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18 救済の道(3)

なんだか立村に絶賛されると、自分で思いついたことのように思えてくるのが不思議だ。

最初は罪悪感があったが、麻生先生にも絶賛されその気になってきてしまう。

「きっかけは立村の家での愚痴聞きからヒントを得て、今いる生徒たちに活かそうとする精神はすばらしい。お前はやっぱり青大附高の生徒会長副会長、お呼び2Aのメンバーとしてしっかり活動している。すばらしい」

なお、演劇有志チームはどうしても立村びいきにならざるを得ないらしく、

「だが発想はやっぱし立村からだよなあ」

「関崎くんにおかぶ取られちゃうのはね」

などと呟いている声もちらほら聞こえる。

立村が、チームメンバーに何度も、

「いや、俺は発想だけの人間なんだ。だから中学時代、羽飛や清坂氏、南雲に迷惑を山のようにかけてきている。本当はメモ書きしているだけのほうが無難なんだ。関崎がいてくれたお陰で俺もこれ以上無能がばれなくてすむ。救われてるんだ」

と言い聞かせ、なんとか黙らせている。

━━立村本当に悪いが、俺なりに良い方向に持って行く。いつかきちんとまとまったらお前の名誉をきちんと回復する。それまでは俺に預けてくれ。


「さて、将来的な問題は関崎が持っていてくれた案でいけそうだ。これ絶対に藤沖に言うなよ」

「わかりました」

この辺もちゃんと納得してくれたようだ。

「次に、これからのクラスでの対応だが。今日お前らにこんな遅くまで残ってもらったのは、何も立村をいじめつくすだけじゃなかったんだ。どうか頼みたいことがあったんだ」

麻生先生は演劇有志チームをじっと見つめ直した。乙彦と立村はとりあえず蚊帳の外でよさそうだった。今の有志チーム対応窓口は江波と定められたらしい。返事したり答えをまとめたりするのはすべて江波だ。ストレートヘアーの髪の先を馬の尻尾っぽくしばっている。校則違反ぎりぎりで違反カードの範疇には入らない。だが、髪の毛を縛る発想は男子にはあまりないのも確かだ。正直思う。南雲とは違う意味での色男なんだろうがそう思わせないのはなぜなのか。

「お前ら有志チームが合唱コンクールをきっかけに立村といい関係を作っているのは俺も気づいていた。誤解を招くことを言ったりして悪かったとは思うんだが、これも俺が立村のことをちゃんと見ていなかったからであって、今日の裁判でお前らが立村を評価する理由を把握した」

「だったら俺たちの考えもわかるんじゃないっすか」

「いやそうなんだが、聞いてくれ。お前らが藤沖に良い感情を持っていない理由は俺も把握しているし、なんとか大人の仕事、教師の仕事として対応する気持ちはある。だが、今の藤沖は非常に追い詰められてるんだ。ほら、中学時代の藤沖は生徒会長だったろ。俺はあの時の姿を残念ながら見ていないんだがな。信頼もされていて先生たちからも評価されていたんだ。だから英語科に入ってくる時は関崎の手伝いをしてもらった。関崎、そうだよな」

「はい、藤沖には本当から何まで世話になったことは事実です」

どうも麻生先生の言葉は届かない様子で、乙彦も正直あせりを感じている。もうこのメンバーの中では立村が絶対であり、藤沖はもうここまでかというくらい評価が地に落ちてる。自業自得、やらかしたことは事実なのだが、明日からどうするかという問題をなんとかしなくてはいけない。少なくともクラスメートとして相手にしない、だと別の意味でいじめ問題が勃発する。そのきっかけを作ったのが図らずも立村であれば、さらに立場も悪化する。もっというならさっきの裁判で、立村は藤沖を恨む理由が明確になってしまった。麻生先生が、立村の誠実な言い分を受け入れた一方で困り果てているのは、藤沖をいじめないという確証を手に入れられないからだろう。わかるがそれはすぐに用意できるものではない。

「それはわかるんだがな、先生。前から俺たちも何度も言ってる。一年一学期はしゃあない。藤沖と古川のコンビでバリバリやってくれてたように見える。まあ俺からしたら実は違うんじゃねえの、って気もするけどな。また立村とのいざこざも裁判で聞く限り、藤沖が一方的に立村を嫌っただけでクラスの問題じゃあねえ気がする。もっというとだ。藤沖が一年六月以降妙な動きをするようになった理由がわかったんで俺たちも、腑に落ちたところがある。いつどうなっちまうかわからん彼女がいるんだったらしゃあねえな。俺も人のこと言える立場じゃねえしなくらいは思う」

笑い声。女たらしの江波にはわかるのだろう。乙彦にはわからないが。

「俺からすると、あいつは応援団に命かけたいんだから、さっさと応援団に専念してほしいとは思ってた。吹奏楽の人間としても、応援団がいるとビジュアル的に映えるってのはわかるしな。で、本来は関崎が評議に入ってほしかったってのが麻生先生の本音だろうけど、俺からするとそれももったいねえなという気が正直、二学期の中盤、合唱コンクール前からしてた。お前は生徒会行ってくれて良かったと思うよ。今みたいにすぐ、何かあったら生徒会室に駆け込んで自分で決取ってもどってこれるくらいの頭がある」

「いやこれは誰でも」

突然江波に評価されて戸惑う。

「いや、これは俺の勝手な考えだけどな。評議としての仕事をしてたのはやっぱ立村だよ。古川下ネタ女王様は女子の面倒も大車輪でがんばっててくれたけど、やっぱり一人じゃあきつそうだよ。それにやりたいことできなかったんじゃねえのか。なあ疋田」

なれなれしく疋田に声をかける。

「なんでしょうトムさん」

「あ、それいいな。デイジーいいか。一年の夏休み自由研究、本当は古川、図書局の女子とカストロ雑誌研究するとか言ってたんだよな」

「カストロ?」

誰も反応しない。隣で立村が「古川さんの得意分野とだけ認識しておけばいいよ」と囁く。

「けど、女子のつながりがいまいちだってことで、諦めて女子たちと児童文学だかの研究に切り替えたんだよな。個人的な友だち付き合いも諦めてうちのクラスにすべてかけていたんだよな」

疋田も答える。

「そうねトムさんそのとおり。私も人のこと言えないピアノガールだったので申し訳ないんだけどね。とにかくなにかあるとこずえちゃんがすべてまとめてたのは見てた。君子ちゃん、ななせちゃん、美波ちゃんもそう思うよね」

「同意!」

シンプルかつわかりやすい返事。2A英語科吹奏楽女子。

「こずえちゃんが二年にあがってから学校に来れなくなった時、今まで頑張りすぎて倒れちゃったんかもって心配になったんです。それで私も役に立てるかなと思って、江波くんや立村くんと相談して、いろいろでしゃばりました。麻生先生絶対嫌がってるよなあとは思ってたけど、藤沖くんの事情聞いてしょうがないってわかりました。納得です。合唱コンクール以降、私も江波くんや立村くんの出番が増えて、藤沖くんが立場なくなってて、こずえちゃんが頑張ったのもその事情があったからかなって気は、します」

「いや、江波、疋田、悪かった。俺ももう少しクラスの動きをフラットに見ておくべきだった」

頭をかく麻生先生。すっかりいつもの態度だ。

「英語デーのこともそうです。私たち吹奏楽の人間しか、しかも同じ英語科でも一年と三年には情報が上がってこなくて二年だけカットされているっておかしいと思いますよね。理由なんだろうと思ってたけどこれはこずえちゃんが忙しすぎて情報把握できなかったのと、藤沖くんが評議委員会にあまり顔を出してなかったせいだとやっとわかりました。でもしょうがない。人の命がかかっている。それはしかたないなって諦めはあります」

森宮君子、別名”ぶたかん”も、女教師モードを潜めた穏やかな口調で意見を言う。


引き続き、音響担当萌崎ななせがゆるい天然パーマの髪をおかっぱにしたまま、そののりのゆるやかな口調で語った。

「”英語科デー”の開催を知って、うちのクラスの吹奏楽メンバーと話したのは、音楽以外のなにかをやりたいってこと。これ、君子ちゃんと立村くんが熱心に説明してくれたけど、”表現”をしたい、けど、今までとは違うなにかをしたいよね、って気持ちは確かにあったんです。それを江波に話したらすぐ立村くんに電話で相談してくれて、その流れで”表現”てなんだろうって話になり、吹奏楽以外の疋田ちゃんやその他いろんな子たちが意見をくれて。おもしろかったんですよ。結果は”英語劇”にまとまったけど、それこそお茶席にしようとか、青大附中評議委員会名物ビデオ演劇を借りてきて英語解説しながら説明しようかとか。あと、イタリアにいる宇津木野あつ子ちゃんにも連絡してカセットテープで出演してもらおうとか。疋田ちゃん、あつ子ちゃんOKだった?」

疋田が笑顔で大きく、◯をこしらえた。麻生先生が驚き隠せず、

「宇津木野も参加できそうか!」

大きな声で叫んだ。乙彦に立村は囁いた。

「萌崎さんは楽器演奏するよりも音響を担当したくてならなかった人なんだ。だから、音源としてどうしても宇津木野さんの協力がほしいと話してたんだ。森宮さんが時間がないといっていた理由のひとつはこれ。イタリアからだと荷物のやり取りに時間かかるからさ。船便はやすいけど今回は諦めて航空便でやりとりすることにしたんだ」

━━なんだかとんでもないスケールのでかいイベントだ。

乙彦も口があいたまま塞がらない。なんなんだこの演劇有志チームてのは。


昨夜、立村がクラスに徹底的に尽くすと決意した理由がなんとなくわかったような気がした。中学時代、評議委員長にまで昇りつめた立村が、規律委員にこそ入っているものの、霧島の後ろ盾には役立たなそうなクラスへの貢献を選んだ理由が、やっと見えてきた。

吹奏楽部や評議委員会などといった窓では見ることのできない景色が、2Aの教室にはたくさん隠れていた。もしかしたら乙彦も気づいていなかったひとりひとりの個性という景色を、偶然立村は「合唱コンクール」を通じて窓を開くことができたのかもしれない。

━━いや今、俺も窓を開いた瞬間かもしれない。


音楽委員の小折がまとめた。吹奏楽部男子トリオのひとりである。

「そういうことなんです先生。うちのクラスと言うよりも、青大附高では、評議への負担をこれ以上増やしたらやっていけなくなるのは、俺もいろんな先輩たちの話聞いて感じてました。特に英語科は人数少ないし持ち上がりだし、他のクラスと比較が出来ない状態なんですよ。それを武器にしてやっていく場合、他クラス、てか、青大附中時代の評議最強主義ではもうやっていけない。となると、今やってる有志チームって方法がベストじゃねえの、ってことで俺たち吹奏楽+アルファチームは考えたわけなんです。ただそれが普通のやり方じゃないってのは承知してたんで、元評議委員長の立村に意見をもらってこうしたらいいんでないか、とかまとめていったってことです。ただ古川女史がいつ来るかだけがわからなかったのと、きっと反対されるんだろうなくらいは覚悟してたんで、発表のタイミングは図ってました。騙し討ちみたいな形になったのは反省してます」


━━そういうことか。

新しい事実がはがれおちてくる。そうだ、確かに乙彦も有志チームの動きは「騙し討ち」と思えなくもなかった。立村復活の狼煙とはいえあまりにも突然だった。古川がいたらきっと藤沖のために止めていただろう。麻生先生に伝えなかったのも同じ理由だろう。だが、今眼の前にいる演劇有志チームはクラスをのっとるつもりではなく、むしろ自分たちのやりたいことをクラスのためにどうすれば役立てられるかを、それぞれの得意分野を提示しながら考え続けている。そもそも乙彦が藤沖や片岡、立村以外の男子と、授業以外で語ったことがあるだろうか。用があればもちろん話すが、こんな風に、時間を取って意見をもらったことがあったろうか。

━━ない。俺の頭にはまったくなかった。


「いやあまじで俺はおったまげたぞ。立村が突然立ち上がって「リハーサル」だと黒板にさらさら書き出した時はな。年寄はできたら予告がほしい。心臓に悪すぎる。だがな」

頭をずっと叩き続け、麻生先生は何度目かのため息をつき、有志チームに語りかけた。

「こういう風にお前らの真摯な意見を、ゆっくり聞く時間が、これまでなかった。それが一番の問題だったんだな、2A英語科は。本当に悪かった」


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