1 境目の春期講習(16)
古川こずえは次の日も来なかった。
「こずえちゃんどうしたんだろね」
「さあ」
「お見舞いに行ったほういいと思う?」
「でも、あの子のうちどこだっけ?」
女子たちがひそひそ話をしている。古川が風邪を引くなんてこと自体今までありえないことだった。まだ春期講習中とは言え、二連休というのは信じがたい。
「今日も健全な朝だなあ、さびしいね」
いつもの下ネタつっこみがこないことに、麻生先生もこころなしか寂しそうだった。
「関崎、ちょっといいか」
藤沖に呼び止められたのは、いったん教室を出て生徒会室に向かおうとした時だった。昨日とは違い弁当も持参している。
「どうした」
「少し話がある。時間をもらえないか」
講習期間は午前中のみかつ、昼より少し前に終わる。話をする余裕はたっぷりある。
「いいが、込み入った話か」
「単刀直入に言うと、古川のことだ」
その一言だけで、時間がたっぷり必要な内容であることは予想がついた。
「わかった。人気のないところがいいな。弁当は持ってきた」
「俺もだ。これから新入生新歓にむけての練習がある」
応援団団長はそれなりにがんばっているということだ。
藤沖相手だと無理に外に出る必要もない。適当に中庭で弁当を広げることにした。隣で藤沖は菓子パンを取り出しかじりついた。乙彦の弁当を覗き込んでいたので、かまぼこと卵焼きをわけてやった。
「うまかった、やはり手作りはいいな」
水筒の麦茶を飲みながら、藤沖が大きく息をつく。
「今日は天気もいい。思いっきり腹から声を出せそうだ」
「まったくだ。思い切り走りたい気分だ」
「元陸上部の血が騒ぐか」
「そんなところだ」
笑いながら乙彦も残りの白米を平らげた。
「それで、話とはなんだ。古川のことか」
「ああ、この前のボーリングの時に少し話したと思うが、関崎、覚えているか」
「少しは気にしていた」
正直なところを述べた。
「だが、全く想像つかないのも本音だ。なにかあいつやらかしたのか」
「古川自身はなにもやらかしていない。むしろ呆れるくらい模範的な優等生だろう。下ネタ女王以外のところはな」
藤沖は空をちらと眺め、乙彦の方を見ずに呟いた。
「このままだと、古川はもう、この学校に来れないかもしれない。確証はないが、可能性としては非常に高い」
言われた意味が把握できなかった。問い返した。
「古川が学校に来れない、ということは何か悪い病気なのか?」
「とんでもない。あいつは相変わらずぴんぴんしている。昨日の夜電話がかかってきたが、開口一番、まともなゴム使ってしろと言われた。余計なお世話だ」
相変わらずの下ネタ女王である。そう笑っていられないのも、藤沖の顔を見ればよくわかる。笑えない。
「昨日休んだ理由は報告されたのか」
「ああ、向こうもこれから先のことが気になったみたいだからな。騒ぎがでかくなる前に心構えだけしといてくれと報告だ。それと今のところ女子には誰にも言わないでほしいとも釘を刺されている」
「清坂にもか」
念のため確認した。藤沖も頷いた。
「清坂にだけは絶対に言うなと念押しされた。確かにあの内容だと刺激が強いだろう。だが、関崎には話しておいて良いと許可をもらった」
「俺にか」
「外部生にはいきなりだと帰って刺激強すぎるから慣らしておいてくれと言われたぞ」
いったい古川の秘密告白基準はどんなものなんだろうか。全く想像がつかない。
「俺にも刺激が強すぎる内容なのか」
「いや、この学校ではよくあることだ。ただ今回は古川ではなくて、古川の家族が関係している。そのこともあって今のところあいつは引っ越し準備の真っ最中だそうだ」
「引っ越し?」
「もうあの高級マンションには住めないから、家族三人でひっそり暮らせるところを探しているんだそうだ」
「なにやらかしたんた、まさか、なにかお縄にかかるようなこと」
「犯罪ではないが、見る人から見たらそう思われても仕方ないんだそうだ。たしかに俺も古川の話でなければそう感じる」




