためのちっちゃなステージが用意され、お客さんの多い時間には歌手や演奏家、芸人達がやってきて目と耳を楽しませてくれる。
大人のショーを売りにしている劇場も多く、男性向けのみならず、女性向けのショーもあるらしい。ムキムキのオニーサン達がブラブラさせながら踊ってくれるという。
そんな修裸の国の日常風景にお金を払うつもりなんてこれぽっちもないわたしは、ちょっとお高いシアターレストランでキャンキャン踊りなるものを楽しみながらランチと洒落込むことにした。
「お~待たせいたしました。キャンキャンガールズをお楽しみくださ~い」
チキンのキノコソテーに舌鼓を打っていたところ、ステージの上に8人の踊り子さんが登場してキャンキャン踊りが始まった。表にも裏にもフリルがいっぱいのロングスカートを身に着けた踊り子さん達が、音楽に合わせてスカートを翻しながら踵落としや旋風脚を繰り出している。
華やかな衣装なのにアクロバティックで激しい踊り。下着がチラチラするのだけど、身なりの良い裕福そうな女性達も大喜びで拍手を贈っていて、あまりイヤラシイ印象はないみたい。
覚えていれば、もうちょっとミユウの人気を維持できたかもしれないと思うと悔やまれた。
ランチタイムショーが終わり劇場を兼ねたレストランから出ると、キャンキャンガールズの踊り子さん達が玄関ホールでお見送りをしてくれている。ファンサービスの一環なのだろう。握手に応じたり、リクエストされたポーズを取ったりと忙しそう。
ファンショップも併設されていて、踊り子さんが販売されている衣装の着け方なんかを説明してくれるのだけど、わたしは一枚のチラシに興味を惹かれた。
「うふふ……お嬢さん、キャンキャン踊りに興味があるのかしら?」
それはキャンキャン教室のチラシだった。踊り子になるための本格的な訓練コースとは別に、素人向けの1日体験コースも用意されているという。
「この体験コースというのは、次はいつ開かれるんですか?」
踊り子のお姉さんに尋ねたところ、ショーの監督をしているという年配の女性を呼んでくれた。かつて一世を風靡したキャンキャンダンサーで、今はキャンキャン教室のコーチを務めている人らしい。
「体験コースの申し込み? 明日でも明後日でもやってるけど、これくらいは揃えておいて欲しいかな」
ミセス・ハヅキというコーチの女性から、フリル付きのオーバーパンツと髪留め、レッスン用の布シューズをお勧めされる。服装は今着ているエイチゴヤのお仕着せでもいいそうな。
全部合わせても大銀貨1枚もしないのでファンショップで購入し、明日のコースに申し込んでおいた。
翌日キャンキャン教室に行ってみると、とある食事処のウエイトレスさんだという5人組と一緒になった。体験コースではなくワンデイレッスンの練習生だという。
おひねりはお店ではなく直接ウエイトレスさんの収入になるので、本職の踊り子を目指す人以外にもキャンキャン踊りを習いに来る人は多いらしい。
「ユウのそれは格闘術ね」
柔軟体操をした後、いくつかの動作――正面に足を振り上げて頭のてっぺんにつま先をつける蹴りと旋風脚――をしてみせたところ、ミセス・ハヅキはそれが拳術の技であることを見破った。
「キレが良すぎるわ。お客さんにリラックスして踊りを楽しんでもらうのがショーの目的よ」
目にも留まらぬ早業ではお客さんがついてこれない。どれほど技巧的に優れていようとも、見る人に極度の緊張を強いるようでは本末転倒だとダメ出しをされてしまう。
相手を蹴り倒す必要はない。というか、同じステージ上にいるダンサーを蹴り倒されては堪らないと、脚は前に出すより高く振り上げる。ステージが狭いことも多いので、あまり位置を動かずに技を繰り出せるよう動きを矯正された。
「体の軟らかさとバランス感覚は相当なものね……1軍以上かも……」
キャンキャンガールズの内、キャンキャン劇場という専用ステージでやっているショーに出演している人達のことを1軍と呼ぶみたい。わたしがシアターレストランで見たのは2軍の踊り子さん達だそうな。
「かなり仕込まれましたので……」
わたしに裸道を教えてくれた魔族は、いかなる技の使い手であれバランス感覚を鍛えることは基本だと靴を履くことを禁止した。片手で掴めるくらいのボールをふたつ渡され、代わりにボールに乗って生活するよう命じられたのだ。
ムチャクチャなやり方だと思ったけど、数年にわたる玉乗り生活はわたしのバランス感覚をきっちり鍛え上げてくれた。スズちゃんが相手では難しいけど、マロミちゃんくらいなら玉乗りしながら組手をすることもできると思う。
「なにあの人……タコなの……?」
ミセス・ハヅキに言われるまま、できるだけ移動しないように前方、後方ブリッジをしてみせたところ、まだ膝を伸ばしたままでは胸の辺りまでしか脚を上げられないウエイトレスさん達にタコ星人認定されてしまった。
「今日は良く晴れているから、ちょっとお客さんの反応を見に行きましょうか」
アオキノシタの街には枯井戸公園と呼ばれる大道芸人が集まる公園がある。そこでキャンキャン踊りを披露して、見ている人達の反応を確かめようということらしい。
他の芸人からお客さんを奪えれば良し、喝采がもらえるようなら上々。おひねりが飛んでくるようなら最高だという。
ドラムセットを担いで枯井戸公園に着いてみれば、ミセス・ハヅキの言ったとおりいろんな芸人が思い思いのパフォーマンスをして観客の目を楽しませていた。ジャグリングにアクロバット。演奏と歌に動物を使った芸をしている人までいる。
「キャンキャン踊りが始まるよ~」
適当に開いている場所を選んでパフォーマンスをすればいいみたい。わたしとミセス・ハヅキがドラムセットの準備を始めると、初めてではないのかウエイトレスさん達がお客さんを呼び込みに行った。
最初はウエイトレスさん達から。ミセス・ハヅキがドラム係でわたしは適当にタンバリンを叩く役だ。ジャーンジャーンとシンバルが鳴らされ、ドラムに合わせてウエイトレスさん達が踊り始める。
お客さんの喰い付きは悪くない。男性ばっかりということに目を瞑るなら……
あ……またひと組カップルが離れて行った……
若いウエイトレスさんが見たくて集まってきた男性達の異様なノリに、カップルや女性グループが敬遠してしまい近づいてこない。まぁ、チクミちゃんのファン達も似たようなものだったけど、本当にこれでいいのだろうか。
「ビッチがケツ振って人様の邪魔すんじゃねぇよ……」
「ここをストリップ小屋と間違えてんのかクソ女ども」
スカートが翻るたびにピーピーヒューヒューと歓声が上がっていたところに、ふたりの男性が横から割り込んできた。近くで宙返りとかのアクロバットを取り入れたダンスをしていたふたり組だ。
どうやらお客さんを取られた腹いせに来た様子……
「どっちが客を取れるか共演といこうぜ」
ウエイトレスさん達が躍っているところにズカズカと入り込んできて、勝手にアクロバットを始めた。共演なんて言ってるけど、キャンキャン踊りを中断させるつもりなのは明白。両手で体を支えながら脚を開いてグルグルと旋回する技を足払いのようにウエイトレスさんの足元を狙ってやるし、ぶつかりそうな位置でバク宙なんて決めている。
若い女の子というだけで観客を取られて腹が立つのはわからなくもない。ウエイトレスさん達のキャンキャン踊りは、キャンキャンガールズと比べれば数段どころかひと桁劣る。
だけど、彼らのパフォーマンスだってそれに負けず劣らず酷いものだった。
――まるでお猿さんですね……
器用に身体をクルクル回すけど、動きが小さいため躍動感がまったく感じられない。回転は素早いのだけど正しい位置でピタリと止められず、技が終わるたびに姿勢が崩れるのをフォロースルーのように見せかけて誤魔化している。
流れるようにパフォーマンスが続くのではなく、ブツ切りの連続なのでテンポも良くない。結局のところ、お客さんを捉まえておける魅力がなかっただけ。邪魔をしたなんて言い掛かりも甚だしい。
「おいおい、踊らないのなら出て行けよ」
「では、わたしと踊っていただきましょうか……」
近くで震えていたウエイトレスさんにタンバリンを渡して前に出る。ミセス・ハヅキがシンバルを鳴らし、激しくドラムを叩き始めた。つまり、わたしに任せてくれるということみたい。
「あん? メイドが何をしようって――うをっ!」
お仕着せのスカートを摘み上げ、ブーツの踵を顎にかすらせるように振り上げれば相手は簡単に腰を引いた。わたしと同じ旋風脚みたいなこともしていたけど、格闘術を修めているわけではなさそう。
足払いを旋風脚でかわし、後ろから近づこうとするもうひとりをサソリの尻尾のように脚を振り上げて牽制する。
格闘術ではないせいか、このふたりの動きは前振りが大きい。勢いをつけようと体を捻ったり、今からジャンプしますと言わんばかりに屈み込むから、目の前に蹴りを繰り出して動きを潰してしまうのは容易だった。
「くそっ。このままで済むと思うなっ!」
アクロバットのふたりはウエイトレスさんのチラチラを台無しにされた人達に石を投げられ、どう考えてもこのままで済ませた方が痛い目に合わなくていい捨て台詞を残して去っていく。
「いい気味だ。たいしたパフォーマンスでもないのにデカい面しやがって」
いつの間にやらキャンキャン踊りを見物にきた人の他に、近くでパフォーマンスをしていた芸人さん達まで集まっていた。なんでもあのふたり、お客さんを集めている人のところに乱入する常習犯で、芸人さん達の間でも鼻つまみ者だったという。
「集客力がないから人の集まった場所を乗っ取るのよ。パフォーマーというより寄生虫ね」
妖精さんみたいな衣装を着けて輪っかを使ったジャグリングをしていた女性が教えてくれる。
「ミセス・ハヅキ。ずいぶんな強者を連れて来ましたね。踊っているようにしか見えませんでしたよ」
ふたつのお椀を底でくっつけたようなコマを糸の上で回す芸を披露していたピエロの男性が手を叩きながらやってきた。ミセス・ハヅキと顔見知りみたい。
「ええ、これで身長さえあれば1軍に推せるのだけどねぇ」
キャンキャンガールズはまず長身でスタイルのいいことが絶対条件。全員がホムラさんやプリエルさん並に背が高いので、平均よりちょっと低いかなといったわたしでは並んだ時に凹みが出来てしまう。
1軍ともなると、見目麗しく髪や肌の色が衣装にマッチすることまで要求されるそうな。
ピエロの男性はミセス・ハヅキが全盛期だった頃に共演していた芸人さんで、劇場の大型化に伴って器用さが売りの技はお役御免になってしまったらしい。大きな舞台装置を使った派手なパフォーマンスが今の主流だという。
「この子達でよければ一緒にどう?」
「よろこんで」
ピエロの男性と妖精さんの女性に挟まれて、わたしとウエイトレスさん達が交互に前後を入れ替えながら踊る。妖精さんはジャグリングを、ピエロの男性は両手に持った棒で空中にある棒を落っことさないように叩いて回す芸を披露していた。
異なるパフォーマンスをいっぺんにやるのは珍しいのか、お客さんがどんどん集まってくる。今度は男性客だけじゃなく、女性客やカップルも足を止めて見てくれていた。
だけど、乙女の敵はどこにでも潜んでいるものだ。
最前列でわたしを見て目を丸くしている濃い茶色の髪をした無職の女の子と黒髪ロン毛のチクミファンの間で、不躾にしゃがみ込んでスカートの中を覗こうとしている丸刈りの男の子がいた。足を大きく前後に開く前方ブリッジを2回続けて彼の前に立ち、ニッコリと笑顔をサービスした後、スカートを翻しながら右脚を高々と振り上げる。
「おおっ!」
思わず歓声を漏らす不埒者の頭の上に、わたしは容赦なくブーツの踵を振り下ろした。




