第10話 エサにされた隊商
言い出しっぺの張本人は、わたしのすかう太くんサーチをアテにしていたご様子。呆れてため息しか出ない。
「今、この瞬間にもおおよその位置は掴んでいますけど、あなたに教えるつもりはありません」
「ぷっ……」
「ちょっ!」
わかっているけど教えないときっぱり申し渡すとイカちゃんが噴き出した。口をあんぐりと開けて愕然とするトト君。そんなに驚くほどのことだろうか。
「知っていて教えないなんて、君は裸賊の味方なのか?」
「勘違いしないでください。『あなたには』教えないと言ったんです。隊長さんに尋ねられれば答えますよ」
隊商でない人影はいくつかウロウロしているけど、全部合わせても両手の指で足りる。今のところ隊商が襲われる心配はない。それがわかっているから、隊長さん達もいちいち尋ねてこないのだと教えてあげる。
「もうやめなさいよ。放っておいてかまわないって護衛隊長が判断したんでしょ」
「どうして裸賊がいるとわかっていて放っておくんだっ?」
トト君は依頼された内容と目的を理解していないみたい。護衛団の目的は隊商を無事にヤマモトハシまで送り届けることで、裸賊狩りではないのに……
「いい加減にしろトト。教えれば指示もなく隊を離れるとわかっているお前に教えられるわけないだろう」
「いでっ……」
とうとう軍死君がゴッチンと槍の柄をトト君の頭に振り下ろした。
トト君は職能が全部初段なせいか変に焦っている。こういった、手っ取り早く手柄を上げて自分を認めさせようという人……というか魔族はこれまでに何人も見てきた。修裸の国にはそれこそ掃いて捨てるほどゴロゴロしているから。
そして、それで修裸と呼ばれるまでに至った魔族をわたしは知らない。
「護衛隊長の指示に従うって条件にもあったじゃない。勝手なことして報酬カットされたらどうしてくれんのよっ」
まだ不満そうな顔をしているトト君を、割増報酬どころか逆に減らされてしまうぞとイカちゃんが叱りつけていた。まるでトト君のお姉さんみたいで羨ましい。
魔皇なんかになる前は、わたしとシャチーもあんな感じだったのに……
東へと向かっていた隊商が南へと進路を変えたころ、裸賊の活動範囲を抜けたのか隊商の周りをウロつく人影はいなくなった。することのなくなったわたしはチョコチョコ山林に入ってはヤマドリやウサギを獲ってきて、解体三段のスズちゃんに捌いてもらい夕飯のおかずに提供する。
「やっぱりユウはダーティーかつイービルなビッチで~す」
「もう塩漬け肉は飽きましたっ。こんな陰湿なイジメには耐えられませんっ」
捌いたウサギを密閉できる深鍋で蒸し焼きにしてみたのだけど、蓋を開けた途端広がった香ばしい匂いに、たまたま風下にいたホムラさんとワカナさんがキレた。
夏なので傷みやすい食材はすぐダメになってしまう。護衛団の皆さんの食料は隊商が用意しているのだけど、保存性を重視しカチカチになるまで干した塩漬け肉とビスケットのような硬いパンに少量の漬物という毎日。お腹を壊されては困るので生鮮食品なんてひとつもない。
若旦那が気軽にオーケーしてくれるわたしと違って護衛団のふたりは勝手に狩猟に行くこともできず、指をくわえて見ているしかなかった。
「いつもユウが一緒とは限らない。贅沢に慣れると後が辛くなる」
自分だけ捌きたてのウサギを食べるのかと抗議の声を上げるふたりを、我慢できないのならあっちへ行っていろとアンズさんが追い払ってくれた。隊商護衛の最中は保存食が当たり前だから、それが嫌になったら依頼を請けられなくなってしまうという。
「ユウさんを不採用にしてくれた男には感謝しなければいけませんね」
「香草なんかはスズが採ってきましたから安心してください」
若旦那は保存食ばっかりかと覚悟していたのに、新人ひとり分の報酬でまっとうな食事にありつけるとはとホクホク顔だ。一緒に蒸し焼きにしたニンニクやネギにニラっぽい野草の香りが食欲をそそる。薬師で植物鑑定四段のスズちゃんが採ってきたものなので食あたりの心配もない。
2羽まとめて蒸し焼きにしたので、一部を明日の朝食用に取りおいて残りを4人で分ける。肉は鶏肉みたいに柔らかくジューシーで、カチカチの塩漬け肉とは比較にならない。ニンニクとタマネギの中間のような野草も悪くない。
明日の朝は取っておいた分をほぐして小麦粉を練って薄く焼いたパンに挟んで食べればいいだろう。朝食は手っ取り早く済ませるため、前の晩の残り物を使ったファストフード。お昼は火を使わないで済む乾パン食だから、暖かい食事にありつける機会は晩御飯しかない。
それがカチカチの保存食では、ホムラさんとワカナさんがキレるのもわかる気がした。
食事を終えたら就寝の時間。日が登ったらすぐに朝食を済ませて出発なので、夜更かししている余裕はない。若旦那の荷馬車は全部幌馬車で、若旦那とスズちゃんが荷物の隙間に横になっているので、わたしは御者台に座って休ませてもらう。
さて寝ようかと夏の星空を見上げたところで気が付いた。わたし、スズちゃん、若旦那の食事を、なんで4人でわけたの?
――ガッデェェェム!
遠くで上がったホムラさんの雄叫びが夜空へと吸い込まれていった。アンズさんがあんまり自然に紛れ込むものだから、全然おかしいと思わなかったよ……
スズキムラを発って10日目、わたし達の行く手に高台に建てられたお城が見えてきた。遠目に石造りの城壁と尖塔が見て取れる。この辺りを治める領主、ヤマモトハシ辺境伯の居城だそうだ。
高台の周辺に広がっているのがヤマモトハシの街。元々は頑丈な外壁を有する城塞都市だったのだけど、人が増え壁の外に街が広がり過ぎてしまい、外壁の意味がなくなってしまったという。
お昼も過ぎたころに街の端っこに到着し、隊商はここに6日間ほど滞在してから帰路に着く予定。荷のほとんどは先に取引を済ませてあるので、滞在期間はほぼ積み替えに要する時間だと若旦那が教えてくれた。
護衛団は片道ではなく往復で依頼を請けているので、アンズさん達はここで隊商の警備だという。若旦那の荷は取引がまだ済んでおらず、どこかの商会に持ち込んで売らなければいけないので、わたし達は隊商と別れて街中へと荷馬車を進める。
「建物は小さいのですが商会の支店を設けておりましてね。そこに滞在できます」
物流拠点ではなく契約事務なんかのための事務所なのだけど、若旦那の小さな隊商くらいなら滞在できるらしい。近くに公衆浴場があるそうで、道中は体を拭くくらいしかできなかったスズちゃんは久しぶりにさっぱりできると喜んでいた。
わたしはというと、こっそり服を脱いで金剛力を使っていたからあんまり汚れていない。メガネ以外のあらゆるものを吹き飛ばす金剛力は、身体の汚れだって吹き飛ばしてしまうのだ。
翌日、商品サンプルを持って若旦那の荷、スズちゃん製ポーションを売りに行く。わたしが売った炭骨を用いた「高級復元薬」という怪我なんかを回復させるポーションだそうな。
回復ポーションは「治癒薬」と呼ばれるものが一般的なのだけど、これは自然治癒を促進させて傷口を塞ぐポーションなので、傷跡も残るし欠損した部分は元に戻らない。一方、「復元薬」と呼ばれるポーションは欠損部分を復元させる効果を持っている。
だいたい、初級復元薬で傷跡が残らないように治癒し、中級復元薬なら失った手首や足首が再生するくらい。そして、高級復元薬なら腕一本、脚一本を失っても丸ごと生え変わってくるくらいの効果があるという。
「やっちまった……」
商品が売れたというのに若旦那は頭を抱えている。商品サンプルを検品して品質を確認した後、若旦那がまとめて大金貨25枚と値を告げると、取引相手のオジサンが「全部買った」と即決したからだ。
自信満々でふっかけたつもりが安値を提示していた若旦那は、今ごろきっとマヌケ野郎と笑われているに違いないと落ち込んでいた。
「いいじゃないですか。材料費を差し引いて大金貨20枚も利益が出ているんですから」
スズちゃん製ポーションの材料費は大金貨5枚。内、1枚がわたしの炭骨の分となっている。本来であれば一番高価で入手しがたい炭骨を大金貨1枚で売ったわたしは、若旦那以上のマヌケ野郎だった。
無職ギルドに持ち込まれる魔骨は、魔骨化が不完全な骨から使える部分だけを削り取ったもので、不純物を多く含んでいるのが当たり前。完全に魔骨化している炭骨なんて持ち込まれたことがなかったから、鑑定した人は低品質な魔骨の単価に重さをかけて買取金額を算出した。
低品質な魔骨は精錬しなければ高級復元薬には使えない。精錬には手間もお金もかかり、量もガッツリ目減りする。ところが、わたしの炭骨はそのまま丸ごと高級復元薬に使えたという。
そう、わたしはすっかり若旦那にしてやられていたのだ。
「ユウ、怒ってるの?」
「今さら恨み言なんて言いませんよ」
本来の相場で売るには品質を証明しなければならず、魔骨に詳しくないわたしにそれは無理。無職ギルドより高く買い取ってくれたのならそれでいい。
「ごめんよスズ。僕の力が足りなかったばっかりに……」
金額の問題ではない。薬をより高値で売り捌くのが自分の役割なのだから、これではスズちゃんに顔向けできないと若旦那は両手で顔を覆っていた。
あっさり取引が終わってしまったので、わたし達は帰路に着くまでの間ヤマモトハシ観光を楽しむ。
領都だけあって垢ぬけている人が多く、実用性よりもお洒落を重視した衣服もたくさん売られていた。せっかくだからと花柄が描かれたサマードレスとえんじ色で落ち着いた感じの秋物長袖ワンピースを購入する。
スズちゃんも服を選んでいたけど、脱ぎやすさ重視というのは女の子としてどうかと思う。
荷物の積み替えを終えた隊商がスズキムラへと出発し、わたし達も帰路に着いた。ヤマモトハシを発った翌日、まだ裸賊が出るような場所ではないのに、さっそくすかう太くんのレーダーが道から外れたところで隊商を監視しているような人影を捉える。
「軍が後をつけてきている?」
アンズさん達と監視していた者を捕らえ尋問したところ、妙に整った装備を着けていたその人は、領主の派遣した裸賊討伐軍の斥候だと白状した。
その日の夜、わたしとスズちゃんは若旦那に連れられ再び護衛団の指揮所を訪れる。護衛隊長さんから知らされたのは、隊商の最後尾から半日足らずの距離を保ちつつ裸賊討伐軍が後をつけてきているという話だった。
「どうして前じゃなくて後ろに?」
「討伐軍には我らを護る気などない。裸賊が我々を襲うために姿を現したところを殲滅するつもりだろう。つまり、この隊商は獲物をおびき出すためのエサというわけだ」
護衛団が壊滅し、裸賊の意識が襲撃から略奪に向いたところを包囲する。あわよくば、隊商の積荷も戦利品として接収するつもりだろうと商隊長さんが暗い顔でため息を漏らす。
後方は討伐軍に封鎖されてしまっていて、隊商を囮にする気マンマンなので、後戻りしようとすれば攻撃されかねないという。
「襲撃のありそうなポイントは絞られる。これを見てくれ」
護衛隊長さんが地図を示す。護衛団は総勢100名を超え、隊商の荷馬車も多い。襲撃とその後の略奪を考えれば、少なくとも300人は必要になる。護衛隊長さんは500人規模の裸賊が襲撃してくるだろうと予測していた。
それだけの戦力を伏せておける場所は当然限られてくる。
裸賊の砦は川を渡った北側にあるから、奪った荷を持って帰るにはどこかで渡河する必要もある。地形と橋のかかっている場所から、それが可能なポイントは2カ所。ひとつはスズキムラの街から近すぎるので、ちょうど行程の真ん中辺りに位置するポイントで襲撃される可能性が最も高いという。
「そこで、エイチゴヤさんには彼女を斥候潰しに参加させていただきたい」
すでに作戦は考えた。襲撃ポイントは入り組んだ谷の出口に近いところにある。相手の目を潰し、気付かれる前に隊商を通過させてしまえばいいと護衛隊長さんはいう。
相手は当然追いかけてくるだろうけど、護衛団を隊商の後方に集中させればしばらくの間は足止めできる。後をつけてきている討伐軍が追いついて来れば、裸賊達は前後から挟み撃ちにされる寸法だ。
「ここで街道が狭くなる。谷から出てきた裸賊どもに追いつかれる前にここを超えられれば、討伐軍の到着まで持たせられるだろう」
隊商が通過していることを隠しきれはしない。ただ、気付かれるのを遅らせてくれるだけでいい。後ろから討伐軍に追われているような状況では、隊商を護るにはもうそれしかないと商隊長さんが頭を下げた。
「致し方ありません。ユウ、お願いしても良いですか?」
「御意っサー」




