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13 夜の品山詣(10)

夜十一時半。あと三十分で横になるべきところだが、目は冴えまくっている。

「本当にカフェインないコーヒーなのか」

「そうだよ。俺だけじゃなくて父にも確認した。何度も見返したよ」

だったら話に興奮しすぎているせいだ。安心して話を続けよう。


━━すごいことを話してるぞこいつは。

はっきり言ってA組事変なんてどうでもいい。生徒会にもつながるこの内容、本来は立村を生徒会室に連れ込んでオールナイト一本勝負で語らせるのがベストではないだろうか。

━━今、生徒会で悩ましい問題でもある、一年生たちの恋愛沙汰。”命”を守るための具体的な方法が提示されたというわけだ。

立村が中学時代、果たし得なかった「交流サークル」構想。別方向に吸い込まれたと嘆いて入るが、「E組」構想だって長い目でみたらすごいことだ。少なくとも、確実に”命”と”心”は救われた生徒がたくさん存在する。”誇り”については杉本梨南の事情もあるので断言はできないにせよ、この件だけでも立村は素晴らしきかな青大附中評議委員長として語り継がれていいんじゃないかと思う。

━━現在1Bに集められた悲惨な過去を持つ女子たちを「交流サークル」で思い切り輝かせることができれば、”命”だけではなく”誇り”も取り戻すことができる。

それだけではない。

━━藤沖も、クラスでくすぶっているよりもはるかに生き生きと活動できるに違いない。仮に評議委員を降りたとしても、交流サークルであれば学外にアピールするものだから、はるかに大きなエリアで活躍できるはずだ。さらにサークルであれば任期がない。卒業までしっかり足場は守られる。

━━これをなんとか実現したい。立村のためにも。藤沖、その他の生徒たちのためにも。


「そこでなんだけど関崎、もし俺が話した案件が使えそうだったら、こっそりと清坂氏と羽飛に話してほしいんだ」

声を潜める。別にそんなことしなくてもいいのにとは思う。

「ああもちろんだ。だが他の生徒会役員も喜ぶと思うが」

「いや違うんだ。よく聞いてほしい。清坂氏と羽飛は俺が中学時代この交流サークルへどれだけ力入れていたを知っているからすぐ理解してくれると思う。もっとよくするためのヒントもたくさんくれると思う。けど、出どころが俺だとまずいんだ。このことも二人はわかってくれるはずだし、俺からも言っておく」

「どういうことだ。立村の発想だろう。中学時代から構想している内容からならなおのことだ」

またちがうちがうと首を振る。

「規律委員会で俺が嫌われているってことは前に話したと思う。それと同じで、この学校の委員長クラスの人は俺に対して良い感情を持っていない人が非常に多いんだ。理由もこの前話した通り、本条先輩の名誉を傷つけた弟分が俺だから。理屈抜きで俺を切ると思う」

「だがそれは言いがかりだと思う。俺はお前の発想が素晴らしいと思うし、ぜひ実現したい。三方よしという言葉があるがまさにこの瞬間のためにあると思っている」

「ありがとう。でもよく聞いてくれ」

頼み込まんばかりに立村が前かがみになり乙彦へ訴える。

「自分で言うのもなんだけど、結構この案は使えると思う。生徒会が持ってってくれれば実現の可能性が高くなると思う。でも、これは生徒会が発案したものであり関崎が提案したものとしておかないと、たぶん通らない」

「俺の名前にしないといけない理由がわからない」

「関崎は、先輩たちに高い評価をされている。名前も売れている。だから無駄なハードルを飛ばして行ける。俺の場合はまず、先輩たちに頭を何度も下げて、後ろ盾になる人を探して、場合によっては本条先輩に頭を下げて青大附属にいらしていただき説明してもらう、といった壮絶な手間がかかるんだ。気がついたら自然消滅だけは避けたい」

「だがせめて、お前との会話でヒントを得たくらいは言ってもいいだろう」

「そうだね、そのくらいは言ってもいいかもしれない。たぶんそこで難波や更科あたりはぴんとくるかもしれないけどまあいいか。俺としゃべったことで関崎がいい案を思いついた。それを生徒会長と副会長同士で相談した。さらにブラッシュアップした結果こうなりました。だったら自然だね。本当は俺の姿なんてなくしてほしいんだけど、関崎も嘘言いたくないだろうし。今、俺が話していることはすべて、関崎が判断するうえでのヒントなんだ。結論じゃない。それだけ伝えてもらえれば、あとは清坂氏や羽飛がなんとかしてくれる」

━━なんでこいつはいつも自分を引っ込めたがるんだ。

立村の性格とわかっていても、こういうところはまだ慣れない。

「わかった。だがある程度時期がきたら本当のことを話したい。どちらにしてもあのふたりには説明しておくので、立村からもお願いしたい」


目がまだあいているうちに確認しなくてはいけないことがまだある。

乙彦はぐっと立村の顔を見上げた。

「さっきお前は”大政奉還”の話をしていた。清坂・羽飛からも詳しくそのことを説明されたが、正直これも俺の中で腹落ちしきっていない。これも立村のことばで説明してほしい」

「ああ、なんか懐かしい言葉がいっぱい出てくるね。”青大附中評議委員会大政奉還”のことか。けど良い機会だから話しとく。口に出してみると、あんなに苦しかった記憶が実はたいしたことないって思えるから、俺も助かる」

━━そんなに辛い記憶だったのか。だったんだろう。

乙彦は耳を傾け直した。


「青大附中時代、評議委員会が生徒会よりも権力を持っていて”委員会部活動主義”のもと運営されていたことは、俺がしつこく話していたから覚えていると思う。それこそ”ビデオ演劇”や”学園祭の茶会運営”とか”水鳥中学交流会”とか。集会でファッションショーもどきのクイズ大会もやったな。あれは杉本の企画演出すべてにおけるワンマンショーだった」

懐かしそうに呟く。

「関崎が付き合いのある先輩だと、結城先輩。あと本条先輩、そして俺の代まで続いた。プラスの部分はもちろんあるけれど、マイナスの部分が見え隠れしていたんだ。一番大きかったのは、委員である以上半年任期。惰性で自動再選されることが多かったけど決してそれは確実ではない。部活やサークルと違って、”A組事変”のようなことが起きても簡単にやめられない。やめたとしても後遺症が残る」

ため息をつきながら立村は遠い目をした。

「俺の実体験から言うと中学時代のD組、あの青春最強馬鹿野郎教師が担任という場所で、同級生に羽飛、清坂氏、南雲がいた。今の生徒会副会長・生徒会長・規律委員副委員長。これがどういうことか想像つくよな」

「役付き、か」

こっくりうなずき、また微笑んだ。

「たまたま羽飛が中学一年一学期の段階で俺を評議委員に推薦してくれた。清坂氏も同様に女子評議に入った。羽飛は役なし。南雲は規律。この状況ははっきりいって異常だと、教師連中も色々話していたらしい。あとから聞いた話だけど」

「非常に個性が強いクラスということは理解したつもりだが、決してお前の働きが悪いとは思わない」

羽飛をはじめいろいろな場所で聞いている、中学時代の立村がどれだけ評議委員として評価を下げられてきたか。懸命に羽飛や清坂がカバーしても、クラスの女子の評価は一切上がらず屈辱を浴びつつ卒業したと聞いている。

「評議委員会で運よく俺は本条先輩という後ろ盾をもらえた。本条先輩からは心底かわいがってもらえたし、今でも続いている。本当はただの弟分扱いしてもらえるだけで十分なのに、俺を次期評議委員長に指名してくれた。嬉しかったな。こんな役立たずな俺のことをこんなに評価してくれるなんて思ってもみなかった。この世に生きてていいって本当に思ったから。大げさだってみんな笑うけど本当なんだ。俺は本条先輩に認めてもらうためなら死んでも良い、ほんとそう思ってたんだ」

楽しそうに笑う。

「でも、それは幻だったって思い知らされた。それが中学二年から三年にかけてのいろんな出来事。杉本がらみのこともあるし、あと、本条先輩から信頼を失いかけたこともあったし、新井林のほうが評議委員長としてふさわしいと思い知らされたりしたし。なによりも、クラスでは本来羽飛が評議委員すべきという意見が女子中心で毎回あがっていたのに、俺は”委員会部活動主義”の恩恵を受けて三年間なんとか評議委員にしがみついた。周りからみたらみっともなかったと思う」

「だが俺は、お前が中学時代からいろいろクラスのために身を粉にして努力していたことを、さまざまな方面から聞いている。今も同様だ」

「関崎はいつもそう言ってくれる。ありがたいと思っている。けどさ、違うんだよ。本当に思い知らされた。評議委員長から降りて、後期評議委員長引き継いでくれた天羽の情で書記に置いてもらい、かろうじて名誉を保ってもらえた。ほんと思い知らされた。俺は評議委員長の器なんてなかった。もっというなら、クラスの評議委員は本来であれば羽飛が三年間やり遂げるべきだったって」

「立村、それは羽飛も」

言えなかった。羽飛も言っていたではないか「無理させると周りが迷惑」と。

立村は首を振った。表情は変わらず、感情も揺れてない。

「やはり目の前で実績を積まれると堪える。俺が死にものぐるいで女子に訴えようとしても軽蔑されるしかなかったことが、羽飛が動けば一瞬のうちに完結する。清坂氏も同様だよ。俺と組んでいる時は後始末ばっかりさせられてたけど、羽飛と組んだ中学三年の半年間は本当に楽だったって話してた。もともとあの二人相性がいいのに加えて、俺みたいな邪魔者がいないんだよ。クラスの女子たちからは今でも聞こえがしに言われる。”青大附中三年D組は最後の半年間で本当にまとまった。余計な奴がいなくなったから” 最後の半年、俺はE組に逃げ込んで仕事を全て放棄していた。当然だとはわかってたけどね。しょうがない」

言葉が出ない。出してはいけない。ただ聞くしかない

立村の表情はさっぱりしていた。

「やけになってE組にかけこんで杉本引っ張り出して無理やり駆け落ちしようとしたりもしたな。結局杉本がうまく先生たちに引き継いで当然未遂だよ。笑えるよな。おかげでうちではいまだ俺は前科ものって言われてる、信頼ゼロ。いろいろやらかしまくって周りに同情され、卒業式の評議委員義務であるクラス先頭入場から外された。名目は俺が英語答辞を読むからそれどころじゃないっていう建前だけどね。青大附中3年D組は、俺がいなくなったことで100%満たされたことが証明されたのは事実だし当時の先生たちも認めている。そんなわけで、本当は最後までE組で過ごすつもりだったけど、いろいろあってクラスの皆様のお情けで卒業式までの一週間クラスに、空気のように置いてもらえてなんとか卒業できた。本来は、そういう、空気のような存在だったら、周りも俺に嫌がらせのようなことしないですんだんだ、そう思っている人が多いんだ。そう、目立たない場所が本来俺のいる場所だった。評議委員どころか、委員会自体に関わっていけない人間だったんだ」

「立村、違うそれは」

「わかってる。それはとっくの昔に乗り越えてる。だから、今英語科2Aで俺が何できるか、結構真剣に考えてるんだ。過去が過去だったからなおさらね、でもあの頃は自分と評議委員会しか見えてなかったから、あの方法しか思いつかなかったんだ」

「それが、青大附中大政奉還ということか」

大きく頷いた。

「評議委員会の権力が巨大になりすぎて、生徒会の自主性が失われている。もしかしたら藤沖はそういう生徒会の体制だからうまく動けたのかもしれないけど、大きいことを動かすのであればやはり生徒会がメインになったほうがいい。生徒会は任期が一年だし、学校の生徒から選ばれる、うまくしたら信任でもいけるから、長期的な活動はしやすいと思うんだ。このまま評議委員会を部活動状態にした場合、本来入るべきでない人間がふらっと俺みたいに潜り込んでしまい、たまたま相性良かった先輩に評価され、評議委員長候補にされてしまったので周りもリコールできなくなってしまった。本当は別の評議委員つまり羽飛が入ってくれれば最初から100%でつっぱしれたのに俺が中学三年前期まで居座ってしまったため、クラスのやる気はどんどん削がれてしまった。これは俺だけじゃなくて他の委員会でも同じこと起こってるんじゃなかなって気がしてならなかった。自分に不向きとわかっていて、それでもやり続けなくてはいけない、その辛さはもう二度と味わいたくない。いざという時に逃げ出せるようにしてほしい、それが俺としては大政奉還の一番の目的だった」

「それだけか」

「まだあるよ。結城先輩や本条先輩が作り出した評議委員会は、通常の部活動クラスでは経験出来ないようなノウハウが蓄積されていたんだ。それこそ”ビデオ演劇”だけど、衣装や舞台背景や、演技の見せ方や、まあいろいろ。青大附中には演劇部がなかったけどそれは評議委員会のビデオ演劇が存在したから。ただこれも、本当は演劇部や映画研究部とかそういう誰でも入ることのできる部活動があれば、無理にやらなくてもよかったのかなという気がする。それだけじゃない、生徒会であれば大きいところどんとん動いていけるけど委員会レベルではなかなか難しい。青大附中という楽園の中であればとことん楽しめるけど、一歩外に出たら、通用するのかなというのはいつも考えていたんだ」

「それで水鳥中学生徒会に声をかけた」

「そう。きっかけは偶然だったけどどうしても俺がやりたいやりたいって本条先輩にねだったから、仕方ないなあって顔で手伝ってくれた。本条先輩はあまり積極的に外行く人じゃなかったから、弟分の特権使って毎日おねだりしまくったよ」

━━妬きもち妬きの甘ったれか。

本条先輩が立村に対して言う、あだ名を思い出した。

「生徒会が学内のトップとして成り立ち、かつ各委員会が外部につながりつつ積極的にイベントを開催できる状況をこしらえ、最終的には他中学との交流も行っていく。生徒はそれぞれ自分のやりたいものを見出して参加し、それぞれの求める場所へ進んでいく。ああそうだ。こうやって口に出してみると、俺は中学の時から、評議委員会を”リハーサル”にして、これから目指す場所を”本舞台”にしたいって思っていたのかもしれない」


━━リハーサル

立村が”グレート・ギャツビー”英語劇の提案で黒板に書いた言葉が乙彦の中をぐるぐる駆け巡った。



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