1 境目の春期講習(4)
講習が終わり一段落したところで、静内とも分かれて生徒会室に向かった。生徒会室の合鍵は役員全員が持たされているのでひとりでも入ることができる。
「これが中学だと、いったん用務員さんとこに行って借りてこないといけない決まりになっているわけだ。なにかとめんどくさい」
乙彦が思い出話をひとくさりすると、名倉も頷きつつ、
「合理化が図られるのはいいことだ」
自分のキーホルダーから鍵を取りだし素早く解錠した。まだ誰も来ていないらしい。生徒会メンバーは全員講習に出ているはずだが、内部生の内容だとまた色々異なるところもあるのだろう。その点、外部生との時間のずれはありがたい。名倉と多少こみいった話ができる。
ポットに水を入れて沸かす準備だけしておく。ティーパックや茶葉は備え付けられている。
「さてとだ、名倉」
「関崎は俺を止めたいんだろうが、悪い、やりたいようにやらせてくれ」
真っ正面から名倉は答えた。まだなにも問いかけていないのに。
「だが、下手したらお前がつるし上げに遭うぞ」
「俺はこの学校に入学するときからその覚悟で来ている」
平行線だ。
「ただ、誤解しないでくれないか」
「なにをだ」
名倉はティーパックを自分用のマグカップに入れ、お湯を注いだ。乙彦は煎茶なので急須に注ぐ。
「関崎と話し合った後、俺もそれなりに考えたつもりだ。たしかに感情的になりすぎたことは俺の失敗だった。だから即、会長に詫びを入れた。少なくとも俺の目的において生徒会全体を敵に回すつもりはないからな」
「お前の考えていることがよくわからない。もっと噛み砕いて説明してくれ」
「俺が糾弾したいのは、決して一個人の問題ではない。学校側のご都合主義を打破したいと考えている人間は校内にたくさんいる。生徒だけではなく、教師間にもだ。ただ、目に見えない圧力でもって誰も口を利けずにいた経緯があるらしい。あえてそれを俺は日の目見させたい。たとえそれで退学になろうとも本望だ」
「名倉、お前の正義感はわからなくもない。だから根本的に俺は止めない」
どうなだめたらいいのかほとほと手を焼く。乙彦なりに頭を捻る。
「今お前は、一個人の問題ではないと言ったが、突き詰めるとひとりの生徒なり教師なりの問題に行き着くだろう。今回明るみになった問題もそうだ。お前は学校側の隠蔽工作を明るみに出したいんだろうが、それによって被害を被っている奴もいるってことを忘れるな」
「例えば?」
名倉の問いに答えるべきか迷う。端的に言ってしまえばそれは更科と都築先生の一件でもあるし、また霧島と佐賀と新井林がらみの問題でもある。学校側はそれなりの考えを持って隠すよういろいろ工作しているのだろう。すでに傷ついている人間がいる以上それを明るみにすることに意味はある。だが、まだ今の段階で被害者がいないのにさらけ出すことにより、新たな犠牲者が個人レベルで出る恐れはあるのではないか。
言葉選び中、背中のドアが開いた。
「そこにいたのか」
ぐっと圧し殺したような声が響いた。振り返るまでもなく誰が来たのかはわかる。我が校の誇るシャーロック・ホームズ・難波だ。異論は飲み込む。
「難波、おはよう。もう普通科の講習終わったのか」
一声聞いただけで危険な気配を感じる。できるだけ自然に声をかける。
難波は答えなかった。乙彦には目もくれず、正面で無言の名倉に向かい立ったままで、
「お前と少し話したいことがある。外に出ろ」
親指で扉を指差す。間に入る必要性を感じる。乙彦は立ち上がり問いかけた。
「ここではだめなのか。俺がいたら邪魔か」
「関崎、悪いがここは名倉と直接話をしたい。安心しろ。俺はどこかの誰かと違い暴力は振るわない。もっというなら校舎内で足のつくようなことはしない。俺はただ、外で、名倉とだけ話がしたいだけだ。終わったらすぐ生徒会室に戻る」
たんたんと難波が答える。名倉の様子を窺うと、頷いている。黙って荷物を乙彦の膝に置き、
「預かっててくれ」
一言残して、難波の後にしたがった。思わず追いかけようとするも、ふたりの振り返った厳しい眼差しに跳ね返され、乙彦は生徒会室に残るしかなかった。