第11話 裸皇の力
「ウヨウヨしてますね」
ヤマモトハシを発って4日目の夜、すかう太くんのレーダーが山中に潜む裸賊の本隊を捉えていた。隊商の通る道からは峰の反対側になって見えないところに、数十人規模の小集団がいくつも隠れている。
護衛隊長さんの予想どおり、全部合わせれば500人くらいになりそう。
わたしは隊商から半日分くらいの距離を先行して、隊商の姿が見えてくる前に裸賊の斥候を潰して回る役目を仰せつけられた。一緒にいるのはアンズさんとワカナさんに加えて、護衛団から借りた隠密行動が得意な腕の立つ人達。派手な魔法を使うホムラさんにはわたしのかわりに若旦那の護衛をしてもらっている。
9人を3人ひと組の3班に分け、わたしとアンズさんにワカナさんが相手を見つけて潰す班。残り2班には見張りポイントを監視してもらい、新たな斥候や伝令が来たら始末してもらうことにした。
裸賊達が伏せているのは南北に走る街道の西側にある谷のひとつ。東側はやや開けていて隠れるのに適さないのと、街道の直前で上り坂になるせいか隠れてはいないみたい。
「谷の出口から見て南側の峰にみっつ。北側の峰にひとつ見張り場所があるみたいです。夜の内に潰しておきましょう」
裸賊達もそれなりの規模なので、斥候が隊商を見つけてから本隊が街道に到達するまでにはしばらく時間がかかる。気付かれない内に隊商の半分くらいが襲撃ポイントに差し掛かってしまえば、追いつかれる前に護衛団の足止めポイントを超えられると思う。
明日のお昼前くらいに隊商が襲撃ポイントを通過するはずだから夜の内に潰しておく。連絡が途絶えれば怪しまれるだろうけど、お昼まで気付かれなければそれでいい。
「ユウは兵隊だったの?」
「ふえっ?」
南側の3か所を潰して監視を任せ、明け方近くに北側の見張りポイントを潰したところで唐突にアンズさんが尋ねてきた。
「指示に迷いがない。まるで経験したことがあるかのよう」
うえぇぇぇ……
そりゃ、修裸達を率いて大陸ひとつを平定した身ですからね。たいていは力任せに叩き潰しただけだったとはいえ、シャチーに命じられて人質救出や要人誘拐といった隠密作戦もやらされましたよ。
「隠密行動はメイドの嗜みですっ」
どんな嗜みだとツッコミが入ったものの、無職のアンズさんがメイドに詳しいわけがない。暗殺もメイドの仕事だと押し切った。メイドにナイフを突き立てられたわたしが言うんだから間違いない。
日が登ってきたところで、交代要員と思しき裸賊がやってきたので始末した。おそらくは他の監視ポイントにも向かったはず。残してきた人達が上手くやってくれていることを祈る。
しばらくたっても裸賊の本隊に動きはなかった。他の班も仕事をきっちりこなしてくれているみたいだ。
お昼も近くなり、わたし達のいる場所からも隊商の姿が捉えられるようになってきた。先頭を行く馬に乗った護衛が街道を北へと進んでくる。まだ裸賊に動きはない。
商隊長さんの荷馬車を中心とした先頭集団が襲撃ポイントへと差し掛かった。ここまで来れば……
「動いたっ。なんでっ?」
谷の奥に伏せていた裸賊の本隊が動き出すのをすかう太くんのレーダーが捉えた。一斉に谷の出口へと殺到していく。まずいっ!
このままでは先頭集団の後ろ、若旦那の隊商がいる第2集団が真っ先に襲われる。最悪のタイミングだ。
どうしよう……どうすればいい……
方法がないわけではない。裸賊達を丸ごと金剛力で吹き飛ばすなんて簡単にできる。
ただ、わたしは金剛力を振るうことに躊躇いがあった。自分が襲われているわけでもなく、裸皇としてこの地を治めるつもりもないのに、人族同士の争いに金剛力で介入して良いものだろうか。
金剛力は絶対の力だった。防御不能なはずの夜皇ちゃんの混沌の暗き炎すら無力化し、あらゆる物質、霊質、魔法はおろか、受けたダメージなどという概念のようなものまで吹き飛ばしてなかったことにしてしまう。
わたしを裸皇ゼンナと知って挑みかかってくる者。わたしと、わたしの国に牙をむく相手であれば金剛力で吹き飛ばすのに躊躇いはなかった。でも、目の前の裸賊達に金剛力を振るうのは、子供が遊び半分にアリの巣を潰すようなものでしかない。
気に入らない相手は見境なく金剛力で吹き飛ばす。それだけはしないと、わたしは心に決めていた。だから下っ端魔族を相手にするのがせいぜいと言われても、裸道と魔法を身に付けたのだ。
だけど、それではもうどうしようもなかった……
裸賊達が鬨の声を上げながら隠れていた谷から出ていく。隊商も裸賊に気が付いたようで、馬の足を速めて逃げようとしていた。その中には若旦那の荷馬車も見える。
「このままじゃホムラちゃんがっ」
「わかっている。私達は失敗した……」
あの中にはホムラさんもいる。ワカナさんは地面に座り込んで涙を流し、真っ白になるまでトマホークを強く握りしめたアンズさんの手は隠しきれないほど震えていた。
「スズちゃんっ。まさかっ?」
すかう太くんの望遠モードが全裸になって荷馬車から飛び降りるスズちゃんの姿を捉えた。彼女を止めようと伸ばされた若旦那の手には服だけが握られている。
――ひとりで時間稼ぎをするつもりなの?
いくら裸道五段だってあの数の前ではどうにもならない。せめて若旦那だけでも逃がそうと、スズちゃんはここで命を捨てる気だ。もう迷っている時間はない……
「ユウッ!」
見張りポイントのあった崖を蹴って体を空中に躍らせる。そのまま風に乗る魔法を使って宙を翔け、スズちゃんと殺到してくる裸賊の真ん中へと降下した。
武器を構えた全裸の男たちが雄叫びを上げながら突き進んでくる。
褒められたことではないとわかっている。
魔族だと皆から追われることになるかもしれない。それでも――
「やっぱり、見殺しにはできないよ……」
――わたしは金剛力を身に纏った。
わたしが身に着けていたお仕着せも下着も仕立てたばかりのショートブーツも、すかう太くんを除くすべてが吹き飛ばされる。立っている地面も例外ではなく、クレーターのように抉られわたしの体がその場に浮く。
重力から解き放たれたかのように、紅と銀が入り混じったわたしの髪が宙に広がった。
わたしの裸身。いかなる相手であろうとも、抗うことさえ許さず蹂躙する裸皇の姿……
乙女に肌を晒させた報いは受け取ってもらいますよ……
金剛力は身に纏うだけではなく、大きく拡げたり、大砲みたいに撃ち出したり、周囲を薙ぎ払うようにも使える。谷からゾロゾロと出てこちらに向かってくる裸賊達に向けて、わたしは右腕をひと振りした。
放たれた金剛力がすべてを薙ぎ払う。
盛大に上がった土煙が風に流されて晴れた時、そこにいたはずの裸賊達の姿はなく、ただ抉られた地面だけが残っていた。
「ユウ、これは……」
スズちゃんが近づいて声をかけてきたので金剛力を引っ込めて地面へ降り立つ。
さて、なんて誤魔化そう……
魔法は……ダメだ。服を脱ぐ必然性がない。
なにかこう……服を脱がなきゃいけなくて、普段は使えないもの……
……そう、必殺技だ。必殺技がいい。
わたしはそれっぽい決めポーズをとって――
「裸力開放っ! アルティメットマッパァァァ――――ッ!」
――たった今、思いついたばかりの適当な単語を高らかに叫んだ。
「なっ、なんですかユウ。その裸力開放というのはっ?」
「服を着ることにより抑え込んでいた裸力を一気に開放することで、通常を遥かに超える裸力を発揮することができるという……」
自分でも荒唐無稽な話だと思いながらいい加減な必殺技をでっち上げる。裸力はしょせん魔力の運用方法のひとつでしかないのだから、服を着ていようが着ていまいが変わるはずもない。
「それはもしかして裸道の奥義ですかっ?」
「え~と、まあ……そういう言い方もできるかな……」
全裸のスズちゃんが瞳をキラキラさせながら尋ねてくるので、つい奥義ということにしてしまった。
「それより服を着ましょう。皆、見てますからっ」
収納の魔法からヤマモトハシで購入した花柄のサマードレスとサンダルを取り出して身に着ける。サイズが合っていないけれど、スズちゃんにはえんじ色の長袖ワンピースを着せておいた。
すかう太くんのレーダーによれば、谷の中に若干裸賊が残っていそうだけど、もう10人かそこらなので放っておいても何もできないだろう。
「スズッ。どうして勝手に出て行ったんだっ」
若旦那の荷馬車に追いついたスズちゃんを待っていたのは若旦那のお説教だった。どうやら、止めるのも聞かずに荷馬車から飛び降りたみたい。
相当心配していたらしく、ガミガミと叱りつける若旦那の目元は赤く腫れあがっていた。
「ユウ、なぁんですかあのパゥワーは? ソーサリーですか?」
「裸道の奥義です……」
ホムラさんが魔法なのかと尋ねてきたので、服を着ることで裸力ゲージが溜まっていき、それを消費することで放つ必殺技だと答えておく。ちょうど護衛隊長さんもやってきたので、再び裸力ゲージが溜まるまでは使えないと伝えておいた。
まだ数名の裸賊が残っていることを伝えたら、アンズさん達への伝令も兼ねて追撃隊が組織される。わたしはサマードレスにサンダル履きなので当然不参加。好きに暴れていいと言われたホムラさんは「キャホーッ!」と歓声を上げながら追撃に出かけて行く。
夕方になって追撃隊とアンズさん達斥候潰し隊が、縄で縛られた全裸の男をしょっ引いて戻ってきた。情報を吐かせるために裸賊を捕まえてきたのかと思ったら、それは素っ裸に剥かれたトト君だった。
「トトッ。姿が見えないと思っていたら、どこ行ってたのよっ?」
「このバカが作戦を台無しにした」
どうして縛られているのかと尋ねたイカちゃんに、アンズさんは裸賊に感づかれたのは彼のせいだと答え、護衛隊長さんの前に引き摺り出した。
「何があった?」
「はっ。この者、命令もなく裸賊の斥候と交戦いたしておりました」
隊長さんに説明を求められた斥候潰し隊のひとりが、裸賊の斥候を見つけて待伏せしようと構えていたところ、突然やってきたトト君が襲いかかっていったと報告する。
「捕らえられなかったけど撃退はしたんだ。どうして俺が縛られるんだよっ?」
「斥候を撃退とは……これはまた斬新な表現だな……」
護衛隊長さんは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。採用面接をしていた男の人は顔から血の気が引いて真っ青になっている。
「トト君、それは斥候を取り逃がしたって言わない?」
「相手が俺を恐れて逃げ出したんだぜ。俺の勝ちだっ」
ダメだこれは……
斥候は情報を持ち帰ることが仕事なのだから、交戦はなるべく控え逃亡を図るのが当たり前。逃げられた時点で負けなのだけど、トト君はそれをちっとも理解していない。
「こんの、ぶわかたれがあぁぁぁ――――っ!」
「ぐうはぁっ!」
うわわっ……
キレたイカちゃんが斧の柄をトト君の顔面にぶち込んだ。鼻血を流して転がったトト君に馬乗りになって、そのまま拳でボカボカと殴りつける。
「斥候に逃げられたら意味ないでしょうがっ!」
「だからやめておけと言ったんだ……」
軍死君が呆れていた。どうやら割増報酬を狙って斥候を捕らえに行こうと言ったところ、イカちゃんと軍死君に反対され、ひとりで裸賊を探しに出かけてしまったみたい。
そうか……わたしが人前で裸身を晒すはめになったのはトト君のせいか……
制裁を加えたかったけど、イカちゃんにボッコボコにされてピクピク痙攣しているトト君に、これ以上の追撃を入れるのは憚られた。
無能な味方は優秀な敵よりもやっかいだと、護衛隊長さんの下した判断はその場解雇。依頼を達成したとは認められず、もちろん報酬ももらえない。
解雇されたのはトト君だけだったのだけど、イカちゃんと軍死君も依頼放棄の扱いでいいと新人3人組は隊商を離れていった。
「アンズもワカナもスリータイムズなのに、ミーだけトワイスとはアクセプツできませ~ん」
スズキムラの街へと帰還した後、報酬を受け取ったホムラさんは納得できないと暴れていた。行きと帰りで斥候潰しに参加したふたりは3倍の報酬がもらえたけど、帰りは参加しなかったホムラさんには2倍の報酬しか支払われなかったからだ。
ヤマモトハシに向かう途中で裸賊を生け捕りにしたのは自分でふたりは何もしていないのにと、妄粋荘の憩いのスペースで床をゴロゴロと転がり壁を蹴飛ばして不満を訴える。
「だからスイカを買ってきた」
「今日のお酒はワカナが出しますよ……」
うるさくて仕方がないので、ホムラさんの怒りを鎮める宴会が催されることになった。今夜もまた、酒裸達の宴が始まる……




