6 対面式(2)
──俺たちの頃は対面式どんなのやってただろう。
思い出しつつ教室に入る。またみながわさわさと盛り上がっている。到着するのは早いのだが、他クラスの連中……主に名倉と静内……としゃべっているうちに時間が経ってしまい、始業の鐘がなるぎりぎりに席に着くことが多い。遅刻しないだけましだ。
「すいませーん、みなさんちょっとこっち向いて!」
一通り顔はそろったが鐘の鳴る前に、疋田が片手をふりふりしつつクラスメートに呼びかけた。小柄な疋田がちょこまか走り回ると結構うるさい。立村が一緒に立ち上がって、その様子を見守っている。
「どうしたの疋田ちゃん」
「あのね、規律委員会からのめんどくさいお知らせがあるんだ。とりあえずフライングしときたいことがあるんだけど、ちょっとだけ聞いてくれる?」
笑い声が挙がる。「めんどくさい」に反応したらしい。同時に思い出す。持ち上がりなのだから立村と疋田が規律委員のままだということを。
「さっそく持ち物検査かよ」
「江波鋭い! さてはやばいもの持ってたりなんかする?」
吹奏楽部の江波がぱんぱん手を叩いて受けている。内輪受けともいう。
「持ってねえよ、残念だったな、収穫ねえで」
「残念。でね、とりあえず先生来たら規律委員会毎度恒例の持ち物検査をやるんだけど、やばいものがあったら今のうちになんとかしといて!」
やばいものとは主に食べ物類だ。みな実はこっそり飴とかチョコレートとかその程度のものはポケットに突っ込んでいる。先生たちも普段は大目に見ているのだが、やはり校則で食べ物持ち込み禁止とある以上は見つかったら説教が待っている。たいていの場合、持ち物検査前にはそれなりに情報を与えて隠す時間を与えたりもするのが常だった。乙彦も中学時代はその手の抜き打ち検査が行われる情報を仕入れたら、できるだけ早急に連絡するようにしていた。シーラカンスとか堅物とか言われていたが、それなりに柔いところもあるのだ。
「だ、け、ど! ここからが大切だからよっく聞いてね」
指を立てて何度も首を振る。立村は微動だにせずに疋田を見つめている。
「今日、午後から、やること知ってる人手を挙げて!」
挙げる奴はいない。ただ江波が答えをあっさり叫ぶ。
「どうせ、対面式だろ」
「そうなのそうなの。対面式なんだけどね、新入生が入ってきた時にみんなで歓迎する予定なんだけど、それで使うものであれば、本日に限り特別OK」
「何に使うの?」
他の女子がきょとんとして尋ねる。
「ナイスつっこみ! 実はね、対面式で新入生が入ってきた時に飴玉をフラワーシャワーみたいに浴びせようってことになってるの。その時使う飴、ということであれば持ち込みOKなのよ。いい? 飴だからね。まかりまちがっても、大福とかお団子とかつつまさってないチョコレートとかだったらだめだからね! 先生がたに没収されるだけでなくって、その場で食べられちゃうらしいよ」
「それはそれで暴挙だな」
ぼそりと呟く藤沖。疋田には届かない。
「てなわけで、昼休み終わって入場する前に、即、持ち物検査やるからみな、どっかで飴玉調達してきてらっしゃい! 飴だけだからね。ちゃんとくるまさってるもので、後片付けが楽なもの! これ絶対守ってね!」
「飴か、ガムじゃだめか」
またしょうもないことを江波が茶々入れるのだが、もう慣れているのかあっさりと、
「踏んだらしゃれにならないよ。見た目じゃわかんないけど」
ぽんぽん跳ね返す。ひととおり言うべきことを伝えたのち、疋田はずっと様子見していた立村に頷いてみせ、そのまま自分の机に戻った。
「清坂の指示らしいな」
藤沖の問いにはあいまいに答えた。学内の不穏分子たちが妙なものを持ち込んでなにかしでかさないかを、生徒会執行部が不安視していることを、藤沖は気づいているのかもしれない。
「そうだ、ついでに羽飛と相談していた」
「お前は?」
「俺は口出しする必要もないからそのまま了解した」
「やはりあのふたりで話がまとまっているというわけか」
「そんなところだ」
余計なことは言わずにおいた。麻生先生がすぐに現れたことで、これ以上の追求は免れた。
──清坂か羽飛か、どちらかがすぐ立村に連絡したんだろう。それで疋田に流して早めの持ち物検査をフライングで知らせたということだろう。
対面式前の持ち物検査では、飴以外持ち込ませないという作戦だ。ここで妙なもの……生卵や大福など……は回収できるはずだ。そのあとすぐに対面式会場に入れば、少なくとも修羅場は避けられる。ちゃんとくるんである飴玉であれば、あとあと掃除も楽だ。
──問題が生じる可能性を食い止めるのであれば、そもそも対面式の飴投げをやめるのが一番いいはずだが、生徒会のあのふたりも盛り上がりたいタイプだろう、やりたいはずだ。
──まあ、大丈夫だろう。飴玉投げるくらいで騒ぎになるような学校じゃない。青潟大学附属高校という場所は。




