2 明け渡しカウントダウン(21)
──逃げろというのか?
立村の性格であれば頷けなくもない。ただ、乙彦には受け入れられない心理でもある。
「生徒会がら、逃げろというのか?」
「関崎は逃げないよな。でも、清坂氏には逃げてもいいと言ってほしい」
「生徒会長が、味方をおっぽり出して逃げることできるわけないだろう」
「だから関崎、今逃げるってわけじゃないよ」
あきれたように笑いながら立村は続けた。
「俺も様子見している段階だから何とも言えないし、今の段階ではそもそも清坂氏は絶対に見捨てるつもり無いよ。たぶん生徒会と心中するつもりだと思う。羽飛も同じだと思う」
当たり前のことを今思いついたかのように語られても困るのだが、黙って聞くしかない。
「それでうまく行けば何よりだし、俺もそれを願ってる。でも、これから先どういうことが起こるかわからないし、学校側の出方や、それこそ下級生たちの反応だってある。今だってそうだろう? 霧島の奴が何考えたかあの青春熱血教師のところに駆け込んで告げ口するなんてさ、誰も想像してなかっただろ?」
「全くだ。何を考えてるんだ?」
まだ帰ってくる気配のない古川のことが心配になってきた。かなり揉めているのだろうか。
「それと一緒だよ。俺は今日ここに来るのに、かなり気を遣って説明して、霧島を納得させたつもりだったけどなぜかああいう行動に出てしまった。そういうことがこれからも起こらないとは限らないよ。起こらないことを祈るけど、できればもしこれから先、生徒会がらみでそういうことがあったら」
立村は姿勢を正した。まっすぐ乙彦を見た。
「できれば関崎には、清坂氏に、逃げてもいい、自分が壊れるくらいなら生徒会から逃げ出してもいいと伝えてほしいんだ」
「船長が先に逃げ出せというのか? それはない」
「そうだね。それはあたりまえだね。あくまでもたとえだよ。でも、清坂氏には誰かが言ってあげないとたぶん沈むまで動かないと思うんだ。ついでに言うと、羽飛では無理だよ。一緒に沈むと言うに決まってる。更にいうと俺では無理。あぶないから一人で逃げ出せとか言われるな」
想像がつきすぎて噴き出したくなる。そう、たしかにそのとおりだ。
「幸い、清坂氏はまだ関崎に気持ちを許しているところがあるから、俺よりも受け入れてもらいやすいと思うんだ」
「こっちはその気などないが」
誤解を招かぬよう強調しておく。
「わかってるよ。ただ、もしそういうことがあれば、たぶん、清坂氏は関崎の言う事なら素直に聞くと思う」
立村は断言した。
「なぜそう言い切れる?」
「それは」
少しだけ口ごもり、立村は照れたようにうつむいた。
「違うんだよ。やはり。気持ちのある相手の言葉って、向こうがなんとも思っていない程度のものでもしっかり心に食い込む。同じ言葉なんだけどさ。たとえば勉強しろと親や先生に言われるより、特定の相手に叱られたほうが堪えるとか。やらなきゃいけないと思うかどうか、やはり違うよ」
「勉強、しろ?」
あまりにも今の文脈では異分子すぎる言葉に戸惑ってしまう。立村は当たり前のように続けた。
「だから、もし必要なとき、引導を渡すとかそういうときは、他の誰よりも関崎に話してもらったほうが一番丸く収まるよ」




