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1 境目の春期講習(1)

 春期講習を控え、すっかり雪の溶けた道を、青大附属の制服姿の生徒たちが自転車で走り抜けていく。まだ水仙や遅梅が見え隠れする中、乙彦はみつわ書店のバイトを終わらせてそのまま校舎へと向かった。春期講習とはいえ、開始時間は毎度のことながら通常の授業と変わらない。はや上がりできることを除けば、実質春休みは昨日で終了、本日から通常授業と認識して間違いない。

 ━━だから三月中は一切学校でイベントがなかったというわけだ。

 いや、生徒会は乙彦の預かり知らぬところでいろいろ動きがあったらしい。また他の委員会もそれなりに新入生を迎える準備があったとも聞く。生徒会副会長の乙彦がなぜ、それに参加しなかったかというと、言葉に尽くせない面倒くさい理由があるのだがしかたない。どちらにせよ今日からは普通に生徒会室へ出入りもできるし、それなりの相談事もできるというわけだ。


「関崎、おっはよ」

 声をかけられた。振り返らなくてもわかる。静内菜種がひとり笑顔でつけてきている。ずいぶんとご機嫌ではある。先日のカラオケ以来、久々だ。

「ああ、おはよう」

 いつものようにひとつに束ねた髪型、そこに変化はない。

 ただ、どこか、なにか、違う気がする。

「ところでだ。今日、どうした」

「何よ」

「悪いもの食べたかなにかしてないか。妙な感じがするんだが」

 具体的になにが、とは指摘できず、曖昧な問いかけをする。静内はあきれたように首を振った。

「今朝はごく普通にトーストとバターの組み合わせ。シンプルじゃないの」

「変な薬は飲んでないな」

「なんなのあんたのほうこそ変なこと言うね」

 しばらくだらだら歩いていた。同じクラスの奴らもその辺うろうろしているのだろうが、乙彦の目には入らない。外部生トリオ残りのひとりである名倉の姿も見えない。そういえば名倉とは改めて話をしなくてはならない。すっかり忘れていた。

「とりあえず、講習終わったらどっかで話さない?」

「悪い、ちょっと無理だ。さすがに生徒会に出ないとまずい。ついでに言うと名倉も同様だ」

「名倉ねえ」

 あの「革命」発言から一週間近く経ったわけだが、名倉にその後の心境を確認していないのは、別に避けたわけではない。どうせ四月になれば会えるわけだしとたかをくくっていたところが一番大きい。

 静内はわざとらしく大きなため息をついて、

「そうなんだよねえ、だからそのことでも関崎とさらに話をしたいんだけど」

「名倉とはあのあと連絡取ったのか?」

「まあね」

 短く答えた。静内は周囲を見渡した。

「相変わらずあいつ、熱い様子か」

「少しは落ち着いたみたいよ。でも、一発目が大成功しちゃったから、戸惑っている様子ね」

「なんだその一発目とは」

 思い当たるふしがないわけではないのだが、念のため確認する。

「関崎、聞いてないの?」

「聞いていない」

 とぼけたわけではない。候補がありすぎるだけだ。

「そっか、でも、そろそろ正式発表あるだろうしね」

「なんだその、正式発表とは」

 静内が口をひらきかけた時、


「関崎、おい」

 図太い声で呼び掛ける声があり。

 振り替えると藤沖が仏頂面で乙彦を睨み付けていた。なんとも言えない危険な気配がよどんでいる。

「おはよう藤沖、どうした」

「とりあえず教室に行こう」

 有無を言わさぬ口調だった。新学期早々、大事件でも起きたのか。それとも女子と軟弱な会話を交わしているように見えて、藤沖としてはむかついたのか、どちらだろう。

「静内、悪い。どちらにせよ例の件は改めて話そう」

「了解」

 あっさりと静内は先に校舎へと走り込んでいった。見送る間もなく藤沖に近づき乙彦は挨拶を改めて交わした。

「なにかあったようだな」

「お前はたぶんなにも知らないだろうから、取り急ぎ伝えたほうがいい内容だと思ってな」

 ━━こいつの兄貴面も相変わらずだ。

 内心、むっとするものもないわけではない。藤沖からすると乙彦は今だ、外部生で保護が必要な存在だと認識しているようだ。すでに入学してから一年が経ち、それなりの経験も積んで現在は生徒会役員。もちろん中学三年間の蓄積はないけれども、しっかりと学校には馴染んできたつもりだ。そんな知ったかぶって説明してもらわなくてもある程度は把握できているつもりなのだ。

 新学期早々、喧嘩を売る気もないのでまずは聞くことにした。

「聞かせてくれ」

「実は」

 藤沖も周囲を見渡した。声を潜めて、

「C組の更科と、中学の養護教師だった都築先生がとうとう別れた」

「別れた?」 

 さっき静内が匂わせた時に、おそらくこれではと思った内容だった。心の準備はとっくの昔にできている内容だった。藤沖は乙彦が驚いているものと思い込んでかさらに意気込んで続けた。

「学校側で都築先生を全力で守ってきたようだが、どうしても逆らえないなにかが起きたようで、生木を裂くように別れさせられたというのが実情だ。お前は知らなかっただろうが、春休み中その話題で内部生は持ちきりだ」


 波風立てず、とりあえずは頷くことを乙彦は学んでいた。

 ━━一発目の爆弾とは、このことか、名倉?

 まだ顔を合わせていない名倉に心の中で問いかけつつ、乙彦は藤沖と共に生と玄関へと向かった。始業式前まではまだ一年の靴箱を利用して問題なかった。まだ、一年A組のままだった。


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