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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第2章 永遠のアイドル

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第5話 夜空を翔け抜けろ

 わたしをハズレみたいに押し付け合うふたりにイラッとして面倒な仕事を引き受けてしまった。


 チクミちゃんとペアを組むと言い出したわたしに、当然チクミファンのふたりは火を噴くような勢いで抗議してきたけど、チクミちゃんの鶴のひと声でわたしとペアを組むことが決定した。

 ふたりはチクミちゃんのことをよく知ってるだろうけど、チクミちゃんにしてみればロクに顔も知らない人が自分を取り合ってるのだ。あんなガッついてるところを見せられたら、身の危険を感じるのが当たり前だと思う。


「フタヤマ・チクミです。よろしくお願いしますね」


 チクミちゃんが無職カードを見せてくれる。イカちゃん情報のとおり、職能の欄には魔法三段、槍術三段、治癒三段と記載されていた。


「ナロシ・ユウです。わたしのことはユウと呼んでください」


 魔法二段、拳術二段なので威張って見せられたものではないのだけど、自分だけ見せないのも悪いかと収納の魔法から無職カードを取り出して提示する。


「ユウさんも脱ぐんですか?」

「えっ。わたし裸道なんて取ってないですよ」


 わたしの無職カードを見たチクミちゃんが鋭い眼差しで尋ねてくる。


「でも、ここに裸族って……」


 そっちに喰い付いてきたのか……


「脱ぎません。そもそも春の終わりに登録するまで自分が裸族だということも知りませんでした」

「あの……裸族の方々が暮らす国っていうのがあるのですか?」


 ん……?


 チクミちゃんは裸族に興味があるのだろうか。修裸の国のことを話してはわたしが魔族だとバレてしまうので、遠い場所で生まれメイド武者修行の旅をしていてこの街にたどり着いた。海をいくつか渡ったので正確な場所なんてもうわからないと答えておく。


「その武者修行の旅というのは、裸族の方々の習慣なのですか?」

「わたしは幼い頃に集落を後にしてしまいましたので、一族の習慣とかにも詳しくないんです」

「そうでしたか……」


 なんだろう。チクミちゃんはずいぶんと残念そうな顔をしている。修裸の国に興味があったのかもしれないけど、あんな危ない国に行ってはいけない。魔法三段、槍術三段なんてワンパンであの世までぶっ飛ばされてしまう。

 夜になる前にしっかり食べておきましょうと食事へと誘ってみた。美味しい物を食べれば人は元気になるものだ。


「せやぁぁぁっ!」


 食堂に向かう途中で小柄な影が物陰から飛び出して襲い掛かってきた。声を上げながらの不意打ちなんて斬新だなぁと思いながら、わたしの頭を狙った回し蹴りを踏み込んで受け止め、わき腹にボディブローを叩き込む。


「ぐはっ」

「マロミちゃんっ?」


 あれ……この子?


 小柄な影の正体は、チクミちゃんといつも一緒にいた灰色髪をお団子にした女の子だった。何でわたしを襲ってくるの?


「いたぁぁぁ……だからヤダって言ったのにぃ……」

「二段とは思えないわねぇ」

「なるほど、段位では計れない手合いですか」


 物陰からさらにふたりの女性が姿を現した。チクミちゃんを護っていた波打つ黄金色の髪の女性に砂色の髪をした女性だ。このふたりがこの子をけしかけたのだろうか?


「悪いわねぇ。チクミを任せられるか試させてもらったわぁ」

「言ったじゃない。あたしじゃ敵わない相手だって……」


 どうやら、チクミちゃんとペアを組むことになったわたしが足手まといでないか腕試しをされたみたい。わたしに襲い掛かってきたマロミちゃんという子は、最初から敵わないとわかっているのにどうして自分にやらせるのだと涙目で抗議している。


「マロミが一撃で沈められたというのも嘘じゃなかったようねぇ」


 わたしがマロミちゃんを一撃で沈めた? いつ? どこで?


「どこかでお会いしてましたっけ?」

「マロミなど記憶に残らないほどの強者ですか。それならば安心できます」


 砂色の髪の女性が安堵したように口にすると、自分は気付かれることもなく踏み潰されたアリなのかとマロミちゃんがシクシク泣き出した。






 すっかり日が暮れて辺りが真っ暗になったころ、わたしは街の外壁近くで出発の時間を待っていた。頭の上には雲ひとつない星空が広がっている。


「チクミを頼むわぁ。今さら言うまでもないだろうけど、一番危険なポジションよぉ」


 黄金色の髪をした女性が話しかけてきた。討伐軍の兵はおよそ2千人で、街の東側には1千人ほどの本隊が、南側と西側に500人ずつの分隊が居座ってスズキムラを包囲している。他に500人ほどの衛生や補給を受け持つ支援部隊が本隊と南側の部隊の間、街から少し離れた場所に置かれているらしい。

 空を飛んでその包囲を飛び越えて行くのだけど、わたし達には討伐軍の本隊に一番近い、ほとんど囮と言ってもいいようなルートが指定されていた。


 砂色の髪の女性とマロミちゃんもチクミちゃんの見送りに来ている。この4人がニート・フォーというアイドルグループなのだそうな。黄金色の髪をした女性がリーダーで、一番人気がチクミちゃん。砂色の髪で凛とした雰囲気の人には女性ファンが多く、マロミちゃんはマスコットとして人気があるという。


「本当にその格好で行くの?」


 エイチゴヤのお仕着せを着ているわたしに、武器を持たないのはわかるけど、防具まで着けないのかとマロミちゃんが尋ねてきた。どこで会ったのかと思っていたら、彼女は拳術の昇段審査会で開始早々に跳び後ろ回し蹴りを放ち、わたしにお尻をぶん殴られた対戦相手だった。


「今回は空中で魔法の撃ち合いになるでしょうから……」


 裸力による防殻はそれなりに堅固だし、そもそもが魔力なので、特に魔法相手には強力な防御効果を発揮する。空を飛んで包囲を飛び越えようとするわたし達を追ってくるのは、同じく空を飛べる魔法使いだけだから、魔法防御効果のない防具をわざわざ身に着ける意味は薄い。


「そっか、相手も魔法使いだけだもんね」

「わかってはいるのですけど、ユウさんみたいに思い切るのはなかなか……」


 チクミちゃんの方はちゃんと防具を着けて槍を手にしていた。固めた革の胸当てと手甲。腰周りを覆う革のオーバースカートに太ももまである編み上げブーツと、アイドルであるせいか女性であることを強調するような組み合わせだ。


「チクミちゃんは相手が追っかけてきても、絶対に振り向かずまっすぐ飛び続けてください」


 作戦の再確認をして、足を止めたら相手がドンドン集まってくるから、とにかく逃げて討伐軍の本隊から距離を取る。応戦するのはそれ以上追手が増えないところまで離れてからで、それまでは何があっても飛び続けるように言い含めておく。


 人族の飛行速度はだいたい馬の全力疾走と同じくらいのスピードで、チクミちゃんは飛ぶだけなら2時間近く飛び続けられるらしい。ただ、夜間飛行のため暗視の魔法に包囲を突破する間は防壁の魔法も同時展開するので、実際に飛んでいられるのは1時間くらいだという。

 飛んでいられる間に討伐軍本隊の補足範囲を抜けてしまわないと、後から後から追手を送り込まれる。逆に補足範囲を抜けてしまえば他の組に目が向くはず。


 わたし達に一番危なっかしいルートを押し付けたのは、警邏隊組や商会の護衛から選抜された商人ギルド組。囮が目を引いている間に自分達はこっそり包囲を抜けようという魂胆なのだろうけど、それに付き合ってあげる義理はない。

 もうひとつの無職組には南の包囲のど真ん中を飛び越えて行くルートが指定されていたから、無職組が囮にされたことは間違いないと思う。


「時間だ行ってくれ」


 わたし達の世話役であり、おそらくは監視役でもある警邏隊の人が声をかけてきた。チクミちゃんが無言で頷き、その瞳にエメラルドのような緑色の光を宿す。暗視の魔法を展開したのだ。

 続いて、すかう太くんをかけているわたしにしか見えない力場のようなもので体を覆う。


「行きましょう」


 防壁の魔法を展開したチクミちゃんに視線を向けられたわたしは、裸力を身に纏い風に乗る魔法を使って空へと舞い上がる。わたしの後を追って、打ち上げられたロケットみたいにチクミちゃんが上昇してきた。

 見送りに来ていたマロミちゃん達の姿が判別できなくなるまで高度を上げ、そこから進路を東へと向ける。討伐軍本隊の南端をかすめるルートだから、捕捉されることは間違いない。


 すかう太くんのレーダーに地上から20メートル以上高いところにいる相手だけ表示させると、わたし達を撃墜しようと上がってきた魔法使いがポツポツと表示され始めた。10……20……とその数を増やしていく。


「ユウさんっ!」

「無視してください。無視っ!」


 レーザーのような一条の光がわたしを捉え、体を覆う流動防殻に弾かれて周囲に散乱した。防殻を貫かれるような攻撃ではないのだけど、派手に光が飛び散って見えるせいか驚いたチクミちゃんが声を上げたので、かまわず飛び続けるよう促す。


 相手の射手は防殻に阻まれるのもかまわずレーザーのような魔法を照射し続けてくる。人族の魔法は威力の調整が利かないから、一度当てて通用しなかったら何度当てても無駄だとわかるだろうにどうして……


 ……あ、きっとこれ目印だ。


 夜空の中に光が散乱するので、下から見上げている人達にはちょっとした花火みたいに見えてるだろう。味方がターゲットを見失わないように、効果がないとわかっていて照射を続けているみたい。

 それならばと、わたしは魔法で煙幕を作り出した。光を吸収する黒い煙がわたしを取り巻き光が零れるのを遮る。


「ユウさんっ。どこですかっ?」

「すぐ下にいますっ。飛び続けてくださいっ。プランAですよ。プランAっ!」


 スズキムラとヤマモトハシの真ん中にはどでかい山がドカンと鎮座していらっしゃり、直線飛行でヤマモトハシに向かうなら自分の周囲の気圧を一定に保つ与圧の魔法が必要になる。そんな高度を飛行する仕事なんてないから、もちろんチクミちゃんは覚えていない。


 そこでとにかく飛び続け、航続距離で相手を振り切って山裾に隠れようというのが「プランA」である。


 煙幕を展開したのでターゲットを見失ったのか、わたし達めがけて一目散に向かってきていた追手の動きがバラバラになった。すかう太くんのレーダーで見当違いの方向に向かっていく人や、追撃を諦めて方向転換したらしき動きが見て取れる。

 そっちはたしか、警邏隊組が突破を試みてる方向ですね……


 目印なしでわたし達を捉えている追手から攻撃の魔法がいくつか放たれるけど、わたしもチクミちゃんもわき目も振らずにカッ飛んでいく。逃げる相手に射程距離ギリギリから撃ったところで届くはずもない。

 爆発する火球の魔法がチクミちゃんの遥か後方で夜空に花を咲かせていた。


 討伐軍陣地の上空を抜けてしまえば追手は後方からしか来なくなる。ここからは先は航続距離の勝負。30分もしない内に無駄に攻撃の魔法を放っていた人達の魔力が尽きてきたのか、櫛の歯が欠けるようにポロポロと脱落していく。


「8人追いかけてきてますね」


 勝負のルールを理解しているらしく、魔力を温存しながら追ってきているペアが4つあった。強力な魔法で一網打尽にされることを警戒しているのか互いに距離を取り、いつでも囲めるよう左右に広がっている。

 後方からの魔法攻撃はやんでいて、今はただ追いかけっこをしているだけ。先に飛べなくなった方の負けだ。


 プランAでいければ良かったのだけど、このままスタミナ勝負を続けるのは芸がないし、そんなギャンブルにチクミちゃんの命を賭けるわけにもいかない。こちらの狙いを読まれていた場合の次善の策。今こそプランBを使う時。


「チクミちゃん。プランBでいきますっ」

「プランBですかっ。わかりましたっ」


 チクミちゃんが高度を上げつつわたしの前方に出た。チクミちゃんの下側後方より近づき、脚の間から見える白いガイドを目印に慎重に位置を調整する。


「プランB。ドッキングシークエンスッ――」


 定位置に着いたところで声を上げ、チクミちゃんにプランBの開始を宣言した。


「――オペレーションッ!」


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