第2話 ダンジョン都市アオキノシタ
スズキムラから西へ4日ほど進むと、ダンジョン都市として有名なアオキノシタの街に到着する。スズキムラより人口が多く、背の高い建物が密集している狭苦しい街で、そしてなによりガラが悪い……
ダンジョン探索者と呼ばれる限りなく無職に近いならず者達で街は溢れかえっていた。
これからダンジョンに向かうという雰囲気でもないのに、武器をこれ見よがしにぶら下げている人の多いこと多いこと。この街は昼食を摂るのにも武器が必要なほど治安に問題があるのかと心配になる。
もっとも、そんなならず者達も完全武装のプリエルさんを見た瞬間に目を逸らすのだけど……
「今日は探索者ギルドでダンジョンパスを作って~、さっそく明日から探索よ~」
ダンジョンパスというのは、ダンジョンの中にある転移魔法陣といった仕掛けを動かすための魔法具。そもそも入口からして転移魔法陣なので、これがないとダンジョンに入ることすらできない。
この街には無職ギルドがなく、代わりに探索者ギルドが物品の買取りや探索用品の販売といった仕事をしているらしい。無職ギルドと提携しているらしく、無職カードがあれば新規登録の必要はないという。
プリエルさんが説明しながら石造りの頑丈そうな建物に案内してくれた。
「おい……あいつ【鉄棍鬼】じゃないか……」
「あの武器は間違いない。女の子ばっかり連れて、ハーレムでダンジョン探索ってか?」
「ばかっ。聞こえたら、ひき肉にされるぞ……」
わたし達がギルドの建物に足を踏み入れた途端、ロビーをウロウロしていたならず者達は一斉に壁際へと張り付き、プリエルさんを指差してヒソヒソ話を始める。どうやら甲冑の中身を知らないらしく、【鉄棍鬼】がハーレム要員を連れてきたと噂になっていた。
受付にいたギルド職員のお姉さんに大銀貨1枚を払ってダンジョンパスを受け取る。しばらく滞在するので貸家を借りることにして、わたしのお財布から小金貨2枚を立て替えておく。
探索者がダンジョンに集中できるよう、ギルドはダンジョン外サポートを主要業務にしているそうな。
「小さいけどキッチンも倉庫もひと通り揃っている」
元はポーションなどを売るお店だったという小さな一軒家。1階の店舗部分は居間に、工房部分はキッチンと倉庫に使える。2階にふたつある部屋を寝室にすればいいとアンズさんが口にした。
「クリーニングはミーとアンズでやります。ユウとワカナはレッツショッピング」
ホムラさんとアンズさんにプリエルさんが家の掃除。片付けとか整理整頓がとことん苦手なワカナさんは、わたしと一緒に生活用品の買い出しを命じられた。
「ユウまでくる必要はなかったのだけど~、こんな連中に付き合わなくっていいのよ~」
夕食の後、プリエルさんからアゲチン派なんかに付き合う必要はないと言われる。それはそうなのだけど、実はスズキムラに居たくない事情がわたしにはあった。
スズちゃんである。
ミユウがステージで襲撃されたところを目撃したスズちゃんは、ミユウの正体と襲撃犯を吹き飛ばしたのが金剛力であることを見逃してはくれなかったのだ。
裸力開放は使えないはずではなかったのかと問い詰められたわたしは、ついつい裸賊を吹き飛ばした時には裸力ゲージが3本溜まっていた。襲撃を受けた時はほとんど溜まっていなかったのであの威力なのだと、マズイと思いながらも出任せに出任せを重ねるような言い訳をしてしまった。
再び裸道の奥義に憑りつかれてしまったスズちゃんは、わたしの顔を見るたびに裸力ゲージはまだ溜まらないのか。確認する方法はないのかと尋ねてくる。居た堪れなくなっていたところに降って湧いたようなダンジョン話があり、わたしは渡りに船とばかりに飛びついたのだ。
「まぁ、せっかくですから……」
実のところ、わたしはプリエルさんよりもダンジョンの裏側を知り尽くしている。これがただのアトラクションでしかないことも……
けどまぁ、たまには季節外れのお化け屋敷を楽しむのもいいと思う。
翌朝、朝食を済ませたわたし達は、入口が混んでしまう前にとダンジョンへ向かった。探索者は朝が弱いと決まっているらしく、お昼近くになると入口に行列が出来始めるらしい。
水や食料などはホムラさんの背負う大きなリュックに詰めて、獲得品を入れるカゴはわたしが背負う。
「本当にその格好で行くの~?」
「ユウはオールタイムでメイドフォームです」
他の人達は完全武装なのだけど、わたしだけエイチゴヤのお仕着せに膝まである黒の編み上げブーツという格好をしている。本気なのかとプリエルさんが訝し気に尋ねてきたけど、ホムラさんがいつもこの格好だと答えてくれた。
街の真ん中にある遺跡のような建物に入ると、床に大きな魔法陣が描かれた広間がある。魔法陣の上に立つとダンジョンパスが反応して、鏡のように磨かれた表面に転移可能な行き先を示す文字を浮かび上がらせた。
初めてなので「エリアA」とだけ表示されている。タッチパネルのようにこの文字に触れると指定されたエリアに転送される仕組みだ。
「ぺとっとな……」
ダンジョンパスに触れると霧がかかったように周りの風景が霞んで、霧が晴れると先ほどまでいた場所とは違う、四方に出口がある広間へと転送されていた。
「オーゥ、これがダンジョンのトランスポーターですか」
ダンジョンというのは魔物なんかが棲みついている古代の遺跡で、この転送魔法陣も遺跡の中でしか効果を発揮しない……ということになっている。プリエルさん以外はダンジョンに来るのは初めてみたい。
「ここがエリアAの第1階層よ~、階段をふたつほど下るとエリアBへの転送魔法陣があるわ~」
ダンジョンは複数のエリアで構成されていて、ひとつのエリアは3階層から5階層くらいの立体迷宮になっている。次のエリアへの転送魔法陣はひとつしかないけど、そこに至るルートはいくつもあるので、適当に道を選んでも遠回りになるだけで不正解ではない。
エリアA以外のエリアに到達すると、入口の転送魔法陣からそのエリアを転送先に選ぶことができるようになる。入口に戻りたいたときは、そのエリアの第1階層にある転送魔法陣から直に入口まで戻れる親切設計。入れたり尽くせりだと思うけど、そのくらいやらないと人が集まらないという。
「エリアAはほとんど稼ぎにならないから~、さっさとエリアBに進むわよ~」
先のエリアに進むほど、危険が増す代わりに高価な素材や財宝が手に入る。アンズさん達3人組ならエリアCくらいがちょうどいい。こんな所でゆっくりしている暇はないとプリエルさんはガシガシ進んでいく。
ダンジョンの中は石壁に覆われた地下都市といった印象で、天井は結構高くて5メートルくらいある。第1階層には照明代わりの発光する石があちこちに配置されていたのだけど、階段を下るたびに少なくなっていき、第3階層ではわずかな照明しかなく通路はほぼ真っ暗になった。
「ホムラ~、広く照らせる魔法はないかしら~」
「オーラィ」
ホムラさんが照明弾のような光球を宙に浮かべた。攻撃以外の魔法を取得しているとは珍しいと思ったけど、広範囲を照らす魔法は覚えても暗視の魔法は覚えていないという。
なんともホムラさんらしいチョイスだ。
時おりこちらを驚かせようと不死族の動く骸骨、スケルトンさんが姿を現しては逃げていく。実は追いかけるとトラップゾーンに誘導されるという罠だったりするのだけど、知ってか知らずかプリエルさんは相手にしない。
エリアBに入ると、今度はゴブリンという人族の子供くらいの身長しかない魔物が徘徊していたものの、プリエルさんの姿を目にした途端、悲鳴を上げて逃げて行った。鋼の全身甲冑を身に着けた相手を傷つけられるような武器は持っていないのだから当然と言える。
「ここからは3人に探索してもらうわよ~」
エリアCに到達したところで、隅々まで探索して財宝を探すも良し、魔物を倒して売れる素材を得るも良し、好きに稼げとプリエルさんが宣言した。荷物持ちであるわたしは戦力外で、プリエルさんも後ろに下がって傍観の構えだ。
「勝手がわからない。転送魔法陣周辺の魔物を倒して手ごたえを確認する」
いつでも脱出できるよう転送魔法陣から離れず、近くにいる魔物とひと当りしてみようとアンズさんがホムラさんに照明の魔法を消させる。ふたりも異論はないみたい。
「ユウちゃん。近くにいる魔物は……」
「だめよ~、他人に頼っちゃあ~」
ワカナさんがわたしに魔物の位置を尋ねようとしたところ、すかう太くんのレーダー禁止を言い渡されてしまった。相手の位置を教えるなんて甘やかし過ぎだとプリエルさんは厳しい。
光でこちらの位置がバレないよう、足元だけをぼんやりと照らすランタンを灯してホムラさんに持たせ、ワカナさんが魔物を探す役。暗視の魔法が使えるアンズさんが周囲の警戒をすることになった。
「ワカナ見つけました。お墓みたいなところにポツンと立ってます。ゾンビでしょうか?」
残念、あれはグールです。不死族のゾンビは生前の記憶も人格も残っていて、会話もできるしジョークだって理解できる。一方、グールは怨念の塊みたいなのが死体に憑りついて動かしているもので、自我らしきものを持たない。
生き物を襲う本能だけで動いている死体なので、生き物と見れば人族であれ魔族であれ魚であれ問答無用に襲いかかる妖魔の一種。すでに死んでいる不死族には意外と従順なので、エキストラのスケルトンさん辺りが連れてきたのだろう。
「あの子達、気が付くかしら~」
プリエルさんがクスクスと忍び笑いを漏らす。グールが立っているのは墓標の立ち並ぶ墓地のような場所で、足元は石畳ではなく土が敷かれている。すかう太くんのレーダーが土中に他のグールが潜んでいることを示していたのだけど、それは口にするなってことですね。
「ヒャッハー。獲物だぁぁぁ――――っ!」
不意打ちをする算段をつけていたところ、他の探索者に先を越されてしまった。3人組の男性が裸賊の如き雄叫びを上げながらグールへと突撃していく。
そして、土の中から姿を現した8体のグールに取り囲まれてしまった。
「あれはもう助からない」
グールに組みつかれ声の限りに助けを求める探索者達。だけど、囲まれて乱戦に持ち込まれてしまっては手の出しようがないとアンズさんは見切りをつける。
「教訓をくれたことに感謝する。ホムラ」
「イネヴィタボゥ」
仕方がないと呟きながらホムラさんが長杖を振り上げると、先端に取り付けられた魔法の効果を増幅させるという宝玉が光を宿す。鉄すら溶かす業火の魔法が犠牲者ごとグール達を包み込み、彼らを動くことのない炭の塊へと変えていった。
「魔骨があった。幸先がいい」
火葬されたグールから魔骨が見つかったとアンズさんが黒く変色した骨を掲げてみせる。背骨の一部みたいだけど、ほぼ全体が魔骨化していて、これだけで小金貨2枚くらいになるという。
他にも魔骨化しかかっている骨はあったのだけど、表面に黒いシミが浮いている程度で集めるだけ労力の無駄だそうな。
「ロクなもの持ってないわね~」
プリエルさんは容赦なく探索者の遺体をあさっていた。ダンジョン内は街の統治が及ばない無法地帯で、救援を求める振りをして自分では倒せない魔物を倒してもらった後に、助けてくれた相手を不意打ちして獲得品を独り占めするなんて日常茶飯事らしい。
「他の探索者を味方とか仲間とか思っちゃダメよ~。探索者はひとり残らず盗賊なの~」
探索者達の武器もホムラさんの魔法で表面が融解してしまい使い物にならなくなっていた。重量分の金属としての価値しかないけど、せっかくだからと背中のカゴに入れておく。
魔骨が見つかったことに気をよくした3人は探索を続けたのだけど、結果は燦々たる有様だった。
「まさか……こんな……」
「ワカナは……ワカナは……ダメになってしまいました……」
「ようやくアゲチン派の恐ろしさがわかったようね~」
アンズさんとワカナさんが地面に両手を突いて項垂れている。夏の盛りから季節ひとつ分グータラしているだけだった不働主義者は、すっかりその腕を鈍らせてしまっていた。
常に当たって欲しくないところに命中するはずのトマホークは空を切り、ワカナさんも不意打ちの先制攻撃を外す始末。変わっていないのは魔法使いであるホムラさんだけだ。
これがアゲチン派に走った代償なのだとプリエルさんが鼻で笑う。
アゲチン派にいるのはせっかく磨いた腕を錆びつかせてしまった人達ばかり。自分はいつでも好きな時に稼げると怠け、後になってからすっかり鈍ってしまっていることに気付く。現実を素直に受け入れて、また一からやり直そうという人は少ない。
結果として、「俺だってやればできる。その必要がないだけ」という妄想にしがみついて何もしないダメ人間が出来上がる。彼らは唯一自分達を肯定してくれるアゲチンを支持するようになり、何も知らない新入りを同じ境遇に引きずり込もうとするのだという。
「私は……どうすれば……」
「ワカナをっ。ワカナを助けてください~」
アゲチン派の真実を告げられたふたりは、プリエルさんの足に縋って泣きながら助けを求めていた。




