第8話 でっち上げアイドル、ミユウ
領主の軍は残った討伐軍を統合し、事情聴取や戦場周辺の検証にしばらく滞在した後、いそいそと引き上げていった。ようやく、スズキムラの街にも平穏が戻り始める。
「本日のステージは街のために命懸けで包囲を突破してくれたこのおふたり。チクミちゃんとミユウちゃんで~す」
にもかかわらず、わたしの周りに平穏は戻ってこなかった。引きつった笑顔のままステージの周りに集まった人達からの歓声に手を振って応える。
わたしはチクミちゃんと組まされて、アイドル活動に従事させられていた。
わざわざ新たに書き起こしたという新曲を口ずさみながら、体が浮かない程度に風に乗る魔法を使ってふたりのステージ衣装をはためかせる。スカートが風を含んでふわりと浮き上がり、見えてしまわないよう計算されているというのにステージに噛り付いた男達がどよめいた。
なんて単純な人達なんだろう……
報酬はなんと総監府の予算から支払われている。このアイドル活動は都市総監から無職ギルドを通じて正式に依頼された仕事なのだ。
スズキムラを包囲していた討伐軍から街を開放したのは裸賊だった。わたし達のしたことは何ひとつ役に立っていない。だけど、「裸賊は街を救った義賊」という認識が住民の間に広まってしまうのは問題なので、誰でもいいから街を救った英雄をでっち上げなければいけなかった。
選ばれたのがわたしとチクミちゃん。討伐軍にやられてしまったと思われる警邏隊組はわたし達を行かせるために自ら犠牲になったというエピソードまで付け加えられ、ひとりはわたしと恋仲だったことにされている。
進行役の人がわざとらしくインタビューしてきたので、「この仕事が終わったら伝えたいことがある」そう言われていたと台本に書いてあった台詞を棒読みした。
「エピソード盛り過ぎじゃありませんか?」
ステージが終わり楽屋に戻ったところで髪と瞳を黒く見せていた魔法を解き、収納の魔法からすかう太くんを取り出してかける。顔が売れてしまうのは嫌だったので、わたしは「ミユウ」と名前を偽り変装してステージに立っていた。
「新しいネタがないとす~ぐ忘れられちゃうのよ」
わたしのマネージャーで台本を書いてくれているスミエさんが、人気を維持するにはネタを提供し続けるしかないと力説する。でっち上げたエピソードを記事にした瓦版がこれまでにないほど好評を博していてウハウハらしい。
スミエさんはジャーナリスト魂の欠片もない瓦版記者だった。
ステージを終えて妄粋荘に帰ると、最近仕事に行ってないアンズさん達が憩いのスペースでゴロゴロしている。
「また今日もゴロゴロしてたんですか?」
「破格の報酬に魂を売り渡した体制の犬が私達無職に何の用?」
わたしが声をかけると、裏切り者が今さら何の用だとアンズさんは壁に向かって体育座りの姿勢を取った。ヤマモトハシへの使者とアイドル活動の報酬として、わたしは総監府から大金貨2枚を受け取っている。
一日、小銀貨15枚で街の外に放置されている遺体の処理を請け負っていたアンズさん達は、その話を耳にしてすっかり働く気を失ってしまっていた。
「ミー達はネバーワーキングレゾリューションをホールドしま~す」
これまた壁を向いて床に寝そべっているホムラさんは、自分達は不働主義を貫くとつま先で壁を蹴飛ばしている。
「今度、アゲチン先生の講演があるんですよ。『珍自由主義~不働のすゝめ~』、ワカナ聞いてみたいです」
ワカナさんは完全にアゲチン主義に染まってしまったみたいで、怪しげなチラシを手にアゲチンを先生なんて呼んでいた。労働は人を堕落させるとダメ人間の主張を口にしている。
「もうっ。大金貨2枚って言ってもほとんど必要経費なんですよっ」
総監府主催のパーティーなんかに出席するのもアイドルの仕事の内。ステージ衣装2着に昼会服と夜会服。それぞれに合わせた下着と履物に装飾品を用意しなければならず、比較的安価なもので揃えたはずなのに半分以上なくなってしまった。
修裸の国にはおよそないようなドレスを着られるのは嬉しいけれど、いつ金剛力で吹き飛ばしてしまうかと考えるとヒヤヒヤものだ。
「体制に尻尾を振るための支出を経費と呼ぶ。私達の知っているユウはもういない……」
「いるじゃないですかっ。目の前にっ」
「目の前には壁しかない。壁しか見えない」
アンズさんはこちらを振り向こうともせず、夏場の遺体は速やかに処理しなければ病気が蔓延するからと、暑くて臭くて気分の悪い遺体処理も我慢して請け負っていたのに、アイドル様は綺麗な服を着て愛想を振りまくだけで大金貨ですかそうですかと壁に向かってブツブツ呟き続ける。
「自分が報われないことには耐えられても、他人が成功することには耐えられない。人の心は弱いものなのよユウちゃん」
「それってただの僻み根性ですよねっ」
わたしがアイドル業で大金をせしめなければこうはならなかったとスミエさんが口にする。そんな、全部わたしが悪いみたいな理屈は受け入れられない。
「ワカナの正当な怒りを僻みとか言われました。もうやってられません」
両膝を抱え込んだ姿勢でゴロゴロと床を転がるワカナさん。そのふて腐れて働かない姿はアゲチン派以外の何者でもない。
「負け犬は放っておきましょう。今夜はゴウフクヤさんのパーティーに出席です」
敏腕マネージャーのスミエさんがダメ人間にかかわっている暇はない。出かける前に汗を流しておくとわたしを銭湯へ引っ張っていった。
スミエさんを伴って総監府を訪れ、恋人を失った設定なので夜の海のような深い藍色の夜会服に着替える。チクミちゃんは薄灰色の夜会服。小麦色の肌が際立って、思わず抱きしめてペロペロしたくなるセクスィー感にもう辛抱堪らない。
都市総監のお供をしてスズキムラ最大の商会と名高いゴウフクヤ商会にお伺いすると、天井にはいくつものシャンデリアが灯り、床には高級そうなカーペットが敷かれた豪華な広間に通された。ダンスを踊るために一段高くなったステージが設けてあり、その隣では楽団が落ち着いた音色を響かせている。
壁際の一角には美味しそうな料理が並べられているのだけど、今は仕事中だから飲み物しか口にできない。話しかけてくる人達を相手に、包囲を突破する際に警邏隊組が護ってくれたとか、わたしを直撃するはずだった氷の槍をその身で受け止めたとか、ありもしない話を涙ながらにペラペラと語る。
チクミちゃんも別のオジサンを相手に、犠牲となった警邏隊組の獅子奮迅の大活躍っぷりをフカシまくっていた。
「商人ギルドから推薦した者達の働きぶりはいかほどでしたかな?」
ゴウフクヤ商会の御曹司だという、黒髪をオールバックにした20代半ばといった青年が商人ギルド組のことを尋ねてきた。わたしはこのポマードでギットギトになった髪の毛が大っ嫌いなので近寄らないで欲しい。
「わたし達とは一番離れていましたから、そちらの方はなんとも……」
監察局に保護された人は包囲を突破した時の状況を語りたがらないらしい。自分達が推薦してやったのに武勇伝のひとつもないとは不甲斐ないと御曹司は鼻を鳴らす。あんな危険な任務を押し付けておきながら、あまりにも自分勝手な言い草にちょっとカチンときた。
「私も拳術を少々嗜んでおりましてね。魔法の才能があったなら、あなたをお護りできたのですが……」
うわぁ……終わった後に自分にもできたとか言い出しちゃう手合いか……
稽古をつけてくれている護衛の人に言わせると拳術四段相当だそうな。二段のわたしを個人的に指導してあげてもいいですよとキザったらしい笑顔を向けられて、背筋を毛虫が這っているような感覚に襲われる。
四段相当なんて見え透いたお世辞を真に受けて……
「拳術は元々ダイエットで始めたものでして、昇段する気もないのにお時間を取っていただくのは気が咎めます」
「そう遠慮なさらずとも。体型が気になるのでしたら、そちらの方も私が見て差し上げますよ」
わたしの耳元に顔を寄せて、「これからふたりっきりで……」なんて囁きながら腰に手を回してくる御曹司。体中をムカデに這い回られているような感覚を覚えて全身が総毛立つ。コイツは乙女の敵で間違いない。
死刑だ……死刑しかない……訓練中の事故ってことなら……
「君をゴウフクヤの……いや、私の専属護衛にしてあげてもいいんだけどね……」
「魔法も拳術も二段でしかないわたしに、ゴウフクヤさんの専属が務まるとは思えませんから」
流動防殻を使って腰に回された手を滑らせ御曹司から体を離す。「してあげてもいい」なんて、またずいぶんな自信家だ。今日が初対面だというのに、わたしが自分の専属になりたがっていると本気で考えているのだろうか。
嫌ですときっぱり断ってしまいたかったのだけど、真っ向から拒絶されると男の人は怒るから、それは最後の手段だとナンバー1ホステスのツチナシさんが教えてくれた。レクチャーしてもらったとおりに、非才の身には過ぎると辞退する。
思えば、成司 優が死んだのもきっぱりとお断りしたせいだった。
まったく興味のない相手に中途半端な態度を取れば心を弄んだと言われ、一切の希望を断ち切ってしまえば逆上して怒られるなんて女の子は損だと思う。
「そのような心配は無用です。いつでも私が指導して差し上げますから」
「御曹司に指導されているようでは護衛とは申せません」
大商会の跡取りという立場のわりに御曹司は察しが悪い。拳術四段相当でわたしより強いと自分で言っておきながら専属護衛にしてあげるなんて、それは言葉どおりの護衛ではないという意味で間違いないだろう。
自分は言葉に含みを持たせるのに、どうしてこちらの意図を汲み取れないのか理解に苦しむ。はっきりと断られないのをいいことに、しつこく言い寄ってくるタイプかもしれない。
その手の図々しい輩には最後の手段を使うしかないとツチナシさんも言っていた。チラリと後ろを振り返り、付き人としてついてきているスミエさんにサインを送る。
(殺っちゃっていいですか?)
(オッケー)
どうやらスミエさんも腹に据えかねていたらしく、雑巾を絞り上げるように両手をギュウギュウと動かしていた。
「はっきりと申し上げますと――」
馴れ馴れしくわたしの肩に回してくる手を弾いて御曹司に向き直る。
「――あなたの専属になるつもりはこれぽっちもありません。昇段審査も受けていない自称四段相当にわたしの指導が務まるとも思えません。礼儀正しい態度を保っている内にわたしの視界から消えた方がご自身のためですよ」
わたしにできる最高の営業スマイルを浮かべて言い放つ。わたしの周りにいたけれど主催者の御曹司に気を遣って見ているだけだった人達が、驚いたのかウケたのか口に含んでいたお酒を噴き出した。
「……少し持て囃されたくらいで思い上がるとは。私が誰であるか忘れたのか?」
「やってもいないことを軽々しくできると口にするビッグマウスな若造ですね。違いますか?」
囮役を押し付けてくれた警邏隊組や商人ギルド組にわたしが好意的である理由はひとつもなかったけれど、それでもこんな男に「自分にもできた」だの「不甲斐ない」なんて言われているのは忍びない。彼らが危険と知りつつ任務に当たり、その命を散らしたことは間違いないのだから。
「私にそのような暴言を吐いて、都市総監の後ろ盾があれば許されるとでも?」
「許して欲しいとか思っていませんから、許さなくていいですよ」
許されなくてもどうということはない。若造ひとりに嫌われたところで、いったい何ができるのかと逆に尋ねてみた。
「この街でゴウフクヤを敵に回してタダで済むと思うな……」
「商会長でもないのにご自身と商会を同一視しているのですか?」
わたしは別にゴウフクヤの不利益となっているわけではなく、わたしを追い詰めたところで商会が得られる利益はない。成否にかかわらず損失しか生まないことに商会のお金をつぎ込もうだなんて、将来はダメなワンマン経営者になること間違いなしだ。
「どんなに言い繕っても御曹司の言葉は『パパに言いつけてやる』としか聞こえませんよぉ。他の台詞はないんですかぁ?」
できるだけにこやかな表情を保ちつつ、声音だけ嘲笑しているように響かせて御曹司を煽る。自称拳術四段相当なんだし、自らの手でわたしを叩きのめすとか言ってくれないかな。都市総監さんの顔を潰さないように半殺しで止めてあげるから。
「私を愚弄するとは……いいだろう。この手で身の程というものを――」
キターッ!
「おやめなさいタケシッ!」
突如として響いた女性の声が御曹司の台詞を遮る。待ちに待ったいい場面に「待った」をかけるなんてわかってないと声のした方を振り向いてみれば、頭の左右に黒いドリルのような巻き角を伸ばした女性の姿があった。
「魔族っ? なんでっ!」




