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Unemployment insurance


「西の砦にいくぞ。午後には発てるよう準備しろ。」


 翌朝、俺は不機嫌な顔と声でバーツに命じた。


「どした?なんか嫌なことでもあったのか?」


「ああ、とても不快な夢を見た。」


「ちっ、そんなことで人に当たるなよな。」


 バーツはブツブツ言いながら準備のため出て行った。


 その日、午前中に病床の王を見舞い、その足で東の塔の長兄を訪ねた。


「そっか、アシュレイも領地に戻るのか。寂しくなるね。」


「さすがにお預かりしている領内が気になります。長く離れていますので。」


「まあ、そうだね。領内の整備も立派な努めだからね。しっかりやってくるんだよ?

中央の事は僕が何とかするから安心して。これからのこの国は僕らが支えていくんだから。」


 その弱々しい体に似合わぬ意志の強い瞳は強烈な自負と責任感に溢れていた。


「はい。お任せを。」


 俺は笑顔を長兄に向けるとその部屋をでていった。彼の弱々しく微笑む姿がなぜか、俺の保護欲を刺激した。


 同じ血を引く兄弟なのにこうも違うもんかねぇ。口調こそ一緒だけど中身は天と地の差だ。こうして会うのは2度目だが俺はこの弱々しい男に好意を感じていた。


 昼前に北の塔に戻るとバーツから準備が出来たと報告があった。俺は着替えの服数着と、ここにある個人的な金を纏め、迎えに来ている馬車へと乗り込む。俺の鎧はすでに馬車に積み込まれている。馬車の隣には愛馬である黒い馬がつながれていた。


「では出発だ。旗を掲げよ。」


 親衛隊、40名と共に出発する。残りの40名はレイラが率いてスフォルツア領に、10名は王都に連絡役として私服で紛れ込ませてある。鎧を脱いだ彼らとその辺にたむろするごろつきを見分けるのは至難の業だろう。何も言わずともそういう手配ができるバーツはもしかしたら使える奴なのかも知れない。


 馬車にはそのバーツが同乗している。


「なあ、西の砦には何日ぐらいで着くんだ?」


「アンタだって何回も行ったことあんだろ?ここからなら4日ってとこだな。」


「仮に、一万ほどの軍だったらどうだ?」


「あー6日はかかるんじゃねーか?」


「なら、騎兵だけで飛ばしたとしたらどうだ?」


「掛かっても3日、はやけりゃ2日ってとこかな。どうした急に?」


「父王の容体が良くないからな。崩御を機によからぬ事を企む奴が出てくるかも知れない。一応用心のためだ。」


「あーそりゃ、大いに有り得る事だな。アンタに恨みを持ってる奴は多いし、王様がお亡くなりになったとなれば、仕返しの一つや二つ考えるのが当たり前だからな。その辺も考えて、俺様は見張りを残してきたって訳さ。」


「ああ、たすかるよ。」


「そ、そりゃあれだ。昨日派手に負けちまったからな。言ったとおり忠誠ってのを示したまでのことよ。」


 バーツは恥ずかしさを隠すように腕を組んでそっぽを向く。


「ところで西の砦ってどのくらいの戦力が詰めてるんだ?」


「はぁ?アンタどうしちまったんだ一体?西の砦には兵隊なんかいねーよ。なんたって隣のエミリウスとは100年単位の平和続きだ。スカーレット姫、アンタの姉上も王妃として嫁いでるしな。

 今じゃ砦とは名ばかりのでかい役所になってらぁ。そんなことも忘れちまったのか? そもそも兵隊がギッシリ詰まった砦なんかをアンタみたいな何するかわかんねぇ物騒な奴に、あの宰相が任せるわけねーだろうが。」


「なるほどそういう事か。んじゃ万が一の時は困ったことになるな。」


「なんだよ。上の方じゃそんな雰囲気なのか? 」


「今のとこはそうでもないけどな。こないだの宴でやらかしてるし、心配ではあるけど。」


「あー聞いたぜ、『アシュレイの懲罰』とかいって城下じゃたいそうな噂になってるからな。」


「そうなの?そりゃまずいなー。」


「ああ、まずいな。もし王様が死んじまったりしたらあの公爵夫人のことだ、黙ってる訳はねーよ。そもそも宰相一家はアンタに恨み骨髄だしな。」


「だろーな。そうなった時のことを考えといた方がよさそうだな。」


「用心はしとくべきだろうな。」


 俺は馬車から見える一面の田や畑、そこに小さくうごめく農夫の姿をぼーっとしながら眺めていた。


「王子、ちょっといいか? 」


 その日の夜、広い野原で夜営を張る。食事を済ませた俺はたき火に当たっていた。


「ああ、どうした?」


「ちょっと紹介したい奴が居るんだ。おい、こっちに来い。」


 バーツは一人の男を連れて俺の前に立つ。


「コイツはロベルトっていってな、今は姉御と俺様に代わって実質的に親衛隊を動かしてる奴だ。まあ、元は騎士崩れだがな。」


「ロベルトと申します。謁見の機会を設けて頂いたこと誠に光栄至極。」


 さすがに元騎士らしく片膝をつき、恭しく挨拶を述べる。彼は短髪にした茶色の髪と整えられた口ひげを持つ30がらみの精悍な男で、その青い瞳は意志の強さを感じさせる。

 いかにも騎士らしい騎士だが、同じタイプのカスティーユ公に比べるとやや線が細い。その知性を感じさせる細面が俺に頭を下げていた。


「あーもう、騎士あがりはこれだからなぁ。そういうめんどくさい挨拶やめろっていつも言ってんだけどな。」


「ロベルト、バーツの言うとおりだ。堅苦しいと俺も肩が凝るからな。」


 ロベルトはニヤリと笑うと態度を改め、あぐらをかいて座り直した。


「こいつはよ、女の取り合いで貴族と揉めてるとこをアンタに拾われたのさ。もっともアンタは覚えてねーだろうがな。」


「まあな。ロベルト、改めてよろしく頼む。」


 俺はあぐらをかいたままロベルトに頭を下げる。ロベルトはあっけにとられているようだ。


「な、言った通りだろ? 王子は例の病気で変っちまったのさ。ちょっとは付き合いやすくなったんだよ。性格の悪さは相変わらずだけどな。」


 ハハハと笑うバーツ。


「まあ、バーツはアホだからな。俺の善良な性格が分からないだけだ。ところでロベルト、お前の立場なら知っておいてもらいたいことがある。バーツ、どこまで話した? 」


「ああ、一応は話してある。だからこそ連れてきたんだ。」


「そうか、ならロベルト、率直に意見を聞きたいんだが、その件に関してどう思う?」


「まあ、可能性は大きいでしょうな。何せ今までが今までですから。」


「まあ、そうだろうな。俺も自分の過去を振り返ると寒気がするよ。」


 あのバカ王子の過去だけどな。


「で、対策だが、今のところはあくまで可能性だからあんまり思い切ったことをして奴らを刺激するのは得策じゃないよな。」


 俺は二人に意見を求めた。


「そこなんだよなぁ。きっちり敵対してりゃ、やりようもあんだけどよぉ。ロベルト、お前は頭のできが良いんだ。なんかいい手を思いつかねーのかよ?」


「そうですなぁ。とりあえず現状で打てる手は少ないように思います。王子に信頼を寄せている貴族など皆無ですし。先日共に従軍した貴族は比較的マシですが、さすがにこういった密事を計れるほどではありません。まあ、里帰りしている親衛隊長には知らせを出しておいた方が良いでしょうが。」


 ロベルトの意見は的確だった。親衛隊にもまともな人材がいるもんなんだな。


「まあ、姉御に黙っといたら、なんかあった時ひどい目に遭わされるだろうしな。」


「レイラも折角里帰りしたばかりなんだ。不安の種を植え付けるのも悪いだろう。とりあえず西の砦で情勢を見守るしかあるまい? 」


「ああ、そうだな。王都に残してきた奴らには一日おきに早馬で連絡するよう伝えてある。あいつらの報告聞いてからでも遅くは無いか。」


「バーツ、お前って案外細かい男だったのな。」


「ははは、バーツ副長は結構緻密な人なんですよ。見かけによらず。」


「そうさ、俺様は繊細なハートの持ち主なんだ。アンタみたいなのが主君だといやでも色々考えさせられるからな。バカな主君には利口な部下がつきもんだ。」


 それから3日ほどかけて西の砦に到着する。

 途中、綺麗な川が流れていたので休憩し、近くの住民から道具を借りて魚釣りなども楽しんだ。


 無骨ではあるが実用的な作りの砦の周りには小さいながらも集落ができており、この地域の平和が長いことを感じさせる。


「お待ちしておりました。」


 出迎える執事はやはり老人で予想されていたことだが、居並ぶメイドも老女ばかりだった。


「ここには俺の青春を謳歌する要素ってのが完全に欠落してんですけど。」


 付き従うバーツに愚痴る。ロベルトは親衛隊の宿割りや砦の警備の割り振りで忙しそうだ。


「自業自得ってやつだな。俺様が初めてここに来たときは若いメイドがたくさんいたんだ。アンタが全部手をだしちまうからこういうことになってんだろうが。」


 くそ、バカ王子め、あいつの悪行がどこまでもたたりやがる。


「まあいい、とりあえず風呂でも行くか。バーツ、ロベルトが落ち着いたら呼んで来いよ。一緒に風呂に入ろうぜって。」


「ああ、んじゃあのじいさんに風呂の準備をさせとく。どうせ一時間はかかるんだ。アンタは部屋で大人しくしててくれ。いいか、余計なことすんじゃねーぞ? 」


「はいはい、んじゃ部屋にいるから呼びに来いよ。」


 バーツは執事に二言三言なにか言い置くとロベルトを手伝うため外に出て行った。


 一見がさつに見えるバーツだが細かい配慮も出来ると見えて、仲間内からの評価は高い。面倒見もよく、下の奴らには兄貴、兄貴となつかれている。


「まあ、でも、あいつは弱っちいからな。」


 バーツの人気にややイラッとした俺は一人ベッドに横になりそう呟いた。


 その日はバーツとロベルトの二人と共に風呂に入り、食事をする。ここの特産であるメロンが食後のデザートにだされ、その甘さを堪能した。


 俺の不安をよそに一ヶ月ほど過ぎても特にこれと言った変化は無い。すでに6月。季節は初夏に入っていた。

 王都から来る早馬の報告も平穏を示す物ばかりで平穏そのものだ。俺は領内の巡検などを行い、それなりに忙しく過ごしている。


「あー、もうだりいなー。どこの村も似たり寄ったりだし。平和すぎてあくびが出る。」


「平和なのがいいんじゃねーか。その為に俺様達が命を賭けて戦ってきてんだからな。」


「まあ、銀鷲と呼ばれる王子にとっては退屈でしょうが、これもお役目。我慢ですな。」


 バーツ、ロベルトと風呂に入りながら俺は不謹慎な愚痴を言う。村の女たちはどれも地味でカワイイのは子供達だけだ。俺にはロリ属性が備わって無い以上、巡検など退屈以外の何物でも無かった。村に寄っては子供達と遊ぶ。俺は昔から女にはもてなかったが悪ガキ共には人気があるのだ。


 また、エミリウス王国と国境を接するヴァレリウス北西部のこの一帯、トスカリア地方は治安も良く、山賊などのクリーチャーも皆無だ。同じ国境地帯でも南の方は地形が険しく、賊のアジトになりやすいため、山賊などの被害も出ているようだ。しかしそこは俺の管轄外。面白そうだからと勝手に踏み込む訳にも行かなかった。


 その日も平和に一日が終わり俺はベッドに身を横たえる。


『ねえ、聞こえる? 』


 久しぶりに王子から通信が入る。


『どした?ずいぶん久し振りじゃねーか。』


『大変なことが起こったんだよ。』


『なんだ?神様から天罰でも下ったか? 』


『そっちのほうがまだマシって言うもんだよ。雇用保険が振り込まれてなかったんだよ! 』


『え? 三ヶ月はもらえるはずだぜ? 』


『だって口座に入金されてないんだよ! 僕このままじゃ飢え死にしちゃうよ。何とかしてよ! 』


『何とかしろって言われてもなー。あ、そうだ、お前ちゃんと認定日に職安いったか? 』


『なにその認定日って? 』


『雇用保険は認定日に就職活動とかの報告しなきゃもらえないんだよ。』


『ちょっとー、そういう事は早く言ってくれる?じゃあなに?もうもらえないって事? 』


『まあ、そうなるな。あきらめてバイトでもするんだな。』


『マジ信じらんないんだけど。』


『ちゃんと書類に目を通さなかったお前が悪い。眠いから切るぞ! 』


ピアスを押し通信を終了させた。バカめ、お前も世間の厳しさってのを思い知るがいい!

その日、気分良く俺は眠りに落ちた。


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