表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
114/182

13 夜の品山詣(6)

今度立村が運んできたのは、ガラス皿に盛られた二個のたまねぎだった。ひとり一個。ガラスの器は熱を持っている。見るからにやわらかそうだった。

「お菓子はやめろと言われたんだ。夜、胃に持たれるからって。その代わり野菜だったらってことで、これ。レンジで一分くらい温めると甘くて美味しい。春の新玉ねぎ。バターをかけてみたからどうかな」

正直、野菜かよという気持ちはあるが騙されたと思って食べてみた。確かに甘く柔らかい。バターがとろけているので塩気も感じる。うちで親の許可をもらって試してみたい一品ではある。

「あと飲み物、烏龍茶がちょうど冷えてたから。ハーブティーもそろそろぬるくなってきたし返してくる」

 まめに飲み物を用意する立村に、改めて思う。

 ━━これは居心地いいだろう。みな、品山詣したがるだろう。


「さっきの話の続きで済まない。あまり聞きたくないことかもしれないが、片岡のお世話係の人と夕方いろいろと話をしてきた。俺とその人だけなんで、片岡はその話の内容を知らない。ただ、立村はいわゆる”A組事変”について知っていると思うので、いくつか確認したいんだ」

どうしてもA組事変について触れておきたかった。いろいろな人たちからいろんな立場で教えてもらっているA組事変の真実だが、結局のところ、乙彦をはじめとする関係する人々とどう接すればいいかというのが一番の問題だ。今いる青大附属の人たちの心を最優先に考えざるを得ない。だからこそ、今は立村側の視点から知りたかった。

「”A組事変”か。去年俺も関崎に話しておくつもりだったんだけど、あまりにも話がこみいりすぎてあきらめたんだよな。ごめん」

確か生徒会役員選挙翌日の朝だった。おぼろげながら記憶がある。

「片岡のお世話係さんということだと、片岡が中学一年の時なにかをしたことと、天羽が弾劾裁判を起こして全員無視という判決を下した、このあたりは知ってるのかな」

「それはちらっと聞いた」

「その後、西月さんという女子評議委員が、片岡に声掛けし続けたってこともか」

「ああ、もちろんだ、そのA組女子評議が、天羽に恋い焦がれてこっぴどく振られた理由も全て聴かせてもらった」

「そうなんだな。そうすると、片岡のうちに引き取られるようになった経緯は知ってるか」

 立村の声が少し怖くなったように思う。

「知っている、というかそのお世話係の人に教えてもらった。きっかけは杉本さんが生徒会役員たちにいろいろ言われて傷ついたのを知って、片岡の恋人にあたる人が抗議に行った。その際に、現在天羽の恋人で当時の担任の義理の妹という女子に人格否定をされた。そこで傷害事件が発生し、強制的に転校させられたところまでは聞いた」

「もし聞いてればでいいんだけど、どういう理由で生徒会役員に杉本がなじられたか教えてもらえるとありがたい」

━━やはりか。

言葉よりも行動で判断しろは、立村父のお言葉。声音で乙彦は確信した。普通ではない。

「お世話係さんが言うには、おそらく俺のことかと思うんだが、もし青大附高に俺が入学したらまとわりつくな迷惑だ、みたいなことを忠告してくれたらしい」

「やはりな」

 ぞくっとするなにかを感じる。うっかり本音で、当時の青大附中生徒会陣に対し感謝の気持ちでいっぱいなんてことは言えやしない。立村に食われるんじゃないかとすら思う。

「片岡サイドというか西月さんサイドでは、そういう認識だったんだな。一番西月さんに近い人からの発言だから、おそらく九割方事実だと判断していいな」

「おい、そういう認識じゃないってのもあったのか」

 立村は椅子から降りた。手帳を持ったまま、乙彦の前に座った。ローテーブルごしにじっと見据えた。目つきが違っている。同時に立村父とここにいる息子立村の違いが明確にわかった。目の雰囲気だ。瞳の大きさ、不思議と引き込まれる眼差し。これはあのお父上が与えたものではない。

「そうだね。俺も今まで確信が持てなかった。たぶんそうだろうとは思っていた。杉本がそう言ってたし、相手方も同じことで俺にいちゃもんつけてきた。ただそれは、関崎が青大附高に合格して入学するという前提の話だった。俺の記憶する限り、このやり取りが行われた段階ではまだ、青潟東と青大附高を併願していたはずだから、生徒会側の認識は間違っているってことになる。関崎がうちの学校に合格した時のこと思い出してほしいんだけど、俺、電話して聞いたよな。青潟東受けるのかって」

「ああ、覚えている。青潟東の願書を出しているから当然受けるつもりだって答えた。だが学校側からやめろと言われたので結局は取り下げたがな」

「あくまでも、俺が連絡した段階では、だよな。なら杉本は間違ってない。生徒会側の勇み足だ」

ひとりで納得している。乙彦には掴めないので、ここは教えてもらうしかない。葉牡丹の少女・杉本梨南を誰よりも守っていた立村なら、答えられるはずだ。

「すまない。それは重要なことなのだろうか。だったら教えてもらいたい」

「もう終わったことだよ。要は、当時の杉本は関崎が青潟東に進むことを信じて、自分も受験勉強すると心に決めていた。青潟東に受かったら必ず告白して受け入れてもらおうと決めていた。ここは関崎の気持ちとは別で、それが当時の杉本のモチベーションだったんだ」

 ━━もう終わったことで本当によかった。

人間として許されざる感情とはわかっていてもつい感じてしまう。黙る。ひたすら聞く。

「だが関崎は青潟附高に合格した。当時の生徒会連中は杉本を軽蔑しきっていた。だから関崎が青潟附高に進学してきた場合は、杉本との約束外になるから、絶対に手を出さないようにしてもらわないと困る、とけしかけたんだ。あくまでも強制的にではない。そうしないと関崎も困るし、学校側の交流事業も壊れる。約束したよな、あくまでも青潟東に入学したら告白する権利を得られるけど、青大附高の場合は許さないんだからなと」

━━青大附高に来て心底良かったと思ってしまった俺は、もう立村に殺されても文句言えないのかもしれない。

罪悪感であふれる中、立村は畳み掛けてくる。

「杉本はそれに煽られて、結局自分から、自分が青潟東に進学して約束を違えなかったら告白すると決めて必死に勉強した。結果、その約束は周囲の圧力で叶えられなかった。告白する権利を失って去らざるを得なかったってわけさ」

「そうだったのか」

それしか言えなかった。杉本梨南の一途さ、いじらしさ、わからないわけではないが、どうしても彼女を嫌う男子たちの一群でいたいと思ってしまう自分は、立村の敵なのかもしれない。それだけは避けたいのだが。


立村はすぐに表情を切り替えた。いつもの穏やかな口調に戻した。

「もしかしたらこの件でいろいろもめるかもしれないから今のうちに説明しておくよ。俺はその時考えるところがあって生徒会連中に勝負をかけて見事に敗北した。相手にされなかった、といったほうが正しいかな。生徒会側としては、せっかく関崎が入学してくるのに、害獣扱いされている杉本がまとわりついてきたら大変だ、なんとかして近づけないようにしようとした。ついでに害獣たる杉本のしつけもしたかったので、それなりにやさしい言葉で面倒を見ようとした。当然杉本のプライドは傷つき、全力拒否した。青大附中の教師はやさしい生徒会のみなさまに反抗し、最後まで助けを求めなかった杉本を幼稚と罵倒した。ついでに杉本が立ち上げた企画を問題行動として否定し、非常に似た企画で大人の助けを借りたものを反対に高く評価した。今年からその企画は青潟市内で幅広く行われることになったとも聞いている。もう俺は知ったことじゃないけど」

「俺が今の話を聞いている限りだが、もし杉本さんが生徒会と協力できていればすべてが丸く収まったように見えるが」

想いの深さゆえ立村には見えないものがあるのではないか。正直乙彦は、当時の佐賀はるみ生徒会長率いる生徒会の方針に共感する。いじめとしか思えない行動をし続けてきた元親友が、懸命に自分のやるべきことを探し、なんとかして手を差し伸べようとすることが間違いとはどうしても思えない。懸命に話し合いをしようとして、それでも手を跳ね除けられた場合どうすればよかったのだろう。立村は、害獣のしつけという言い方をしたけれど、それこそ精一杯の友情の現れと受け取る器が杉本梨南にあれば、少なくとも青潟東を受験することくらいはできたのではないだろうか。どうしてもそう思えてしまう自分は、本来立村の友だちにはなりえないのかもしれない。

「関崎がそう思うのは織り込み済み。そうだね、本当はそうできればよかったんだろうな。けど俺が同じ立場だったら絶対にそうしない。杉本と同じことをしたと思う。いやできなかったかもしれないけど恨みはしたね絶対。いろいろあったけど、みな、収まるべきところに収まったんだと言い聞かせるしかない。少なくとも関崎は、杉本に追いかけられなくて済んだので、きっと楽だったんじゃないかって思う。杉本は、俺しか相手にしてくれる人間がいなくてさぞつまらなかっただろうとは思うけど、しょうがない。俺は一生、杉本と同じ感覚で生きるしかない。それでいいと思っている」

「いやそれは間違ってる。立村、お前は杉本さんじゃない。ちゃんと大人と協力できる人間だ」

 じっと乙彦を見据え、またやさしい目を向けた。

「そうみえるならそうなのかもしれないね。どちらにしても、もう青潟に杉本はいない。本来守られる人たちに害を与えることはない。害獣駆除完了した以上、今はこの青潟に足をつけて生きている人を守ることに専念するしかない」


ふっと我に返ったように。

「ごめん、話それたね、それで西月さんが杉本のために抗議に行ってあしらわれて、その後いろいろあって傷害事件になってしまった。たまたま現場には天羽や難波や更科がいて、西月さんは難波に言伝をして去っていった。その言伝した内容が、霧島のお姉さんに当たる人の自殺予告だったんだ」

「片岡の恋人は、西月小春さんというのか」

「そう。国文科の西月教授のお孫さんだと聞いたことがある」

「その段階で家庭でもいろいろあって、結局片岡家で引き取ったと聞いたが」

「それは知らなかったな。ただ言葉が使えなくなったのは天羽といろいろあった時だから、その後いろいろ辛いことがあったのかもしれないね」


立村にとってA組事変は、杉本梨南につながること以外、大したことではないのかもしれないと思った。だから天羽とずっと友だち付き合いしていられたのだろう。とてもだが乙彦はここまでの醜悪な事実を聞かされた以上、挨拶すら苦痛だ。

「立村、正直なところを聞きたい。天羽の西月さんに対する行動は俺からしたら絶対に許せない。俺に生徒の賞罰権があれば、即刻退学させるレベルだと思う。だがお前をはじめほとんどの男子連中はいまだに天羽を普通の友だち扱いしている。C組の評議委員として平気で扱っている。他の奴はともかく、お前がそういう態度をとるのがどうしても納得いかない」

答えはすぐに返ってきた。表情は変わらなかった。

「天羽が西月さんにしたことは絶対に許せない。もちろん西月さんの行動が鼻につくという気持ちもわからないわけじゃない。けど、行動にいったんうつしたら最後だ。ちゃんと、あいつなりに決着つけて、謝ってほしい。少しでも西月さんが救われるために。もちろん土下座したって解決なんかしない。それこそ永遠に消えない罪だと思う。でも一方で天羽は俺にとってかけがえのない青大附中評議委員会の同期なんだ。なんにも出来ない俺を同期の仲間に入れてくれて、それこそ難波と俺が喧嘩しそうになると天羽が止めてくれる。太陽みたいな存在なんだ。だから、俺ができたのはひとつだけ」

唇を噛みしめながら、

「俺が評議委員長に在任してたとき、一度だけ、自分の意思で弾劾を開いたことがあったんだ。裁判なんかじゃなくて、ただの事情聴取だったけど。それが、このA組事変の天羽と西月さんとの問題だった」



━━青大附属の弾劾裁判。

大人の知らない自浄機能。生徒たちがしかるべき場所で然るべき方法により処罰を与えるもの。乙彦もいつしかその言葉の意味を知っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ