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1 境目の春期講習(5)

 茶が冷めぬ間に現れたのは更科だった。飄々とした風情で、巷を騒がす恋愛事件の主人公とはとても思えない様子だった。

「やあ、関崎早いね」

「ああ。もう普通科の講習も終わったのか」

 とりあえず無難な話に徹する。ついさっき、難波が名倉を引きずり出して行ったことをまず伝えるべきかどうか迷う。

「今しがた、難波も来た」

 端的に事実だけ伝えた。更科は大して驚くでもなく、

「どうしたんだろ。さっきすごい勢いで走っていったからどうしたんだろと思ったけど」

「名倉に用があるらしく二人で出ていった」

「ふうん、なんだろね」

 憶測は述べなかった。深刻な話があるのだろうとか、当の本人の関連で何か事情があるのだろうとか、乙彦なりに想像していることはあるけれども、どれを口走っても地雷を踏むような気がした。

 気づいてないのか更科はポットのお湯の分量を確認し、ティーパックを選んだ。自分用のマグカップに入れてゆっくり注いだ。

「あいつもいろいろと、大変だからね。ご存知の通り」

 ──ご存知のとおりというと、更科、お前はどうなんだ。

 喉まで出かかるのを押さえてまずはコーヒーを飲む。

「ホームズも、自分の立場理解しているからね。もうじたばたしてもしょうがない。なるようになるしかないって思ってるよ」

「それは何に対してだ」

 いわゆる霧島の姉に対しての思慕のことを言っているのだろうか。取り違えてはならない。用心深く問うた。

「まあいろいろあるよ」

 ティーパックをティースプーンで押しながら、更科は答えた。

「みんなのご協力のお陰であいつも無事に完全燃焼できたと思うんだ。ほら、可南女子高校のこと」

「ああ、そうか」

「結局キリコには最初から最後までアウトオブ眼中で押し通されたけれど、生徒会渉外としてあの学校との交流を図るところまでは持っていけたと思うしね。この前の件でごたごたしかけたけど、とりあえずはなんとか大人にばれないように、交流会開始できるよ」

「霧島の問題はとにかくとしてか」

「キリオくんのことは、この前、全部立村に任せるってことになっただろ。だからもう生徒会とは切り離していいよ。ついでに言っちゃうと、新一年生たちのごたごたも、あれは羽飛たちがなんとかしてくれる。俺たちは成り行きに任せておけばいいよ」

 更科は微笑みつつ、マグカップを口に運び、

「落ち着くよね、美味しい紅茶があるとさ」

 ひょいととなりの席に目をやり、

「名倉もいきなり引っ張り出されてしまうなんて、大変だよなあ。お茶飲むくらい待ってやってもいいのに」

軽く労った。


 更科に失恋の傷跡は全く見いだせない。

 むしろいつも通りの、のほほんとした態度を保っている。

 本来であれば、長年の恋人と別れざるを得なかったのだから、落ち込んていてもいいはずなのに。立村のようにわかりやすい態度とまでは行かなくとも、少しくらいは沈んでもいいのではないか。

 しばらくは難波の切ない過去を聞かせてもらうことにした。


「更科、この一年疑問だったんだが、お前らいったいどこらへん気があったんだ? どう見ても正反対だろう、お前らの性格は」

「性格からしたら、この前来た佐川とお前だって正反対だろ?」

 質問で返された。ぐうの音も出ない。更科は面白そうに笑った。

「関崎だって、佐川となんで親友なんだと聞かれたら困ると思うよ。俺も正直、困ってる。まああえていえば、たまたま青大附中の評議委員会で一緒になって話ししているうちになんとなく、気があったってとこかな。難波はなにせホームズだからやたらと難しいことばかり言うけど、噛み砕けば要はむかつくとか悔しいとか好きだとか嫌いだとか、単純なことしか考えてないんだよ。反対に俺は、なんも考えてないように見えて本当に成り行き任せの人生歩んできてる。まあほんとうになんにも考えてないんだよね」

「更科、悪い、意味がわからない」

「ごめんごめん。つまり、難波は言葉こそ偉そうだけどわかりやすい思考回路しているから俺からするとすっごく付き合いやすいんだ。向こうは向こうで、俺に何言っても深刻なこと考えないからいろんなこと話すのも楽ちんなんじゃないかな」

「わかりやすい思考回路か。何となく頷けるところがある」

 手を打って更科は頷く。

「関崎が知っている奴と比較するとやはり立村とかな。立村も良い奴だというのはわかっているけどめんどくさいよね。難波ほど難しいこと言わないけど、一言一言考えないといけないんだ。まあ向こうは向こうで、今の俺のことを物凄く心配してると思うけどね。関崎も知ってるだろうけど、まあいろいろとあるからさ」

 聞きもしないのに更科は自分から続けた。

「強がりでもなんでもなくて、ほんっとうにめげてないんだよなあ。こういう時期に来たんだから、お互いいいタイミングだから、はいさよなら、幸せになろうね。これたけのことなんだけど、どうも今朝学校に来てみたら、俺、物凄く悲劇の主人公にさせられててマジびっくり」


 嫌な予感あり。

 乙彦なりにそっと探りを入れてみた。

「難波も、そう言ってたのか」

「かあっとしてたね」

 相変わらずのほほんと語る更科。

「絶対に誰かが裏で糸を引いているはずだから、敵とってやるってえらい剣幕だったよ。そんなのいるわけないじゃん、笑っちゃうよ。ホームズって、とにかく、謎を解きたくてならないから火のないとこに煙を立てたがっちゃうんだよ。大丈夫、人の噂は七十五日。その頃には俺も新しい年上彼女作ってるよ。俺、年上でないと感じないんだよね」


 ──やはり難波は名倉を疑ってるのか!

 まずい。本当にまずい。今の更科の言葉で、難波という男が単純明快でかつ友情に厚いということが証明されてしまった。しかも、誰かが糸を引いているというところまで見抜いてしまっている。

 ──名倉、あいつ無事に戻ってこれるのか!

「他の奴も遅いね。羽飛もそろそろ来ていい頃だよ。清坂さんたちもさ」

 当の本人、更科だけはあいかわらずのほほんと紅茶を飲んでいる。



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