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1 境目の春期講習(2)

 春期講習の段階ではまだクラス分けも公表されていない。

 生徒玄関から向かうのはとりあえず一年A組の教室だ。

「普通科の人間にとっては大きいことだが俺たち英語科には関係ないな」

「全くだ」

 まずは教室に入ってしまおう。まだ早めなのか英語科の連中はほとんどいない。いても挨拶程度の顔見知りのみ。藤沖と腰を据えて話をすることになる。

「クラス分けだが、結構シャッフルされることになるのか」

 少し気になったことを聞いてみた。藤沖も首を捻りつつ、

「そうだな、たぶんそうなるだろう。特定の生徒を癒着させないようにするとか、そういう意識はあるだろう」

 ちらちら周囲を見渡しつつ答えた。

「たとえば中学の場合だとクラス替えが一切なかったから、必然的に委員が固定されることになる。一年の段階で選び間違えたと気づいても遅い。一年のうちにほぼ人間関係が出来上がっているから、そこから新しく参加しようとすると大変苦労する。それを避ける意味でも、できる限り再度チャレンジしやすい環境に整えたいというのはあるんじゃないのか。それとだ」

 前誰かに聞いたことがある内容を藤沖は語った。

「単純に文系理系、あと芸術科目で分けているってのもあるだろう。お前は書道だが、音楽、美術それぞれやってる奴もいるわけだ。うちのクラスのように芸術科目が複数ぶちこまれているとそれはそれで面倒だろう。単に効率の問題だ」

「そう考えると英語科というのは非常に効率の悪いクラスということか」

「いや、とりあえずは同じカリキュラムでつっぱしることができるし、三年一緒なら気心も知れる。俺からしたら無理にクラス替えすることのほうがずっとデメリットでかいと思うんだがな」

 藤沖はため息らしきものをついた。

「やはり、中学とはいろんな意味でこの学校、方針が変わってきているな」


「関崎おはよう!」

 明るい声が飛び込んできた。声の方向を見やると、片岡が大きめのジャケットにくるまれた格好で駆け寄ってきた。もともと片岡は小柄なほうだが、それにしても制服に思いきり着られている。

「よお、久しぶりだ、元気だったか」

「うん、ああの、ええとさ関崎」

 せっかく声をかけてきた藤沖には気のない挨拶をした後、片岡は乙彦の正面に立って満面の笑みで報告してきた。

「内川くんをうちに連れてったんだ。うちの父さん母さんもみんな喜んでたんだ。今度またみんなで焼き肉食べようよ」

「そうか。内川相変わらずか」

 ちらっと内川自身からも片岡の家に一泊二日で泊まりに行ったとは聞いていた。

「ほんとはもっとうちにいてもよかったんだけど、公立高校のオリエンテーションがあるから早く戻らなくちゃいけなかったって」

「だろうな」

「でもよかったよ。神乃世につれていけたから。また今度ゆっくりいろんなとこ行こうって約束したんだ」

 要は、内川の直属先輩にあたる乙彦へのご報告ということなのだろうか。別にそんな気を遣う必要はないと思うのだが。

「そうだ片岡、聞きたいんだが西月はどうしてた」

 割り込むように藤沖が問いかける。

「もうあれから一年経っただろう。ずっとあっちに行ったっきりか?」

 片岡が黙りこんだ。もともと藤沖のフレンドリーな態度に戸惑うところのある片岡のこと、説明するにも言葉が見つからないらしい。もじもじしている。無視して藤沖はさらに尋ねる。

「ほとぼり冷めたら、青大附属に編入するとか、そういう目もなさそうか」

「ないよ、絶対にない」

 うつむき、頬を赤らめて、

「青潟に帰ってこれるわけ、ないじゃないか。うちの父さんも母さんも、帰す気ないよ」

 片岡は小声で呟き、また乙彦になにかを話しかけようとした。


「おっはよー!」

 誰かが次に入ってきた奴へ声をかけている。後ろの扉を振り返ってみると、そこには立村が静かに立っていた。乙彦が声をかける前に立村は、呼び掛けられたグループのもとへ向かい、すぐに空いた席の椅子に腰かけた。吹奏楽部の江波および規律委員の相棒だった疋田が手招きしてなにかを取り出し、立村に見せびらかしている。ちなみに男女混合グループだった。

「立村、これな、疋田経由で届いた我がクラスのミュージックミューズ様直々の演奏テープなんだ。生テープだぞ、生!」

「宇津木野さんからか!」

 立村も声が少し踊っているようだ。疋田が隣でこくこく頷きつつ説明する。

「そうなの! あつ子ちゃんが私にぜひ聴いてほしいって送ってきてくれたんだ。うちのクラスの人たちも聴きたがってるよってお手紙書いたら、時間かかったけどいいよって。ほんとはさあ、三学期には届いてたんだけど、あつ子ちゃんイタリアじゃん? エアメールでの連絡って大変だよね。てなことで解禁。あとで音楽室行って、ラジカセ貸してもらってみんなで聴こうよ!」


 弾むおしゃべりの中になぜか立村が加わっている。しかも楽しそうにテープをなで回し、曲名について尋ねたりもしていた。いつのまにか春期講習が終わったら音楽話で盛り上がるべく音楽室へ直行というところまで話が進んでいる。

「なんか妙だな」

 藤沖がきつい眼差しでちらと立村を見やり呟いた。

「何がだ」

「あれだけ惚れてた相手と別れてよくへらへら笑っていられるな」

 どうやら藤沖は、立村をとにかくおとしめたくてしかたないらしかった。

「どういうこと?」

 片岡が食いついて来るが、あえて藤沖はそれ以上なにも言わなかった。乙彦も付け加えなかった。

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