14 朝焼けの品山路(4)
まだ時間があると立村の父上はおっしゃるので、もういっぱいコーヒーを頂いた。
「あと、もし差し支えなければ教えてほしいんだが」
「俺は上総くんの不名誉になることは言えません」
「いやなんというか」
父上は指でカップを軽く弾いた。
「関崎くんが教えてくれたおかげで、あのぼんやりした息子も、意外と学校の中ではきちっと仕事をしているんだということがわかって、親としては嬉しいんだ。君のお父さんはそんなに心配していないと思うんだが、なにせあの上総だからね。毎日心臓が持たないんだ」
「いえ、上総くんはそんなに見守らなくてはならない人間ではないと思います。お話しの通り、本条先輩や一部の友だちは上総くんを、弟タイプだと位置づけているのは確かです。俺も多少は同感します。ですが上総くんが青大附中にどれだけ功績を残したかは、外部生の俺から見るとなおのことよくわかります」
「そうなんだな。前から気になっていたことがあって、上総が評議委員長を勤めていた頃に取り組んでいた”大政奉還”について教えてもらいたかったんだ。これは息子が何をしたということを知りたい、というのもあるが、それ以上に青潟の中学校でここまで委員会が自主性を持った取り組み方をしていることに、ジャーナリストとしての興味が湧いたんだ」
「ジャーナリスト、ですか」
思い出した.この人は「週刊アントワネット」の専属記者だ。桂さんは「三文記者」と軽蔑していたが、ここでは忘れよう。
「俺も、外部生なので聞いたことしか答えられませんが、それでよければ」
「ぜひお願いしたい」
そう、青大附中の大政奉還こそ、立村評議委員長最大の功績だ。
断じて、後期評議委員長の天羽にその栄誉を譲りたくない。異論は許さぬ。
「青大附中の評議委員会が、生徒会を凌ぐ権力を保持し、教師陣とも対等に会話のできる調整力を持っていたのは今までお話した通りです。俺の知っている公立中学の委員会活動とは全く別個のものです。上総くんが評議委員長に就任して行おうとした最大の功績はこの、”大政奉還”だと俺は認識してます」
「功績なのか」
呟く父上。きっと本条先輩だかの「評議委員会を崩壊させた最低最悪委員長」というイメージが吹き込まれているのだろう。訂正必須だ。
「昨夜聞かせてもらいましたが、ひとつめとして、委員会を部活動化することにより、本来合わない生徒がふらっと紛れ込んだ場合に簡単にやめることができないというデメリットがあります。もちろん半年任期ですのできちんとリコールなどなされればいいのですが、部活動化しているとそれも雰囲気的には難しいものです。それを解決する方法として、まず部活動という認識を外す必要があると考えたようです」
「部活動だとそれこそなにか、あの”ビデオ演劇”もか」
「そうです。それこそビデオ演劇は部活動に振るべき内容です。大きな行事などはすべて生徒会が請負い、委員会は任期内に収まるイベント及びクラス内の調整、またそれぞれの委員会の持つカラーを活用し外部との交流を勧めていく、そういうイメージを持っていたようです」
「確かに青大附中は、部活動弱いもんなあ。応援しがいないしな」
「ただ、誤算があったようで、その提案を行った段階では委員会側の自主性を保ち生徒会との共同作業をメインで考えていたようですが、実際は生徒会に全て丸呑みされた恨みが残ったと聞いてます」
「生徒会がか。でもそれが普通なように思えるるのは、僕が歳をとったからか」
しみじみ呟く。そうだ、このお父上の年齢はいくつなのだろうか。乙彦の父よりは確実に若い。三十代半ばかと読む。
「生徒会は教師からの介入が非常に強く、評議委員会をはじめとする生徒の自主性中心の組織に危険を感じる先生たちが多くいらしたそうです。そのため生徒会側で委員会活動の範疇をきっちり定めるような方向に進んだそうです。たとえば評議委員会は公立中学、つまり俺の通っていた水鳥中学の学級委員と同様に、クラスの活動だけを管理し、いわゆる”ビデオ演劇”のようなものは行わない。むしろ部活動や、生徒会管理にする。みたいな感じです」
「普通の中学の方針に切り替わったってことだな。そうするとあれか、本条くんの代が一番”委員会部活動主義”花たけなわだったってことなんだな。これは上総も恨まれるよな。せっかくの楽園を潰して更地にしたと言われても、文句は言えない」
「いえ、ですが」
これは誤解されてはいけない。声を励まして訴えることにする。コーヒーの中身が揺れて落ち着かないので飲み干した。喉が多少痛いが気にしない。
「最終的に生徒会側に飲まれたのは事実ですが、これによって現在の生徒会長、あの、たぶんご存知ですが、上総くんが手を焼いているという、あの後輩くんですが」
目を見開いたお父上。そりゃそうだろう。あの甘ったれ白狐だ。
「ああ、そりかえって自慢してたなああの子。面白かった」
「ああ見えて彼はやり手です。生徒会に権限が戻ってきてから、彼は今まで評議委員会が行っていた様々なイベントを生徒会中心に切り回し始めました。それが成功しているかどうかは俺も確認していないのでわかりません。それにより教師感と生徒会、そして委員会の連携はうまく取れるようになりました。委員会同士の交流会や生徒会の外部交流も積極的に行われており、本来、上総くんが評議委員長としてやりたかったことの八割は達成されています」
「八割、か。そうするとあと二割は」
「それを、現在の霧島生徒会長がなんとかしようと思っているはずです。彼は上総くんの弟分として生きることを心の支えにしているはずです。口ではいろいろ馬鹿にしたようなことを話しているかもしれませんが、心底彼は、上総くんを尊敬しています。これはあの霧島くんと接したことがある俺だからよくわかります。上総くんに見捨てられたら、霧島くんは絶対に泣きます。立ち直れません」
━━間違ったことは言っていない。
それに、と続けた。
「昨日話をしてみて驚いたのは、上総くんも、評議委員会がクラスの調整メインにすることについて正しいと考えていることでした。評議委員長として、大げさかもしれませんが、命がけで取り組んできた”大政奉還”ですが、本当は評議委員会も生徒会と同じ立ち位置で関わりたかったはずです。それが結局すべて奪われてしまったことになり、さっきお話した”交流サークル”が”E組”に切り替わったような絶望感を感じていたと思います。ですが上総くんは、今英語科2年A組のメンバーとしての立ち位置を大切にし、生徒会や委員会、またポスト争いから一歩引き、クラスの細々とした仕事を大切にしたいと考えているようです。そしてそれを行うことにより、弟分である霧島くんの支えにもなることができるのではと考えていると話していました。ご存知かもしれませんが霧島くんにはいろいろ問題があります。そのため、彼をかばうのも簡単なことではありません。僕もその事情を多少は把握しているので、非常に困難な路だと思います。でも、その困難な路を上総くんは死にものぐるいで歩いていこうとしています。俺は上総くんの身近な友として、なんとしても支えていきたいですし、これから取り組む予定の、”グレート・ギャツビー”英語劇の大役も、絶対に成功させたいと思っています。それだけの人間です」
立村の父上は立ち上がった。
「ありがとう。そろそろ行こうか。よくわかった。上総は直球を投げたつもりが変化球になってグローブに納まってしまうさだめなんだな、そして結果はどちらもストライク、ということか」
「すごくわかります」
野球に例えてくれるとわかりやすい。
投げた瞬間と、球審の判定とは違う球種だが、結果はまごうことなき勝利。
ストレートは投げられなかったかもしれないが、ちゃんとストライクは取れている。




