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battlefield

「ううう。頭いてー。」


 まるで二日酔いの朝のように痛む頭を抱え、俺は目を覚ました。

 ここはどこだろう。どうやら民家の一室のようだがそれにしても貧相だ。石積みの壁はそのままで隙間をコンクリートのような物で埋めている。部屋は薄暗く、小さい窓が切られているだけでガラスすら嵌まっていない。この部屋に家具と呼べるような物は無く、藁を敷き詰めた上に俺は寝かされていた。


「あんにゃろー!騙しやがったな、どうみてもここは馬小屋じゃねーか。それともなに?厩戸皇子とでもしゃれたつもりですか?」


 目覚めた俺は壁に向かって文句を言う。


『目覚めたようだね、兄弟。』


 脳に直接響き渡る声がする。間違いなくあの王子の声だ。


「兄弟って俺のことか?」


『そうだよ。僕と君はいまや兄弟以上の深い関係さ。便宜上兄弟と呼ばせてもらう事にするよ。』


「俺にだってな名前ってのがあんだよ。いいか?よく聞いとけよ、俺の名前は……なんだっけ? え? え? え? 俺、名前が思い出せねー! どうなってんだ!お前らなんかしやがったんだろ! 」


『僕らは何もしてないよ。そうだね、そんなことが出来るとしたら『神』しかいないね。』


「なんで神がそんなことするんだよ。大体神と契約したのはお前であって俺じゃねぇ! なんか細工されるいわれはねーぞ! 」


『きっと神がこの世界でいらない情報を君の中から排除したんだ。君の名前はアシュレイであってそれ以外の何物でも無くなったってわけさ。』


 両親の名前も顔も思い出せない。友達も、テレビに出てきたタレントや政治家もだ。その割に出来事だけはしっかり覚えている。ただその思い出には相手の顔と名前がないだけだ。

 なぜかDVDで見た外国ドラマやアニメ、ゲームや本などに出てきた登場人物はしっかり覚えていてその内容も恐ろしいほどクリアに記憶されている。


 こうなった以上二度と会うこともないだろう。一抹の寂しさはあるがここはすっぱり忘れよう。

 俺の名前はアシュレイ・ヴァレリウス。ちょっと前まで無職だった。しかしいまはヴァレリウス王国の第三王子だ。


「ところでお前はどうやって話しかけてきてるわけ? それに口調もちがうよねあの王子口調はやめたんですか? 」


『あいかわらずいっぺんに質問するねぇ。まあいいや、まずどうやって話しているかだけど、君の左耳を確認してみて。』


「あ、なんかついてる。これピアスか? 」


『そう、そのピアスを通じて話してるんだよ。ま、携帯電話みたいなものかな。君も念じれば声に出さなくても話が出来るよ。』


『こうか? 便利な物だな。』


『で、僕に用事があるときはピアスに付いてるボタンを押してね。僕のピアスが震えて知らせてくれるから。』


『バイブ機能付きか。まさに携帯だな。』


『で、口調なんだけど、僕も声に出して話すわけじゃ無いから君以外に聞かれる心配はないんだ。そんな状況で堅い口調もつかれるでしょ? 王子だからしかたなくあんな言葉遣いだったけどこれが本当の僕さ。』


『なるほどな、王子ってのもめんどくせー物なんだな。』


『で、ここからが大切なところなんだけど、君の頭には僕の記憶が詰め込まれてる。イメージしてみて何が見えるか教えて。』


うーんと言われたとおり「王子の記憶」についてイメージする。出てきたのは小さな本棚。そこには厚さが様々の4冊の本が置かれている。


『本棚、4冊の本が入ってる。』


『それが僕の記憶さ。その本を開けば君に記憶が移される。とりあえず今は世界と技術それに人名の3冊を開いてみて。』


言われたとおりに本を開く。すると頭の中に直接大量の情報が流れ込んでくる。映像や文字、人の顔などだ。俺はあまりの衝撃に頭を抱えうずくまる。


 この世界はグランディアと言う。そして今いるこの大陸はグランタートルと呼ばれ、神話の時代に存在したとても大きなウミガメのなれの果てだという。古代にはこの大陸全てを支配した古代帝国が存在し、繁栄を極めた。


 600年ほど前に別の大陸からやってきた蛮族によって古代帝国は終焉を迎える。蛮族達はそのまま大陸北部に居座り、その部族毎に小国家を建設した。


 難を逃れた古代帝国の人々は南部に新たな国家を建設する。その一つがヴァレリウス王国だ。その後も各国家で離合集散を繰り返し、100年ほど前に今の5カ国で安定する。


 北のロンバルト帝国、西のポルトラーノ共和国、東南部の半島にカスティーユ公国。大陸中央から南部にかけてヴァレリウス王国があり、西南部にはエミリウス王国となっている。山に囲まれ隔離された東部は小国家が乱立し、いまだ大きな勢力は現れていない。


 現在の地理とざっくりとした歴史。きっと王子はこの程度にしか学ばなかったのだろう。あとは人物や細かい地名などがあったがそれらは当人やその場所に行けば分かるはずだ。動物や植物に関しても俺のいた世界と変わらないようだ。


 技術の方だが、剣以外はまともなものがなさそうだ。剣に関して言えばその使い方から技の数々までまさに体得したように思い出せる。


 あと軍略に関する物もいくつかあったがシミュレーション好きの俺にとっては基本過ぎて学ぶに当たらない物だった。記憶にある兵種からみてここは中世ヨーロッパ風なのだろう。


 残った本は後1冊。背表紙には日記と書かれたやたらに厚い本だ。開けようとしてもロックがかかっているみたいで開けることは出来なかった。


『なあ、残りの1冊は開けちゃダメなのか? ロックがかかってんだけど。』


『それは僕のプライベートな部分だからね。もちろん君の分も開けてないよ。』


『え? 俺の記憶もお前に行ってるわけ? 』


『あたりまえでしょ。同化なんだから。お互いの情報は全部交換してるの。』


『まあ、いいけどね。でもさ、お前が何してたのか全然分からないのも困る。だいたいここはどこなんだ? 』


『ここは戦場だよ。君はその中にある民家で寝てたんだよ。』


『なに? ここって戦場なの? んじゃ俺は兵士か何か? 』


『兵士な分けないだろ。王子なんだからさ。君はヴァレリウス軍の総司令官だよ。』


『はぁ? 戦争の経験が全くないのにいきなり司令官やれって言うの? 』


『今回は僕がサポートするから大丈夫だって。とりあえず誰か呼んで体でも洗ったら? 』


『そういややたらベタベタする。』


『二週間も寝てたんだから当たり前さ。隣の部屋に誰かいるはずだから準備させるといいよ。準備が全部整ったら電話して。一回切るよ。』


 俺は隣の部屋に詰めている兵を見つける。彼の名前は分からない。きっと王子が直接話すことなどない身分なのだろう。


「体を洗う。準備をせよ。」


 あれ? 俺は今、「体を洗いたいので水をください」と言ったはずなのだが。勝手に王子語に翻訳されてるし!


 兵は驚いたように跳ね上がり、は! ただいまと叫ぶと走って行った。外で「司令官が目を覚まされたぞ! 」とわめく声が聞こえた。


 タライに適温のお湯が張られている。あとは体をこする布、この石みたいな塊は石けんか? それにカミソリ。それらを使い髪と体を洗う。カミソリを使いひげを剃る。写りは悪いが鏡も貸してくれたのでそれを見ながら剃っていく。急にイケメンになったのでひげ剃りもいつもと感覚が違い難しかった。


 綺麗になったところで用意された服に着替える。下着はふんどしのような感じでなにげにきゅっと締まって気持ちいい。その上に長袖の黒い下着と厚手の鎧下をつける。ズボンも革製で、腿の部分は薄い鉄板で補強されている。靴下を履き膝下までのブーツを履いた。


 そのあと兵に手伝ってもらい鎧を着けていく。鎧と言っても鎖帷子の上に黒く染めた革の袖無し鎧を着込むだけだ。いわゆるプレートメイルって奴じゃ無い。

 この革鎧がデザイン的に優れていて気に入った。胸と肩の部分だけ銀色に磨き上げられた鉄板で補強され、その鉄板には細かい装飾が刻まれている。そのウエスト部分を剣帯を兼ねた太いベルトで締めていく。


 羽で飾られたヘルメットタイプの兜はかぶらず、兵に持たせておく。騎兵用の長剣を腰に佩けば準備は完了だ。

 外に準備された黒毛の逞しい馬に跨がり、兵の案内で本陣に向かう。このタイミングで王子に連絡を入れる。


『準備できたかい? 』


『ああ、ばっちりだ。それより俺が発した言葉が王子語に勝手に翻訳されるんだけどどういうことだ?』


『いきなり言葉遣い変わったらおかしいだろ? 僕の配慮でそうしておいたのさ。ばれちゃまずい相手にはそうなうようにね。それよりさちょっと僕忙しくなっちゃってね、悪いけど戦争は君一人でやってくれない? 』


『はぁ? なにいってんの。状況すらつかめてないんだぜ俺は。だいたい戦争より優先することなんかあるはずないよね? 』


電話の向こうで『いやん』とか『だめぇ』という女の声が聞こえる。


『おい、お前今なにやってんだ?正直に答えろ。』


『いやぁこのメイドがね、我慢できないなんていうからさ。君も男ならわかるだろ?状況は僕の日記にかいてあるからそれを見るといいよ。但し、4月25日のだけだからね。違うとこ見たら許さないからね。じゃ、僕は忙しいから切るよ。あとでこっちから掛けるから君からは電話しないでね。気が散るから。』


 ブツッと通話が切れる。あの野郎!人がこれから命がけの大勝負だっていうのにメイドとナニの最中だと~!マジうらやましい!!


 俺は馬の手綱を兵に渡すと目を閉じバカ王子の日記を漁る。これは記憶が文章に変化した物のようで日記の形を取っていた。これか、4月25日の分。ちなみに暦は変わらないみたいだ。


4月25日 天候 晴れ


 ようやく帝国との決戦予定地についた。北の蛮人どもは春になると必ず仕掛けてくる。もはや恒例行事と言っていい。偵察からの報告によれば今回軍を率いるのはあの『白き皇子』らしい。彼、いい加減しつこいんだよね。いちいち相手すんのめんどくさいから今回はちょっと痛い目でも見てもらおう。ああ言う戦争狂いはホント迷惑だ。

 帝国の作戦はいつものごとく重装騎兵による突撃だろう。彼らはそれしかできないのだから。

 で、迎え撃つ僕は有利な戦場を設定し、相手の得意技を潰すことを考えなきゃならない。ここは僕にとって実に理想的な場所だ。中央に刈り取った後の麦畑があり、その両脇を水田が囲む。愚かな重装騎兵どもは麦畑しか通れない。水田は地盤が軟らかく重たい装備をつけた彼らじゃ沈んでしまうからだ。

 って事は麦畑に罠を仕込んでおけば良い。僕は数日前からこの麦畑に気付かれないよう落とし穴を掘らせている。掘った人夫はその場で処分して穴に入れちゃったから万が一にも漏れる可能性は無いだろう。 重装騎兵が穴に引っかかり転びまくったところを歩兵に持たせてあるクロスボウで至近距離から狙わせる。これで彼らは終了だ。

 同じ手が何度も通じると思ってるルドルフは残念な奴だ。バカにつける薬は無いという。できれば敗戦のショックで寝込んでくれれば最高だ。


 それにしてもカスティーユ公は相変わらず不快な奴だ。

あの自分が頭が良いと思っている物の言い草が最悪。あのすかした顔も腹が立つ。いかにも忠臣ぶって人の考えも知らないのに水の確保だけを言い連ねる。水が干上がる季節まで彼はこんな辺鄙なところで過ごすつもりらしい。あの男はこの僕よりも軍才があるとでも思っているのだろうか。


 彼に出来るのは下手な詩を読むことと、不細工な女のダンス相手だけだということにまだ気付いてないのだろうか。もはや相手にするのもあほらしい。

 大体にして彼は執念深い。昔、彼の妹との婚約が破談になった事を未だに根に持ちぐじぐじ言ってくるし。貴族としての器量に欠けると言わざる終えないだろう。彼がヴァレリウス最大の貴族であることがこの国の不幸の最たる物だ。

 今回の戦いで愚かなルドルフを誘導してこの汚物を殺すことは出来ないだろうか。その可能性によっては作戦計画の大幅な変更もやむを得ないだろう。


 ついでにうっとうしいアホな貴族共も何人かまとめて死ねばいいのに。



 うん。最低な日記だ。まあ、今回の戦の全貌はつかめたし、いくつか補強すれば問題ないだろう。


 俺は目を開け本陣へと向かう。出迎えに得ている男はカスティーユ公だ。あの日記を見た俺は彼に同情の念を禁じ得なかった。



 カスティーユ公ロレンツォは慌ただしく指示を出していた。アシュレイ王子が目を覚ましたのだ。待ちに待った瞬間ではあったが一方でなぜそのまま死んでくれなかったのかと言う思いも捨てきれない。

 まあ、仕方ない。とにかく今は目の前の帝国軍を何とかしなければ。


 彼は各隊に散っている将を本陣に呼び集めるべく使いを出す。


「これで一安心ですね。カスティーユ公。」


 空気を読まない若い貴族の言葉が彼をさらにいらだたせる。彼は若い貴族に答えることも無く情報の整理、現在の配置、残りの物資など情報を整理していく。いつ問いただされても良いように。


 万一返答にでも詰まれば、あの蔑んだ目で睨まれ皆の前で大恥かかされる。今まで何度苦い思いをさせられた事だろうか。王子の罵倒を浴びる事は自分を優秀だと信じる彼には耐えがたい事だった。


 諸将が本陣に集まってきた。どの顔も安堵と苦さが入り交じった複雑な表情をしていた。みな、彼と同じ気持ちなのだ。全員の着座を確認し、彼はこの世で一番憎んでいる王子を出迎えるためテントの外に出て片膝をついた。王子の嫌みを避けるには細心の注意が必要なのだ。


「カスティーユ公、迷惑を掛けた。留守の間ご苦労であったな。」


 信じられない言葉が彼の頭上に響いた。あの王子が自分に労いの言葉を掛けている。王子に初めて会ってから15年。初めての出来事だ。彼は何が起こったのかすぐには理解できず、無言で頭を下げる。王子がその手を取り本陣へと誘った。

 判った。きっと寝込んでいる間に途方も無い嫌がらせを思いついたのだ。狙いは自分しか無い。何しろ王子は自分以外の名前は覚えようともしないのだから。

 それに気付いたとき全身にぞわっと寒気が走る。軍才と嫌がらせの才、この二つで目の前の人物はできあがっているという事を彼は今更ながらに思い出した。



 俺はカスティーユ公を伴い、本陣に用意された上座の席に腰掛ける。その所作は優雅な物だ。こういう技術も受け継いでいるらしい。

 何より大きな問題が発覚した。俺が労いの言葉を掛け、手を取ったカスティーユ公。彼の目は怯える犬のようだった。きっとまたとんでもないことをされると思ったに違いない。

 居並ぶ諸将の顔もそれに近い。驚いたことに彼らの内、誰一人として名前が分かる物はいなかった。あのバカ王子にとって必要ない物だったのだろう。


 つまりバカ王子はここに居並ぶ諸将の誰からも信頼されていない。目を合わせる者がいないことを考えるとむしろ嫌われているのだろう。

 人に嫌われて超然としていられるほど無神経じゃない俺は、どこまで出来るか分からないが信頼の回復に努めてみようと思った。


「カスティーユ公。まずは状況の報告を。」


「はっ! 司令官がお倒れになる前と大きな変化はありません。両軍膠着状態を続けております。」


「では私はいない間に打った策は? 」


「敵将はあの『白き皇子』ルドルフです。下手な策など使えば、見抜かれて逆撃を受ける恐れがあったので、防戦のみ指示しています。」


なるほど、この男は自分と相手の力の差は分かるようだ。優秀と言っていい。この状況で何もしないというのは何かするよりも苦労が大きいだろう。


「分かった。では作戦を説明する。我らにとって脅威なのは彼らの持つ重装騎兵、これに他ならない。私はそれを無力化するためにすでにいくつかの手を打っている。後は彼らに攻め込ませることが出来ればそれで終わりだ。そこで卿らに問いたい。あの蛮人どもを引き出すよい手はないか? 」


 内容を説明してやること、意見を聞くこと、この二つがなければ織田信長よろしく謀反を招く。少なくとも俺はそう思っている。


「司令官、重装騎兵を無力化する手段とは? よろしければお教えいただきたいのですが。」


 若い貴族から質問が上がる。彼の名はもちろん知らない。


「すまない、病み上がりのせいか記憶がはっきりしない。卿の名を教えてくれないか? 」


「私はエミリオ。エミリオ・スフォルツァ男爵でございます。司令官殿。」


「ん。ではエミリオ。卿の期待に応えてやりたいところだが、ここは我慢せよ。折角私が苦労して仕込んだのだ。からくりを知ってしまっては面白くあるまい? 」


「は、お心のままに。」


「では卿らに命じよう。今より私は前戦の視察に向かう。2時間ほどで戻るからそれまでに帝国軍を引き出す策を討議しておくように。カスティーユ公、意見を纏めておくように。エミリオ、卿には供をしてもらおう。」


 そう言うとあっけにとられる諸将を尻目に俺は本陣のテントを後にした。あわててエミリオがついてくる。



 い、一体何が起こったのだ!いや、これは天罰に違いない、いや、悪魔に呪われたのだ!などと王子の去った天幕は喧噪に包まれた。

 若い頃から王子を知るカスティーユ公にとっても、あまりに意外だったあの振る舞いに、諸将は混乱を極めていた。通常であれば、


「なるほど、卿らは私がいないのをいいことにここで惰眠を貪っていたという訳だ。ヴァレリウスの将官はいつから家畜と同義語になったのか。まあいい、これから私が指図することのみ卿らはやっていれば良いのだ。どうせ他に出来ることはないのだからな。」


 と、このくらいのことは言ってしかるべきあの王子がだ。あろう事か作戦を説明し、さらに我らに策を示せという。普通に考えればよい変化として受け止められるのだが、なにせ相手が相手だ。どんな罠が張られているかわかったものではない。


 先ほどからの王子を見る限り、病でその魂が多少マシな者と入れ替わったとでも思いたいが、それは甘すぎる期待だろう。


 とにかく今我らがなさねばならないことは、あの王子の気に入るような策を示すことだ。下手な提案をしてはどんな目に遭うか分からないのだから。


「静まれ!卿らの気持ちは分かるが、ここは王子の命を果たすことがなによりではないか? 討議をし、もっとも良い策を示すことが出来ねば我ら一同、どのような目に遭わされるかも知れぬのだぞ。」


場は静まりかえり、それぞれ沈痛な面持ちで策を考え始めた。



「エミリオ、私は先ほども言ったようにやや記憶が定かでないところがある。おかしな問いかけをするかも知れぬが、卿は黙って問われたまま答えよ。」


「は、畏まりました。」


俺はエミリオを連れ前線を巡回する。部隊配置や敵の布陣、装備に関することまで細かく質問していく。

やがて前方に黒い鎧の一団が見えてくる。その鎧は華美なもので、俺が着ている物に近い。


「エミリオ、彼らはどこの所属か。」


「閣下、彼らこそ閣下の親衛隊を勤める精鋭たちでございます。」


「そうか。」


 なるほど、バカ王子の子飼いか。戦力としては期待できるのだろう。なにしろあのやかましそうなバカ王子が無能な者をそばに置くはずは無い。


 親衛隊は俺を確認すると姿勢を正し、一斉に踵を打ち鳴らして敬礼する。残念なことに彼らの中にも名前を知っている者はいない。


「ご苦労、主だった者は我が前に。」


 そう言うと3人が前に出てくる。驚いたことに一人は女性だ。俺の目は彼女に釘付けになった。

 彼女は女性にしてはやや大柄で、腕も太い、しかしその筋肉は引き締まっておりスレンダーなイメージだ。輝くようなブロンドのウェーブした髪を高い位置で無造作に束ね、引き締まった顔は凜とした気品を放っている。まごう事なき美人だ。

 何より目を引いたのはその左目だ。黒い革製の大きな眼帯に覆われたその目のあたりには痛々しい傷が太く残されている。

 残った右の瞳はアイスブルーに輝いており、彼女の勝ち気さを感じさせる。うっすらと日焼けしたその肌は健康的であるが艶めかしい色気も感じさせた。


 要するに俺の好みの女だった。


「エミリオ、ここまででいい。卿も討議に参加し良い策を示せ。」


「は、畏まりました。」


 俺はエミリオを帰らせると3人を集めいくつかの指示を出す。立ち去る3人の内、俺は彼女を呼び寄せ小声で問いかけた。


「お前は俺としたことがあるか? 」


「は? その、するとは? 」


「だから、あれだ、そのお前は俺と寝たことがあるかと聞いている。」


 彼女は真っ赤になり俯いた。が、顔を上げると強い視線で俺を咎めた。


「王子、ふざけておられるのか? 私は女を捨て、騎士として生きているのです。そのようなことがあるはずもありません! 」


 どうやらバカ王子の毒牙には掛かっていないようだ。いくら同じ体とはいえ奴の後釜というのは俺の矜持が許さない。


「では、お前は夫や恋人がいるのか? 」


「私はこの顔です。縁談などあるはずもありません。」


「ならば生娘なのだな? 」


「王子、いくら我が主君とは言えど聞き捨てにできぬ事もございます。先ほども申したように私は女では無いのです。そもそも男が近寄って来るはずも無いではありませんか! 」


 強気で言い返す彼女の表情には一抹の寂しさが感じられた。


 なるほど、処女か。バカ王子めこんな近くにこんないい女がいるのに気付かないとはな。身分だなんだにこだわっているからこうなるのだ。安心しろ、お前が狩り残した分は俺が狩ってやる。


「ならばお前はこれより俺のそばに侍れ。身の回りの世話も頼むことにする。」


「は!謹んでお受けします。」


 彼女の顔が喜びに溢れる。どうやらここの連中にはそれほど嫌われているわけではないようだ。俺は彼女を伴い、視察を続ける。


 彼女の名はレイラと言う。レイラ・スフォルツァ。聞けばエミリオの妹らしい。年は24。俺より2つ上だ。姉属性の俺にはぴったりだ。


 幼い頃に事故で左目を失い、それ以降貴族の女性の生活をあきらめ、ひたすら武術に励んできたとのことだ。今では兄の元から独立し一人の騎士として俺に忠誠を誓っている。親衛隊の中でも一番腕が立つらしく、現在は親衛隊長を務めているそうだ。


 いろいろと問題はあるのだろうがそばに置くならむさい男よりも美人の方が良い。これだけは、どこの世界でも共通の論理のはずだ。


 一通り視察を終えると本陣の天幕に戻る。レイラは俺の後ろに立たせておく。彼女の職務だった親衛隊長は次席の者に代行させた。


「そろそろ結果は出せたであろう。カスティーユ公、報告を。」


「はっ、諸将と討議した結果、遠矢を持って敵本陣を狙い、挑発するのが有効であるとの結論に達しました。」


「なるほど。ではそれで行くとしよう。エミリオ、この件に関する一切を卿にゆだねる。時刻は明日の夜明け。それまでに準備を整えておけ。では解散!」


 はっ!と諸将が敬礼し解散する。


「カスティーユ公。卿に話がある。」


 出て行こうとするカスティーユ公を呼び止める。


「は、何でございましょう。」


「卿に騎兵500を預ける。明日、私が帝国の重装騎兵を屠ったあと、卿は騎兵を率い敵の本陣を突け。わざわざ遠くから援軍に来たのだ。土産話の一つも必要であろう? 」


「ありがたき幸せ。このロレンツォ、必ずやご期待に沿うて見せましょう。」


「ん。では今宵の内に準備を整えておけ。各隊から騎兵を集め、東の高台に陣を敷くのだ。」


「はっ! 」


 カスティーユ公は力強く頷き天幕を出て行った。


「レイラ、日が落ちたら、お前はさきほど親衛隊に命じたことの確認をしてきてくれ。」


「はっ、畏まりました。」


 もう辺りは夕暮れだ。俺はメシを食い、目を覚ました小屋に戻って眠った。


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