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最強裸族は脱ぎたくない  作者: 小睦 博
第1章 全裸の魔皇
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第1話 最強の裸族

 ここは修裸の国。一切の武器防具を否定し、己の肉体のみを頼りに戦う「裸道らどう」を極めんとする修裸しゅらたちの集う、力だけがすべてという退廃した国……

 何の因果かその国主にされてしまったわたしは、惜しげもなくブラブラさせている配下の魔族達に囲まれ、幾度目かもわからないため息を吐いた。


「だから服を着てくださいと、いつも言ってるじゃないですかっ」


 配下の魔族達は頑なに衣服を身に着けることを拒んでいた。服を着る習慣がなかったわけではない。裸道が広まった結果、衣服を身に着けるのは軟弱者の証というおかしな考えまで一緒に広まってしまったのだ。


「服とは弱き者が己を護るために身に着ける物。かような姿で裸皇らおう様の御前に出られましょうか」

「その呼び方はやめてくださいっ!」


 この世界に転生してから100年余り、わたしはいつの間にか八大魔皇のひとり、裸皇として祭り上げられていた。


「それではゼンラ様と……」

「わたしの名前はゼンナですっ。全裸じゃありませんっ!」


 配下の魔族達はいっつもこうだ。羞恥心がないわけではなく、服を着るのが恥ずかしいなどと宣い、姿だけならば15の小娘でしかないわたしに平然と見せつけてくる。


「わたしは服を着てますよ。ほらっ」

「ゼンナ様のそれは拘束具のようなもの。それがしを引っかけようとしてもそうはいきませんぞ」


 ぐぐぐ……

 わかっている。配下の魔族達が服を着ないのも、この国に裸道なんてものが広まってしまったのも、全部わたしのせい。本気で戦う時のわたしは服を身に着けていられなかった。全裸のまま戦ってこの国を力で平定してしまったわたしが悪い。

 皆、わたしに倣おうとしているだけ。国主だからといって、そんな彼らを罰するのは気が引けた。

 もう、どうしてこんなことに……






 古い古い記憶の中に、ここでない世界のわたしの記憶がある。そこでのわたしは中学校というところに通うパッとしない地味な娘だった。

 15歳のある日、ひとつ上の先輩から屋上に呼び出されたわたしは、突然付き合ってくれと告白された。年下にしか興味がないと断ったらもみ合いになり、わたしは屋上から落っこちてその世界にお別れを告げることとなった。


 頭に三角の鉢巻を巻いてどことも知れない坂道を歩いていたら、「転生屋」という看板の掲げられたお店にたどり着いた。転生屋さんに、また痛い思いをして死ぬのは嫌だと伝えたら最強の金剛羅漢に転生させてくれるという。

 一も二もなくお願いしたわたしは、最強の裸族「金剛裸漢」に転生させられていた。


 金剛裸漢は確かに最強だった。「金剛力」という力を纏えば、あらゆる攻撃を弾き返し、いかなる防御も貫ける。ただ、この金剛力はあらゆるものを弾き飛ばし、それは身に着けている衣服も例外ではなかった。

 唯一の例外はメガネだけ。指輪もネックレスも髪留めも問答無用でバラバラに吹き飛ばしてしまう金剛力に、なぜかメガネだけは許されていた。


 たまたま住んでいた集落が襲われたことを皮切りに、わたしは襲い来る魔族達を全裸で撃退していった。そんなことを繰り返している内に、いつしかわたしは街の守護者にされ、国の主とされ、大陸ひとつを統べる魔皇のひとりにされてしまったのだ。

 こんなこと、望んでいなかったのに……






 もうやだ……

 わたしの居城であるマッパディアッカ城の広間は、会食を楽しむ全裸の魔族達でいっぱいだった。そこかしこでブラブラムキムキとポーズを取って筋肉を自慢している姿が見受けられる。

 100年という時が過ぎても、わたしは15歳で亡くなった時から成長している気がしない。背筋に悪寒が走り、目をそむけずにはいられなかった。


「シャチー……」


 わたしは傍に控えている三面六臂の女性に「なんとかしてよ」と視線を向ける。わたしの秘書……いや、修裸の国の実質的統治者だ。国主だ魔皇だと呼ばれていても、わたしに国を統治することなんてできるはずがない。

 それを丸っと肩代わりしてくれているのがシャチー。しょせん、わたしは用心棒でしかなかった。


「まだ慣れないのですか。裸皇ともあろう方が、殿方の裸を恐れてどうします」

「なりたくてなったんじゃないよぅ……」


 わたしを魔皇にプロデュースして修裸の国をまとめ上げた張本人は冷たかった。裸皇なのだから慣れろというのは、百と15歳の乙女にかける言葉として適切なのだろうか。


「裸皇覚悟っ!」


 もの思いにふけっていたところ、始めて見る顔のメイドがわたしの胸にナイフを突き立てる。

 あぁ……またか……


 わたしの着ていた服と座っていた椅子と、そして襲ってきたメイドの上半身がバラバラになって吹き飛んだ。身体に深刻なダメージを負ったため、無意識のうちにわたしを包み込んだ金剛力が近くにある物と受けたダメージそのものを吹き飛ばす。

 金剛裸漢を暗殺することは不可能って、知らなかったのね……


「はて? どこの愚か者ですかな?」

「ゼンナ様にナイフとは……お命というより、国内を乱すことが目的では?」


 国主が襲われたというのに、裸族たちはまったく慌てた様子がない。わたしを殺すことはできないから、配下に暗殺を企てた者がいると疑心暗鬼にさせる策ではないかと話している。多分正しい。わたしの配下であれば、こんな手は通用しないと知っているはずだから。


「見ないでくださいっ!」


 服が吹き飛ばされてしまったので、わたしも裸族の仲間入りだ。近くのカーテンに身を隠し、シャチーに着替えを用意してもらう。裸を見られるのはもう何度目かわからないけど、だからって恥ずかしくないわけではない。

 わたしは今でも15の乙女のままだ。


「ゼンナ様、久しぶりにその麗しいお姿を拝見したいという者もおるのですぞ。小娘のように隠すことはありますまい」


 デリカシーの欠片もない配下のひとりが全裸を披露しろと言ってきた。シャチーの父親であり、この国で第1位の修裸であり、行き場のなかったわたしを拾ってくれた養父でもある魔族。その名をビマシッターラという。

 昔は一緒にお風呂に入ったりもしていたせいか、わたしが肌を晒すことをなんとも思っていない。むしろ、嬉々として見せろとブラブラさせながら迫ってくる。


「わたしは小娘ですっ」

「「またまた、ご冗談を……」」


 全裸の魔族達が一斉に唱和した。もうやだ。もう我慢できない……






 その日の夜、わたしはひとつの決心をした。家出である……


 国主になってから30年あまり、国主らしい仕事なんてひとつもせず日々をグータラ過ごし、やったことといえばたま~に襲ってくる相手を全裸で叩きのめしただけ。すでにこの大陸は修裸の国によって統一されているから、敵対勢力なんて海を渡った向こうにしかいない。

 海は一応海皇さんの縄張りで、海岸線を国境線と言い換えることもできる。ただ、あちらは陸地に興味がないから、わざわざ水から這い上がって攻めて来たりはしないだろう。


 つまり、わたしを国主にしておく必要なんて、これぽっちもありはしないのだ。


 玉座の上に「さがさないでください」と書いた書置きを残し、城の窓から夜空へと飛び立つ。金剛力で飛んでいるのでもちろんマッパだ。下から見られないように急いで高度を上げて離れる。


「ごめんねお養父とうさん。国が傾くようなら戻ってくるから……」


 ビマシッターラやシャチーと家族として過ごした記憶に後ろ髪を引かれるけど、あのデキル義姉がいればこの国は安泰だろう。ゼンナは……衣服という文明のある世界で生きていきますから心配しないでください。


 わたしの顔は他の魔皇たちにも知られていて、魔族の国に行ったら攻め込んできたと思われてしまうから人族の国に行くのがいい。髪と瞳の色がちょっと目立つけど、わたしには角も翼も尻尾も余計な腕もない。金剛力を使わない限り人族とは区別がつかないはず……


「マッパでマッハ……ププッ……」


 他人には聞かせられないギャグを口にしながら、素っ裸のまま音速の数倍というスピードで西へと向かう。便利機能満載の十徳メガネ「すかう太くん」によれば、只今の高度は約一万メートル。本来であれば凍えてしまう寒さだけど、金剛力を纏っているわたしには関係ない。


 金剛力はわたしの周りにある空気まで弾いてしまっていて、わたしは純粋に金剛力に覆われている状態だ。この状態では呼吸の必要がなく、外からの熱や圧力は遮断され、深海だろうと宇宙空間だろうと活動できてしまう。金剛裸漢は大気圏への突入、再離脱能力という、宇宙怪獣のような能力まで持っていた。


「引力光線ズビビビビ~♪」


 適当に作った歌を口ずさみながら西へと飛行していると、まあるい水平線から太陽が昇ってくる。朝日ではない。この世界でも太陽は東から昇って西へと沈む。夕陽に追いついてしまったみたい。

 全裸のまま美しい夕焼けに照らされて「マッパな秋」なんて替え歌を思いついたものの、諸般の事情を考慮して口ずさむのはやめておいた。


 眼下に修裸の国とは違う別の大陸を見下ろし、夜になるのを待って降りようと待機していると、空が暗くなってきたころに一条の真紅の光が奔る。気が付けば、わたしは真っ赤な炎に巻かれていた。


 ……魔法攻撃かな?


 多分、わたしは爆炎の中にいるのだと思う。もちろん金剛力がすべて遮ってくれるので、熱さも衝撃もまったく伝わってこない。こんなところにいるわたしを見つけて攻撃してくる相手なんて……


「裸族がなに他人の縄張りに入ってきてんのよっ」


 やや青みがかった銀色の髪に真紅の瞳と唇。血の気を感じさせないほど真っ白な肌を体にぴったりフィットした赤い衣装に包み込み、裏地が真っ黒な赤マントを羽織った、わたしと同い年くらいに見えるけど胸元が非常に残念な少女が柳眉を逆立てて近づいてくる。


「あれぇ、夜皇ちゃんの国はもっとあっちの方じゃなかったっけ?」


 それはわたしと同じ八大魔皇のひとり、吸血鬼ヴァンパイアの夜皇ちゃんだった。


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