19 報告タイム(10)
━━悪の根源・天羽忠文
中学三年の後期評議委員長選挙で現役評議委員長だった立村と決選投票となり、圧倒的多数で引きずり下ろしたという。本来であれば誰もが認めるナンバーワン評議だったはずだが、次期評議委員長指名権を持つ本条先輩の強い意向で立村を推したという逸話が残っている。そのため、立村の「最低最悪評議委員長」と比較して天羽は「本来あるべき評議委員長」としてそれなりに中学教師および生徒たちからは評価されている存在ではある。
ただ、乙彦からすると、ひょうひょうとしているように見えて、どこか後ろ暗いものを感じたりもして、それほど親しくなりたいとは思わなかった。
青大附高に入学してからは、あの「元評議三羽烏」のリーダーとしていろいろちょっかいをかけてくるものの、とりあえず実害はなかった。乙彦が対抗とは言わないまでも「外部三人組」のメンバーとしてそれなりの地位を得たこと、また生徒会副会長の座を外部生でありながら勝ち得たこと、これも大きかったのだと思う。
今思えばこれは、乙彦の直感の勝利だったとも言える。
━━本来であれば、天羽と仲良くしておけば、青大附属の生活は相当楽になったはずだった。それをあえて選ばずに距離を置いたのは、やはり無意識で嫌悪感があったのかもしれない。
元評議三羽烏の難波と更科は生徒会でぶつかり合いつつもそれなりに会話は成り立っている。腹が立つことも多いが、結局あの二人はわかりやすい。特に難波はホームズ気取りのアホではあるが人に対する想いは本物だ。先程の外部生に対する詫びには、乙彦もさすがにくるものがあった。やはり、人は話し合えばわかりあえる。そういうものだ。
だが、天羽だけは。
━━あいつとは話し合いがなりたつとは思えない。
桂さんから聞かされた、西月小春に対する人間とは思えない嫌がらせ。
テープに吹き込んだ「西月小春を嫌いな理由」を本人に渡すという残酷な行為。
仮に西月小春があの葉牡丹の少女・杉本梨南と同じ行動を取っていたとしても、許してはならない行為だと思う。つまりそれだけ、悪質さが極まれり、なのだ。
幸いクラスは永遠に別のままだ。クラスメートとして接することはない。ただ、立村と天羽は非常に親しく、しょっちゅうA組に遊びに来る。挨拶くらいはそれなりにする。
━━立村にとっては鉄壁の友情を誓った同期だ。良い友でありたいのもわかる。だから”A組事変”の際に、最初で最後の弾劾裁判を行うことでしか消化できなかったのだろう。大切な友だちの罪を、受け止める最終手段だったのだろう。
わかる、わかるのだ。ただどうしても天羽だけは受け入れられない。
たとえ宗教絡みという問題が絡んでいたとしても。
どんなに事情が複雑だったとしても。
━━言葉を発することができなくなるほどに傷つけていいものか。
否、そんなものはない。仮に西月小春が杉本梨南であっても絶対に許しがたいことであるのは間違いない。つまり、それだけの罪を天羽は犯したといっても過言ではない。
名倉は乙彦が歯を食いしばっているのをじっと見た。決して罵倒しまくりたいのを押さえているから黙ってるわけではないのだ。うっかり名倉に共感してしまい革命派に転んでしまうのが怖いからではないのだ。
「”A組事変”の内容を知れば知るほど、俺はこの学校の腐りっぷりに怒りが湧いてならなかった。悪いが他の問題はどうでもいいほどにだ。表向きの事件を見る限り、女子同士の傷害事件であり、口喧嘩であり、ちょっと心を病んだだけ、とも言える程度のものだ。だが天羽のやり方は常識を逸している。泉州にかまをかけて詳しく聞かせてもらったが、俺は天羽がいまだにこの学校でふつうに授業を受けていられるのかが理解できない。もっというなら来週の土曜日に、”奇岩城”の怪盗ルパンを気取って現れるのかと思うと寒気がする。本来であれば嫌がらせのひとつでもしたい。古いやり方だが爆竹でも投げ込んでやりたい」
「やめろ。さすがにこれは足がつく」
「まさかそんなことはしない。静内もなんとか鼻を明かしてやりたいといろいろな手段を考えているが、なかなかいい方法が見つからない。例のB子の案件が片付くまでは様子を見ろと俺が指示している。あいつは突っ走る可能性が高いから押さえないといけない。ヘビメタとパンクロックを叫ばせて気を紛らわせるのが一番だ」
「そういうものなのかあいつは」
ところどころおふざけの会話が交じる。
「それで俺はどうしても”奇岩城”を観たい」
「俺も一度見たが結構手がこんでいる。全部見た訳では無いが結構笑えた」
「笑いたい気持ちもあるがそれ以上に、天羽がどんな顔をして御曹司の恋人といちゃつく演技をしていたのかをしっかりと見据えたい。話によればクランクアップ後に天羽は、彼女を突き飛ばさんばかりに冷たく振ったそうだ。散々持ち上げておいていきなりだ。人間としてそれはあまりにも残酷な行為だ。お前のように、どんなに罵倒して振っても誰も文句言わないような女子に対して人間らしい対応をしたのは、自信をもっていい。お前の同級生に殴られそうになったら俺がきちんと弁護する」
いきなり立村を思わせる「お前の同級生」という言葉が出てきてのけぞる。いやそれは不要だ。殴られる時はきちんと顔を出すつもりだ。
「そしてあの御曹司は、土曜日来るのか」
「来ないと思う。本人は観たいといっていたが、周りが許さない。きっと片岡は傷つく」
「そうだな。それがいい。天羽がこれ以上被害者を増やさない意味でも、それは避けたほうがいい」
両腕を組み、名倉はしばらくベンチの間と間を往復していた。なにかを考えたい様子だった。
「関崎、ひとつ聞きたい。青大附属の”弾劾裁判”とは具体的にどんなものだったかを知りたい」
おもむろに乙彦の顔を見上げ、にやりと笑った。
「お前は立ち合ったのだろう。貴重な機会だ。教えてもらいたい」
確かに外部生が経験するのは非常に稀なことだ。語ることにする。できる限り外部生同士で内部生しか知らない情報を共有するのはよいことだと、生徒会でも言っていたではないか。
「今回行った弾劾裁判は被告の意思で、教師を裁判官にするやり方を取った。これはかなりイレギュラーな方法で、本来は生徒同士で行われるものだ」
立村から教えてもらったやり方を参考に説明する。
「罪を犯した生徒、もしくは本来裁かれるべきだが学校側がなあなあにして誤魔化した処理をした生徒がターゲットになる。誰が告発するかまでは知らない。一般的には評議委員や規律委員が対応することがほとんどだという。また委員会内だと当然だが委員長が対応する。俺が知っているケースでは」
ここで気づく。名倉が知りたがっている”A組事変”の裁判官は立村だった。
「罪がある生徒を委員長が被告と原告それぞれ並べて理由を聞き、最後は非のある相手を張り倒して終わるのが通常だったという。もちろんそれが正しいとは言い切れないにせよ、通常の喧嘩がこじれた場合、第三者を挟んでクールダウンさせるという意味合いもあるのだと思う」
「第三者が入るのは確かによいことかもしれない」
納得している名倉。
「その他のケースだと、評議委員がクラスの生徒を裁くという場合もあったという。俺が知る限り、クラスの男子全員が参加し傍聴人になったという。その上で判決を出す。そのケースの場合は、クラス全員の無視、だった」
これは片岡のケースだ。すべて”A組事変”につながってしまう。さすがにこれは不平等だ。いたしかたない、もうひとつ、これは乙彦と雅弘が関係した件も追加する。
「もうひとつは他の中学で青大附属の生徒とが小競り合いをおこし、勘違いして殴りつけてしまったケース」
隠し事はできない。名倉もあの生徒会お茶会に参加している。これは素直に語ろう。
「要は雅弘のことなんだが、交流会の準備でうちの中学に青大附属評議一同が来てくれた時におきた出来事だ。雅弘は会が終わったら、こっそり本命の相手と会い語り合う予定だった。しかし立村は佐賀と雅弘が密会していると勘違いしてしまった。その他色々な問題が絡み合い、立村は現場に乗り込み雅弘をストレートパンチで張り倒した」
「関崎、それは勘違い、だったのか」
当然のことを聞いてくる。しかたない。乙彦も事件後しばらくは勘違いしていたのだ。責められない。説明はしっかりする。
「間違えた原因は、本命の相手と佐賀の髪型がそっくりだったからだ。俺も最初は勘違いしたし、雅弘を反省させるためもう二度と外部に出さないことにした。本当はあいつも賢いんだからもっと交流会で活躍させたかったのだがしかたない。その後雅弘の無実が判明したが、俺からしたら喧嘩両成敗だ。立村に恨みなんてない。水に流すまでもないことだ。立村は普段であれば冷静だが、御存知の通り山の上に飛び立った彼女を佐賀と雅弘がふたりで馬鹿にしたと思い込んでしまった。あれだけ一途な想いを向けていた相手だ、ばかにしやがってとつい、血を昇らせたのだろう」
「関崎、それは想像がつく。だが」
言いかけた名倉にはきちんと説明するからもう少し黙っていてほしい。
「雅弘が佐賀に熱を上げていたのも事実だ。本当であれば雅弘と立村も手打ちしてほしかった」
そうだ、本当はあそこで終わらせてよかったのだ。乙彦も新井林をもう少しなだめればよかったと、今になって反省する。
「だが新井林は黙っていなかった。雅弘のことも先輩として慕っていた。当時は立村のことを軽蔑している素振りを見せていた。そんな奴に自分の彼女、つまり佐賀を二股かけているなんて勘違いされようものなら、許せないと思うのも当然だろう。あの時点ではだが。名倉も、この前のお茶会で見ていたはずだ」
「ああ、見ていた」
こころなしか、名倉の声が乾いて聞こえた。
「そこで新井林は弾劾裁判を、当時の評議委員長である本条さんという人に依頼した。青大附中の場合、公立と違い、卒業間際まで委員長を務めることができる。当時の立村は次期評議委員長で先輩に頭は上がらない。本条さんという人はそれぞれの話をよく聴いて、最後は立村の有罪を認め、一発張り倒して終わりにした。もともと本条さんは立村を弟分としてかわいがっていた。弟分の間違いを正すと同時に、これから一緒にやっていかなくてはならない新井林との間にしこりがないように気を使ったのかもしれない。そのあたりは俺も噂でしかきいていないが、いまだに新井林は立村をさんづけで呼んでいる。礼儀を保つべき人間であることは自覚しているに違いない」
「おい、関崎。お前」
不意に名倉が乙彦をまじまじと見つめた。
「お前の親友はこの前の集まりで確かに見た。言い訳も聞いた。それでいまだにあいつは親友なのか」
「もちろんだ。雅弘と俺は幼稚園の頃からの縁なんだ。小さい頃から雅弘は俺にくっついて歩いていた。なにかあったら俺はあいつのためにどんな喧嘩でも買ってやった。だが成長するに従い、腕力よりも能力であいつをばかにする奴が増えてきた」
「能力で、か」
ああそうだ。もちろんだ。乙彦が目覚めたきっかけもしっかり語るべきだ。
「俺が小学校高学年の頃だったと思う。クラスにろくでもない奴がいたんだがそいつは俺より成績が良かった。ある時そいつに雅弘がいじめられていた時、奴は成績が悪いくせにと俺達を罵った。俺も昔から手抜きはしたくないのである程度は勉強していたが、さすがに雅弘をばかにするのだけは許せなかった。腕力でねじ伏せても意味がないのなら、俺が雅弘を守る方法は成績だけだと思い知ったんだ」
「関崎、お前⋯⋯」
口をそうあんぐり開けるなと言いたい。もっと語ってやる。
「お世辞にも賢い人間ではないが、俺にとっては親友を守る唯一の方法が成績だった。なんとか人並みの成績を取ることができるようになり調子にのって青大附中を受けた。すべったがまああいい、あれで俺も水鳥中学でそれなりに良い友達と過ごせたし、なによりも雅弘を守ってやれた。俺の公立中学時代に悔いはない」
「関崎、わかった。お前の性格はこの一年でよくわかっている。だが」
そう頭を抱えなくてもよいだろうに。名倉の呟きがはっきり聞こえた。
「関崎は関崎なんだなやはり」




