19 報告タイム(6)
「みんな、今の泉州さんの意見なんだけど、臨時生徒総会を開くということについて私から補足してもいいかなあ」
全員が考え込む中、清坂はすうっと立ち上がった。いつものことだが羽飛が見上げるような格好で背を伸ばしている。
「生徒総会は五月の半ば、ゴールデンウイークが終わって各学年の宿泊研修が終わってからってのはみんな知ってるよね。それに向けて書類とか今準備してるんだけど。そして臨時生徒総会を開く場合には、全会員の五分の一の署名がないとできないの。確かそうだよね阿木さん」
なぜか阿木に振る。羽飛ではないのか。阿木は頷いた。
「会長の言う通りです。うちの学校の全会員は各クラス120人かける3だから、360人程度。あ、英語科は少し少ないから350人切りますね。72人前後の署名がないと難しいってことかな。おおよそでごめんなさい」
清坂は頷いた。
「ありがとう。その通り。しかもその署名が集まってから開く日時を詰めなくちゃいけない。生徒総会とも重なるかもしれない。よってどっちにしても時間がかかっちゃうの。ものすごくいい意見だとはわかってるけど、規則を先に伝えておきたかったのごめんね」
やわらかく、頭を下げる。泉州も納得したようで席についた。
「そうかあ、そうだね会長さん、私も規約細かく見てなくてごめん」
「難波くんの言う通り保護者介入はスピード解決のひとつの手だけど、泉州さんの言う保護者乗っ取りも否定できない。もちろん保護者のみなさんに相談してねくらいは伝えてもいいと思うけど、生徒会に直結する対応は避けたいのも本音なの。特にみな知ってるかもしれないけど、うちの学校の保護者は、子どもには想像つかない考えで物事を解決したがる人たちがたくさんいる。だから、できれば、生徒会としては関わりたくないの」
「わかる。関崎もわかるよね」
「ああもちろんだ」
我らが御曹司・片岡司の顔が思い浮かぶ。明日にでも桂さんに連絡しよう。
「でも、難波くんの言う通り、今この場で怯えている人、怖がっている人がたくさんいる。応援団の件に限って言えばこれは大至急やらなくちゃいけない問題。同じレベルで1Bの女子たちが傷ついている件についても対応しているけど、そちらは”交流サークル”の提案でなんとかなりそう。でも、団員さんたちはね。この件は、クラス解決が最優先になると思う」
「美里、どっちのクラスだ。退団した奴かか、それとも現在の団員か」
「現在の団員。つまり、貴史、あんたのクラスね」
清坂が羽飛をじいっと見下ろした。おどけたように両手で引きのポーズをとる羽飛。
「つまり二年B組っつうことだな」
「そう、さすがにこれはクラス個々の対応が必要だと思う。2A英語科の件と同様にね」
「だがうちのクラスの評議は」
「確か外部の人だよね男女ともに。全部内部生で主だった人は生徒会か委員会に行ってるから、外部生にならざるを得ないって意見があったって」
隣の名倉をつつくが返事がない。お前だって2Bだろうと聞きたい。そもそも乙彦は2Bの外部生の名前を覚えていない。たぶん顔を見れば思い出すが、ほとんど話をした記憶がない。
「そして、その現在団員で我慢している人は外部生ってことで聞いてるんだけど、特定出来てるって認識でいいかなあ貴史」
「特定は出来てる。できてるんだがなあ。俺のこと嫌ってるみたいでなあ」
「あんたも立村くんみたいなこと言ってるの。まったく」
幼馴染トークが続くが内容は生徒会トーク。聞き入る。
「まずお願いすることは、せっかく外部生の人たちが評議やってるんだから、その人たちもしくは友だちに協力してもらって、私たち生徒会が取り組んでるってこと、伝えてほしいのよ。あんたが直接ね!」
「俺がかよ」
「あたりまえじゃないの! あんた生徒会副会長なんだよ。まあわかるよ。外部生の人たちがみな、関崎くんや名倉くんと同じような人じゃないってこと。私たち内部生のやり方が受け入れられない人、たくさんいるってこともね。けど今、なんとかしたいってことになると、それこそ学級委員としての評議委員が直接動かなくてはいけない。ついでに規律委員も含まれるよね。あんたもいやだってわかってるけど、南雲くんに頼むしかないよ。規律はこういう時に仕事するんだよ」
「ああ、わかる、わかるがな」
なぜ冷や汗流すような顔をしているんだろう。完全にこれは清坂が羽飛を尻に敷く図だ。
問題山積みのはずなのに、なぜか微笑ましく見守る雰囲気が漂う。
「いい、立村くんが2Aの規律委員としてちゃんと仕事しているの、今までの話でわかったでしょ。私もほんっとどうしようかって思ったけど、ちゃんと神社にお参りしてきてご利益あったし」
━━いやそういう問題じゃないだろう。
「それは違う」
小声で名倉が呟くが、この幼馴染会長と副会長には聞こえない。
「だったらあんたも、自分のクラスの問題にもっとがっぷり四つになりなさいよ。生徒会副会長だからどうしてもクラスから離れなくちゃいけないってのはわかるよ。私もそうだもん。D組の人たちには申し訳ないことしてるなって思う。けど、忘れちゃいないよ。ちゃんとクラスになんかあったら私、動く覚悟してる。けど、2Bを遠くから見てると、せっかく生徒会役員が揃ってて、規律副会長の南雲くんがいて、どうして守れないのひとりくらいって思っちゃう」
「会長、羽飛をこんな風に普段から扱ってるのか」
また小声で名倉が呟く。おそらくそうだろうがこの雰囲気で頷けない。
「美里、落ち着け。飲み物足りないか。今つぐ」
「逃げるんじゃないの!」
もう二人の世界だ。眼の前の難波と更科もなにかささやきあっている。きっといつものことなのだろう。誰も止める気がないのは、決して痴話喧嘩ではなく現在の問題そのものを扱っているからだ。一言一言を聞き漏らしたくないからだ。絶対そうに違いない。
「いい、わかった、まずあんたのクラスにいる現在の団員さんには、あんたと、評議のみんなと、ついでに南雲くんもいたらベストだけど、とにかく言いたいこと聞いてあげて。それとクラス内でしっかり守る体制を作って。南雲くんのほうが適任なら押し付けてもいいし。どうせ立村くんがまた増えたと思えばいいのよ。現段階では生徒会が直接大きなことするのではなく、委員会レベルでしっかりフォローする必要があるの。いくら委員会が弱いといっても、まだ四月だよ。いいね頼んだからね!」
ここで、清坂ではないとできない留めを刺した。
「でないと今度のゴールデンウイークの清坂・羽飛家合同旅行の時、あんたの希望している焼肉食い放題なんて、ルートに入れないよ!私とおばさんたちが食べたいって思っている、フルーツバイキングのホテルにするからね!」
「旅行するのか、それも家族合同でか」
名倉が呟くのを、乙彦はさすがに頷いて留めた。たぶん年中行事だろう。しかもその旅行中生徒会の内部についてきっと二人は熱く討論するだろう。これは生徒会にとっても有益な情報だ。
「清坂、よくわかった。ここから先、羽飛にまとめさせてやってくれ。さすがにこれは」
難波が口を挟んだのは当然のことだ。乙彦には出来ない。
「ああ、この口うるさい会長さんが俺に言いたいことはひとつ。2A英語科の成功例をもとに、応援団現役団員のケアをすぐに俺および委員会連中と連携して行えってことだ。正直俺も外部生とどう話をもってけば良いか悩ましいとこはあるんだが、そこはしゃあねえ。なんとかやる。それこそ泉州と名倉、お前らにも協力求めるからな。さすがにこれは俺ひとりでできることじゃねえ」
「わかった」
「それなら納得」
2B生徒会役員は納得したらしい。名倉が納得したのは意外だった。
やっと乙彦も言葉を挟む余地が出てきた。のがしてはならない。
「俺にも発言させてもらいたい。2B側でのクラス対応を優先し、生徒会が継続して対応を続ける、これは俺も賛成だ。ただ、2A英語科の対応とは別になるのではということがあって、それだけ共有したい」
乙彦は挙手した。成功例2A英語科と言われるものの、やはり特殊な環境というのは考えないとまずいだろう。同時に、乙彦も外部生としての経験がある。当然かかわらせてもらいたい。
「正直俺は、その団員といえる生徒が誰なのか知らない。最初のうち外部生同士の授業がそれなりにあったが、気の合う者同士でつるんでいたのと、内部生との付き合いが問題なくできたこともあって、さほど話をする機会がなかった。また、英語科は三年持ち上がりだ。クラスが良い意味でも悪い意味でも固定されている。今回俺が藤沖や立村の問題を徹底的に語り合えたのは、積み重ねた信頼というのがある。麻生先生も立村の性格を把握したのは今回の弾劾裁判を通じてようやくと話していたことだし、そのあたりの差はどうしてもあると思う」
「関崎くんさすが。そのまま教えてほしい」
清坂の合いの手が入る。もちろんだ。続けさせてもらう。
「羽飛が取り組もうとする意思は伝わってくる。だが、正直内部生の目から見た外部生の苦しみというのは、どうしても把握しきれないのではと思う」
「まあな。俺も否定はできねえ」
「規律が南雲で、内部生の中でもエリートの扱いをされている奴らから上から目線でそういうことを言われても、その団員の心は開かないのではないかと思う」
乙彦なりの意見である。片岡の状況を見るとどうしてもそう感じてしまう。
「俺も悩んでるんだよそこんとこで。今2Bってのはなんというか、よりによってというか、外部生がメインで活躍してるわけなんだよ。名倉もそれは見ててわかるだろう」
「わかる」
端的な答え。名倉らしい。
「それはそれでいいんだ。だが俺たち内部生の常識とどうしても違ってしまうわけで、多少なりともいざこざが発生するっつうわけなんだ」
「あんたそんなこと言ってなかったじゃないの」
「女子にはわからねえことが一杯あるんだよ。けどまあこれは評議の仕事だ。評議に任せざるを得ない。そして規律が南雲だ。青大附属の規律委員としての判断でいろいろやってるわけだ。だが納得いかないと言い出す奴もいる」
「たとえばどういうことよ」
幼馴染で語る清坂。今まではそれがうっとおしいと思っていたが、一緒に仕事してわかってきた。羽飛の本音を引き出すのがうまい。暴走する清坂が羽飛に舵をとられているように今までは見えていたが、実は清坂が羽飛を掘り返そうとしているのかもしれない。
「そうだな、規律委員会は今までファッションとかそういうものに力を入れたいと思っていたらしい。南雲もその方針で、あの、結城先輩たちに派手なドレスを着せたりなんかして、『青大附高ファッション通信』をこしらえているってわけだ。だがその方針がそもそも、男女差別なのではないかという声が、外部生から上がったりするとまあもめるな」
「男女差別かあ。結城先輩はこういうエンタメ系に強い人だから楽しめちゃうみたいだけどね」
「まあそうだ。ただ結婚イコールウエディングドレスというイメージが保守的だとか、そもそもそういう仮装を行うことで面白いと思える感性がおかしいとか、ひとことでいうと立村のクローンが大量発生していると考えると近いかもしれない」
生徒会室は大爆笑に包まれた。申し訳ないが乙彦もその渦に巻き込まれた。
そうか、それは大変なことになっているというわけだ。
笑わないのは名倉だけだった。
「理解ができるのが怖いんだけど、細かいことをやたらこだわって会話を止めて、担任をぶちぎらせる、もしくは黙らせる、ってことなのね」
「そういうこと。ひしもっちゃんなら立村とそれなりにバトルが成り立ったんだがな。2Bは無理だ。外部生に飲まれちまって、何も言えねえ。このままだと先生の精神状態がやばい。ここだけの話だがな。南雲あたりがうまく立ち回って先生の面倒見てるみたいだがなあ」
「貴史、しつこいようだけどなんであんたそのこと今頃言うのよ。遅いっば!私たち、生徒だけじゃなくて先生の心も守らないといけないわけ?」
「いや俺生徒会だから」
「何言ってるの。生徒が先生を傷つけるのもまずいってこと、なんで気づかないのよばっかみたい! やっぱり旅行の食事、女子組メインにするからね」
━━ゴールデンウイーク明けにはバイト料でなにか奢ったほうがいいかもしれない。
羽飛に同情しつつ話を聞く。ここは黙っている方が良い。勝てないだろう。家族旅行の食事はたいてい母に主導権をつかまれるのも経験済みだ。
「そうすると、応援団問題は今からすぐ! 羽飛副会長を代表とする2Bクラスメートがまず動く必要ありってことね。ついでに先生の精神状態もチェックする必要があるかも、これは極秘情報だけど。先生が倒れたら大変よ。それこそ中学の話だけど、今年入ってきた子たち、担任変更の経験している子結構いるはず。今の中学三年生も同じ。うちらはそれがなかっただけでもほんっと良かったと思うよ。やはり担任が変更となると生徒は動揺しちゃう。相性の有無もあるし。あまり生徒からなにかできる問題じゃないけど、南雲くんはちゃんと働いてくれてる。あんたも気が合わないってのは今更だしわかってるけど感謝すべきだよそこんとこ」
「うるせえ会長さんだなあ、緑が足りねえぞ、早く飲め」
面倒くさそうだが怒ってはいない。
「ほんとこういう時立村がいると、楽なんだがそのポジションにあたる奴がまだ見つかってない。美里、お前もわかるだろ。わかった俺が悪かった、って言って片付けてくれる奴がいるかいないかだと違うんだよ。結局だな、今2Bの問題は、素で外部生のグループが出来ちまって内部生と無駄なバトルが発生してるってとこなんだよ。外部生+内部生だけどあまり委員会にかかわってない面子とな。それと生徒会+委員会メンバー、この二派に分かれちまって、まともに会話が成り立たねえ。その間に挟まる生徒がいない、立村がいないってのはそういうことなんだって俺もよっく今回の件で勉強したわ」
頭を抱える。
泉州も同意した。
「羽飛くんの言う通り。ほんとそうなんだよね。私も本当は外部生側につながりたいんだけど、すでにあの子たち、外部生としての誇りを強く持ってる。早い内に内部生とよい関係を作れてれば話も別だったと思うけど、それができなくて、こぼれたメンバーが敵愾心を持ってるみたいな感じ。名倉も言いたいことわかるよね」
「よくわかる。だが仕方ないことだ」
名倉が初めて、他の生徒会役員に向けて発言した。
「今まで青大附属側が、関崎以外の外部生に向けてしたことが、ブーメランとして跳ね返ってきただけだ。これは学校側が反省すべきであり、外部生に文句を言われる筋合いはない」
名倉の言葉は重い。が少なすぎる。
「名倉、頼むから意見を言ってくれ。俺はお前が発言すべきだと思う」
乙彦もこれは促すべきだと思う。どんなにこいつが青大附属を憎んでいたか、それでもいいからきっちりこの場で発言すべきだと思う。抵抗するなら乙彦が自分で説明してやりたいとも思う。もちろん革命のことは口が避けても言いたくないが、それ以上に、そこまで思い詰める羽目となった外部生の本音であれば語れるはずだ。
名倉は乙彦にうなづき、立ち上がった。
「名倉くん待ってました!」
阿木の声にちらと目線を投げ、改めて名倉は背を伸ばした。決して女子受けはしない暗い表情に包まれた、革命を志す結ばれた唇。この表情はこの生徒会室で見せてほしいと願っていたものだった。
━━待っていた。俺たちも。




