6 対面式(1)
「関崎さん」
朝、自転車置き場で声をかけられて振りむくと、後ろには真新しい制服姿の新井林が凛々しく立っていた。
「久しぶりだな。あの時以来か」
「はい、あの時以来です」
みつや書店で早朝バイトを切り上げて、早めに着くのがいつものこと。新井林も入学早々から遅刻厳禁を心がけているらしい。乙彦と一緒に歩くつもりらしく隣に来た。断るつもりもないので少し歩くスピードを落とす。
「あの時は失礼しました」
「いや、大変だったな」
ねぎらうしかない。大混乱を生じた、可南女子高校生徒会長を迎えるお茶会。一番のどんでん返しは今、隣にいる新井林健吾の面前告白だ。
「関崎さんもいろいろ、考えることはあると思います。ですが俺なりに最善だと考えて出した答えです。しばらく、いろいろもめますが、勘弁してください」
ずいぶんと下手に出る。
「いや、俺が何か言うことではない。校舎も替わったことだし、一からやり直すのも悪くないと思う」
「そう言ってもらえるとありがたいです」
新井林は後ろをちらりと見た。乙彦の知る相手は見かけない。
「あれから、清坂さんは、お元気ですか」
そこまで固い口調だった新井林が、気まずそうに問いかけてきた。
「連絡してないのか」
「はい」
「すればいいじゃないか」
乙彦に聞かれても何とも言えない。学校は休んでいないし生徒会長としてもそれなりに動いている。はた目から見ると体調を崩しているようで今にも倒れそうな様子が窺える。かいつまんでそのあたりを伝える。
「具合悪いんですか!」
びくっとした様子で声を挙げる新井林。すぐに気が付いて小声に戻る。
「いろいろあったからな。疲れたんだろう。羽飛が先回りして切り盛りしているから今のところ問題はない」
「そうですか。清坂さん、あれじゃ、参っても不思議じゃない」
否定できないつぶやきに、乙彦もつい、
「そういうことが続いたからな。仕方ない」
不覚にも答えてしまった。
──こいつは決して、駆け引きで告白まがいのことができる奴じゃない。
初対面の時から、新井林とはどことなくつながるものを感じていた。
正々堂々戦う生き方は、乙彦も同じ主義。
裏でこそこそ汚いことをやるなんて人間の腐った奴がすること。
もっともそう言い切ってしまうと、名倉や静内の存在を真向から否定してしまうことになる。立村や古川を不必要に責め立てることになる。今の乙彦は「自分だけはしない」のスタンスに切り替えざるを得ない。人にはその主義をぶつけることがしにくくなってきている。
そんな中、新井林と話していると、中学時代までのシーラカンスと呼ばれた堅物の自分でもいいんじゃないかと思えてくるのが不思議だ。気が楽になる。
──そう考えると、やはり、本気なんだろう。
長年付き合ってきた彼女である佐賀はるみには、どのように決別の言葉を伝えたのだろうか。ふたりきりでそれなりに話し合いもあったに違いない。佐賀と霧島とのよしなが果たして事実なのかはいまだに藪の中。結果、お互いの気持ちが離れていたことを再確認したのだろうか。
「関崎さん」
「なんだ」
「これからの、現段階ではまだ、俺は動く気ありません」
「動くとはすなわち、清坂とのことか」
念のため確認する。顎を引いて頷く新井林。いい表情だ。
「ただ、もし、これから先、清坂さんが追いつめられるようなことがあれば、その時は正々堂々筋を通したうえで、戦います」
──正々堂々、か。
この男が口にすると、なぜか涼風吹き渡るのはなぜだろう。
思い切り肩をたたきたくなる。
「戦う相手なんているのか? いないだろう」
「います」
「立村とはとっくに別れているぞ」
「最初から想定外です」
ふっと吹き出した。外部生の乙彦にこれは言われたくないことだろう。
「誰、というわけではなく、目に見えないものかもしれません。俺も正直わかりません。ただ、あの場で話したことは嘘じゃありません。それだけです」
はっと気が付いたのか、みるみるうちに新井林の顔が赤らんでいく。
「お時間取らせてしまい失礼しました。これからもよろしくお願いします!」
新井林が足早に生徒玄関へ駆け込むのを、乙彦は笑いを堪えつつ見守っていた。誰も新井林の切々たる愛の告白が、嘘だとは思っていやしない。




