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Departure


 翌日、俺はエミリオとレイラを見送った。

 レイラは例のペンダントを首に掛け、やや寂しそうに俯いた。俺は彼らに一日も早い山賊の討伐を願うと声を掛け、彼らの行列が見えなくなるまでその場に立っていた。


 午後にはカスティーユ公も領地に戻るというのでこれも見送る。

 彼は去り際に、機会があれば領地に来て欲しい、と言ったが昨日の見た日記を考えると答えに詰まる。俺は小声で「ロザミア殿が許してくれるのなら。」と条件をつけた。

 彼は満足そうに頷き、「妹の意思を確認したら手紙を送ります。」と言い残し去って行った。


 この日、様々な貴族が王都を発っていく。俺はできる限り見送りに出て、感謝の言葉を掛けてやる。王国の安定は俺の態度に掛かっているのだ。


 見送りが全て済んだ頃には夕方になっていた。俺は住まいである北の塔に戻る。執事によれば一人の男が俺を訪ね、昼から待っているという。


「済まない、待たせたようだ。」


 俺は応接室で待っていた男にまずそう言った。親衛隊の鎧を着ている所を見ると彼がレイラが選んだ後任なのだろう。


「しょうがねーよ、姉御の言いつけだ。逆らう訳にはいかねーからな。」


 この世界に来て彼のようなタイプは初めて見た。若い頃の俺を取り巻いていた連中を思い出し、なぜか無礼を咎めるよりも先に親近感が沸いていた。


 俺はニヤリと笑うと口調を改める。王子語はこの男相手には作動しないようだ。


「ところでお前、何て名前なんだ?」


「かぁーこれだよ。4年もこの俺様が仕えてやってんのに名前すら覚えねーだぁ?まあいい、俺様はバーツ。姉御の命令でアンタの世話をすることになった不幸な男さ。」


 バーツと名乗るその男は両手を使ってやれやれとジェスチャーする。


 彼の顔は精悍だが野性味が強く、特徴的な片編みが成された灰色の髪をなでつけている。口元には牙のように発達した犬歯が飛び出て勝ち気に揺らめくグレーの瞳で俺を見上げる様はまるで狼だ。


「バーツか、ま、よろしく頼むな。」


「ああ、いけすかねぇアンタだが食わしてもらってることには変わりねぇ。俺様にまかしとけってんだ。」


 自信満々で胸を叩くバーツ。ホントにだいじょうぶなのか? コイツ。


「部屋は空いてる所を適当に使ってくれ、あ、それと風呂はちゃんと入れよ。臭せー奴に側にいられたくはないからな。」


「うっせーよ! 風呂ぐらいちゃんとはいるっつーの。」


 真っ赤になって言い返すバーツ。思った通り単純だ。しかし気を遣わないで済みそうなのはなによりだった。


 その夜、食事を終え、風呂に入ると先客がいた。バーツだ。彼の体は鍛え込まれており、その締まった体には戦傷だろうかいくつもの傷が走っていた。


「なあ、バーツ。何でお前そんなに傷だらけなんだ? 馬で藪の中にでもつっこんだのか?」


「んなわきゃねーだろ! これは戦で付けられた傷なの! 俺様はなこう見えても親衛隊に入る前は高名な傭兵だったんだぜ? 」


「ならなんでここにいるんだ?高名な傭兵なら十分稼げるだろうに。」


「は? アンタ覚えてねーの? ま、俺様の名前すら覚えてねーぐらいだから仕方ねーか。」


 彼の話によれば、4年前、彼はこの王都で同業者と揉め、斬り合いになったそうだ。衛兵により、両者とも捕縛され、騒動を起こした罪で処断されるところをバカ王子によって拾われたのだという。


「ま、そんなこともあったようななかったような。」


「あーもういい。アンタに何かを期待すること自体間違ってるって事はこの4年で思い知ってるから。」


「でもさ、そんなあっちこっち切り刻まれてるけど、お前、腕の方はだいじょぶなんだろうな? いくらレイラの推薦があるとは言え不安になってきた。」


「はぁぁん? 何いってんの? この俺様の腕が信用できねーって? そりゃマジでいってんのか? さっきも言ったけどな、俺様は元傭兵で傭兵仲間じゃちっとは知られた存在なんだぜ。」


「しょせん傭兵レベルの話だろ。そんだけ傷を負うってことは腕が悪いか位置取りが悪いかのどっちかだからな。」


「そこまで言うなら試してみろよ。俺様がアンタより弱かったらそれこそ一生忠誠を誓ってやるよ。逆に俺様が勝ったら、自由の身にしてもらうからな!」


「えーっ。風呂入ってから汗かくのやだなぁ。ま、お前くらいなら楽勝だからいいか。」


「グググググ、舐めるのも大概にしやがれよ、このバカ王子が! とっとと勝負つけようぜ、勝ってアンタのいけすかねぇその面とも一生おさらばしてやるよ! 」


「ちょっと、そのバカ王子ってのやめてくれない?むかつく奴思い出すから。」


「うるせー! さっさと勝負しやがれ! このバカ王子! 」


 俺とバーツは着替えを済ませ、塔の中にある練習場に移動する。


「なぁ、マジでやんのかよ。すっげーめんどくせーんだけど。」


「いいから勝負しろよ! 忘れんなよ、俺が勝ったら自由の身だからな! 」


「そりゃいいけどよ。お前、なんか臭いし。こっちからチェンジお願いしたいところだよ。」


「まあいい。今のうちに言いたいこといっておけや。後で後悔すんのはアンタなんだからな。」


「で、勝負って何でする訳? 素手? それともこの木剣? 」


「俺様はどっちでもいいぜ、そうだせっかくならその面殴ってやりてーから素手がいいか。」


「OK、んじゃぱぱっと済ませるから早いとこ殴ってきて。」


「その大口後悔すんぜ! 」


 バーツは大きく振りかぶって殴りかかる。この世界は格闘術とかないんだろうか。あんな子供のような殴り方で強いとか言われてもねぇ。

 俺はその大振りのパンチを苦も無くかわしていく。空振りで体が流れた所に足を引っかけるとバーツはつんのめって顔から転ぶ。


「ありゃりゃ、痛そうだねぇ。大丈夫かい? 」


バーツは鼻を押さえ、涙ぐみながらも悔しそうに俺を睨む。


「ふ、ふん。こりゃお遊びだ。いくら殴り合いが強くても戦場じゃなんの役にもたたねえからな。剣でこい、剣で! 」


「えぇーっ、お前、どっちでも良いっていったじゃんよぉ、つか素手選んだのお前だし。」


「うるせぇ、いいから掛かって来いっての! 」


「あーもう、めんどくせぇ。」


「こねぇならこっちから行くぜ!」


 バーツは上段に振りかぶり、突っ込んでくる。俺はその斬撃をぎりぎりで躱すとカウンターで彼の腹に膝蹴りをかます。「ぐぼぉ! 」と言う声と共に崩れ落ちるバーツ。吐かなかったのは偉いと言えるだろう。


「はい、おしまい。」


俺は後ろを向いて立ち去ろうとする。


「ま、まて、まだ俺様は終わっちゃいねーぞ! 」


 少年漫画の不良のようなセリフを吐きながらバーツは再び立ち上がる。


「お前さぁ、いい加減しつこいよ? 今のみりゃ実力の差ってのが分かると思うんだけど。」


「うるせぇ! 俺様はここからがすげーんだよ。後半に強えー男なんだよ! 」


 もはや何を言っているのかよく分からないが、まだ負けを認められないのだろう。


「ふっ俺様にこの技を出させるとはな。さすがは銀鷲。俺の仕える相手だけのことはあるぜ。」


「だったら最初からやれっての。」


 バーツは腰をおとしてトンボに構える。まあ、この構えから来るのは突きだろうな。「しぇあ! 」っとかけ声が響き予想通り突きが来る。しかし、その速度は予想を遙かに上回っていた。


「あっぶねぇ、何しやがる! そんなん当たったら死ぬからね。木剣でも刺さっちゃうからね。」


 ぎりぎりで躱した俺はバーツに悪態をつく。マジでいまのはやばかった。再びトンボに構えるバーツ。2度目は避けられるかわからない。やばい、どうする?俺。その時頭にひらめく物があった。なんだ簡単じゃねーか。


 「シャッ! 」っと再びかけ声が上がる。その声と共に俺は剣を下から斬り上げた。カシュ! と音がしてバーツの突きは軌道を変える。そう、突きは俺に向かってくるのだからその軌道を弾いてやればいいのだ。しかもバーツはそのかけ声でわざわざタイミングを教えてくれる。これではいかに速かろうと意味が無い。


 突きが弾かれ体が泳ぐ。そのがら空きの背中にバン!と剣をお見舞いした。べしゃっと潰れた蛙のようになって気絶した彼をそのままに俺は部屋へと戻っていった。


 ベッドに横になった俺は明日からどうしようかと考える。そうだ、代官として預かっている領地があったはずだ。明日からそこに行ってみよう。ここにいればロマーニャ公爵と顔を会わせねばならず、その因縁を知った俺には耐えがたいほど気まずい。


 たしか西の砦とその周辺の村々が預かっている領地だったはずだ。明日バーツに準備させて午後には出発しよう。


そう決めた俺はわくわくしながら眠りについた。




「やあ、待ってたよ。」


 なぜか俺は汚いアパートの玄関に立っている。


「ほら、そんなところにボサッとしてないで上がって。」


「ここって、俺が住んでたアパートだよね。」


 間違いない。壁のシミから床の傷、すり切れた畳に至るまで記憶にある。

家具の配置も元のままだ。


「まあね。まだ契約切れてなかったし、丁度良かったよ。」


 てへへと頭をかいて笑うこの男はもちろんバカ王子だ。


「で、なんでここにいる訳? あの館は? 」


「それがさぁ、ちょっと訳ありでね。ま、簡単に言うと追い出されちゃったんだ。」


「追い出されたって、お前何やらかしたわけ? 」


「んー。たいしたことはしてないんだけどねぇ。せいぜいあそこのメイド全員に手を出したぐらいで。」


「それは十分たいしたことだと思うぞ。で、どうするわけ? 」


「神様に頼んで実体化させてもらったから、ここでなんとか暮らしていくつもりさ。」


「なにそれ。実体化できないから俺を探しに来たんだろ?」


「ここの世界なら大丈夫みたいなんだ。それに君の残していった体もあったし。」


「人の体勝手に使ってる訳? 本人の承諾もなしに? 」


「いいじゃないか、君だって僕の体使ってるんだから。早い話が入れ替わったってことで。」


「顔が違うじゃねーか。」


「ああ、君の元の顔はちょっとアレだったからね。神様の温情で顔だけはそのままにしてもらったんだよ。」


「アレってなぁに? 俺の顔ってそんなに気に入らなかったぁ? ごめんねぇブサイクで。」


 ちょっと泣きそうになる俺。


「いやいや、個性的でいいと思うよ! うん。でもさ、僕自分の顔気に入ってたから。」


 あわてて言い訳を並べるバカ王子。


「へへ、この国の人に合わせて瞳を黒くしてもらったんだ。ほら、髪の色も黒だよ。」


 よく見れば髪も現代風にカットされている。


「いや、経歴とか、身分証明とかそういうの無いと暮らせないぜ? 」


「ああ、それは君のをそのまま使うから問題ないよ。服も君のをそのまま着てる。本人同士ってこういうときべんりだよねぇ。サイズも一緒だし。」


「まあいいや。で、なんで俺を呼び出したんだ? まさかゲームの攻略の為じゃないよな? 」


「ああ、そうそう、君に忠告しとこうと思ってね。君は人心を集めるために努力してるみたいだけどさ、それってはっきり言って無駄だから。」


「なんで? 人の上に立つなら必要なことだろ? 」


「まあ、そのうち分かるだろうけど。彼ら貴族は君が思っている以上にバカな連中でね。利己主義というか自分勝手というか。家の存続のためなら仁義もへったくれもない連中なんだよ。君も僕の日記はもう見ただろう?」


「ああ、まだ一部だけだがな。実にひどい内容だった。」


「そう、君が言うひどい内容。それだけのことをしても彼らは謀反を起こさない。なぜだと思う? 」


「んー。俺が見たところはキチンとお前が罰せられていたからな。」


「僕が罰せられる? ああ、ハムスターの妻の件か。あんなのは序の口でね。何人かの貴族は精神を病んで引退したり、他国へ亡命したりもしてるんだよ。」


「まじで? お前ってそういうとこスッゴイ勤勉なのな。たった6年でそこまでするとは。」


「まあ、趣味だからね。で、話を戻すけどそこまでされても逆らわないのはなぜだと思う? 」


「お前の言う家の存続のため? 」


「そう、家の存続のためさ。まだ父王は健在だったし、あのおっかない前カスティーユ公も居たから誰も王家に逆らおうなんて思わなかったのさ。仕掛けても絶対勝てないからね。」


「今は違うとでも? 」


「うん。今のカスティーユ公はあの能なしロレンツォだし、父も明日をも知れない身だ。長兄は初めから頼りにならなかったからいいとしても、貴族達からすれば絶好の機会というわけさ。」


「つまり早晩反乱が起きるとでも? 」


「まあ、直接的な原因が無ければしばらくは何もしないだろうけどね。僕が言いたいのは事が起きたときに彼らが味方になることは無いって事さ。例えどんなに君が気を配ろうともね。」


「ちょっと待って。直接的原因って例えばどんなこと? 」


「んーそうだね。恐らく事を起こすのはあのハムスター、いやロマーニャ公爵辺りだろうから、彼に屈辱的な思いをさせるとか。そんなことをしてなければしばらくは安泰だと思うよ。」


しちゃってるよね。かなり。


「あのさ、例えば、そう例えばなんだけど、宴の席でロマーニャ公爵夫人をこき下ろしたりしちゃったらどうなるのかな?」


「あー、あのハムスターはあのブクブクに太った妻が大好きだからね。まあ、反乱しちゃうかな。まさかとは思うけど、君はそんなことしてないよね?」


「……」


「え? まさかなんかしちゃったの? まずいなーそれは。」


 俺は事のあらましを詳しく話す。バカ王子はよほどウケたらしくしばらく畳の上を笑い転げていたが、気が済んだのか真顔で向き直る。


「やっちゃったね。まあ、あとはなるようになるしかないさ。死なないようにがんばってね! 」


「あの、具体的にどうしたらいいとかそういう助言はなしですか? 」


「僕が言えることは早めに脱出する準備をした方が良いってことだけさ。あのハムスターはあんな顔してるけど仕事は出来るからね。宰相の肩書きは伊達じゃ無いってこと。」


「追い出されたらまずいんじゃ無いの? 」


「あとは君が何とかするしか無いね。あっ、そろそろ見たい深夜アニメが始まるから帰ってくれる? 」


 気が付くと俺は北の塔の自分の部屋でベッドに横たわっていた。


 あの野郎、深夜アニメ見たさに俺を斬り捨てやがった !


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