第11話 星になったミユウ
致命傷を受けて即座に金剛力が発動する。わたしの受けた傷が、刺客達の体が、足元のステージにお気に入りだったステージ衣装が金剛力に吹き飛ばされていく。
ミユウの大切な宝物も……
だけど悲しんでいる余裕はない。わたしは今、観衆の前で全裸になっているし、髪と瞳の色を偽装していた魔法も金剛力に吹き飛ばされて、わたし本来の姿へと戻ってしまっていた。
吹き飛ばされたステージの破片が粉塵となってわたしを隠してくれている内に、ここから脱出しなければいけない。
わたしは金剛力を解いてステージにできた大穴から舞台下へと潜り込み、魔法で黒い煙幕を盛大に作り出した。煤のように真っ黒な煙が辺りを覆ったところですかう太くんを取り出し、レーダーを頼りに楽屋へと戻る。
煙に巻かれた人達が、口々に「火事だ」と叫んでいるのが聞こえて申し訳ない気持ちになった。
「どうしたんですかユウちゃんっ。衣装はっ?」
素っ裸になって楽屋へと戻ったところ、わたしを迎えたスミエさんが素っ頓狂な声を上げる。アイドルがいきなり露出狂になれば驚きもするだろう。
「ステージの上で襲撃を受けたんです。とっさに魔法で身を護りましたけど、衣装はその時に……」
身に着けているものごと攻撃を弾き飛ばす魔法を使ったと説明し、楽屋入りするまで着ていたえんじ色のワンピースを着用する。ここにわたしがいてはミユウの正体がバレてしまうので、火事だと思って非難する人達に紛れ外に出てから煙幕の魔法を解いた。
「無事だったのか? 剣に貫かれたように見えたが?」
人目のないところに隠れてスミエさんに警邏隊長さんを呼んできてもらい、魔法で撃退したと伝えておく。ミユウの正体は一部の人にしか知らされていないけど、警邏隊長さんはもちろん知っている。
「とっさのことでしたので、強力な魔法を使ってしまいました。襲撃犯の遺体は残っていないでしょう」
「手掛かりはなしか……」
問答無用の金剛力は襲撃犯の手掛かりまで吹き飛ばしてしまっていた。こんな目立つ事件で犯人の身元も動機も不明となれば、警邏隊への信頼が損なわれてしまうと警邏隊長さんが肩を落とす。
「ひとりだけ生き残ったと偽情報を流してはいかがです」
「聞かせてくれ」
襲撃犯のひとりが生き残って警邏隊が身柄を確保した。瀕死の状態で今は喋れないので、治療が済み次第取り調べると発表し、治療を受けている診療所の情報もこっそりと流す。実行犯とは別に首謀者がいれば証拠隠滅を図ろうと刺客を送ってくるだろうから、それを捕らえてはどうかと提案する。
「刺客が送られなかったらどうする?」
「治療の甲斐もなく亡くなったことにすればよろしいかと……」
刺客が送られてこないようなら首謀者は存在せず、犯人は全員死亡ということで事件を終わらせればいい。説明を受けた警邏隊長さんはしばらく考え込み、採用するにはひとつ条件があると言う。
「条件ですか? わたしに?」
「首謀者が判明しても私的制裁は加えないと約束してくれ」
警邏隊を利用して首謀者を見つけ出そうというわたしの魂胆なんてお見通しだと、いきなり大きな釘を刺されてしまった。この国の正当な捜査機関が然るべき処罰をするから手を出すなと言われては、首を縦に振る以外の選択肢なんて残されていない。
修裸の国では私的制裁は大いに推奨されているのだけど、曲がりなりにも国主であったわたしだ。この国を統治するつもりもないのに自分ルールを押し付けて、住民を不安がらせるのは無責任だということくらい理解している。
約束する代わりに、わたしからのお願いもひとつ聞いてもらうことにした。
襲撃事件から十数日たったある日、わたしは警邏隊長さんのお招きで高級レストランの豪華ディナーをご馳走になっていた。妻子ある身で女性を個室に招くとは、さてはコヤツも乙女の敵かと思ったけど、捜査に進展があって公表前に話をしておきたいという。
「君の予想したとおり刺客が送られて来た。捕らえて吐かせたところ、首謀者はゴウフクヤという話だが心当たりは?」
「御曹司のタケシ君とは少し因縁があります。警務監のウスイさんならご存じですよ」
「やはりその件か……」
捕まった刺客が吐いたところによると、指示をしたのはタケシ君。この国には罪科をお金で買い取る仕組みがあって、捕まっても身受けしてゴウフクヤ商会の専属として雇ってくれるという約束だったみたい。
「お金で許されちゃうんですか?」
「もちろん前科や再犯性は考慮されるし、国王や領主に反旗を翻すような罪は別だがな」
支払われたお金の一部は被害者や遺族に渡される。罪人の首を刎ねてしまうのは簡単だけど、働き手を失った遺族がそれで食べていけるでもない。被害者遺族に対する生活支援という側面も併せ持った制度らしい。
仮にタケシ君が実行犯4人を身受けしていれば、わたしは大金貨20枚を手にしていただろうと警邏隊長さんが教えてくれた。
「総監府の意向としては、御曹司個人ではなく商会が指図したことにしたい」
老舗のゴウフクヤ商会は総監府との関係も深く、過去にあった減税措置の適用を未だに受けていたり、新たに導入された規制の適用を猶予されたりといった特例措置を享受している。また、商人ギルドの取りまとめ役でもあるため、気に入らない政策にはギルド代表という肩書で強硬に反発することも珍しくない。
総監府にとっては目の上のたん瘤みたいな存在。この機会にそういった特例を全部取り上げてギルド代表からも降ろし、ゴウフクヤ商会の影響力を削いでおく。タケシ君個人を首謀者として検挙すれば、お金で身受けされて終わりなのだと警邏隊長さんがずいぶんと丁寧にクドクド説明してくれる。
「然るべき処罰を約束しておいてなんだが、これで納得してもらえないだろうか?」
公表前にわざわざ教えてくれたのは、処罰に不満を感じたわたしが私的制裁に乗り出すと思ったからみたい。
「潰すのではなく、末永く搾り取りたいというわけですね」
「そのとおりだ。乳がよく出る牝牛を肉にされてしまうのは困る」
スズキムラ最大の商会ということは、最高の高額納税者ということでもある。都市総監のお役目は街を発展させて税収を高めること。商会が潰れるようなことになれば、多くの従業員が路頭に迷い税収も落ちるので、気に入らなくても私的制裁は勘弁してくれという。
「それでこのお食事ですか?」
「君の能力については報告を受けている。正直、警邏隊に取り押さえられるとは思っていない」
見なくても相手の居場所を特定でき、自身は煙幕の中を自由に動ける。下手に近づけば肉片も残さず吹き飛ばされ、追いかけても高度を取られれば追跡すら難しい。
わたしの逃亡は防げないから、追いかけさせるなと警邏隊長さんは言う。
「では代わりに、ここのお料理を5人前ほどお土産にいただきましょうか」
「聞いていたとおりの食いしん坊だな……」
この豪華ディナーはわたしへの懐柔策だったみたい。ひとりだけご馳走になったと知れば、またアゲチン派の不働主義者が床をゴロゴロと転げまわりブーブー文句を言い出すに決まっているので、ここはお土産を要求させてもらう。
わたしが自分の要求を出したということは、それで総監府の要求を呑むということ。それが料理で済むのならと、警邏隊長さんはニコニコ顔でお土産を渡してくれた。
わたしが金剛力で壊してしまった野外集会場の修理が終わり、今日はニート・フォーのステージが催されている。新着グッズの「チクミ命」と描かれたハッピをチクミちゃんが紹介していた。
小銀貨12枚のところが、今日だけ特別に9枚だそうな。
リバーシブルになっていて、ひっくり返しても着られる。裏地には「ミユウFOREVER!」の文字。そう、ミユウは先日の襲撃事件で犯人の自爆攻撃を受け、跡形もなく吹き飛ばされてしまった……ことになっている。
わたしが私的制裁を見送った一番の理由がこれ。金剛裸漢を暗殺することは他の魔皇達にもできなかったのだから、人族がそれを為し得るとは思えない。ただ、失敗が続いてチクミちゃんやスミエさんが代わりに狙われたり、巻き添えにされたりしても困るので、タケシ君には暗殺が上手くいったと勘違いさせておくことにした。
総監府の目的もほぼ達成されていて、でっち上げアイドルは遠からず何らかの形で幕引きを迫られていたと思う。ちょうど良い機会でもあったし、ミユウにラストエピソードを付け加えることにしたのだ。
――想い人を失い、自身もステージに命を散らした永遠のアイドル……
こうして、でっち上げアイドルには過ぎたキャッチフレーズが作られ街中に流布された。物販ブースを見てみれば、チクミユウハッピの売れ行きは好調なようでなによりだ。
製造原価は小銀貨4枚もかかってないだろうに……
「で、なんですかアレは? 嫌がらせですか?」
「彼女を忘れないという総監府からのメッセージだ」
集会場の隅っこに怪しげな物体を見つけ、警備の様子を見回っていた警邏隊長さんを捕まえて尋ねたところ、慰霊碑のようなものという答えが返ってきた。まあ、総監府の目的はなんであれかまわない。問題はその造形にある。
「どうして裸像なんですか? 破壊してもかまいませんよね?」
「公共物の意図的な破壊は容認できない」
それは腰の後ろで手を組んだポーズで微笑むミユウの銅像だった。ただし、衣装は着けていない。すかう太くんの望遠モードで確認してみれば、よくもまあこんなところまでと見ているこっちが恥ずかしくなるほど細部まで作り込まれている。
ヒラヒラのステージ衣装を着けた像は複雑でお金も製作期間もかかり、それではステージの修理が終わるのに間に合わない。衣装も吹き飛んでしまっていて資料もなく、裸像にするしかなかったと警邏隊長さんは他人事のように口にした。
言ってくれれば、ステージ衣装はあと一着残っていたのに……
「公共の場にわいせつ物を設置するのは罪ですよね。警邏隊は犯人を捜さないんですか?」
「わいせつ物ではない。警務監によりあれはアートだと判断された」
犯罪ではないのだから警邏隊が動く理由はないと警邏隊長さんはどこ吹く風だ。専制国家であるこの国には、支配体制の犯罪を告発するような機関は存在しない。ジャーナリズムがその役割を果たしていないのは、スミエさんを見れば一目瞭然だった。
もっとも、修裸の国で軍事独裁政権を築いたわたしが今さらジャーナリズムに期待するなんて虫のいい話だと言われれば、返す言葉もないのだけど……
話にならんと警邏隊長さんから慰霊碑へと視線を戻せば、ひと目で働かずに部屋に引きこもっていることがわかるくらい色白で、毎日脂っこいものを食べていそうな体形の男の人が、ミユウ裸像の特定の一部分ばかりを熱心に磨いている。
「あれは、わいせつ行為に当たらないんですかっ?」
「住民が慰霊碑を大切にしてくれるのは実に喜ばしい」
ダメだ……この街の警邏隊はアテにならない……
あんなところばっかり擦るなんて、まごうことなき乙女の敵。死刑だ……死刑しかない……
「ハァハァ……ミユウたん……僕が綺麗にしてあげるから……ハァハァ……」
私的制裁を加えんと近づいたところ、色白オークのような男の人の荒い息遣いが聞こえてきた。公共の場でなんて破廉恥な……
「グスッ……僕はいつだって応援してるから……たとえ君が星になっても……」
――えっ……?
わたしが今まさに性犯罪者に報いを与えようとしたその時、彼は大事そうに取り出した黄色いスカーフをミユウ裸像の首へと巻きつけた。それが、金剛力で吹き飛ばしてしまったミユウの宝物と同一の品であるとすかう太くんが教えてくれる。
――じゃあ、この人が……?
「君をずっと応援するって決めたのに……僕は見ていることしかできなかった……」
たったひとりのミユウファンは、護ってあげられなくてごめんとミユウ裸像の足元に膝をつき、人目も憚らず涙を流していた。
乙女の敵には然るべき報いを与えるのが決まりだけど、偽装されたミユウの死を悼んで泣いてくれる人を手にかけるなんてできない。踵を返して立ち去ろうとするものの、背中から聞こえてくる彼の嗚咽する声に思わず足が止まる。
ミユウの死はわたしから言い出したことだ。総監府との約束を反故にすることもできず、ミユウの正体も、その死が偽りであることも知らせるわけにはいかない。
ごめんなさい……
ありがとう……
うれしかった……
伝えたい想いを言葉にしてしまえないことが苦しくて胸が痛む。わたしを応援してくれた人を裏切り続けなければいけないことが悲しくて、零れ落ちる涙を必死で堪えながら彼に気付かれないようその場を後にする。
燃え盛る季節が過ぎ去ったことを告げる涼やかな風が、偶像に捧げられた哀悼の声を空へと運んでいった。




