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20 金色のソパージュ(3)

難波はなかなか戻ってこなかった。

「いつもお前ら評議四人組はあんな感じか」

「そうだよ。通常こんな感じでやりあってる」

すっかりカップラーメンが伸びたんじゃないかと思うが、気にせずで更科は汁まで飲みきった。

「面倒くさい案件が次から次へと降り注いできてるから、ホームズもいいかげんリフレッシュしたかったんだろうね。まあいっか。関崎、せっかくだから外でなにか追加でお菓子とお茶買ってこようよ。今日は俺のご馳走だよ」

いきなり更科に誘われて乙彦もぎょっとする。こんなこと一度もなかったのにだ。

「さっき唐揚げいただいちゃったしね。今日は生徒会活動おやすみにするって清坂さんも話してたしね。俺たちは生徒会役員だけど、それ以上に生徒としての任務もあるんだ」

「任務?」

「そう、俺も昨日反省したよ」

任務というよりも生徒としての”義務”ではないだろうか。

更科は財布だけを制服の右ポケットに入れた。

「やっぱり外部生問題にもっと早く気づきたかったなあって思うんだ。藤沖の問題とか、立村の濡れ衣とか、1Bの女子たちのこととかね。ついつい俺たちは生徒会役員だからこうやって議論するのが仕事だと思い込んでる。けど、もっと教室や廊下、あとグラウンドとか見ないとだめだよね。そんなわけで、パトロールも兼ねてだよ」


難波と更科は昨日の外部生の一件をきっかけに、一気に胸襟をひらいてくれそうな感触があった。特に難波はわかりやすい。品山詣のお納め本まで逐一丁寧に説明してくれる。いままで乙彦がいたらあそこまでアホホームズを発揮しただろうかとつい思う。

生徒玄関で靴を履き替える。まだ新しい家履きを靴箱に収める。

「そうだ、いいとこがある。大学の門を出たところに、新しいコンビニが出来たって。今まで食料品店だったとこなんだけど、代替わりでコンビニに入れ替えたって話。中にいる人は同じだってきいたから、せっかくだし見てみようよ」

すでに弁当を食べているので余計なものは買いたくない。だが、パトロールは大事だ。乙彦は言われた通り更科のあとをついていくことにした。


土曜の午後は大学構内も、外も人が少なめだった。むしろ高校生の数が増えているようだった。

「あああれね。高校だと縛りがあるけど高校だと緩いからデートしたりおしゃべりしたりいろいろするんだよ。うちの学校も中学から特別授業取っている奴がいるくらいだから、出入りに細かいことつっこんだりしない。ほら、大学食堂だって俺たち普通に使ってるだろ」

「全くそうだ」

いわゆる「アジ文字」か「ゲバ文字」ででかでかと綴られた「大学自治を我が手に取り戻せ!」なる看板や、「学校側の方針変更に反対せよ!」という小さなビラとか、たくさん張り巡らされているエリアもある。

「ここらへんはサークル棟。うちの学校は学生会館こそあるけど、底に入り切らない小さなサークルもたくさんあるんだ。予算が降りるか降りないかの違いってのもあるけどね」

更科はさらさら続ける。

「やっぱり公式のサークルや部活動はそれなりにお金が降りるからやりたいことできる。それこそ、評議委員会のビデオ演劇なんてそのものだよ。結城先輩がやりたい放題やった後、評価されたもんだから衣装や着付けにお金を出してもらえた。もちろんボランティアの学生さんとか、保護者のみなさまとか、そういうとこばっかりだけどね。でも本物を”忠臣蔵”撮影する時に経験できたのはすっごい財産だと思うんだ」

「内部生はそのことを無意識のうちに知っているんだな」

ふと思う。もしかすると更科は、内部生としての義務を外部生の乙彦に果たそうとしているのだろうか。もしそれであればきっぱり否定しておいたほうが良い。

「更科、昨日のことは本当に嬉しかった。名倉も口下手だからうまく言えなかっただろうが、心の荷物を少しは下ろせたと思う。俺は確かに外部生で人一倍贔屓されていた。それは認めざるを得ない。だが」

「いいよ関崎。大丈夫だよ。俺たちはもうそんな事考えるほど、ガキじゃないんだ」

チワワのかわいい笑顔を更科は向けた。

「俺たちはたまたまこの学校で暮らしていただけ。面白いことがあったら共有しようよ、そのくらいでいいんじゃないかな」

のほほんと門を出て、コンビニのある右側の歩道を渡ろうとしたときだった。

「関崎、ちょっと待って」

腕を引く気配がする。隣の更科の様子がおかしい。顔色が違う。口をきっちり結んでいる。いわゆる素顔の立村のようだ。

「今から俺、あの向かいで立ってる不良の子に声かけてくる。話をしてみて問題なかったら俺が右手を上げて手を降る。それまで待っててもらいたいんだよね」

「あの、不良?」

見ると、通路向かいのガードレールに座り込んで、足をぶらつかせているセーラー服の女子がいる。顔は見えないが髪の色はよく分かる。真っ黄色、と言ってよい。日本ではあまり見かけない色だ。襟にはつかない長さだが、ふんわりと広がっている。少なくとも青大附属では絶対に違反カードレベルの格好だ。

「そう、ちょっとあの人、気になるから。関崎いいね」

乙彦の返事も待たず、更科は車が来ないことを確認した後、ちょこまか走っていった。紐を外された小型犬のような感じに見えた。

━━あいつの関係者か。新しい年上の彼女か。

いろいろあった更科も、都筑先生との悲恋かなんだかが終わったあとはフリー、噂も七十五日、それまでに新しい彼女を作ったのかもしれない。

━━それにしても、あの女子、どこの制服だろう、見覚えがない。


更科が右手をあげたと同時に、金髪のセーラー服女子も振り返った。両手でぱらぱらと手を振ってみせた。

「関崎、あんたも相変わらずエネルギッシュだねえ、いい精力剤飲んでるね、知ってるよ」

━━この声は。


金髪のパーマ女子高生が、あの古川こずえであることを確信したのは、道路を何も考えずに渡ってからだった。信じられたのは、いつもの下ネタ女王様が降臨していたからだった。外見では決してない。


「古川、お前なんで来てるんだ」

言葉がぶっきらぼうになったのは、驚きを隠すためだけではない。

「こんなところ来たらまずいだろ。そのくらいわからないのか!」

 羽飛に言われた通り、ここは何も考えず「校長室へGO!」が正しいのではと思う一方、すでに校門から出ている以上強制はできないとも感じている。だがこの場で、「悔い改めよ」とかいうアジビラを百枚押し付けられている女子に何を言っていいかがわからない。


「関崎、悪いけど、今日これからカラオケボックス行こう。古川さんもまずはさておき、個室に行こうよ。変な意味じゃない。俺、年上にしか感じないって知ってるだろ」

「あったりまえじゃん! でもいいとこで良い奴らと顔合わせできてよかったよ。関崎、ひっさびさにあんたのセクシーボイス聞いてあっはんうっふんしたい気持ちもりもりなのよ。どこらへんのカラオケボックスにする?」

あっけらかんといつもの調子で古川が誘う。髪の毛さえ、制服さえ、違っていればどうみてもこれは我が青大附属の誇る2Aの下ネタ女王様なのだ。いつもなら、「何考えているんだいいかげんにしろ」くらい言って憮然としてもいいのだ。しかしそれが許されない事情を古川は背負っている。本人はどう思っているか知らないが、こいつと一緒に青大附属生活を送ってきた連中はみな気づいているのだ。


「古川さん、ここまでバスできた? それとも自転車?」

「自転車、ほら出来たばかりのコンビニあるじゃん。あそこよあそこ。けどあんまり長く置いてるといろいろまずいね。盗まれちゃったらお家帰れなーい」

おどける古川の表情は、金髪の髪にくるまれてどこか白々しい。聞きたいこと言いたいことは山のようにあるが、今しなくてはならないことは。

「とにかく、手当たり次第どこかに入ろう」

人目につかないところに古川こずえを、まずは隠さねばならない。

「了解。関崎今日はこのまま家に帰れるか。荷物は持ってきてないよね」

「持ってきてない」

それこそ手ぶらで生徒会室から出てきてしまった。更科は額を押さえたがすぐに、

「わかった、じゃあ俺がすぐに、よく遊びに行くカラオケボックスに古川さんと入ってく。きっと誤解されるけどその辺は許してね古川さん。それと、生徒会室に行ったら、たぶん女子が来ていると思う。古川さんは清坂さんに会いたくないよね」

一方的に古川に問う。違和感がある。

「いや選択肢は」

「更科ぼうや、さすが女心よくわかってるね。しっかり心とあそこ鍛えられたね」

またきゃははと派手に笑いつつ、古川は更科に手を差し出した。

「じゃあ、あんたにまかせるわ。とりあえず関崎と話し合うのが今回の目的のひとつ、まかり間違っても羽飛や美里には言うんじゃないよ」

「難波と立村はどうする。難波は今日立村の家に泊まるぞ」

「え、我が弟がなんとホームズ様をお招きするとはねえ、どういう風の吹き回し? いやあ笑っちゃうねえ。あいつらには挨拶しときたい気持ちもなくはないけどね、でもどこにいるんだか」

なんだか誤魔化そうとしているようにしか見えない。いらいらする気持ちがせく。見抜かれたのか、更科は古川こずえの腕をひっぱり、乙彦に囁いた。

「難波と立村にだけは伝えてもらっていいよ。まだ、品山詣には時間あるはずだから、あのふたりにも来てもらったほう絶対いい」

胸ポケットからどこかの店のチケットのようなものを差し出した。

「これ見せればホームズ絶対わかる。方向音痴の立村を連れてこれるから大丈夫。頼んだよ関崎。二人分の荷物よろしく!」


しゃらんしゃらんと金髪の女子高生・古川こずえは、小型犬・更科に引きずられる飼い主のごとく、青潟大学前の学生街に紛れ込んでいった。

この辺のエリアはあまり詳しくない。高校生にはふさわしくない色が、多々混じり、乙彦の中には染み込んで来ない街だった。


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