10 幽閉された女王様(4)
名倉と静内が立村と、喫緊で接点を持っていたとは思わなかった。また2A吹奏楽派閥⋯⋯現在は2A演劇有志グループだが⋯⋯が図書室で大っぴらに会合を開いていたことも初耳だった。乙彦が生徒会室にこもっている間、予想しない出来事が次から次へと発生している。正直、追いきれない。
いやなによりも、
━━立村と野々村先生とのつながりはないと、名倉・静内革命軍は判断しているということか。
そうであればありがたい。乙彦しか知らない事実がある以上鵜呑みにはできないが、立村が表向きにも野々村先生とは距離を置きたがっており、杉本梨南に想いを置き続けていることはかなりの部分正しいと考えて良いのだろう。
━━だが、一瞬魔が射した可能性だってある。実際俺は、立村と野々村先生が午前中に喫茶店に入り話をしていたところを見ている。それなりの関係が合った可能性だってある。
笑いが収まった名倉は、顔を引き締め直して続けた。
「とりあえずお前の同級生は、関崎の良き友であり、山の上に飛び去った迷惑女子を今も青潟から命がけで守りたいと考えていること、一番重要なことだが、2Cの担任に興味はさらさらないということが確認できた。ついでに、お前の同級生は、長年付き合っていたうちの生徒会長を中学卒業式の英語答辞を利用して、例の迷惑女子に向けて、公開告白を行ったとも聞いている」
「俺が知っている限りは単純に、英語答辞の個性を打ち出すためあの女子に相談し、提案してくれた。それを取り入れた。英語答辞は成功した。だからあいつが壇上から感謝しただけと聞いている。周囲の認識は名倉と一致しているが、俺からすると優れた提案に対する感謝でしかないんじゃないか、と思う。十九世紀の英語で答辞を読むという発想が俺にはそもそも生まれない。ある意味天才には天才同士でないと伝わらない言葉が、それこそ特別な外国語のように存在するんじゃないか」
「もっともだ」
名倉は納得したようにカバンを撫でた。
「静内も納得している、お前の同級生は、中学時代からあの迷惑女子のことしか目に入っておらず、うちの生徒会長にちょっかい出されても純愛を貫き通し、青大附中評議委員長の座などもろもろ失いつつ、最後はきちんと公共の場で会長を振った。しかも迷惑女子への未練は現在進行形ときた。2Cの担任に迫られても一切なびかない。うちの会長とお前の同級生がいちゃついているように見えたのは、単に会長が公開失恋ののち諦めて、お前の同級生を手のかかる弟分として扱うことに決めたからだ。などなど全部理解している」
「よく把握したな」
立村と一年以上つながりのある乙彦よりも、静内は現状をあっという間に把握している。 清坂が中学時代、恋愛感情を含めていろいろ思い悩んだ挙げ句、元の付き合い相手だった立村を弟分にすることで自分を納得させた、というのもそのとおり。
野々村先生との関係だけはどうしても乙彦の中でひっかかりがあるが、ほぼ正しい。
「静内は熟考し、しばらくはお前の同級生を”外部生向け英語科特別学習機”として利用させていただき、もしあいつが欲しがっている情報が手に入ったら教えてやる程度の協力はしようと思っているようだ」
「そもそもそんなもの手に入るのか?」
つながりがない、それこそ山の中に飛び立った下級生の情報なんぞ、外部生の静内に伝わるわけがない。そんな静内に頼るしかないとまで思い詰めた立村の姿が、ただただ乙彦には哀れに見える。
「あれだけ頼み込まれて静内も可哀想に思ったのだろう。どちらにしてもお前の同級生には他にも噂がいろいろあるので調査は続けていくが、アジビラのような闇討ちはしない。伝えるべきことが判明したら、きちんと筋を通して警告なりしようと思う」
「警告、か?」
やはり立村の中学受験疑惑も含まれるのだろうか。乙彦の表情を読み取ったかのように名倉は説明した。
「生徒会室の話題でも出ていた通り、学科試験で失敗しても面接で逆転できる時代が存在したのは複数の筋から情報を得ている。ついさっき、羽飛も話していただろう、難波が中学面接時シャーロック・ホームズについて五分間熱弁を振るったということを」
「リアルに目の前に浮かんでくるな」
「お前の同級生は、十五分”グレート・ギャツビー”劇場を繰り広げた。おそらく面接官の心を打つなにかが存在したんだろう。俺もあの眼差しで訴えられたら正確な成否の判断をするのは困難だ。たとえ数学が0点だったとしても」
「わかってくれるか」
「ああ。だが面接一発逆転方式は翌年から廃止された。原因はわからない。学校の方針が個性的な生徒を育てるという方針から、成績重視に切り替えたからというのが一説だ。ペーパーテストオンリー、内申書無視という方法で行われたという」
━━内申書無視していいのか。
この時代に乙彦が中学受験していたらどうだったろう。果たして受かってたろうか。たぶん、内申書は悪くなかったと信じたい。シーラカンスという言葉くらいは記載されていたかもしれないが。
「内申書を無視するというのもかなり危険な賭けだったが、青大附中側は見事に敗北した」
「敗北なのか」
「そう。現実がここも凌駕した。その次の年、つまり俺たちが中学三年の時に行われた入試では、ペーパーテストプラス内申書のみで実施された、もちろん面接試験はなし。現在も継続されている。なぜこんな展開になったのか、関崎、わかるか」
「わからん」
名倉は週刊誌「週刊アントワネット」のバックナンバーらしきものを取り出した。「青潟大学附属中学入試最新情報!」と見出しが踊っているのだけは確認した。
「静内の情報だ。内申書無視選抜を行った年、ペーパーテストで最高点を獲得し合格したのは、あの迷惑女子だった。関崎もご存知の通り、入学後あの迷惑女子は一年の頃から問題行動てんこ盛りで、学校側は選抜方法に内申書を含めなかったことを深く反省した。なにしろ小学校の申し送りでは、コミュニケーションに独特の言動があり注意が必要という説明がなされていたらしいからな。本来は校風に合わないという理由でお引き取りいただきたかった生徒を入れてしまった。重要な情報を見落としたゆえの失敗を繰り返さないようにするための処置だ。蛇足だが高校の選抜方法も同様に改めさせられた。中学受験で落とされた関崎が、新選抜方式のおかげで正当な評価をされ、無事合格した、というわけだ」
「お前らもだろうが」
「まったくだ。俺も静内もペーパーテストはそれなりに手応えがあった。特に俺の場合、内申書は奈良岡の父が担任だったこともあり、俺の長所を無理やり掘り出し、誇大広告じゃないかと思えるくらい拡大して書いてくれた。そこまでしてもらっているのに、俺は青大附属で革命など考えているのだから罪悪感もないわけじゃない」
名倉の態度がどことなく軟化してきたように見える。
”お前の同級生”イコール立村、”迷惑女子”イコール杉本梨南。
それぞれ乙彦とただならぬ縁のある相手である。
ふたりと接する機会が名倉・静内の革命軍もそれなりにあり、頑ななまでの敵愾心が少し緩んできたのかもしれない。
特に名倉の、阿木に対する感情の変化にはぎょっとした。
乙彦の見た限り名倉は阿木の行為を利用して、場外放送局として活用しているだけのように思える。静内もそれを後押ししている。実際オーケストラを上演し、観客を動かすというところまでは手を汚している。
しかし、
━━今までの名倉であれば、清坂生徒会長たちの語る”命”を優先する会話に対し、阿木を生徒会室に押し込み叫ばせたいとは考えないはずだ。むしろ、古川こずえの”命”を守る代わりに退学させてもいいと言質を取ったと判断し、アジビラ以外の手段を取ったはずだ。
名倉は言う。一度生徒会でしっかり話し合うべきだ、と。
━━名倉は革命ではなく、話し合いを求めようとしている。変わった。
乙彦の考察を無視して名倉は語り続ける。
「俺と静内の見解だが、現在の二年生に関するコネ疑惑については見逃してもいいのではと考えている。年ごとの特殊な入試方式が存在している以上、更科と都筑先生の時のような特別措置が行われている可能性も多分にある。コネ組A組の存在も詳しく調べたところ、家庭環境の似た生徒たちを同じクラスに意図的に集め、早めにしがらみにとらわれない友情関係を構築してもらいたいと言う目的が隠れていた、と聞く」
「政治家の子供が方針の異なる政治家の子供と親友になり、考え方が異なる者同士、将来日本の政治界を大きく支えていくとかそういう感じか」
「それに近い。更科と都筑先生の戦略結婚および取り消しの件についても、俺たちには想像ができない範疇での解決方法がなされている。もちろん明るみにすべき内容も多々あるが雑魚を追いかけすぎて巨悪を見逃す可能性もある」
さらに、と名倉は一旦言葉を切った。
「今回のアジビラのように、俺や静内を利用しようとする動きが見える。断じて拒否したい」
「教師や大学生にお前らふたりが利用されている、ということか」
名倉は大きく頷いた。
「今俺が手掛けても問題ないものは、B子の件だけだ。アジビラの有無については犯人など追いかけず流れに任せようと思う。不幸になった家庭が存在している以上、B子が関崎や奈良岡と良い関係を結んでいる相手であっても容赦はしない。このまま学校を追い出されるまで見届ける」
「だが俺は、最後までB子に当たる女子の味方でいようと思う」
「承知だ。前から言っている通り関崎は王道を行け。現状だけ伝える」
乙彦は王道を行くしかなかった。
「現在B子一家は高級マンションを追い出され、家族分散して身を隠している。ここまでは元評議チーム及び阿木、泉州も把握している。昨日一瞬B子が2Aの教室に顔を出したということだが、学校側は把握していない。親権者たちの目を盗んで忍び込んだのだろう。だがB子が青大附高の校舎に現れたことについて、A子の味方である学外関係者が電話でクレームを入れた。学校側が加害者:B子の味方だと早とちりした可能性がある」
「どんな内容のクレームだったんだ」
「流石に俺も授業中確認することはできない。静内がA子側から話を聞いたところによると、生活のため最優先でB子家族の持つ財産をA子側に差し出すよう要求したそうだ」
それだけかつかつの生活だったのだろう。マンションを売り払い、その金をA子家族に渡す。納得だ。
「また、今後B子は青大附属を追い出された後、青潟東西南北の学校で普通の高校生活を送るのではなく、それなりに軛のある学校にて身を潜めてほしいとも希望を出した。例を上げるならば、難波の相手が、可南女子高校、一般的には青潟の女子刑務所と呼ばれるレベルの学校に転校させられた、そのような感覚でだ」
すでに名倉は「難波の相手」と言い切っている。言いたいことはわかるがそれでいいんだろうか。可南女子高校と言えば、あの白い水仙の花咲くほとりだ。断じて刑務所ではない。
「いやさすがにそれはないだろう。私立は金がかかる。全財産吸い取られたら私立に通う金はないだろう」
「いや、ある」
名倉は遠くを見上げた。
「公立は東西南北だけではない。工業・商業・水産・農業などの職業科もある。さらに言うなら、その地域に密着した教育を是とする学校も、いくつか存在する。一般的な青潟の生徒が知らない習慣や風習、それらを持った学校は、学業レベルの有無に関係なく馴染むのに時間がかかるだろう」
━━たとえば品山高校とか、か。
名倉の言葉をただ聞き入った。
「現在A子の関係者は、B子に対し青潟から離れた高校に進学してもらい二人の接点を持てない環境で生きていくことを要求している。青潟の東西南北各高校であれば学校の距離からしてもA子とB子が顔を合わせる可能性が多分にある。例えば品山高校の場合、青潟から通うことも可能だが東西南北の高校に顔を出すにはハードルがちょっとばかり高い。財産をぶんどられた以上青潟から離れて生活することも経済的に困難だろう。B子家族が、青潟自体から逃げ出せないのであれば、日常生活する高校を遠距離にして、被害者A子が加害者B子と顔を合わせない環境作りをしてほしい、そう訴えている。当然だ」
━━当然なのか。古川はやはり、青大附高にはいられないのか。藤沖や立村がなんとかして居場所をクラスに確保しようとしているのも無駄になるのか。
「昨日の展開によると、B子は激しく反発して、必死に青大附属にしがみつこうとしているようだが、俺たちから見たらもう無駄な抵抗としか思えない。誰が用意したか知らないが、学内の人間がアジビラをで”悔い改めよ”とメッセージを残した以上、B子の居場所はおそらくない。2Aの教室はもちろん、学内のどこにもだ」
古川こずえの居場所がなくなる。いやそれは認めたくない。昨日あれだけ派手な下ネタ爆裂させていたではないか。心で呟く。
「学校側から今俺が喋った情報を説明され、うちの会長と羽飛は”B子の命を守る”ために退学させるのがベストと判断したのだろう。青大附属を退学してもらい、A子関係者と顔を一切合わせない場所に住み、青潟市内で生活可能な東西南北以外の高校で残りの生活を過ごしてもらい、運がよければ大学進学を目指してもらう。A子陣営も矛を収め、B子の命は守られる。俺と静内の見解は以上だ」
━━死なせたら、終わりなんだよ。
藤沖の恋人が手首を切り続けていて、杉本梨南に濡れ衣を着てほしいと頼み込んだ出来事の時、古川は乙彦に言い放った。大学の授業で戻ってくる立村を捕まえて、どう考えても許しがたい不平等条約を結ばせるために、何度も訴えた。その言葉がブーメランのように戻ってきたことを、今、古川こずえはどう感じているのだろうか。
━━清坂も羽飛も、古川の”命”を守りたい。その一心で選んだ答えだ。
それを受け入れられるのか、古川は。




