第3話 包囲された街
あわや乱闘。というところで耳障りな笛の音が響き、集まっている人達の注意を集める。人ごみの一角が左右に分かれ、間から10人ほどの武装した人達が列を組んで姿を現した。
「警邏隊長のレツイチだっ。双方動くなっ」
やってきたのはスズキムラの警邏隊の人達だった。討伐軍の兵士もチクミファンもほとんど非武装だけど、警邏隊の人達はしっかり武装している。隊長さんに続く隊員達は剣の柄に手をかけ、不審な動きをする者があれば即座に叩き斬る構えだ。
「警邏隊ならこの暴漢どもをさっさと連行しろっ。兵士を取り囲んで暴行を加えるつもりだぞっ」
「討伐軍こそチクミちゃんを取り囲んでどうするつもりだっ」
「警邏隊は討伐軍の好き勝手を許すのかっ」
兵士のひとりがチクミファンを指差してこいつらは暴漢だと主張すると、数の多いファン達は怒声を上げ言われた分の10倍くらい言い返す。警邏隊長さんが再び耳障りな笛を吹き鳴らし、無秩序に騒ぎ出そうとするチクミファンを静かにさせた。
「チクミというのは、討伐軍から捕縛依頼のあったフタヤマ・チクミのことですかな?」
その話なら討伐軍側の主張に対し兵士の負った怪我と証言、無職ギルドに登録されている職能が一致しないため、嫌疑不十分として断ったはずだと警邏隊長さんが不機嫌そうに兵士達を睨みつける。
「まさか、討伐軍の囲んでいる女性のひとりがフタヤマ・チクミということはないでしょうな?」
「チクミは私ですっ」
嫌疑が不十分な住人を勝手に捕らえようとしていたのかと警邏隊長さんが口にしたところで、ここぞとばかりにチクミちゃんが名乗り出た。兵士達を見る警邏隊長さんの目が厳しくなる。
「警邏隊が嫌疑不十分と判断したものを独自捜査とは、討伐軍には都市総監の権限を侵害する意図がおありですかな?」
「貴様っ。何様のつもりでっ!」
討伐軍兵士が街へ入場することは許可したものの、権限まで委譲した覚えはないぞと言われた兵士は、論理的な反論は無理だと悟ったのか階級にモノを言わせようと警邏隊長さんを怒鳴りつけた。
「本職はこの街の治安維持及び犯罪捜査に関する権限を都市総監より委任された者です。本職の権限に異議を申し立てるおつもりか?」
警邏隊長さんが片手を上げると、後ろに控えている隊員達がスラリと剣を抜く。30代も半ばを過ぎたオジサンにもかかわらず、この街の警邏隊長さんはなかなか頼もしい。これが修裸の国なら、「なにしてやがんだテメェ」、「邪魔すんのかゴルァ」、――ドガァ!みたいな展開になっていたことは確実だ。
「地方都市の隊長風情がっ。調子に乗ったことを後悔させてやるっ」
討伐軍の兵士達は捨て台詞を残し、チクミちゃん達を追いかけてきた路地の奥へと引き上げていった。諦める気はまったくなさそうで、次は武装した兵士を引き連れてきそう。
「フタヤマ・チクミと誰かもうひとり。事情聴取のため警邏隊の詰め所まで同行願おう」
自分が同行すると名乗り出た黄金色の髪の女性とチクミちゃんが警邏隊に連れられて行く。チクミちゃんは悪くないのにとファン達が泣き叫んでいたけど、耳を貸すような警邏隊長さんではなかった。
「討伐軍は何であの子を狙うんでしょうね?」
「チクミがカモーンカモーンすれば、あそこにいるクレイジーどもがオールジョインします」
ワカナさんの疑問に、チクミちゃんが呼びかければファンが志願するからだとホムラさんが答える。それだけでなく、彼女を護るためならチクミファンは必死で戦うだろうし、身柄を押さえている限り裏切られる心配もない。
完全に使い潰す気だとホムラさんは不愉快そうに鼻を鳴らす。
「早い話が人質」
街を護るどころか、住人を使い捨ての兵くらいにしか考えていないのだと、収納の魔法にトマホークをしまいながらアンズさんが口にした。
都市総監は討伐軍の勝手な振舞いが腹に据えかねたらしく、旧市街への兵士の入場を禁止して、討伐軍から目を付けられそうな人達を旧市街へと囲ってしまった。
わたしは注文していたショートブーツと膝まである編み上げブーツ。色違いで2足ずつがようやく出来上がったので、久しぶりにアンズさん達と街の外へ繰り出す。そろそろキノコ芋という山に自生する芋が旬だということで、今日は街の南西にある山中で芋掘りだ。
キノコ芋は春から夏にかけて地中で芋が成長し、秋になると地上にキノコを生やす。キノコが大きくなるにつれて芋は縮み味も悪くなってしまうため、キノコが生えてくる前に掘り起こすのだという。
ちなみに、生えてくるキノコは猛毒で食べられないらしい。
「こっちです。ワカナしっかり場所を憶えておきました」
昨年、毒キノコが群生しているのを見つけたらしく、そこならたくさん採れるはずだとワカナさんが案内してくれていた。
「ワカナ、まだなの?」
ゼィゼィと肩で息をしているアンズさんは、ひっきりなしに「まだか、まだか」と口にしている。小柄で引き締まった体つき……悪く言えば痩せっぽちなアンズさんは、この4人の中で一番スタミナがない。にもかかわらず、トマホーク5本に金属の手甲と装備は一番重いから、山登りなんかで最初にバテるのは決まってアンズさんだという。
逆に元気なのが一番の長身でスタイルも抜群のホムラさん。固定砲台みたいな魔法使いにもかかわらず、結構な強行軍だというのに息ひとつ切らさず鼻歌なんて口ずさんでいる。
「一番動かないはずのホムラさんが、どうして一番体力があるんです?」
「おヨネちゃんは山間部にある農村の出身で、おっきな米俵を担いで山越え余裕って言ってました」
そろそろ息が上がってきているワカナさんが教えてくれた。12歳のころには重さがひとつ60キロという米俵を担ぎ上げ、峠の向こうにある街まで納めに行っていたらしい。
「スラベェンリィ。ウェイトアップをプレコーションしてライトイートで済ませるからです」
宴会でもバクバク食べてグビグビ飲んでいるホムラさんは、太るのを気にして食事を減らすから体力が付かないのだと鼻で笑っていた。脂肪が女性的な部分に集まる体質らしく、ため息しか出てこないようなナイスバディなのに体型を気にしたことなんてないという。
「自分は太らないからって……」
中肉中背で筋力もスタミナも平均的。尖がったところのないワカナさんは余計なお肉も全身に満遍なく付くタイプみたいで、憎しみのこもった目でホムラさんの大きく盛り上がった胸元を睨みつけていた。
ワカナさんの秘密ポイントに到着したところでカキ氷休憩。アンズさんの息が整ったところで芋掘りを始める。
キノコ芋は丸っこい芋で浅いところにできるから、竹べらで土を剥がしながら探すらしい。表面の皮に傷をつけなければ、そのままで半年以上の長期保存ができるのだけど、皮を傷つけてしまうとそこから傷み始める。
無職ギルドに納品できるのは保存に適した傷のない物だけ。間違って傷つけないように金属のスコップは使わない方がいいという。
「トマホーカーはオールウェイズにやらかしてくれますね~」
「なぜ……」
金属スコップすら使わないというのに、トマホークで芋掘りをしたアンズさんは芋という芋を真っ二つにしていた。なぜもくそもないと思います。
「そのままディナーをディグしてるといいで~す」
納品するものは自分達で掘るから、アンズさんは夕食に使う分を掘っていろとホムラさんは命じた。
掘り起こされたキノコ芋はおっきなジャガイモみたいな外見をしていたけど、手に持ってみるとジャガイモの倍くらいズシリと感じる。味がよく、食べごたえがあって腹持ちするうえ、保存も運搬も容易という満点の食材。ただし、風通しがよく日当たりの悪い、適度に湿り気のある腐敗した植物の積み重なった土壌でなければ育たない。
種が毒キノコの胞子ということもあって栽培は容易でなく、その分高値で売れるという。
「ど~うですか。ワカナの見つけたポイントは?」
どっさりと収穫されたキノコ芋を前に、ワカナさんは両手を腰に当てて胸を反らし、空を仰いでフハハハ……と笑っている。ホムラさんとわたしが大きめのカゴを背負ってきたのだけど、周りは収まりきらないキノコ芋で溢れていた。
自分達で食べる分は袋に入れてわたしの収納の魔法に納め、持って帰れない分は4つくらいに切り分けて種芋としてばら撒いておく。キノコは小さくなってしまうけど、毒キノコだから問題ない。
キノコ芋でいっぱいになったカゴはもんの凄く重くて、裸力で身体能力を強化しなければわたしでは持ち上げることすらできなかったのだけど、米俵を担いでいたというホムラさんは軽々と背負ってしまった。
どうしてこの人は魔法使いなんてやってるんだろう……
帰りも強行軍でエッチラオッチラと先を急いでいると、街の手前でやっぱりキノコ芋を掘ってきたイカちゃんと軍死君に追いついた。トト君はまだトイレの汲み取りから解放されていないらしい。
「なんですかそのバカげた量は?」
イカちゃんと軍死君もキノコ芋を背負っていたけど、ふたり合わせてわたしが背負っている分の半分くらい。わたしとホムラさんを見つめる瞳には、非常識な人を見るような諦めが浮かんでいる。
「ミー達はいたってノーマル。それっぽっちしかキャリーできないユー達の方がウィークなのです」
こんな重たいものを背負っての強行軍で平然としていられる方が明らかにおかしいと思うのだけど、ホムラさんはそれしか運べないお前達が貧弱なのだと断言した。
「止まる」
スズキムラの南門が見えてきた辺りでアンズさんが一行を停止させた。
「南門の前に討伐軍がいる」
近くの木立に身を隠しすかう太くんの望遠モードで様子を伺ってみると、お堀を渡る橋の手前で武装した兵士が通せんぼしていた。わたし達と同じく収穫物を持った人達が止められて、どうやら荷を取り上げられているみたい。抗議したらしき男の人が殴り倒されている。
「なんだか持っているものを取り上げてますね。全部じゃなくて半分くらい」
「討伐軍が収穫を接収してる」
アンズさんと軍死君も遠見の魔法で確認したらしい。魔法四段なのに攻撃の魔法ばっかりなホムラさんは目を細めていた。
「や~ることが裸賊ライクです。あれがオフィシャルなフォースなのですか~?」
あれでは裸賊と変わらない。本当に領主の軍なのかとホムラさんが疑問を呈する。
「討伐軍の司令官は正気でない」
「下手に抵抗するのは危険だな。何を命じるか予想できない」
外から持ち込まれる物資を半分とはいえ取り上げるなんて、事実上の兵糧攻めではないか。自領の街を干上がらせてどうするつもりだと、アンズさんと軍死君は呆れ果てていた。
「ユウはその荷物を背負ったまま飛べる?」
「大丈夫。人を抱えて飛んだこともあります」
「君は本当に魔法二段なのか?」
まだ飛行の魔法を覚えていない軍死君が怪訝そうな視線を向けてくる。人族は魔法記憶領域に魔法を転写する呪文書なるものを買って魔法を覚えるのだけど、飛行の魔法は三段以上にならないと売ってもらえないという。
飛行中に他の魔法を行使するには、魔法を複数同時に展開する技術が必要とされるため、二段以下では使いこなせず危険らしい。
ちなみに魔法四段のホムラさんは、自分だけ飛べても意味がないと覚える気がないそうな。
「ユウは門のない場所を飛んで乗り越える」
傷んでしまうキノコ芋なら取り上げられずに済むかもしれないので、わたしの収納の魔法から今晩のおかず分を取り出し、代わりに軍死君の分を収納する。他の人達と別れて、橋を通せんぼしている兵士から見えない場所を魔法で飛び越えた。
無職ギルドの前で落ち合うと、案の定、半分ずつ取り上げられてしまったらしい。
「今晩の分まで半分取られちゃったんですよっ」
保存できない分まで取り上げるなんて意地汚いとワカナさんはお怒りだ。結局、4分の1ずつ取り上げられ、わたし達は大銀貨12枚。イカちゃん達は大銀貨3枚を手に入れる。
「討伐軍の奴ら、この街を封鎖するつもりか?」
「裸賊だって街までは来ないのに、何しに来たんだあいつらっ」
「なんだ? なにかあったのか?」
無職ギルドのロビーには怨嗟の声が満ち溢れていた。状況が飲み込めていないのは北門から川向うに行っていた人達。川の南岸側にある東、西、南門は討伐軍に通せんぼされて、裸賊が出没する北側だけ無事だという。
「領主はスズキムラ攻略軍を送ってきたんじゃねえの?」
「裸賊のいる北側はがら空きで、ヤマモトハシ方面から包囲されてるってどゆこと?」
なんだかもう、どっちが敵だかわからない間抜けな状況だった。




