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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第3章 暗躍するダンジョンガイド

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第1話 帰ってきた女

 不働主義者の朝は遅い。お日様が空のてっぺんまで登り切った頃に起きだし、だらしのない格好のまま憩いのスペースにやってきて再びゴロゴロし始める。


「まぁ好きでやっている無職ですから」


 何もやっていないから無職なのにもかかわらず、ワカナさんは明るい笑顔でそう答えると、昨夜の残りものである炙ったゲソをしゃぶり始めた。


「最近はいい食料が手に入らない」


 乾物ばっかりだとアンズさんが愚痴を零す。とうとう貯蓄が底を突いてきたらしく、昨晩の肴はスルメとピーナッツ。最近は塩漬け肉すらご無沙汰らしい。


「やっぱり一番嬉しいのは料理のお土産ですね。働いてなくて良かったなぁと……」


 毎日毎日、同じおつまみばっかりでは飽きてしまう。その日の気分に合わせて多種多様な肴を用意しなければいけないのが辛いところとワカナさんは語る。


「パーティーディナーがノスタルジックです」


 ミユウがお土産を持ち帰ってきていた頃が懐かしいとホムラさんは目を細めた。景気が良かったのも過去の話。今の彼女達に贅沢をしている余裕はない。


 今日はアゲチン派の集会日。働く気がないのでロクに装備もつけないまま、3人は無職ギルドへと向かった。






 わたしはと言えば、アイドルを失業してしまったものの、手元には余裕があるので焦って仕事を探す必要はない。興味を惹かれるような仕事がなければ、しばらくはゆっくり過ごすつもりでいる。


 憩いのスペースでお茶をすすりながら庭に目をやれば、リンノスケとツチナシさんが仲良く家庭菜園で野菜を収穫していた。キャッキャウフフ……と、もう新婚さんにしか見えない。

 この渋いだけのお茶がなければ、口から砂糖を吐き出していたと思う。


 リンノスケはツチナシさんをどうするつもりなのだろう。女性の精気を吸い取るインキュバスにとって、人族女性は食べ物でしかない。いつまでもヘタレたままキープし続けるつもりなら、裸皇ゼンナの名のもとに然るべき天誅を下さなければ……


「どうするつもりなんですか? わたしに討たれたいですか?」


 収穫した野菜をツチナシさんが台所で調理している合間にリンノスケを捕まえて問い質す。乙女の敵なら討ち果たさねばならない。ツチナシさんは恨むだろうけど、精気を吸い尽されて死ぬよりはマシだろう。


「いずれ彼女を魔族に迎えられれば……」

「できるのですか。あなたに?」


 人族を魔族へと変える方法はいくつかある。ツチナシさんを魔族にすることができれば、ふたりが結ばれることも不可能ではない。ただ、どの方法も一長一短あるのが悩みどころ。


 一番手っ取り早いのは夜皇ちゃんに一度殺してもらって、眷属の吸血鬼ヴァンパイアとして甦らせてもらうこと。ただし、吸血鬼は死んでいるので子供を産むことはできないし、夜皇ちゃんが眷属をリンノスケに譲ってくれるかどうかもわからない。


「君も修裸ならば……」

魔族種子シードですか?」


 魔族種子と言うのは、寄生した生き物の肉体を魔族へと変えてしまう寄生植物の種子。宿主が適応できれば頑強な肉体と強力な魔力を与えてくれて、魔族となった宿主が亡くなると遺体に花を咲かせ新たな種子をつけるという植物である。


 修裸を目指す者は魔族に限られておらず、中には人族もいればゴブリンだっていた。さらなる強さを求めて魔族種子で魔族化する修裸も少なくないため、他国では希少と言われている魔族種子も修裸の国では珍しいものではない。


 ただこれは博打同然のやり方で、修裸と呼ばれるほど鍛錬を積んだ者でも適応できるのはふたりにひとり。ツチナシさんが適応できる確率は50分の1もないかもしれない。


「用立てることはできますけど、失敗した時はあなたも生かしてはおきませんよ」


 魔族種子を使うならふたりは一蓮托生だと告げる。まだそこまでの決心はついていなかったみたいで、ヘタレのリンノスケは沈黙した。


 ツチナシさんが野菜の炒めものを作ってきてくれたので話はここまで。わたしもお裾分けにあずかったけど、目の前であ~んして食べさせ合うふたりに気を利かせなかったことを後悔する。

 もう爆発すればいいよ……


 居た堪れなくなって庭へと目を向けたところ、ソレと目が合った。


 ――なにこれ? こんな置物、庭にあったっけ?


 そこにはバカでっかい棍棒を担いだ全身甲冑が置かれていた。径は30センチ、長さが150センチはある鋼の六角棍棒に剣のような鍔と柄がついた武器は、すかう太くんの推計によれば重さ1トンに及ぶ。頭のてっぺんから足元まで隙間なく鋼の装甲で覆われたゴツい甲冑も、200キロくらいの重量がありそう。


 いったいいくらしたんだろうと眺めていたら、置物が担いでいた六角棍棒を地面へと突き立てた。ズシンという重量感溢れる響きがすかう太くんの推計に間違いがないことを教えてくれる。


「動いたっ?」


 これはもしかして、リビングアーマーとかいうやつだろうか。見るのは初めてだけど、どうやって動いているんだろう。


「あっ、プリエルさん。帰ってたのね」

「ただいま戻りました~」


 ツチナシさんが声をかけると、ちゃんと中の人がいたみたいで甲冑がガシャリと面頬をあげる。


「エルフ……?」


 ごっつい角付きヘルムの下から、色白でピンク色の髪に若草色の瞳。先のとがった長い耳をもつ美人さんが出てきた。エルフというのは森に住む亜人族の一種で、体格は人族より華奢だけど、すばしこくて魔力に秀でた種族というのが一般的な認識だと思う。

 まぁ中には当然例外もいて、エルフ出身の修裸だって存在する。


「新しい子ね~。小娘は206号室のプリエルよ~」


 庭先にあった謎の物置に武器と鎧をしまって憩いのスペースに上がってきたプリエルさんは、自分を小娘と呼ぶわりにはホムラさんと同じくらい背が高い。ただ、グラマーなホムラさんと違って、体つきはエルフらしく締まっていて細身。武器と防具を外すとタレ目のおっとりお姉さんにしか見えない。


「初めまして。204号室のナロシ・ユウです」


 ずいぶん長い間不在にしていると思ったら、王都で開かれていた武闘大会に出場していたらしい。五段・六段の部で優勝して棍術七段にしてもらってきたという。あんな武器を振り回された対戦相手の人達はご愁傷さまである。


「そんなにお強いのに、王都でスカウトとかされなかったんですか?」

「もちろんされたわ~。でも小娘は集団を信用しな~いの~」


 領主どころか国王からも仕官のお誘いはあったのだけど、全部断ってきたとプリエルさんはあっけらかんと話す。集団は異質なものを嫌うから、人族でなくエルフからも仲間と認められていない自分がどこかに仕官すれば、必ず排斥しようとする輩がでてくる。

 だからどこにも仕官せず、無職の風来坊を続けているのだそうな。


「もちろん小娘を受け入れてくれる人もいるでしょうけど~、集団の意思はそんな個々人の想いなんて容易に踏みにじってしまうものよ~」


 生まれつき魔法が使えない代わりにエルフらしからぬ怪力を有していたプリエルさんは、そのせいで同族と認められず生まれ故郷の里を追い出されたらしい。里には家族も親しい友人もいたし、彼らが自分を捨てたとも思っていない。

 ただ、彼らの言い分なんて集団の意思の前では路傍の石にすぎなかっただけ……


 そのため、プリエルさんは親しくなった友人は信用しても、国や領、商会といった集団は絶対に信用しないという。「みんなのため」という大義で動く集団は、そこに馴染める者達にとってだけ都合の良い装置でしかなく、そんな意思に従うのはまっぴら御免だと肩をすくめてみせた。


 この人は修裸の国に馴染めそう。「みんなのため」という論法は、数を頼む軟弱者の言い分と修裸達から忌避されている。「俺様がそうしたいから。同意できるならついて来い。気に入らないならかかって来い」というのが修裸の考え方。己の意思は理屈ではなく、力で押し通すのが修裸の矜持だとビマシッターラも口にしていた。


「アンズ達は仕事かしら~。あなたは一緒に仕事はしてないの~?」

「アンズさん達ならアゲチン派の集会に出かけました。わたしは同志ではありませんので……」


 わたしが答えた途端、プリエルさんの全身から殺気が迸った。


「アゲチン派ってまだ滅びていなかったの~。ちょっと殲滅してくるわ~」

「何するつもりですかっ?」

「殲滅って言ったら皆殺しに決まっているわよね~」


 恐い笑顔のまま武装を取りに行こうと腰を上げたプリエルさんをドウドウとなだめる。無職の代弁者気取りで「みんなのため」という大義をことさらに強調するアゲチンは、プリエルさんにとって不倶戴天の仇敵のようなものみたい。


「アゲチン派なんて~、ひとり残らずヘックスカリバーの錆にしてあげるの~」


 あの重さが1トンある鋼の六角棍棒はヘックスカリバーというそうな。あんなもので引っ叩かれたらアンズさん達はひき肉にされてしまうので、一時の気の迷いだと言って思いとどまらせる。


 すかう太くんの解析によれば、六角棍棒にも甲冑にも魔法防御効果が付与されていた。プリエルさんは対魔法戦闘にも長けているに違いなく、あんな武装で棍術七段なんて人に暴れられたら、金剛力を使わない限りわたしでは止められない。


 なんとか説得して、3人が帰ってきたところを捕縛するということで矛を収めてもらった。






「私達から働く気力を奪ったのはユウ。私達は被害者」

「ギルティーなのはユウです。ミー達をアストレイにリードしたです」

「ユウちゃんがあんなことさえしなければ、ワカナ達は真面目に働いていられたのに……」


 のこのこ帰ってきたところを捕縛された不働主義者達は、プリエルさんの姿を認めると一様に青ざめた顔になり、口々に自分をアゲチン派へと走らせたのはわたしだと罪を擦り付け始めた。自分が働かなかったのを他人のせいにするなんて、骨の髄までアゲチンに染められてしまったみたいだ。


「今でこそ失職中とはいえ、つい先日まで定職に就いていたわたしがアゲチン派に誘うはずないと主張します」

「ユウの主張を認めるわ~」


 わたしがアイドルをやっている間も3人は働いていなかったことを告げると、裁判長を務めるプリエルさんが定職に就いている人間にアゲチンを支持する理由はなく、被告の主張には合理性が見当たらないと指摘する。


「私達は大銀貨でユウは大金貨。世界はあまりにも不公平だった」

「ワカナ達は世の不公平を正す為、聖戦へと身を投じただけです」


 アンズさんとワカナさんは世界が不公平なのが悪いとか、働かないことが聖戦だとか、実にアゲチン派らしい主張を展開し始めた。どうしてここまで症状が悪化してしまったのだろう……


「ユウがディナーをテイクしてくるから、ミー達のワークするニーズがディプライブされたです」


 わたしのお土産のせいで自分達から働く必要性が奪われたとホムラさんが主張する。あれだけムシャムシャ食べておいて酷い言い掛かりだ。


「あなた達の言いたいことは理解したわ~」


 にっこりと微笑んだプリエルさんが賛意を表明すると、不働主義者達はわかってくれたかと安堵したような表情を見せる。


「つまり~、ユウは甘やかし過ぎるから~、小娘に性根を叩き直して欲しいというわけね~」

「ノオォォォウッ! そんなインシストはノゥバディで~すっ!」


 アンズさんとワカナさんが「ブフゥゥゥッ!」とナニカを噴き出しながらひっくり返った。誰もそんなこと言っていないとホムラさんが必死に否定するものの、精神注入棒ヘックスカリバーで労働の喜びを叩き込んでやろうとプリエルさんは聞き入れない。


「ユウに甘えていたのはホムラだけ」

「ワカナはおヨネちゃんとは違いますっ」

「フワァァァック! コムラッドをビィトレイするつもりですかっ?」


 一緒にしないでくれとアンズさんとワカナさんが言い始め、同志を売るのかとホムラさんがふたりの足にしがみつく。「離せこの不働主義者」と自らの所業を棚に上げてアンズさんとワカナさんがホムラさんを振り解きにかかった。


「3人とも同罪ですから~。仲良く危険なダンジョンに潜っていただきますね~」


 スズキムラから街道を西へ向かうと隣領のアオキノシタという都市にたどり着くのだけど、そこは街の中心にダンジョンの入口があるダンジョン都市。3人にはスリル満点のダンジョン探索をしてもらうとプリエルさんが宣言する。


 遊びほうけていたせいで、まだ冬を越すお金も用意できていないのだろうと図星を指され、他人わたしの財布をアテにすることも禁止された不働主義者達は、それ以上の抵抗を諦め白旗を上げた。


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