第7話 討伐軍の末路
スズキムラを発って3日目には領都ヤマモトハシへたどり着き、わたし達はエイチゴヤの支店へと足を運んだ。スズキムラから来た使者だとバレないように、上手いこと城内へ入る方法はないか話だけでも聞いてみようと思ったからだ。
都市総監と討伐軍の司令官はどちらも領主に任ぜられた役職だけど、所属している組織は異なる。都市総監は内治局。討伐軍司令官は兵務局が上役で、お城の門を守っている兵士は兵務局の下っ端。自分達に不都合な情報を持ってきたと知られれば牢屋に入れられてしまう。
「そういうことでしたか。簡単ですよ。ウチの顧客に内治局の方がいらっしゃいます」
わたしは一度若旦那に連れられてここを訪れている。目立つ髪色にメガネということもあって、支店の人はちゃんと憶えていてくれた。一度会った相手の特徴を憶えておくのは、商人として当たり前のことらしい。
本店のあるスズキムラが軍に包囲されていては商売上がったりだと、内治局に勤めるノミゾウさんというオジサンを紹介してくれる。ノミの心臓が自慢だという気さくなオジサンで、派手な功績はないものの、小心ゆえに失敗もしないと内治局長から信頼されている人みたい。
スズキムラからの書状が届けられると、お城は蜂の巣をひっくり返したような大騒ぎになった。
そもそも徴発は軍が領外にあって困窮している場合に行われるもの。自領の領民から徴発を行う権限は討伐軍司令官にはなく、それを決められるのは領主のみ。
越権行為どころではない。領主に反旗を翻したのではないかと、監察局というお役所の不正を取り締まる部署が兵務局に疑いの目を向けているらしい。
わたし達はノミゾウさんのお屋敷に滞在させてもらうことになった。エイチゴヤの支店に部屋を借りていたのだけど、兵務局が虚報であると主張していて口封じされる恐れがあるという。
「本当に来ましたね」
ノミゾウさんの屋敷はそれほど大きくはないものの、きちんとした庭付き一戸建てで周囲は柵で囲われている。すかう太くんのレーダーが門のないところから敷地内に侵入してくる人影を捉えていた。
「兵務局の奴ら。街中でこんなことまで……」
やはり警邏は軍から切り離しておくべきだったとノミゾウさんはブルブル震えている。それが怒りによるものか恐怖によるものかはわからない。
「ワクワクしますわね」
メイドをふたり従えた年配のご婦人が薄っすらと笑みを浮かべていた。ノミゾウさんの奥様で、結婚してから荒事のひとつもなかったと勇ましい。子供は皆成人して家を離れているので、この屋敷に住んでいるのはノミゾウさん夫婦と使用人だけだ。
わたし達はカーテンを閉め切って明かりを落とした一室に集まっている。囮として別の部屋から明かりが漏れるようにしてあるので、侵入者の注意はそちらに向いているだろう。
「西から8人、東に4人、あと正門の外にも4人いますね」
「西が囮で東が本命ね。正門は逃げたところを捕らえる役でしょう」
わたしが相手の配置を伝えると、結婚前は警邏隊で小隊長や訓練教官をしていたという奥様が断定した。子供が成人してからは裕福な家の家庭教師をしているらしい。
この場を仕切っているのはもちろん奥様である。
「ユウは煙幕と牽制で東の4人を足止めして。わたくしとチクミは打って出るわよ」
奥様とチクミちゃんは魔法が使える。メイドさんも奥様に護身術を仕込まれているから、動きの制限される屋内で8人を相手にするくらいどうということはないと自信満々だ。
ノミゾウさんはどうせ役に立たないのだから執事の男性とここに居ろと命じられた。
「足止めをしろと言われましたが――」
東からくる侵入者の相手をしに行こうと、扉のノブに手をかけながら奥様に尋ねてみる。
「――別に倒してしまってもかまいませんよね?」
「ダメに決まってるでしょ」
即答だった。西からくる8人はおそらく囮役の下っ端で作戦の全貌を知らされている可能性は低い。東からくる4人は精鋭だと思われるから、喋れなくされるのは困るのだそうな。
奥様達が背後から襲われないよう足止めするのが第一。生かしたまま捕らえるのがその次。倒してしまうのは最終手段だと釘を刺される。
「優先順位を間違えないでちょうだい」
「イエス、マム」
すかう太くんがあれば明かりのない真っ暗な廊下もお昼のように見渡せる。足音を忍ばせて屋敷の東側にある階段に到着すれば、ちょうど侵入者達が二階に上がってこようとしているところだった。
――魔法使いはひとりかな……
4人の内、ひとりだけ防壁の魔法を纏っていた。さっそく煙幕の魔法を展開して階段を真っ暗闇にしてしまう。この煙幕の魔法は光を吸収して遮断するので、目に入った光を増幅させる暗視の魔法で見通すことはできない。
「なにも見えないぞっ」
「ターゲットの魔法かっ」
「全周防御。魔法の闇だ。近くにいるぞっ」
侵入者達は階段の踊り場に集まり、互いに背を向け合って周囲を警戒している。わたしの仕事は足止めだから、このまま固まっていてもらえばいいだろう。
しばらく放置しておいたら、しびれを切らしたのかゆっくりと階段を上り出した。
バラバラにされないよう後ろの人が前の人の肩に手を置き、数珠つなぎになって進んでくる。わたしが立っている二階まであと一段というところで、先頭の人を勢いよく蹴り飛ばした。
一列に並んでいた侵入者達は将棋倒しになって踊り場までお帰りだ。
さすがに精鋭らしく、みっともない悲鳴を上げたりしない。すぐさま体勢を立て直した魔法使いが氷の弾を撃ち出す魔法を使ってきたけど、わたしはすでに身を隠してしまっている。
「1階から回り込むか?」
「それでは背後から奇襲できん……」
奥様の予想は当たっていた。あっちの8人は囮で、こちらの4人がバックアタックを仕掛ける算段だったみたい。
「だが、このままでは時間が……」
侵入者達は再び踊り場で防御を固めながら、声を潜めて今後の方針を話し合っている。
「一斉に突っ込んで強行突破するか?」
「この闇の中で離れれば同士討ちになるだけだ」
どうやら魔法使いの人が指揮官っぽい。暗視の魔法を封じられても冷静なままでいられるなんて、きっと優秀な指揮官なのだろう。
そして、その冷静さと慎重さがわたしには好都合だった。
わたしが煙幕の魔法を展開するのと時を同じくして、西側からも魔法の放つ音が聞こえてきていたのだけど、今は静かになっている。向こう側は片が付き、後はこの人達を捕らえるだけ。
捕縛の準備が整うまでの時間稼ぎにと、収納の魔法から空になった酒瓶を取り出して階段の上から転がす。酒瓶の立てるゴトリゴトリという音を敵が近づいてくる音だと思ったのか、魔法使いの人が魔法を放ち、他の人達が防御姿勢を取った。
真っ暗闇の中で緊張を強いているというのに誰も騒ぎ出したりしない。これほど訓練された兵隊さんが、こんな仕事を押し付けられて捕らえられるのかと少しだけ彼らに同情する。
「ユウ、煙幕を解いていいわよ」
背後からやってきた奥様が捕縛準備が整ったことを知らせてきた。階段を閉ざしていた煙幕が晴れ、二階にいるわたしと奥様達。そして、階段の下で待ち構える監察局の強者達が侵入者の前に姿を現す。
ノミの心臓が自慢のノミゾウさんが、襲撃される危険があるとわかっていて何も手を打たずにいられるわけがない。わたし達を囮にすることと引き換えに、監察局の部隊に屋敷を見張らせておいたのだ。
奥様が倒すなと指示したのも、おそらくは監察局に手柄を上げさせるためだろう。犯人の引き渡しを受けるより、自分達で捕らえた方が評価は高いに決まっている。
監察局に囲まれていると知って観念したのか、侵入者達は武器を捨てて投降した。
「暗視の利かない煙幕の魔法。地味だけど使いどころを間違えなければ強力だわ……」
引き上げていく監察局を見送ったところで、いったいどこの魔導師が創ったのだと奥様にギロリと睨まれる。旅の途中でお礼にいただいたものだから、創った人の名前も知らないと誤魔化しておいた。
魔族にとっては珍しくもない魔法だなんて言えないしね……
ずいぶんバタバタしたけど、わたし達が到着してから10日が過ぎたところで領主自ら4千の兵を率いてスズキムラに向かうことになった。
ノミゾウさんの屋敷を襲った人達の内、西側の8人と正門を張っていたのは臨時雇いのならず者だったけど、東から侵入してきた4人は兵務局の正規部隊だったみたい。兵務局に疑いがかけられている状況では、他人に兵を預けることなどできないとご出陣を決めたという。
「もうわたし達は用済みではないのですか?」
「大事な証人の身柄を押さえておくのは当然じゃないか」
柔らかい馬車に揺られスズキムラに向かう途中でノミゾウさんに尋ねてみたところ、討伐軍司令官を糾弾する材料にホイホイいなくなられては困るという答えが返ってきた。
内治局が押さえている証人はわたし達だけ。他に商人ギルド組のひとりが到達したけれど、そちらは監察局に確保されてしまったらしい。
「これはどうしたことだっ?」
隊商より足が速いので6日ほどでスズキムラまでたどり着くと、街を囲んでいたはずの裸賊討伐軍の姿はなく、スズキムラの東門は開け放たれていた。
姿がないという表現は正確でないかもしれない。彼らは確かにそこにいる。
もの言わぬ遺体となって……
討伐軍の本隊が陣を構えていた場所では、大勢の人が討伐軍兵士の遺体の処理に当たっていた。金属製の装備を外した遺体を薪の上に積み上げ、魔法使い達が炎の魔法で焼き尽くしていく。その中にホムラさんの姿を見つけ、街の人達は無事なようだと胸をなでおろす。
伝令が遣わされ、警邏隊長さんに付き添われてひとりの男性が本陣へとやってきた。同じ内治局の所属で顔見知りだというノミゾウさんが都市総監の人だと教えてくれる。都市総監さんは報告のため本陣の天幕へと入っていき、わたし達の姿を見つけた警邏隊長さんがこちらへとやってきた。
「君達が書状を届けてくれたのか。他の者達は無事か?」
「商人ギルドから推薦された方がひとり、監察局に保護されていると聞いています。他の方々については何とも……」
チクミちゃんが答えると、自分の部下は包囲を抜けられなかったかと警邏隊長さんの顔が暗くなる。
「それよりも君。いったい何があった? 同士討ちでもやらかしたのか?」
「裸賊です」
ノミゾウさんに尋ねられた警邏隊長さんが事のいきさつを話してくれた。5日ほど前、スズキムラの外壁を挟んで睨み合いを続けていた討伐軍本隊を、裸賊が背後から急襲したらしい。
討伐軍本隊と同じくらいの大集団だったそうだ。
不意打ちを喰らって一番最初に司令部が叩き潰されてしまったようで、討伐軍本隊は組織だった抵抗もできないまま壊滅させられた。お堀の向こうで警邏隊と睨みあっていた部隊は、外壁の上から「お前ら、後ろ。後ろっ」と警邏隊に教えられ、初めて背後から攻撃されていることに気付くような有様だったという。
討伐軍本隊を叩き潰した裸賊は武器食料といった物資を抱えている支援部隊に襲いかかった。街の南側に展開していた分隊が阻止しようとしたものの、数で負けているうえ突然のことに動きが統一できず、小部隊ごとに確固撃破される始末。
まんまと裸賊に支援部隊を丸ごと連れ去られてしまったそうな。
「奴ら、いったいどこから現れたのだ?」
「川の下流。東に1日ほど行ったところに橋が架かっています」
裸賊は東の方角から現れ、東に引き上げて行った。川の向こう側から獲物がバカなことをしていると気付いた裸賊が、東にある橋を渡って討伐軍の背後に回り込んだのだろうと警邏隊長さんはため息を吐いた。
領主率いる軍がその近くを通過したのは、戦利品を持った裸賊が意気揚々と引き上げていった後のことみたい。
「街の西側に展開していた討伐軍は無事ですが、武装解除はさせていただきました。拾った武器で再武装されては困るので、遺体の処理には参加させておりません」
西側の分隊は自分達の知らぬ間に味方は壊滅し食料を失っていた。食べ物を提供する代わりに武装解除を受け入れさせたという。
「裸賊討伐を命じられた軍が街を取り囲んで、挙句の果てに裸賊に壊滅させられるとは……」
領主のお怒りは凄まじいだろうなと体を震わせながらノミゾウさんが零す。一度目に続いて二度目の裸賊討伐もほぼ自滅と言っていい内容なのだから当然だろう。
糾弾すべき討伐軍司令官はすでに亡く、都市総監さんの訴えを確認できたため、わたしとチクミちゃんはその場で解放され街に帰ることを許された。




