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 翌朝、決戦の火ぶたは切られた。エミリオに合図を出すと長弓を持った弓兵が最前線に出て、敵本陣に向かい一斉に弓を放つ。千の単位の矢が敵の本陣に向かい収束していく。いくら威力の無い遠矢とは言え

あれだけの数だ。被害は皆無というわけには行くまい。俺は本陣の天幕前からその様子をみていた。


 しばらくすると彼方に見える重装騎兵の山がうごめいた。土煙を上げ小麦畑を踏みならす。その地響きは俺の所まで響いてくる。


 俺は弓兵を歩兵の後ろに下がらせる。あとは罠の発動を待つだけだ。一丸となり槍を向ける彼ら、重装騎兵の迫力は3D映画でも味わえないだろう。


 隣に立つレイラのゴクリとつばをのむ音が聞こえた。


 と、その刹那、大地を踏み崩さんばかりに迫る重装騎兵の先頭が消えた。

 落とし穴に引っかかったのだ。次から次へと味方を踏みつぶし押し寄せる彼ら。重量があるだけにいきなりは止まれない。

 3分の1ほどが穴に落ち、のこりも通勤ラッシュ時の電車のごとくギュウギュウと味方を押しつぶす。完全に動きが止まった。


「歩兵隊、至近距離まで前進! クロスボウであの野獣どもを打ち抜け! 」


 俺は待機していた歩兵に指示を出す。ワラワラと動きの止まった重装騎兵に近寄り至近距離で太矢を放つ。こうなってはさすがの鎧も意味が無い。馬の仕えない彼らは重りとなった鋼鉄の鎧で動きが鈍く、射的の的のごとく次々と討ち取られていく。わずかに難を逃れた者達も田んぼに足を取られ身動きが出来ない。そこをやはりクロスボウで討ち取られる。


「親衛隊!例の準備を!」


 再び指示を送る。親衛隊は穴に積み重なる死骸を田に落とし、通路である小麦畑を確保する。開けられた穴には厚い板がかぶせられ、通行に支障は無くなった。


「カスティーユ公!」


 最後にカスティーユ公に指示を出す。彼の率いる500の騎兵が小麦畑を疾走する。クロスボウを捨てた歩兵がそれに続く。


 遠くに見える敵本陣に揺らめいていた狼の旗が北に向かって移動を始める。ルドルフは撤退を決めたようだ。残るは追撃戦のみ。全軍に突撃を指示し、親衛隊に守られた天幕へともどる。


「まあ、今回はこれで決まりだろう。」


「この機に乗じて攻め入らないのですか? 」


 レイラが疑問を投げかける。


「まあ、俺も病み上がりだしな。それにこれ以上の軍事行動は俺の個人的な野心と見られかねない。カスティーユ公だっていつまでも引きずり回す訳にはいくまい? 」


 本心を言えばあれだけ人が死んだことに小さくない衝撃を受けていた。自らの行いで大量の人が死ぬ。これが司令官という者。頭では分かっていたはずだが実体験となれば話は違う。心に重くのしかかる罪の意識に押しつぶされそうだ。


「王子がそう言われるのであれば。私は死者の埋葬を指示してきます。」


「ああ、頼む。」


『どうやら勝ったみたいだねぇ。まあ、僕が仕込んだ作戦で勝てないわけはないけどね。』


『お前の方もお楽しみタイムは終了したようだな。』


『ああ、なかなかいい娘でね。ついつい5回もしちゃったよ。今目が覚めたって訳。』


『そいつは良いご身分だな。こっちは必死だったって言うのに。』


『まあまあ、これも経験だよ。僕が何でもかんでもやっちゃったら君の出番が無いだろう? 君は僕の半身なんだから軍才だって優れてるはずさ。手助けはするけれど基本的には君がやるんだ。アシュレイ王子は僕じゃ無くて君なんだからね。』


『あーわかったよ。』


 俺は奴との通話を切る。そう、これは俺が望んだことなのだ。ならば精一杯生きてやろう。それにはまず、この腐り果てたアシュレイ王子の評判をなんとかしなければなるまい。



 彼、カスティーユ公ロレンツォは今、沸き上がる興奮に包まれていた。この戦いの一番の見せ場を任されているのだ。敵本陣への突入という見せ場を。

 馬を駆る彼の体は軽い。迫り来る矢がいくつか鎧に突きたったがそんなことは気にもならない。全力で馬を駆り、剣を振るう。配下の騎兵が次々と突入していった。ここの陥落も時間の問題だろう。


 敵本陣に掲げられていた狼の旗が後退を始める。流石は『白き皇子』劣勢を見極めた後の行動は早い。敵のしんがりが的確に追撃を遮断する。深追いは禁物だろう。

 彼、カスティーユ公はこの場の制圧に方針を切り替え、我が本陣を振り返る。黒い親衛隊の一団に囲まれた天幕には銀鷲の旗が風に靡く。彼はいま初めてあの旗とその持ち主を誇らしく感じた。



 カスティーユ公が軍を纏めて戻ってくる。追撃は中止したようだ。賢明な判断だろう。相手は高名なルドルフなのだ、深追いすればどんな罠が待ち受けているか分からない。

 俺は諸将を天幕に集め戦の終わりを告げる。


「みなにはご苦労であった。帝国の蛮族どももこれに懲りて軽挙な振る舞いを控えるであろう。これらも皆の活躍あってのことだ。」


「はっ! ありがたきお言葉。」


 一同を代表してカスティーユ公が礼を述べる。


「アシュレイ王子、そしてカスティーユ公をはじめとする皆様。我が領内への此度の救援、誠に感謝いたします。このエミリオ・スフォルツァ、このご恩、終生忘れませぬ。もしよろしければご帰還の前に我が城にて宴など催そうかと思っておりますがいかがでございましょうや? 」


「エミリオ。そのような気遣いは無用だ。ただでさえ戦地となって物入りなのだ。そのような余裕があるなら被害に遭った民への救済にあてるがいい。」


これだけの貴族をもてなすとなれば大変だろう。こういった気の利かせ方一つで評判も上がろうという物だ。


「はっ! 王子の格別のご配慮、ありがたくお受けいたします。重ねて申しますが皆々様、此度は誠にありがとうございました。」


「気にする必要はない、スフォルツァ男爵。ここに居並ぶ諸将はみな同じなのだ。外敵に対しては助け合うのが当然であろう? 」


 中年の貴族が頭を下げるエミリオの肩に手を置きそう答える。他の面々も一様に頷いている。


「では卿に命じよう。今より王都に帰還する。卿はその行軍の一切を宰領せよ。」


 俺はその中年の貴族に命じた。


「ははっ! 私にお任せあれ。」


「エミリオ、卿は事後処理もあろう。一度領内の整備をし改めて王都に顔を出すが良い。」


「はっ! ありがたき幸せ。」


 エミリオは片膝をつき、感謝の言葉を述べる。


 皆感心したように俺を見ている。普段悪い奴がたまにいいことをするとその効果は何倍にもふくれあがる。いわゆる「映画版ジャ〇アンの法則」だ。俺はそれをフル活用し、評判を上げることに決めた。


 王都へ向かう一万の軍。今回は死者も数えるほどで負傷者もわずかであったのでほとんど数が減っていない。俺はこの行列の中程に馬車を仕立てその中で横になっていた。


 馬車はマッチ箱のような長方形で両脇に長椅子が設えられているので十分体を伸ばすことが出来る。

すでに鎧は脱いでいるので体も楽だ。しかしどうにも枕がない。


「レイラ。」


 俺は自分の頭の位置をバンバンと叩く。唯一の同乗者であるレイラが頬を染めて俺の頭を抱え、膝枕をしてくれる。

 んー。これだよこれ。俺のような戦士の心を癒やすにはこの柔らかさが必要だ。


 そのまま俺は眠りに落ちる。どのくらい寝たのだろうかまぶしい光に目を覚ますとそこは見たことのある洋館だった。


 あれ?ここって確か、そうそうバカ王子がいた館だよね。

 恐る恐るドアを開け、2階へ向かう。わずかに開いた部屋のドアの隙間からは聞き慣れた機械音が響いていた。

 そのドアの向こうには・・・王子がいた。なぜか俺が持っていたジャージを着て。長椅子に横たわりゲームをしている王子。っていうかこのゲーム俺のじゃね?


「ああ、おかえり。どうだい僕の世界は? 」


「おかえりじゃねーよ。何してんの一体? 」


「ああ、これね、君の部屋から引き上げてきたんだよ。君にはもう必要ないだろう? 」


「なんでそんな勝手なこと出来るわけ? やっぱ王子だから? それともバカだから? 」


「まあまあいいじゃないかそんな小さいことは。それよりこの服いいね。着心地も良いし、何より楽だ。あとこのゲーム。チョー楽しいんですけど。」


「なんでわずか3日のあいだにニートっぽくなってんの? 」


「いやあ、君の記憶のぞいてたらさぁ、この世界の暮らしに興味がわいてきてね。僕だって猿じゃないんだし、エッチだけしてれば満足って訳にもいかないからねぇ。」


「んで、俺の部屋から勝手に持ってきたってわけか。」


 部屋の中を見回せば、パソコン、ゲーム機、冷蔵庫。あの立てかけてあるのはコタツか。全て俺の愛用品だ。


「でさぁ、もう便利すぎてここから出る気しないんだよねぇ。あ、それとさぁ、人の趣味はとやかく言いたくはないんだけど、ああいうのはちょっと考えた方が良いと思うよ? 」


「ああいうの? 」


 王子はおもむろにパソコンの電源を入れる。しばらくして立ち上がった画面をマウスが走る。つぎつぎと開かれるウインドウ。まさか、そこは!


「だめぇぇぇぇ、そこはみちゃいやぁぁぁ!」


 開かれたのは俺の半生を掛けて収集したエロ動画の数々が収納されているフォルダ。フォルダ名『聖域』だった。


無情にも奴は動画をクリックする。おもむろに聞こえてくるあえぎ声。すいません! 俺が悪かったです!


「いやぁけっこう楽しませてもらったけどさ、さすがにSMとか、ロリっぽいのとかはねぇ。人格疑われるっしょ、マジで。」


 無表情で言い放つ王子。その無表情が俺の羞恥心をさらに深める。


「ちょっとぉ、人のプライバシー侵害しないでくれるかなぁ? 」


 俺は蚊の鳴くような声で抵抗を示す。


「今更プライバシーもヘチマも無いだろ? 君だって僕の日記見ちゃったんだし。」


「あれはお前が見ろって言ったんだろーが! 」


「あれ? そうだっけ。まあいいや。今更隠すことでも無いしね。僕の日記は必要なら見てくれてもかまわないよ。もちろん僕も君の日記を見るけどね。そんなことよりちょっと教えてくれない? ここがどうしてもクリアできないんだよね。」


「ああ、ここはな、こうやってこうしてこっちから行けば行けるだろ? 」


「おぉさすがだね。わざわざ来てもらった甲斐があったよ。あ、そろそろ時間だ。」


王子がそういうと俺は再び意識を失い、闇に落ちる。


「ちょっと待て! 」


 目を覚ますとそこはレイラの膝の上だった。


「どうされました? なにやらうなされていたようですが。」


 くそっあの野郎、ゲームの攻略のために俺を呼び出しやがって。しかも俺の『聖域』を勝手に覗きやがった。マジ最低な奴だ。




エミリオ・スフォルツァ男爵は多忙だった。戦地になった領内の復興、逃げた農民の呼び戻し、それに今回の戦の軍事費。どれもこれも頭の痛い問題だ。しかし帝国に攻め込まれたにしては被害は軽微だったと言えるだろう。何しろほとんど無傷であの『白き皇子』を撃退したのだから。戦利品として回収した重装騎兵の馬鎧なども今後使い道があるはずだ。


 しかし、あの王子の変貌はどうしたことだろう。まず、彼が自分の名前を尋ねた事が驚きだった。王子に名前を覚えられる。それは彼による嫌がらせの対象になるのと同義語だったはずだ。おそらくあの陣中で名前を知られていたのはカスティーユ公ぐらいのはずだ。


 しかしエミリオは嫌がらせを受けることも無く、むしろ気遣いを受けた。こんなことは今まで一度も無く、大半の貴族同様エミリオも自分が被害を受けぬよう目を伏せ、彼の記憶に残らぬよう努めるのが恒例だったからだ。


 大空に羽ばたく銀の鷲。その目にとまった物はありとあらゆる嫌がらせを受け、中には精神を壊した者までいる。彼の存在はヴァレリウス王家の闇そのものだった。


 敵に向けられる切れ味のいい軍才と味方に向けられる急所をえぐるような嫌がらせで『銀鷲』の名は内外共に恐れられて来たのだから。


 病に伏せ目を覚ましてからの彼はカスティーユ公の言うように『魂がまともな者と入れ替えられた』のかもしれない。しかし甘い予測は禁物だ。今までもそうやってひどい目にあった貴族が何人もいるのだから。


エミリオは頭を振り、当面の対応だけに没頭する。考えても分からぬ事は分からぬのだ。そばに召し出された妹が心配ではあるが彼女ももう一人前の騎士だ。自分で判断できるだろう。

 今は王子の気まぐれにより与えられたわずかな余裕を最大に活用することだ。彼は執務室で机の上に山と積まれた書類を眺めながらため息をついた。急いで事後処理を終え、王都に向かわなければ。何しろ事は自分の領内で起きたのだ。祝勝会には参加して皆に礼を述べねば立場がない。



 王都までの道のりは天候にも恵まれたため、予定より2日早い6日で着いた。俺は再び鎧を着け、黒地に銀の鷲が刺繍されたマントを身につける。馬に跨がり全軍の先頭を行くその姿はまさに凱旋将軍といったところか。レイラは馬上、俺の羽根飾りのついた兜を掲げ、すぐ後ろを着いてくる。銀鷲の旗を掲げる親衛隊員がその横に並んでいた。


 王都は戦勝に沸き、まさにお祭り騒ぎだ。大通りを進む俺達に割れんばかりの歓声と花びらが降り注ぐ。


「アシュレイ王子、万歳! 」


「銀鷲に栄光を! 」


 などと称賛が響き、住民の誰もが笑顔で手を振る。俺はまんざらでも無い気分で手を振返していた。



 レイラは戸惑いを隠せない。今までも戦勝の度、こうした出迎えを王都では受けていたのだが、主役たる王子はめんどくさそうに手を振るだけで今のように笑顔を見せることなど無かったのだ。自分に対する扱いも解せない。


 幼い頃、父について狩を学んだ。スフォルツァ家は武門の家柄、女子と言えども最低限の武術は学ばねばならない。10歳を迎えたその日、父は兄と私を伴い狩りに出た。そこで忌むべきあの出来事が起こる。

 ウサギや鹿に矢を放っていた私の前に一頭の熊が現れたのだ。私は突然の出来事に反射的に矢を放つ。

非力な子供の矢が熊を仕留められるわけも無く、手負いとなった獣は私に襲いかかる。その前足が放つ一撃は私の左目を奪った。父が放った矢が熊の眉間を貫くのがあと10秒遅ければ私はこの世にいることは

無かっただろう。数日高熱にうなされた私は鏡を見て愕然とする。左目はすでに無く、その周りにはえぐられたような醜い傷が残っていたのだ。

 10歳ともなれば世の中のことも多少は見えている。私は醜い己の姿を見たときに女としての未来が失われたことを悟った。


 2年ほど部屋にこもり、家族とも顔を合わせるのが嫌で食事すら部屋で取った。寝て、嘆いて、そして寝る。それが私の全てだった。世の中が灰色に見える。どうして私だけが、なぜ私なのかと運命を呪い、自ら命を絶つことも考えた。

 そんな折、父が一冊の本を与えてくれた。その本は女の騎士が活躍する英雄伝で今思えばありきたりの話だが、絶望に囚われていた私にはその主人公がまぶしいほど輝いて見えた。

 私は2年ぶりに部屋を出る。父にねだり一振りの剣をもらうと無心にそれを振り始める。スフォルツァ家は武門の家柄だけあって、武術に精通した家臣を何人も抱えていた。彼らの手ほどきを受け私の腕前はみるみるうちに上がっていった。

 左目が無いので視界が狭いという不利はいかんともしがたかったが、左手に盾を持つことで解決した。今では気配で分かるので見えないと言うことはさしたる事では無くなっているが。


 16歳になった頃には兄を始め、スフォルツァ家で私に敵う者はいなくなっていた。私は王都に出て、さらなる研鑽を求める。父のつてをたどり、王都で一番の腕を持つという剣術師範にも師事し、20歳の頃には名実ともに王都一の剣使いと呼ばれた。

 その頃、父が亡くなり兄が家督を継ぐ。私の腕を惜しんだ父が生前騎士として独立できるよう運動していたので、兄の相続の機会に私も騎士の叙勲を受ける。私の配属先は第三王子の親衛隊。その隊長に任じられた。


 そこで私は驚くべき存在に遭遇する。主君である第三王子は私の着任挨拶もろくに聞かず、親衛隊に混じり訓練に参加するよう命じたのだ。そのときの彼が見せたゴミを見るような視線は今も忘れられない。


 親衛隊とは名ばかりで、実際は街のごろつきや傭兵上がり、問題を起こし家を追放された騎士崩れなどの集まりだった。その中に混じり訓練を受けさせられる。このスフォルツァ家出身で、王都一の剣使いと称えられた私が。

 壇上で見下ろす王子はそれこそ軽蔑の念を隠さず、淡々と指示を出す。あまりの態度にキレたごろつきが王子に食ってかかったが無言のまま斬り捨てられる。皆動揺が隠せない様子だったが、私はその斬り捨てた剣の速さに驚かされた。今まで見た誰よりも速いその剣はまさに迅雷の如しだった。

 私はそれを見た瞬間、自分の未熟さを思い知らされる。今の私が彼に挑んでも一振りで斬り捨てられるだろう、と。剣を追求しただけに彼の凄さが分かってしまう。


 私はなんと思い上がっていたのだろうか。彼にとって私もこのごろつき共も何ら変わりはないのだ。今まで王都一の剣使いなどと吹いていた自分が恥ずかしくもあり情けなくもあった。そう、今の私はあのいけ好かない男を守る壁の一部。きっと彼には私たちの存在など彼の乗る馬以下なのだ。ただ、身代わりになれ。自分の盾になれ。身を守る為の道具。それだけが彼の求める物だったのだろう。

 その証拠に私たちは戦場の一番きつい部分に投入され、少しでも働きが悪いと容赦の無い罵倒が飛ぶ。あまりの冷酷さに思い出すのもためらわれるほどだ。


 こうして4年が過ぎ、我ら親衛隊もただの寄せ集めから、精鋭と呼ばれるほどになっていた。しかしあの王子が私たちを人として見ることは無く、隊長である私の名前すら覚えていないだろう。

 我々親衛隊の面々にとって銀鷲の名と旗は誇らしい物などでは無く、あの王子の冷たい目線と容赦の無い罵倒を思い起こさせる恐怖の鷲なのだ。


 その王子が、病から目覚めると私をそばに置くようになり、レイラと名前で呼ぶ。その上あろう事かこの私に膝枕さえ求めてくるのだ。貴族達が噂するように『魂が入れ替わった』とでも考えねば辻褄が合わない。しかしおとぎ話のようなその噂を信じられるはずも無い。

 困惑を深めたまま、私は花びらの舞い散る大通りを王城に向かい進んでいく。うれしそうに手を振り返す王子の後に続いて。




 謁見の間では戦勝式典が執り行われていた。病床にある王の姿は無く俺は空の玉座に跪く。やや後ろにカスティーユ公、3歩ほど下がったところに諸将が並び跪いている。


「此度の遠征、誠にご苦労であった。北の蛮人共も今回のことに懲りてしばらくは巣穴に潜っていることであろう。その戦勝を称え、司令官アシュレイ王子には大金貨100枚を与え、その栄誉とする。

 副将として参陣したカスティーユ公には大金貨50枚を与える。また、領土防衛に功のあったスフォルツァ男爵には大金貨30枚を、参陣した他の諸将には大金貨20枚を与え、報償とする。

 以上の件をヴァレリウス王の代理にして宰相であるロマーニャ公爵の名において執り行う物とする。」


 係官がそれぞれに金貨の入った袋を手渡していく。


 全員がありがたき幸せと声を揃え誰もいない玉座に頭を下げる。居並ぶ貴族たちからわき起こる拍手。

式典とはどこの世界でもあほらしい物だ。とっとと退出して風呂にでも入ろう。明日は戦勝を祝した宴が執り行われるらしい。実に面倒な話だ。


 俺は謁見の間を退出すると待たせていたレイラに金貨の袋を放り投げる。


「それを親衛隊で分けろ。端数はお前が取っておけ。」


 それだけを告げると俺は住居である北の塔に向かった。ちなみに大金貨は10万円。金貨は1万、銀貨は千円、銅貨は100円ってとこだ。親衛隊は100名足らずだから一人10万はもらえるだろう。戦いにでたボーナスとしては微々たるものだが何も無いよりはマシなはずだ。


 記憶によればバカ王子は親衛隊につらく当たっていたようなのでこのくらいのことはしてやる必要があるだろう。



 レイラは混乱を極めていた。あの王子が親衛隊に報償を出す。あり得ないどころか奇跡に近い。受け取った袋を手に、しばらく立ち尽くしていたが我に返り、王子の側仕えをしている自分に変わり、隊長代行を任せているバーツを呼び出した。

 彼はごろつき上がりで口が悪いが情に厚く、隊員達からの信頼も厚い。私に次いで腕が立つが、私との距離はまだまだ大きい。人を纏めると言うことに関しては彼に任せておけば大丈夫なはずだ。


「姉御、こりゃなんかの悪い前触れじゃねーのか?」


 バーツは開口一番そう言った。


「私とて思うところが無いわけではないが、くれるという物だ。受け取っておいて損はなかろう? 」


「そりゃそうだが、あの腐れ王子が我々親衛隊にそんな温情を示すとはとてもじゃないが信じられねぇ。きっとなにか裏があるはずだぜ? 」


「私もその可能性については検討してみた。が、我らに課されることと言えば死ぬこと以外無いのだ。そしてそれは今までと変わりが無い。」


「なるほど、どうせ死んでこいって言われるならくれる物くらいもらっといてもバチはあたんねーってことか。」


「まあ、そうだ。」


「んじゃ早速野郎共を集めてくるぜ。集合場所は訓練場でいいな?」


「ああ、頼む。」


 彼は一目散に走って行く。私は改めて金貨を数えてみる。大金貨で100枚だ。現在親衛隊は私を含め92人。8枚余る計算になるがそれは私に取っておけと言われた。その金でそのうちみんなに酒でも奢ってやれば良いだろう。




 俺は風呂に浸かりながら王子の記憶を紐解いた。この北の塔には俺の他に執事やメイド、コックなどが合わせて10名ほどが住んでいる。東の塔には王太子である兄が今も寝込んでいるはずだ。

 西の塔は以前は第二王子とその取り巻きが住んでいたが、彼が討ち死にしてからは空き家のままだ。第三王子である俺はこの日当たりの悪い北の塔を住居としてあてがわれていた。

 日当たりが悪いとは言ってもそこは王家の者が住まう場所。内装は豪華で設備も素晴らしい。特にこの大きな風呂は最高だ。

 残念なことにバカ王子の評判の悪さからこの塔で働くメイドはすべて中年女性だった。若い女はあのバカ王子が手をつけてしまうので誰も寄りつかない。まあ、空き部屋はあるし、あとでレイラをそこに住ませればいいか。


 翌朝、俺はレイラを伴い、病床に伏せる父王と兄を見舞った。父王はすでに意識はなく、もってここ一週間だと言われている。その顔は土色で生気のかけらも無い。

 ここにいても無意味なので兄のいる東の塔に向かう。この日、兄は血色も良く、俺を出迎え、戦勝を祝ってくれた。最後に自分の体が弱いため迷惑を掛けてすまない。と俺の手を取り涙を流す。頼られて悪い気はしなかったので俺も、お任せあれ。などと安請け合いをした。


 見舞いを終えた俺は街を視察する。中世ヨーロッパ風の建物が並び、まるで海外旅行にでも来たみたいだ。石造りの家々が整然とならび、その中を縦横に走る道は煉瓦で舗装までしている。

 しばらく進むと商店が建ち並ぶ一角が見えた。その一角は喧噪に溢れ道まではみ出して商品が置かれ、行き交う人の声と店の従業員の呼び込みの声で会話もままならない。


 あちこちの店を冷やかしがてら見て回り、広場でうまそうな物を売っている屋台を見つけると、彼女を急かし、買い食いをする。レイラはしきりに「はしたないですぞ」と俺をたしなめるが彼女の分も買ってやり、ベンチを見つけ一緒に座って食べた。顔が赤くなっているのは恥ずかしさのためだろう。

 ん?もしかして俺に気があるとか?


 帰り際にトドメとばかりに銀のハート型のペンダントを買ってやる。彼女はアクセサリーの類いを一切身につけていない。銀は俺のパーソナルカラーみたいだし、丁度いいだろう。

 レイラはそれこそゆでだこのように真っ赤になり、しきりに遠慮したが無理矢理その首元に嵌めてやる。俺と彼女の顔は数センチの近さまで近づき、彼女の高鳴る鼓動が手に取るように分かった。


 まあ、はっきり言って今の俺はイケメンだ。レイラがラブラブモードに陥っても仕方の無いことだろう。夜にでも呼び出してチューでもしてやるか。


 そうこうしているうちに時間は過ぎ夕方になる。今夜は戦勝の宴だ。主賓である俺が遅れるわけにも行くまいと、北の塔に戻り身支度を整える。


「そうだレイラ。」


 側に控えるレイラに声を掛ける。


「はい。」


「お前は確か城下に住んでいるのだったな。」


「はい。」


「明日からはここに住むがいい。開いてる部屋ならどこを使ってもかまわん。」


「……」


 彼女は何を言われたのか全く理解できないようで、ホカンと口を開けたまま立ち尽くしている。


「なんだ、いやなのか? 」


「い、いえ、光栄ですが、なぜ私などを? 」


 好みだからと面と向かって言えるほど俺のハートは太くない。


「その方が便利だろう?どうせ側仕えしてもらってるしな。」


「し、しかし私などを同居させてはあらぬ噂も立とうという物。王子のご迷惑になるやも知れません。」


 ちょっと泣きそうになっているレイラ。なにかまずい事でも言ったかな?


「噂になると何がまずいのだ? 俺には妻も側室もいないのだ。お前を同居させたところで文句を言われる筋合いではないだろう? 」


 うん。完璧な理屈だ。ちょっと好意を匂わせるってトコがポイントだな。予定通りレイラは真っ赤になって俯いている。


「そ、そうですね。わ、私は職務上の利便性を重視してここに住まわせてもらうのだから、そ、その、噂などになるわけがないですよね。」


 明らかに職務上以外の理由を期待している顔だ。よっしゃあ! 眼帯美人ゲットだぜ!


「ならば明日にでもここに越してくるように。いいな? 」


「はい。よ、よろしくお取り計らいください。」


 そっぽを向いて蚊の鳴くような声でそう呟くレイラ。顔どころか耳まで真っ赤。わかりやすい性格してる。


 まあ、しかし、これで俺の女日照りも解消だ。明日からは眼帯美人とムフフな夜をすごすんだぜ。ざまーみろバカ王子。


「ではそろそろ宴に向かうとしよう。」


 派手な貴族服に着替えた俺はレイラを伴い、パーティー会場へと向かった。


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