1 境目の春期講習(11)
清坂は戻ってこないが、ようやく難波と名倉のふたりが落ち着いた表情を浮かべて戻ってきた。一段落したようだ。
「おっはよー、てか、今日まともに挨拶したの俺と関崎くらいだよね」
のどかに声をかける更科に、難波は何かを発しようとし、飲み込んだ。
「名倉、時間かかったな」
乙彦は自分の脇に空きを作りパイプ椅子で名倉を座らせた。よく見ると名倉も顔が紅潮している。相当深い話をしたに違いない。
「何でもない、詳しくは後で話す」
名倉は小声でささやき、おいたままにしていた自分のマグカップを探した。もう冷めているがすぐに阿木が、
「名倉くん、あったかいのにする?」
頼まれもしないのに勝手に注いでくれている。
「ああ」
礼を言わないのは名倉のいつものこと。外から見れば名倉に一生懸命アピールし続けているのに全く靡かない名倉もいい根性している。もっとも中学時代の初恋をいまだに抱えている奴だ、当然なのかもしれない。
「ということで、名倉、難波、まずこれ飲むか?」
羽飛が面白げに水筒を振る。かなりの量作ってきたようでまだ残っているらしい。難波が興味を示した。すぐに自分のマグカップに注いだ。名倉はまだマグカップに紅茶が残っている。
「緑色だな。野菜ジュースか」
「の、ようなもん。ほらお前も知ってるだろうが、美里がまじ鶏の脚みたいにがりがりになっちまったろ。だからうちの母ちゃん心配して、栄養つけろって俺に持たせたってわけ。もろ野菜100パーセント、添加物なし。健康にはたぶん、いいと思うぞ」
「体にいいもので美味しいとは限らないけどね」
さり気なく阿木が事実を説明する。
「まあ、人の好みには色々あるんだよ。俺はいまいちだったけど清坂さんは美味しそうに飲んでたよ。おかわりしてたよね」
こちらもさり気なく更科がフォローする。難波はしばらく怪訝そうにジュースを眺めていたが、意を決したのか一気に飲み干した。
「うまいな」
一言、あっさりした飲了感を述べた。
生徒会室がどよめいた。
「ホームズ、美味しかったってことか?」
「いい味している。まじでエネルギーが満たされて感じがする」
「それってまじかよ」
羽飛が頭を抱えている。阿木、泉州も同様だ。乙彦は一切言葉を挟まない。
「余計な甘さがなく、野菜そのものの味わいが何とも言えない」
「なんともいえないということはまずいともいえなくないのか」
小声で名倉が乙彦に囁いた。
「多分疲れている人間には効くんだろう」
正直な感想を述べた。
名倉が無事に戻ってきたのはいいが、肝心要の生徒会長がお留守のままだ。
「清坂は相変わらずああなのか」
その場にいる連中の話を一通り聞き終え、難波が更科に尋ねた。
「仕事をする意欲はあるし、職員室にもちょくちょく向かっていたけどね。やはり、いろんな要求されるみたいで疲れているようだね」
「俺たちには直接要求してこないが、結局清坂に一本化されてるってわけか」
「学校側も焦ってるね」
更科がしみじみ語る。興味深そうに問いかける泉州。自分たちには影響ないことを願っているにもかかわらず関心だけはあるらしい。
「なんであせるのよ。こっちでコントロールできる内容しゃないでしょうが」
「コントロール、できるよ。いろいろとね」
更科は平然として答えた。思わず名倉の様子を伺う。冷静にこーひーを飲んでいる。
「今、新二年生、つまり俺たちは新井林と佐賀が別れたなんやと騒いでいるけど、実際のところ中学での話題は別らしいんだ」
「どういうことどういうこと?」
今度は阿木も食いついてきた。
「え、中学ではまだばれてないの? 卒業生に興味なし?」
「いや、それ以上の騒ぎか中学では話題らしいよ」
「どういうことだ?」
全く検討つかず乙彦も急かす。難波が更科と目配せして、ひとつの推理を言い放つ。
「立村の恋人の親が警察沙汰やらかしたからな。新井林たちの敵だ。幸い当事者はこの学校を出ていったのでいじめにはならない。思い切り盛り上げているな、学校サイドも」




