第1話 アイドル無職チクミちゃん
夏も真っ盛りの暑い日の午後、わたしはひたすらカキ氷を作っていた。
無職の仕事は基本的に臭いか、汚いか、危険か、辛いかのどれか。無職ギルドの掲示板にも、トイレの汲み取りとかお堀を埋めている浮草の除去といった仕事か、裸賊が出そうな場所での仕事ばっかり掲示されている。
この炎天下の中、そんな仕事やってらんないと妄粋荘でゴロゴロしていたら、アンズさんにアゲチン派認定されてしまった。あんな自分が無職なのを世の中のせいにしている人達と一緒にしないでくれと主張したものの、暑いのを理由にゴロゴロしているだけなら同類だと取り付く島もない。
よろしい、ならば勝負だと今日一日で誰が一番多く収入を得られるか賭けることにした。負けた人は翌日、お堀の浮草除去の仕事を請け負う約束だ。
アンズさんは家畜の解体に、ホムラさんは鍛冶屋さんの手伝いに、ワカナさんはスッポンを釣りに行き、わたしはカキ氷屋を始めた。
「こう暑くっちゃ堪んねえな。姉ちゃんカキ氷の倍盛ひとつ頼むわ」
「まいど~。大銅貨5枚です」
今日は照り付けるような日射しが肌を焼く猛暑日。もう行列が出来るほどの売れ行きだ。
わたしがカキ氷屋を出したのは人がたくさん集まる市場の一角。勝手に商売を始めると怒られるので、商人ギルドにお金を払ってこの場所を借り受けた。広い通りに面した一等地は組合員の商会なんかに占められていて、わたしみたいな一日契約の人は裏手に回されちゃうのだけど、運よく果物を扱っているお店の隣を指定される。
器やスプーンなんかはお客さんに用意してもらって、わたしはカキ氷とシロップを提供するだけの簡単なお仕事。
カキ氷は並盛で大銅貨3枚。倍盛は大銅貨5枚。シロップはオプションにして、砂糖水なら大銅貨2枚。果汁シロップは大銅貨4枚の追加料金とした。
お隣さんはいろんな種類の柑橘系の果物を取り扱っていたので、カキ氷だけ買って思い思いの果汁を絞って食べられますってしたのが大当たり。おかげで、シロップの残りを気にせずにガンガン売ることができる。
魔法で作ったカキ氷だから、シロップをかけなければ原価は限りなくタダに近い。
「姉ちゃんは始めて見るけど、いつもこの商売やってんのかい?」
「いえ……今日が初めてなんです」
隣で果物を売ってるオジサンが明日からもやってくれとねだってきた。売れ行きが普段の倍以上だそうだ。毎日やる気はないので、たまにしかできないのだと断っておいた。
「それでは、トゥデーイのインカムをテーブルにプットするね」
夜になって皆さんが妄粋荘に帰ってきたところで本日の収入を報告する。なんだかゲッソリとした顔のホムラさんが自信満々に大銀貨3枚をテーブルの上に載せた。ホムラさんの炎の魔法は木炭を燃やすよりもずっと高温だから、かなりの燃料節約になるのだという。
「さすがに魔法四段は稼ぎますね」
「毎日そんなにやつれていたら体がもたない」
スッポンを2匹釣ってきたというワカナさんが小銀貨14枚。牛2頭を丸々解体してきたというアンズさんは小銀貨16枚をテーブルの上に出す。小銀貨10枚で大銀貨1枚なので、ふたり合わせてホムラさんと同額ということになる。
「さあ、ユウもショウダウンするね。ハリー、ハリー、ハリーッ!」
「はあ……」
早く出せとホムラさんが急かすので、わたしはそっと本日の収入、1枚の小金貨をテーブルへと載せた。
「ダアァァァウツッ! フカすにしてもクレイジーで~すっ!」
「イカサマ禁止」
ホムラさんとアンズさんは反論の機会さえ与えないまま、わたしが貯金から水増ししていると決めつける。ワカナさんがそんな旨い仕事があるなら言ってみろというので、市場でカキ氷屋をやって、カンカン照りのおかげで200杯以上売れたと説明したのだけど、そんなに稼げるものかと信じてくれない。
「なになに、皆で集まってどうしたの~」
憩いのスペースでやいのやいの言っているわたし達のところに、好奇心旺盛な瓦版記者のスミエさんがやってきた。
「ねぇねぇ知ってる~。今日、市場でカキゴオリなるものが売られていたらしいの。もう行列が絶え間なく出来てたって話なのよ~」
スミエさんの言葉に3人がピシリと固まる。
「シャリシャリの氷に蜜や果汁をかけた食べ物らしくってね。私も食べたかったんだけど、時間が遅かったから終わっちゃってたの~」
瓦版記者として体験しておきたかったとスミエさんが残念そうに零していた。思わぬところからの援護射撃に、話を聞いた3人は震えている。
「そんな……アゲチン派のユウちゃんに敵わないなんて……」
自分はアゲチン達にすら劣るのかとワカナさんが頭を抱えた。わたしがアゲチン派ではないと言っても聞いてくれない。
「ひとつは大銅貨5枚でも、200杯売れば小金貨になる。その理屈はわかるけど……」
まさかアゲチン派がそれを実行してみせるなんてと、アンズさんは沈んだ表情で呟いている。もうっ。どうしてそうまでして、わたしをアゲチン派ってことにしたがるかなっ?
「シィィィット! も~うやってられません。レイバーはすなわちルーザーで~す」
床をゴロゴロと転げまわりながら、労働者とは敗北者のことだとホムラさんがアゲチンみたいな台詞を叫ぶ。
「アゲチン派って、働いたら負けとか主張してる働いても勝てない人達のこと? ユウちゃんがそうなの?」
「違います。勝手にあんな人達の同志にしないでください」
スミエさんの心無い言葉に3人は胸を押さえて苦しみだし、とても会話ができる状態ではなくなってしまった。仕方がないので、わたしから誰が一番稼げるか競争していたのだと説明する。
「えっ。カキゴオリを売ってたのってユウちゃんだったの? お姉さんとっても興味あるわぁ~」
「器を用意してくだされば作りますよ」
差し出された器は、なぜか4つあった……
今日もまた暑さを予感させる日の朝。アンズさん達は浮草除去の仕事を請け負いに無職ギルドへと出かけて行く。
お堀は街の北側を流れる川から水を引いているのだけど、川と違って流れが緩やかなので、この季節には滞留した浮草が手に負えないくらい繁殖するらしい。夏の浮草除去は暑くて臭くて報酬も安いから、体力以外に取柄のないド底辺無職がやる仕事だという。
どんな仕事なのか興味があったのだけど、つい先日ショートブーツを吹き飛ばしてしまったわたしは、サンダル以外の履物を持っていない。サンダル履きでは足元が危ないからと、アンズさんに仲間外れにされてしまった。
「ぷ~んだ。アンズさんのいじわるっ」
ムシャクシャしたわたしは、せっかく小金貨を稼いだのだからとショッピングに出かけ、黄色と白のワンピースに青いリボンのかかったつば広の麦わら帽子を購入。お店で着替えさせてもらって、なにか面白い物はないかと新市街の中心にある大通りへと足を運んだ。
「あっ、ユウさん。今日はお仕着せじゃないんですね」
果汁を売っているお店で飲み物を購入し、ベンチに腰掛けてチビチビやっていたところにイカちゃんがやってきた。
「今日はトト君たちは一緒じゃないんですか?」
「トトにはペナルティとして汲み取りの仕事をさせてるわ。今日は軍死の付き添い」
なんでも、トト君は罰として髪と眉毛を削ぎ落され、その場解雇でパーになった3人分の報酬に達するまでトイレの汲み取りの仕事を請け負わされているという。もうわたしが制裁を加える必要はないかもしれない……
軍死君は「ニート・フォー」という無職のアイドルグループにハマっているらしくて、今日はそのステージがあるという。隣に腰かけたイカちゃんが無言で指差した先では、たくさんの男の人達が集まって、拍子を合わせて体をクネクネさせていた。
「無職なのにアイドルなんですか?」
「ステージとかやってるからアイドルなんて言われてるけど、悔しいことに実力も相当なのよね」
ニート・フォーのひとり。軍死君がハマっているチクミちゃんという女の子は、魔法三段、槍術三段、治癒三段というオールラウンダーだそうな。
治癒というのは魔法で怪我を直す職能で、魔法と言うと攻撃的なイメージが強いから、治癒という別の職能に分けられている。わたしも治癒の魔法は使えなくもないのだけど、ソロでいるとしつこく勧誘されると言われたので職能は取っていない。
「軍死の奴、魔法二段、槍術初段、治癒初段なのよ。もう、どこまで入れ込んでんのよって感じ」
ぷっ……
思わず吹き出してしまった。職能まで合わせてるなんて、いくらなんでもハマり過ぎでしょ。イカちゃんも呆れたような口振りで顔の前で手をヒラヒラさせている。
「美味しそうね。その氷どうしたの?」
わたしが飲み物に氷を浮かべているのを見つけたイカちゃんが尋ねてきた。
「魔法で作った氷です。飲み物を冷やしたければ、イカちゃんの分も出しますよ」
「買ってくるわ」
イカちゃんはわたしの分のおかわりまで一緒に買ってきてくれたので、魔法で作り出した氷をふたつのコップにポトリと落とす。冷えた飲み物を口にしたイカちゃんは、軍死君もこういった魔法を覚えればいいのにと愚痴を零し始めた。
夏の暑い日にしか需要のない魔法ですけどね……
イカちゃんとお喋りしていると、ステージの方が急に騒がしくなる。どうやらチクミちゃんとやらがお出ましになったみたいで、集まっている男の人達が歓声……というか、もう怒号と言ったほうがいいような雄叫びを上げていた。
どれどれとすかう太くんの望遠モードでステージ上を見てみれば、亜麻色の金髪をゆる~い三つ編みにした小麦色の肌が健康的な女の子が手を振っている。女の子らしい丸みを帯びた体つきに、豊かな胸元を強調するようなステージ衣装。イカちゃんよりも少し年上っぽい笑顔が似合いそうな女の子だ。
清純派王道アイドルというやつですね。人気になるのもわかります。
「あんなに何でもできるなんて、神様は不公平だわ」
頬を膨らましたイカちゃんがブーブーと神様への恨み言を垂れ流す。槍術三段はともかく、魔法は生まれ持った才能だから愚痴を言いたくなるのもわからなくはない。使える魔力の量と魔法記憶領域の広さは、後から鍛えて増やせるものではないという。
もっとも、イカちゃんだって容姿には恵まれている方だと思うけど……
拡声の魔法を使っているらしくて、わたし達のところにも澄んだソプラノが微かに響いてきた。今日は来てくれてありがとう。皆さんのために張り切って歌っちゃいますと、お定まりの挨拶の後に新着グッズの紹介をしている。
「ま~た軍死が性懲りもなく無駄遣いしそうだわ……」
軍死君はチクミちゃんグッズのコレクターでもあるらしい。すべてを諦めたようなイカちゃんの呟きは、物販ブースに群がる男達の怒号にかき消された。
3度のアンコールの後、ステージが終わると集まっていた人達も散り散りになっていくけど、まだ熱気も冷めやらぬ人達がそこかしこでチクミちゃんの話題で盛り上がっている。
「イカ、チクミちゃんの応援もしないでどこに……って、ユウさんもステージを見に来てたんですか?」
「いえ……別にステージに興味があったわけでは……」
「そのすべての人がチクミファンみたいな思考はどっから湧いてくるんだか……」
一緒に来たはずのイカちゃんを探していたらしい軍死君がやってきた。思慮深いと思っていた軍死君もしょせん年頃の男の子。誰の手によるものかもわからない下手くそな……もとい躍動感あふれる字で「チクミLOVE」と描かれたシャツを羽織っている。
「その小銀貨2枚もあれば買えそうなシャツ、いくらで買ったのよ?」
「本来大銀貨1枚のところが、今日だけ3割引きで小銀貨7枚なんだ。買うしかないだろう」
イカちゃん。苦労してるんだね……
小銀貨2枚のシャツが3割引きで小銀貨7枚だと、堂々と言い放たれたイカちゃんの瞳からは光が失われていた。
ステージも終わったので、ふたりは仕事中のトト君を遠くから冷やかしに行くらしい。髪と眉毛を剃られてしまったトト君を見てみたかったので、わたしも一緒について行く。こっちが近道だと大通りを外れて細い路地を進んでいたところ、さっきまで耳にしていた済んだソプラノが響いてきた。
「通してくださいっ!」




