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12 キャスト決定(6)

しばらく片岡と桂さんとの間で、今後の動きについてやり取りが行われていたが、結論下記の方針に定まった。見届けたのは乙彦と泉州のふたりである。


・”グレート・ギャツビー”のニック・キャラウェイ(語り部)の役柄は基本演劇有志チームもとい演出の立村に一任する。よっぽど非常識な演技を求められない限りは受け入れる。


・基本朗読のみのはずなので、できる限り演劇有志チームとの接点を減らすよう交渉する。


・桂さんの強すぎる希望で、演劇有志チームおよび立村との折衝は、乙彦が引き受ける。気の合わない者同士だと、お互いの意思疎通がうまくいかない可能性が高い。この点は乙彦も快諾。


・流れからすると五月下旬から六月以降舞台げいこが発生するはずだが、できれば誰かかしら片岡ひとりではなく、誰かかしら、片岡側の友人を一緒に付き添わせてほしい。本来は乙彦が適任だが多忙であることも確かなので、泉州も協力する。


・学内・学外の活動を求められた場合には必ず桂さんに報告し、判断を仰ぐ。


━━いつもながら細かすぎる。

片岡がどうしても守られなくてはならない立場だと理解はしているのだが、高校二年の男子をここまで過保護にしないといけないというのはどんなものだろう。桂さんも「迷路道」を巡る事件など、片岡の身の危険を最優先に考えている気持ちはわかるのだが。

「ああほらほら、関崎くんも過保護すぎるんじゃねえのって思ってるだろ。俺も逆の立場ならわかるぞ。まあうちの事情は把握してくれてると思うけどな。司もほら、関崎くんやお嬢が協力してくれる以上、はずかしくねえ演技しろよ。ほら、語学の天才くんを飲み込んじまうくらい本気だせ」

「うん、わかった」

片岡もこれ以上言い返さなかった。すぐに台本を抱えて部屋に向かい、一心にページをめくりだした。

「いや、ほんと、良いきっかけもらえたよ。司も本気出し始めたし、ちょっとばかり自信もついたみたいだしな。ほら、せっかくだ、極上のキムチが手に入ったから、ちゃっちゃとキムチーラーメン食ってけ」

「わーい、桂さまの辛いものは最高!」

相変わらずまとわりついてくる泉州と一緒に台所にたち、しばらくはくだらないラーメン話に徹していた。桂さんのおかげでB級グルメの店には多少詳しくなった。高校生の懐に優しい店ばかりなので、高校ではなく中学時代の友だちとも行きやすいのがポイントだ。


「さてと、じゃあ車で送ってくぞ。先に関崎くん、助手席でスタンバイしてくれよ」

「私は?」

「お嬢は、ちょっと司と一緒にそのへんのコンビニで買い物つきあってやってくれよ。今日はちょっとばかりご褒美やらねえと、あいつもすねる」

「俺はすねてないってば!」

まったく、内川に見せられないこの甘ったれぶりだが、友だち同士でのお買い物も片岡にはそうそう許されないことのひとつ。本来は乙彦が担当するものではないかと思うのだが。

「いやな、今日は関崎くんにもいろいろ俺個人からお礼を言いたいこととがあってな、男同士、ちょっとばかり語りたいんだよ。じゃあお嬢、頼んだぞ。あとなんかあったら、いつもの番号に電話かけてもらえれば、スーパースター桂がはやてのように現れる」

「いやーんかっこいい!」

 ふざけ合いながらも、なんとなく泉州は乙彦たちの様子に理由があることを察しているようだ。小声で、

「片岡のこといろいろ頼まれるんだと思う。あとで私にも教えてよ」

了解を得てきた。もちろんである。話せることであれば共有したい。


━━たぶん、俺が片岡のボディーガードになってくれってことだろう。

たかが高校のクラス英語劇に出演するくらいで、片岡が正座してまで頼み込む必要はふつうないはずだ。学内の生徒食堂ですら足を運ぶことを許されない片岡のこと、おそらくだが来週予定している、青大附中での「評議委員会名物ビデオ演劇」の上映会にも参加することは叶わないだろう。とにかく片岡の生活は窮屈だ。

━━だが、俺がきちっと寄り添ってさえいればもっと片岡は自由になる。

━━泉州でもいい。とにかく桂さんを安心させることができれば。

内川の受験指導を引受け、あにおとうとの契を結んだに等しい片岡の成長は日々目覚ましい。側にいる乙彦はあまり気づいていなかったのだが、まさか藤沖をかばいたいと言い出すとは思っていなかった。藤沖がだんだん2A英語科で、肩身狭くなっていることをなんとなく感じていたのかもしれない。決して手を抜いているわけではないにしても、片岡の指摘した通り、合唱コンクール以降の2年A組は立村というよりも吹奏楽派閥が男女ともに拡大しているのがひしひしと伝わる。

━━立村が受け入れられている、それは嬉しいんだ。ずっと日陰をかこっていた立村がやっと認められてきた。演劇の主役を張ることのできるレベルまで、しかも女子たちも、合唱コンクールの伴奏で立村が立候補した時の冷ややかな視線を捨てて、応援する眼差しに切り替わっている。もともとあいつは努力を惜しまない。自分を粗末にしすぎる一方で人のためには自分がピエロになるのも厭わない。


だが、とも思う。

━━藤沖は、本当に応援団で、静内と名倉が糾弾しているようなことをしているのか。

それこそ、自分が大切に思う”命”を全力で守るために。

追いやられた相手が失う”誇り”と”心”。

━━今は、その追いやられた相手が青大附属には存在しない。すでに山の上に追いやられている。これ以上傷つくことはない。

━━だから、今目の前にいる”命”を守ること、それが最優先だ。

今何も見えなくなっている藤沖を、立村と同じようにクラス内で居場所を作り、守ることはできないのか。あの、幼い顔した片岡ですら、立ち上がったというのに。


「関崎くん、ちょっとばかり男同士で語り合いたいんだが、車を止めていいか」

「はい、お願いします」

 桂さんは青潟の海が波打つ砂浜まで車を寄せた。人ひとりいないのはあたりまえ。今はまだゴールデンウイーク前。身体が冷え込むような海水浴する奴などいない。

「まだ腹に入るだろ? 冷めてるけどな。この唐揚げ、魔法の粉を振って食うと格別なんだぞ」

 キムチラーメンだけだったので、胃袋にはまだ余裕がある。ありがたくいただく。ふつうの唐揚げに見えるが、桂さんが用意した白い粉をふりかけて食べると、気持ち良いぴりり感が広がる。

「美味しいです。この粉はなんですか。塩と胡椒と、あとなにか」

「企業秘密。今ここで答え言っちまったら、司たちが拗ねるだろ」

 いわゆる「売れない漫画家」のイメージ漂う黒眼鏡の桂さん。この人が片岡を二十四時間命がけで守っているガードマンだ。乙彦も桂さんに認められ、片岡の「ご学友」として過ごすようになり一年近くになるが、やはりこの人は鋭い目をしていると感じる時がたまにある。たとえば、いつぞやの。

「先に頼みたいこと言っとくな」

「片岡には俺がちゃんと付き添います。安心してください」

 先取りして答えたが、桂さんはにやっと笑い首を振った。

「その気持ちはマンションで確認してるぞ。疑っちゃあいない。ただ、もうひとつ深いところで、気をつけてほしいことがあるんだよ。ほら、あの、品山の語学の天才くんについてなんだがな」

「立村のことですか」

意地でも乙彦は立村のことを苗字で呼びたい。

「そう、その子なんだが、ほんっとに悪いんだが司からできる限り距離を置いてもらえるよう、うまく話をしてもらいたいんだ」

「あんな、いい奴なのに、ですか」

 いや、桂さんは立村と直接顔を合わせていないからわからないのだろう。説明してやりたくなり口を開こうとしたが、白い粉がたっぷりの唐揚げを口に押し込まれた。

「うんそうだ。あの、語学の天才くんは、心底人間が出来てる子なんだな。今日の司の話や、その他いろんなところで聞く話から、なんとなく伝わってくるのはわかるんだ。俺もな、本当は司にいろんな友だちこさえてもらいたいし、ウッチーみたいな出会いもしてもらいたい。それはやまやまなんだよ。まあ食いながら聞いてくれ」

 仕方なく唐揚げにかぶりつく。急いで飲み込もうとするも、結構ボリュームがありすぎてたくさん噛まないと行けないことに気付いた。うまいことはうまい。

「理由はいくつかあるんだが、二番目の理由からいくな。語学の天才くんのお父さんが『週刊アントワネット』の記者さんだってことが、俺はやっぱりひっかかるんだ」

 親の仕事と子どもの立場が関係しないとは言えないが、いくらなんでもそれは立村に対して失礼だろう。

「お言葉ですが、俺は、親の職業と友だちとの付き合いとは関係ないと思ってます」

「そうだ。本来はそうだ。関崎くん、そうなんだよ。けどな」

 ━━そうだ、桂さんが立村について厳しい表情を一瞬見せたのは、「週刊アントワネット」っていう単語を耳にした時だ。

記憶が蘇るのは早かった。確か、片岡が内川と仲良く勉強をしている間、桂さんと乙彦に「英語の一番できる子」である立村について、根掘り葉掘り聞き出していた。

━━いやあれは、片岡がやたらと英語限定万年トップの立村にライバル意識剥き出しにしていただけだったからじゃないかと思ったんだが。

「司んちでは、マスコミでほんといろいろひでえ目に遭ってるんだ。当然あの”週刊アントワネット”の三文記者連中にはいろいろ書かれたし傷ついた。いまだ傷が癒えてないことも多いんだよ。もちろん関崎くんがいうように、語学の天才くんは親の仕事なんて関心ないのかもしれない。けどな、やはり、ペンという刀でざくざくに切り刻まれたた相手方からすると、親だけじゃない、家族も、当然息子も憎たらしく思うのは、当然だと思うんだよ」

「ですがそれはあくまでも親の仕事のことであって」

「たまたま今は同じクラスの仲間で、ちょっと気が合わないとか、むかつく程度で済んでいる。けど、もしその語学の天才くんがなにかの拍子で司を敵として攻撃してこないとも限らない。その時に親がマスコミ関係者というのは正直怖いんだよ」

「何度も言いますが、立村は本当に、心底人間として信頼できる友人です」

 なんとか半分飲み込みもごもごしながら立村を弁護する。

 桂さんは怒らず、今度は自分で唐揚げを、素のままかじった。白い粉をつけていない。

「今回、片岡を英語劇のキャストにするということで、演出として立村はできる限り片岡が傷つかないように、負担がかからないように、そして自分を嫌ってもいい、とまで言って接触を試みました。俺も前日に立村から相談を受けました。この件を断っても良い、片岡には立村を嫌う権利がある、だから安心してほしいと、ここまで言うかというくらい訴えてきました。もともと立村は、自分よりも人のことを最優先で考えるくせがあり、今まで生まれた噂は殆どがそれが裏目にでた結果です。片岡はやはり立村が苦手みたいなので、俺はできる限り接点を少なくするよう努力します。泉州さんにも協力してもらいます。ただどうしても、俺にとってのいい友だちを否定されるのは、受け入れられないです」

「しょうがないなあ。そうだよなあ。俺もそうだわ。自分で言っててわらっちまうけど、こんな言い方で納得するわけねえなあ」

 車から下りるよう促された。

「せっかくだ、こういうことは人のいない海で海風感じながら話すとすっか」

 乙彦が助手席から下りると、空には星という名の銀色の点が、あふれんばかりに煌めいていた。青潟の空は光が少ない場所だと流れ星をたくさん見かけることができると、この前地学の先生が授業中話していた。

「あんまり波打ち際いっちまうと流されるから、この辺の階段で話すか」

「はい。ですが場所を代えても俺の気持ちは変わりません」

「それが関崎乙彦の矜持、それも俺は、司とおんなじ気持ちで見つめてる。だから、ここから先の話は、きっついことになるんだが、どうか我慢して聞いてほしい。これが守られないと、どうしても俺は、司の願いを聞いてやれないんだ」

 ━━なぜ、そこまで立村を警戒するんだ?

 疑問は消えない。だがそれ以上に優先することがある。

 ━━片岡を、”グレート・ギャツビー”の舞台に上げる。語り部として、最後のセンテンスを語らせる。それが俺の最優先順位だ。

 いつか立村にぶん殴られる時の懺悔語録が増えていく。覚悟をした。

「一番の理由ってのはだ」

 星空を眺めながら桂さんは、はっきりとその理由を口にした。

「あの品山の語学の天才くんは、司の合せ鏡なんだよ。それも、一番みっともないところを拡大したみたいな、そんな存在なんだ」


 ━━片岡と立村が、合わせ鏡?

 何を言われたかぴんとこなかった。お互い似ているということか。つまりどちらも弟タイプで周りに手を焼かせているということか。

「確かに、俺も片岡と立村とは、弟っぽいところが似ているとは思ってましたが、みっともないとは思ってません」

「みっともないってのは語弊あるよな。けど関崎くんもなんとなくあのふたりが似ているってことは認めてるんだよなあ」

「はい、正直思い込みが激しすぎて周りを混乱させたりするとことかはよく似てます」

「うわ、まじでそうなんだな。あの子の親御さんも大変だろう」

「いえ、周りの友だちがかなり苦労しています。友だちとしてよりも、いわば親みたいな気持ちで世話しているというのを聞かされたことがあります」

 羽飛の苦労話を思い出すと、そのくらいは認めないといけないだろう。だがしかし、だ。

「ですが俺は、片岡も立村も、どちらもかけがえのない友だちです。ふたりがそっくりだとすれば、大切な友だちのためには身体を張って守ります。たとえば片岡が、その、中学の時にいろいろあった事件の時、自分のプライドを捨ててまでひとりの人を守ろうとしたことを聞いてます」

 はは、と楽しそうに笑う声がする。桂さんが頷いている。

「小春ちゃんのことだな。あいつ、がんばったもんな」

泉州から教えてもらった、「古い少女漫画のヒロイン」のような明るい少女が、学内のトラブルが元で言葉を失い、最後には傷害事件を起こして片岡の実家に引き取られたという話だった。親友だった泉州が語る物語をすべて把握したわけではないが、その時、命がけで片岡が彼女を守ろうとしたことは、言葉の端々から伝わってくる。

だからこそ、立村についても、伝えなくてはならない。乙彦には使命がある。

「桂さん、片岡と同じことを、立村も三年間ずっとし続けていることを俺は知っています。長くなりますが聞いてもらっていいですか」

「ああ、そうだな。これからのこともあるしな。関崎くん、ここだけの話にするから安心しろよ。唐揚げの約束だ」

 笑いを取りたかったのだろうが、乙彦は笑えなかった。波音が響くなか、空と海が見分けつかない闇を見つめ、語ることにした。


「俺が立村と知り合ったのは、中学二年の冬です。当時俺は水鳥中学の生徒会副会長をやってて、立村は青大附中の評議委員長でした。合同で行う交流会準備のため話をするようになったのですが、その時、一年下の女子生徒に葉牡丹の鉢植えを渡されました」

「葉牡丹? キャベツみたいな花だろ?」

 思った通り吹き出す気配。構わない。笑い話で終わればよかったことなのだから。

「そうです。その女子生徒は俺に好意を持ってくれていました」

「うわ、告白ってやつかあ。しかしちょっと微妙な花だよなあ」

「はい、ただその女子生徒は、はっきり言って恋愛感情はもとより、友情を感じることも難しい相手でした。はっきり断ったつもりではいたのですが、言葉の行き違いからそれは伝わらず、つい一ヶ月前までその決着をつけることが出来ずにいました」

「なんとなく噂に聞いたことがあるぞ。わくわくするぞ」

 茶化されても、乗ることが出来ない。

「その一ヶ月前、つまり三月のことです。彼女はこの学校を卒業し、不名誉な噂を押し付けられるかっこうで去ることになったと、俺のもとへ挨拶に来ました。今まで俺に迷惑をかけたと自覚をしていたらしく、詫びといくつかの頼まれごとをしました。白状します。俺はその女子生徒がいなくなることに心から安堵していました。それが本心です」

桂さんが乙彦をじっと見つめる気配がする。

「同時に、俺は知っていました。さまざまな問題を抱えたその女子生徒を、立村が命がけで守り抜こうとしていたことをです。中学二年から高校一年まで、ここまで自分を犠牲にしていいのかというくらいです。本来あいつは、評議委員長という青大附中の最高権力者として、学内から高く評価されるべきでした、しかし、彼女が起こしたたくさんの問題を解決しようとしたがために、にその地位から引きずりおろされました。たかが中学生が委員長から落ちたくらい騒ぐなんてと思われるかもしれませんが、男子としてそれがどんな屈辱だったかは、俺も想像できます。その後、立村についての評価は地に落ちました。”青大附中開闢以来の最低最悪評議委員長”と呼ぶ生徒や教師もいると聞いています」

 青大附高に入学して知った「評議委員長」の座の重さを知れば知るほど、立村の孤独は深まったのだろう。そう思わざるを得ない。だから、葉牡丹の少女・杉本梨南に伝えたのだ。

「だからこそ、俺はどうしても、その女子生徒に立村の想いを受け入れてやってほしかった。心底願いました。彼女は俺を一方的に偶像化していたに過ぎません。だから彼女にははっきりと伝えました」

まっすぐ、黒い海にむかい、乙彦はあの時と同じ想いで口にした。

「俺は、彼女を苦手とする男子たちと同じ感情しか持てない。しかし、ひとりだけ大切に思ってくれる相手がいる。その相手にやさしくしない限り、俺は彼女を嫌いな女子の一人としか思えない」

 ━━あの時の言葉は決して濁った気持ちからきた言葉ではなかった。

 カラオケボックスで静内から糾弾されるまでは、そう信じていた。

「相当手を焼く女子だったんだなあその子。関崎くんがそこまで言うとは驚いたぞ」

「自分でも残酷なことを言った認識はあります。ですがそこまで伝えないと、彼女には伝わらないことも承知してました。そして、彼女は、男子としてのプライドも名誉も何もかも失った立村に対して、ただの世話焼きな兄貴分という扱いしかしていなかったのもいろんな場面で見せつけられていました。だからこそ俺は強制的にあの二人をそれなりのつながりにしてやりたいと思っていました」

「かなり強引なキューピットだったんだなあ」

 明るく相槌をうつ桂さんの声。

「結果は失敗でした。その後立村に、俺が彼女に伝えた言葉を教える機会がありましたが、あいつは激昂しテーブルを叩きつけました。普段の立村は穏やかでよっぽどのことがない限り手を上げることはありません。立村は俺にはっきり言い放ちました」

「なんて言ったんだい」

「彼女は約束を守る人間であり、彼女が俺と約束した以上、その気持ちがなくても立村を好きになろうと努力するだろう。そんな人の心を踏みにじる、残酷なことをなぜ約束させたのか。そのことを眦釣り上げて怒鳴られました」

 静内のヘビメタシャウトの声が蘇る。痛い記憶だ。

「その時の俺は気づきませんでした。ただあのふたりをそれなりの関係にすればすべてが片付くと単純に考えていました。しかし、別の友だちに指摘され気づきました。立村はただ、彼女と付き合いたかったのではなく、彼女が望んでいることを、自分を犠牲にしてでも叶えてやりたかっただけということでした」


 あのカラオケボックスで静内に糾弾されない限り、一生たどり着けなかったであろう立村の、杉本梨南に向ける深すぎる想い。やはり叶えてやりたかった。いまだに静内と名倉に、彼女の消息を聞きつけたら教えてほしいと必死に頼み込む姿を思い浮かべるたび、自分が杉本梨南に伝えた言葉は間違っていないと思う。一方で、彼女が周りに観て欲しがっている姿を、せいっぱい守ろうとする立村の訴えを理解出来ない自分は、やはり無骨なシーラカンスのままなのだ。


「長い話で申し訳ないです。俺が言いたいのはひとつだけです。立村も、片岡も、俺にとっては大切な相手に対して命がけで戦い、守ろうとする、そういう面ではそっくりだと思います。もちろん片岡と立村の相性がよくないのは承知しているので距離を取るようにはします。けど、どうしてもそこまで桂さんが立村を拒絶する理由が、俺には理解できません。そのことがわからないと、俺も片岡を正しく守ることができません」


「本当にそっくりさんだったんだなあ」

 大きなため息のあと、桂さんは乙彦に声をかけた。

「じゃあもうひとつ。俺もある物語を語らせてくれ。司にはないしょだぞ」


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