6 対面式(3)
昼休みを狙って近所のコンビニやスーパーに駆け込んで飴の入った袋を大量に買い込んでくる奴がいる。
「ほーらっと。用意してきたよ」
片岡が手元にたくさんビニール袋をぶら下げてきている。
「お前どうした」
「さっき、桂さんに連絡したら、気合入れて投げてこいって持ってきてくれたんだ。学校の受付に預けてくれてて、さっき麻生先生に呼び出されて渡されたよ」
さすがお坊ちゃまと言いたくなる。もっとも桂さん推薦の飴袋は決して珍しいものではない。アニメキャラが入っていたり、いかにも健康に良くなさそうな合成着色料べったりのものがあったりと、庶民の心を失っていない。いわゆる駄菓子というべきものだ。
「麻生先生なんか言ってたか」
「十円ガムは取り上げられたんだ。規則に反するからって。あとで返してくれるって言ってたから、放課後みんなで分けようよ」
──片岡、お前何か勘違いしているような気がする。
ちなみに十円ガムというのは、乙彦もよく知っている、くじ引き付きの駄菓子系ガムのことだろう。包み紙にあたりが出ればもう一個貰える。桂さんのことだからそれなりにたくさん買ってきたんだろうが、別にガムをもらってもうれしいとは思わない。きっちりくるんであるのだから、投げても本当はいいのではと思う。まあそれも、決まりなのだ、仕方ない。
「女子もおおっぴらに飴の交換会やってるな」
「全くだ」
たいていこっそりというパターンだが、本日に限ってはちゃんと理由があるのだから、この機会を逃しはしないということか。
「おい、あいつら見てみろ」
藤沖が顎をしゃくった方向には、規律委員の疋田が江波たち吹奏楽部連中に飴を一粒ずつ配っている。その場で食っている奴もいる。持ち込みの飲食物を口にするのは本来なら校則違反なのだがそんなことに目くじら立てる必要なし。疋田と江波がちゃかしあっているのが聞こえる。
「あのねえ、ちょっと、食べたら校則違反になっちゃうからやめときなよ」
「うるせえな。俺たちはこれからずっと対面式の間演奏しっぱなしなんだ。貴重な休息タイムに食っとかねえでどうするんだ」
「喉詰まらせるかもよお」
「悪いな。もうかじっちまった。もう一個よこせ、いや一個とは言わず三つばかしよこせ。さっき梅よこしただろ。すっぺえよ、甘いのよこせ」
「演奏の途中で吹奏楽のみんなにも、投げてやるからご安心を!」
そばで立村は物言わず楽しそうに耳を傾けている。完全に立村のクラス内ポジションは固定されつつあり、吹奏楽部の連中プラス疋田の面子で暇さえあるとだべっている。もっとも立村はあまり口を開かない。仲間内だけであればいろいろ語っているのかもしれないが。
昼休み終了の鐘が鳴り、いったん教室で麻生先生を待つ。先生到着と同時におそらく持ち物検査が行われる。その時はみな、身を正して机に飴入りの袋を並べる手筈となっている。
「生徒会もあきれたことするな」
「いろいろあるんだ」
言葉少なに藤沖には接する。藤沖もまさか、不穏分子対策の一環として飴玉が用いられているなどとは思わないだろう。単に学内行事を盛り上げるためのもの。持ち物検査完了後は吹奏楽部、バトントワラー部、さらに応援団が先に会場入りし、準備を整える。
「おお、お前ら、神妙だな」
麻生先生が入ってくるや否や、各生徒の机に目を向け、
「なんだこりゃ。キャンディであふれる我がクラスどうした」
藤沖に問う。
「これから持ち物検査を行うという話ですが、どうなのでしょうか」
「おいばれてたのかよ。規律からの情報か?」
じろりと睨む。相手は立村ではなく疋田に向けてだ。
「すいません! でも、どうせすることは一緒ですよね」
機密漏洩で怒られても仕方ない話なのだが、疋田に反省の色はなし。麻生先生もその反応には困り顔で、
「まあそうだが、抜き打ちにもなんないだろ。まあしょうがない、お前らがちゃんとやばいものを隠して、堂々としているんだったら信じるしかねえな。おい、規律委員、さっさと持ち物検査片づけろ。終わったら吹奏楽部の連中その他準備がある奴はさっさと準備に走れ!」
もう慣れたもんである。
疋田はちらっと江波、および立村に向けてにんまり笑みを送ったのち、
「さてと、では予告通り、抜き打ち検査に入ります!」
規律委員の威厳を無理やり作って開始を宣言した。当然、笑うのみ。
男子は立村が、女子は疋田が一通り見て回る。
青大附高の持ち物検査はいつもならばいい加減で、鞄の中を一通りかき回してもらい、なにもなければそれでOKとなる。乙彦が担当していた一年前期もそうだったし、さらに言うなら立村に代わってからもその傾向は変わらなかった。お目こぼしはざらだったはずだ。今回は特に、「本日限り飴玉許可」ということもあるし、手抜きすかすかで問題ないはずなのだが、
「あの、少しだけ提案してもいいですか」
男子の席を一通り見て回った立村が、突然手を挙げて呼びかけてきた。
「なんだ、提案するようなことなどないだろう」
「これから対面式なんですが、ご存知の通りみんなで新入生に向かって飴をぶつけて歓迎する予定です。飴以外は持ち物検査特に問題ないようなのですが」
ここで言葉を切った。疋田もきょとんとして立村を見つめている。
「どうしたんだろ」
「何考えてるんだ」
片岡と藤沖がつぶやいている。確かに違和感がある。
立村はかすかに口元をほころばせるようにして、一枚、スーパーのビニール袋を取り出した。
「今日、飴を持ってきている人と持ってきていない人それぞれいますので、せっかくならみんな平等に投げられるようにしたほうが、みな楽しめそうです。紙袋、かビニール袋が何枚か落ちてますのでそれに入れて、いろんな種類のものを混ぜて、グループに分かれてそれを出して投げるほうが効率的かと思われます。ひとりひとりが持っていくよりもごみが出にくいですし、いいんじゃないでしょうか」
いつのまにか紙袋とビニール袋それぞれ三袋を用意していた。
「手回し早いな」
皮肉っぽい口調で麻生先生が問う。
「個人の小遣いで買ったものを巻き上げるのか」
「そういうわけではありません。ただ今日に限って言えば、新入生のために、上級生たちの歓迎小道具として用意されたものですから、公的なものと考えてもいいのではと思います。また」
いつもの慇懃無礼な口調は変わらない。
「フラワーシャワーのようなものなので、いろいろな色が入っていたほうがよいのではと思われます」
「結婚式のあれか。ずいぶん詳しいことだ。嫁のことでも考えたか」
かなり毒のあるセリフだ。立村は表情を変えなかった。
「とりあえずいろいろな色が入っているほうが見栄えもいいのではないでしょうか」
あまり説得力があるとは思えない言い分だが、反論する奴もおらず、立村の言う通り、各自の飴は男子と女子それぞれ二袋、計四袋で対応することと相成った。
「ちなみに飴は、対面式の終わった後にみなで拾います。それは生徒会が仕切ってくれるはずなので任せます」
今度は明らかに乙彦への言葉だろう。
「了解」
一言だけ返した。乙彦もこれから先に教室を出て、生徒会役員として対面式に参加しなくてはならなかった。時間がない。
「じゃあ、先に用のある奴、脱出!」
乙彦をはじめとする脱出組は足早に飛び出した。もちろん飴など持って行かない。ビニール袋にすべて寄付済みだ。




