第2話 狙われたアイドル
これはチクミちゃんの声?
確認する間もなく、軍死君が声の聞こえてきた方へと走り出した。間違いないみたい。
「お前達っ。何をしてい――ぐあっ!」
軍死君を追いかけて行った先で、ふたりの女の子が6人の男達に取り囲まれている。何をしているのかと、ひとりの肩に手をかけた軍死君が問答無用でぶん殴られて地面に転がった。
「何をするんですかっ?」
「おいおい、見ていなかったのか? 先に手を出してきたのはこいつだぜ」
肩に手をかけられた男が、こいつは正当防衛だと笑いながら服を払う。6人とも支給品と思しき同じ服を身に着けていた。軍服だろうか……
女の子のひとりは、ステージ衣装から着替えてフードで顔を隠しているものの、小麦色の肌までは隠しきれていない。チクミちゃんで間違いないだろう。もうひとりは灰色髪を頭の後ろでお団子にした小柄な女の子。
見覚えがある気がするのだけど……どこかで会ったかな?
「ちょっとあんた達っ。何のつもりよっ」
「いけませんっ。この人達、討伐軍の兵士ですっ」
いきなり殴られて動けなくなっている軍死君を助け起したイカちゃんが文句を言おうとしたところ、チクミちゃんが男達の正体を教えてくれる。わたし達の隊商の後ろをつけてきて、勝手に囮に使おうとした裸賊討伐軍の兵士みたいだ。
討伐軍はそのまま隊商の後ろをくっついてきて、今はスズキムラの街の東側に陣を構えていた。
なるほど、魔法三段のチクミちゃんが迂闊に手を出さないのはそのためか……
チクミちゃんは顔も名もスズキムラ中に知れ渡っているから簡単に足がついてしまう。この兵士たちも、もちろん相手がチクミちゃんだと知ったうえでの狼藉だろう。
「わかってんなら話は早ぇ。ちょいと俺達の陣を慰問してくれや」
「隊長があんたに歌ってもらいたいそうだ。ベッドの上でさぁ……」
許し難き乙女の敵……死刑だ。死刑しかない……
帽子を取る振りをして顔を隠し、こっそりと魔法を使って髪色を若干の緑を含んだ濡羽色へと変え、瞳の色も黒く見えるように偽装する。取った帽子をイカちゃんの頭にカポリと被せ、裸力を纏って軍死君を殴り倒した兵士の懐へと飛び込んだ。
「ぐへぇ……」
わき腹へと叩き込んだ拳からメシリとあばら骨が折れる感触が伝わってくる。卑劣な性犯罪者なんて死刑にしてしまいたいけど、兵士達には黒髪黒瞳の女に拳で倒されたと証言してもらわないと、チクミちゃんに嫌疑がかけられてしまう。
だから魔法は使えない。裸道で半殺しにするしかない。
「貴様っ。俺達を誰だ――どおっ!」
身分を振りかざそうとした兵士の顎をアッパーで粉砕。後ろから掴みかかってきた兵士の腕を腰を沈めて躱し、鳩尾を外して肘を突き入れる。上段と見せかけて下段へと振り下ろされる蹴りで相手の膝をへし折って、顔面グーパンチでグシャリと鼻を潰してあげた。
「残っているのはあなただけですね」
最後のひとりに向き直って、ニッコリと微笑みながら髪をかき上げてみせる。
「裸道で鍛えた俺様をこいつらと一緒にしない方がいいぜ……」
残った兵士はそう言うと、バサリとシャツを脱いでよく鍛えられた上半身を露わにした。続いてカチャカチャとベルトを外し始めたので、間髪入れずにヤクザキックで壁に叩きつける。どうやら気を失ったらしく、ピクリとも動かなくなった。
乙女の目の前で脱ぐんじゃありませんっ……
「裸力……」
えっ……?
わたしの耳はチクミちゃんが呟くのを聞き逃さなかった。服を着ているのにわたしが裸力を使っているのに気がつくなんて……この子、裸道を知ってる?
「行こうチクミ」
「また変なのに絡まれない内に行った方がいいですよ」
小柄な女の子の方がチクミちゃんの腕を引っ張っていたので、性犯罪者たちを見下ろしながらさっさと立ち去ることを促す。チクミちゃん達が走り去るのを見送ったところで、ポカンとした顔をしているイカちゃんから帽子を受け取って被り直した。
「その髪……」
兵士達に聞かれてはマズいので人差し指を口元にあてると、イカちゃんは察してくれたらしい。軍死君に肩を貸して立ち上がらせたので、うめき声を上げている兵士達を残し、わたし達もその場を離れた。
今夜は珍しくツチナシさんを交えての宴会。お仕事のシフトから外れているそうだ。
「討伐軍の人達。ウチはそういうお店じゃないって言ってもしつこいから、女の子達にも評判悪いわ。金払いも最悪だし」
ツチナシさんの働いているお店はあくまでもお酒の相手をするだけのところ。お客さんを取る娼妓は壁で囲まれた一部の地域でしか営業を許されておらず、勝手に街中を出歩くことも禁止されている。
それを説明してもしつこくプライベートサービスを迫ってくる困り者らしい。
「ふた言目には街を裸賊から護ってるっていうけど、実際に攻められたことはないのよねぇ」
「あいつらは街を盾にしているだけ。護ってなどいない」
シャリシャリとカキ氷を食べていたアンズさんが、裸賊の砦は川を渡った北岸側にある。南岸側のヤマモトハシに続く街道のある東側に布陣するなんて、住民が逃げるのを通せんぼしているだけだと吐き捨てた。
「そんなところに陣を構えて何をしているんです?」
「懲りもせず臨時の兵員募集をギルドと交渉してる」
隊商をエサにされた商人ギルドは大反対。無職ギルドも同様で、ギルドでは請け負わないから自分達で募集しろと突っぱねたらしいとワカナさんの疑問にアンズさんが答える。
「すでに一度リクルーツしてますから、ボランティアなんているわけないです」
最初の裸賊討伐軍が募集していったので、もう志願する人なんて残っていないとホムラさんは呆れ顔だ。
「討伐軍は千人募集したいらしい」
「そんな人数、どこから出てくるんですか?」
アンズさんの言葉にわたしが尋ねると、スズキムラの人口は8万人くらい。この内、労働力人口は5万人くらいで、無職ギルドに登録している人は3千人といったところ。登録していない人も同じくらいいるだろうと情報通のスミエさんが教えてくれる。
「前回の討伐軍に取られた人を差し引いて、登録していない人の半分近くが志願すれば集まる計算ですけど……」
「ナンセンスで~す。エントリーすらしてないニートにミリタリーワークはアンフィットで~す」
計算上ではというスミエさんに、登録もしてない人に軍の仕事は務まらないとホムラさんが指摘した。仮に無職ギルドが募集を請け負っても、登録が抹消されてないだけの人やこの街を離れている人。裸賊に合流してしまった人達を除いた稼働人員はせいぜいその半分。どんなに頑張っても500人集まればいい方だという。
「つまり、ない物ねだりをしているだけなのに態度だけは大きいんですね」
フタヨちゃんが実にわかりやすく要約してくれた。
裸賊討伐軍はとうとう無職ギルドを頼ることを諦め自分達で志願兵の募集を始めた。「立てよ領民!」などと書かれた看板を持って街のそこかしこで道行く人に声をかけている。無職ギルドの入り口前にはテントが張られ、志願兵の受付窓口が設置されていた。
迷惑なのだけど、ギルドの敷地外なので文句も言えないらしい。
街はすっかり険悪ムード。無職だけでなく、定職に就いている人にまで「裸賊討伐に協力しろ。協力できないのは裸賊の手先だからか?」と迫るので、今では裸賊よりも嫌われている。
サマードレスにサンダル履きだとさすがに声をかけてこないということがわかったので、わたしの周りではワンピースにサンダルというスタイルが一時的に流行していた。
「誰かを探している」
武装しているとしつこく勧誘されるので、これでは仕事にならないと今日は大通りに遊びに来ている。飲み物を購入して4人掛けのテーブル席についたところで、討伐軍の兵士は人を探しているとアンズさんが口にした。
「ひとりはチクミという有名人。もうひとりは黒髪の女拳術使い」
武器なんて持ったこともありませんと勧誘を断ったら、人を見なかったかと尋ねられたそうだ。
「スズさんじゃないですか?」
「腰まで届く黒髪で私より若干背が高い。スズさんとは一致しない。あとメガネ」
おそらく探しているのはわたしだろう。アンズさんはやや小柄な体つきで、身長はわたしとスズちゃんの間くらい。髪色は若干赤みを帯びた黒髪で、光を当てると紫がかって見えるから、偽装したわたしと勘違いされることはないと思う。
「それは多分わたしです。先日、魔法で偽装して殴り倒しましたから」
「オーゥ。ユウがそんなにアグレッシブだったとはサプライジングです」
街中で兵士を殴り飛ばすとは驚きだとホムラさんが目を丸くしている。見境なく暴力に訴えると思われては心外なので、卑劣な性犯罪者どもに正義の鉄槌を喰らわせただけだと先日あったことを説明しておく。
「どうしてとどめを刺さないんですかっ? ワカナ許せませんっ」
「そいつらは運がいい。私ならトマホークの錆にしてる」
話を聞いた3人はそんな奴らを生かしておくなど言語道断だとプンプン怒りだした。殺してしまってはチクミちゃんが容疑者として指名手配されてしまうので、犯人は別にいるという証拠を残しておく必要があったのだと弁解しておく。
「オーゥ。ユウがそんなにクレバーだったとはサプライジングです」
「わたしはいつだってちゃんと考えてますっ」
トト君じゃあるまいし、人を考えなしみたいに言うなんて酷いとホムラさんに抗議していたら、近くの路地から4人の女性が道行く人にぶつかりそうな勢いで飛び出してきた。たたらを踏んで足を止めたところに討伐軍の制服を着た人達が集まって通せんぼする。
飛び出してきた路地からも討伐軍の兵士がやってきて女性達は囲まれてしまった。
女性のひとりはチクミちゃんだ。討伐軍に追いかけられていた?
「フタヤマ・チクミッ。兵士に対する傷害の容疑だっ。貴様を連行するっ」
「言い掛かりじゃないっ。チクミがやったなんて証拠がどこにあるのよっ!」
先日も一緒だった灰色髪をお団子にした女の子が反論する。
「チクミは渡せないねぇ。討伐軍の兵士に街中で捕物をする権限なんてないだろぅ」
討伐軍の兵士に住民を捕縛する権限なんてない。それはこの街の警邏隊の仕事。言い掛かりだから警邏隊を使わずに自分達で捕まえようとしているのだろうと、チクミちゃんを護るように立ち塞がっている波打つような黄金色の髪をした女性が指摘した。
「討伐軍はチクミをプロパガンダに利用するつもりでしょう。そのようなことに、この子が手を貸すと思っているのですか?」
チクミちゃんを抱きしめている凛とした雰囲気を纏った砂色の髪の女性が、志願兵を募るのに彼女を利用させはしないと言い放つ。もしかして、ニート・フォーってこの4人組のこと?
「黙れっ。我が軍の兵士が暴行を受けたのだっ。我が軍が容疑者を捕らえることに何の問題もないっ」
どうやら言い掛かりでも何でもつけて、警邏隊の権限が及ばない討伐軍の陣中に連れ去ってしまおうという腹づもりみたい。後は圧倒的な戦力を背景に、警邏隊の要求なんて全部無視してしまえばいいと考えているのだろう。
衆人環視の元で全員首根っこを引っこ抜いてやろうかと帽子に手をやったところで、誰かが投げつけた石が兵士の頭に命中する。気が付けば、チクミちゃんを取り囲んでいた兵士達は、「チクミLOVE」と描かれたシャツを着ているファン達にさらにグルリと取り囲まれていた。
「警邏隊は動いてないっ。これは討伐軍による拉致だっ!」
「チクミちゃんを連れて行かせるなっ!」
「討伐軍は出ていけっ!」
討伐軍の兵士は20人以上いるのだけど、彼らを取り囲むチクミファンは200人を超えていそう。
「石を投げたのはどいつだっ。軍に逆らってタダで済むと思うなっ」
石を当てられた兵士が負けじと怒鳴り返す。一触即発といった雰囲気だ。このままだと乱闘に巻き込まれてしまいそうだと他の3人を振り返ると、アンズさんはテーブルの下でこっそり収納の魔法からトマホークを取り出し、ワカナさんも加勢する気マンマンで拳を握っている。
唯一、乱戦では敵味方お構いなしに丸焼きにしてしまうホムラさんだけがヤレヤレと首を振っていた。




