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Do you Love Me?

 翌朝、総勢9人となった俺たちは出発する。護衛の持っていた武器は質が悪く使い物にならなかったのでそのまま捨て置いた。奴隷商の持っていた剣だけは上等な物だったので回収していく。また、剣闘士たちの武器や鎧も痛みが激しく使えない。邪魔なものを捨て身軽になった俺たちは王都までの道のりを進んだ。


 途中、王国第2の都市であるローザに立ち寄った俺たちは宿を取り、まずは剣闘士たちを風呂に入れる。鎖で巻かれていた女も意識を取り戻していたので、宿の女将に頼み風呂に入れさせた。とにかく臭かったからだ。


 さっぱりしたところで食事にする。女はいまだ回復していないので部屋に寝かせ、スープなどを飲ませてやった。バーツもクマもそういうのは主の役目だとか言って逃げたので仕方なく俺が飲ませてやる。ほかの連中は食堂で食って飲んでと楽しんでいるようだ。


 翌日は、バーツとクマに言いつけ、剣闘士たちを連れ出して買い物に行かせた。服や日用品、それに剣と鎧、盾などを揃えさせる。ついでにバーツとクマの分も買ってくるよう指示をした。


 俺はあいかわらずミノムシ女の世話係だ。少しづつ回復しているのがわかるが立つことができないのでトイレの度、連れて行ってやらねばならない。ミノムシ女は髪は伸ばしっぱなしのボサボサで体はやせ、白い肌は衰弱のためか青白い。目の瞳孔は開かれたままで手足のあちこちに斬られた跡がある。

 まるで井戸の中から出てくる幽霊のようだ。俺は呪いがかけられるんじゃないかと不安になったがそんなことはなかったらしい。


 3日ほどするとミノムシ女は歩けるようになった。しかし、俺が立ち去ろうとするとそのジトッとした目で牽制をかけるので、仕方なく部屋にいる。

 女は何も話さないので暇なことこの上ない。暇つぶしに頭の中のバカ王子の日記でも読もうと思ったが嫌な気持ちになること請け合いだったのでやめておいた。

 とにかくこのミノムシ女が回復したら追い出そう。不気味でかなわん。


 5日もすると彼女は起きて生活できるようになる。しばらくベッドに腰掛けて瞳孔開きっぱなしの目で俺を見ていたが、突然ボツリと話しだした。


「あなたが新しいご主人様?」


「いや、全然ちがうから。ちょっとした事情で拾っただけだからね。回復したならすぐにでも出て行ってもらって構わないから。いや是非、そうしようか。田舎のご両親も心配してるからね。」


「イヤ。私に行く所なんかない。」


「そっかー、そりゃぁ困ったねえ。お兄さんが就職先探してあげるよ。この街ならきっと雇ってもらえるところあるはずだからね。」


「……」


「おーい、アシュレイ? あ、目覚ましたのか、よかったなぁ。アンタついてるぜ? うちの主様じゃなきゃ捨てられてたとこだったからな。他の奴らも喜ぶだろう、早速知らせてくるぜ。」


 空気を読まないバーツは一人納得すると、皆に彼女の回復を伝えに行った。


「他の奴らって、誰? 」


「いやぁ、おっかしいなぁ、あいつちょっと頭壊れてるからね。きっと夢でも見てるんじゃないかな?」


「タチアナさん! 助かったんですね、僕はもうダメかと思ってましたよ。」


「ソーヤ、あなたも無事だったのね。」


「そうですよ、僕たちは全員このアシュレイ様のおかげで奴隷じゃなくなったんです。みんなアシュレイ様の従者にしてもらったんですよ。」


「そう、私も従者なのね。」


 いやいやアンタは違うからね。出てってもらうつもりだからね。


「そうさ、ねーちゃん、アンタも今から俺たちの仲間入りだ。聞いたぜ? 剣は相当のもんだってな。」


「そう、私は強い。でもそれだけ。」


「良かったなー、アシュレイ。こんな美人な仲間が増えてよぉ。俺も少しは楽になるってもんだ。」


 お前はどの辺をみて美人だと判断してるんだ。あ、そうかコイツは妖怪系が好みだったな。


「私が、美人? 」


 ミノムシ女は俯いて赤くなる。やめてー、そういうのやめてー。


「ああ、このアシュレイは甲斐性なしでな、なかなか女ができねーんだ。アンタさえよけりゃこいつの身の回りの世話頼めねーかな? 」


「ば、バーツくぅぅん、そういうのって押し付けがましいのは良くないと思うんだ。彼女だって俺たちなんかの仲間になるなんて嫌かもしれないだろ? もっと本人の意思を確かめないと! 」


「私はあなたといる。だってあなたは私を助けてくれた。だから私の命がつきるまであなたのそばにいる。この先すっと。」


キターーーー、こういうのなんていうの? 憑依? 何俺とりつかれちゃう訳?


「よかったな、これでお前の女日照りも解消だ。今日から同じ部屋にしとくから仲良くやるんだぜ? 」


 バーツが俺の退路を次々塞いでいく。完全に計画犯罪だ。


「良かったですね、タチアナさん。僕も嬉しいですよ。」


 涙を流すソーヤと呼ばれた剣闘士。泣きたいのは俺なんですけど。


「アンタ、タチアナって言ったけ? 俺はバーツだよろしくな、回復したならアシュレイと一緒に買い物でも行ってきたらどうだ? 服もぼろぼろじゃねーか。あと、武器や鎧もいいもの売ってるとこがあったぜ。アシュレイ、お前も鎧ぐらい買っとけよな。」


 そう言って無理に外へと追い出すバーツ。俺は幽霊を連れ、買い物に向かう。


 とりあえずこのボサボサの髪をなんとかしよう。そう思った俺は理髪店を探し彼女に髪を切らせる。2時間ほどするとそこには幽霊改め、クールビューテイーな女が立っていた。タチアナの黒髪はショートに切られ、その中に覗く顔はとても整った美人だった。目は大きくまつ毛も長い。鼻と口は小さめで目元にあるほくろがとても色っぽい。理髪店のオヤジもいい仕事しました的な顔で俺を見る。


 ちょっとテンションの上がった俺は理髪店のオヤジにチップを弾み、服屋に向かう。店員にタチアナに合った服を選ばせると膝丈までの青いワンピースを持ってくる。サイズを合わせ、着せてみると思いのほか胸が大きいことが判明する。店員は親指を上に向け、グッジョブとでも言わんばかりの笑顔を見せた。

 俺はその服と、何枚かの下着、それにベージュの編上げのブーツを買ってやりその場で着替えさせる。元着ていた服と下着、破れた靴は処分してもらう。


 次に向かったのはバーツおすすめの武具店だ。

 ここに来るとタチアナの表情が変わり、真剣に品選びをはじめる。いくつか持ってきた候補のうち、彼女に似合いそうな白く染められた革鎧と同色の篭手、それに鉄板で補強がなされたブーツを買う。あとは黒の鎧下と黒の革パン、剣帯を兼ねた太いベルトを買った。剣は奴隷商の持ってたものでいいだろう。

 それと盾が欲しいといったので、やはり白い革の上に銀の鉄板で補強された盾を買う。荷物は宿まで届けてもらうことにした。だって重たいし。


 俺も鎧を買うつもりだったが以前つけていたものよりいいものが見当たらなかったのでやめておいた。


 すべての買い物を終えた俺たちは宿に帰る。この時点で持っていた金貨は1000枚を切っていた。


 宿に戻ると食堂に集まっていた全員があっけにとられた顔をしていた。みな、タチアナの変身っぷりに驚いているのだ。ただバーツだけが、元の方が良かったなどと呟いていた。

 タチアナは恥ずかしそうに俯くと、俺の手を取り新しくあてがわれた部屋へ駆け込んだ。部屋にはすでに買った荷物が運び込まれている。仕事が早くてなによりだ。


「どうした、いきなり? 」


「人に見られるの、慣れてない。」


「まあ、いいじゃないか。お前はバーツの言うように美人なんだから、皆見たくもなるってもんさ。」


「あなたもそう思う? 」


「ああ、床屋ではかなり驚いたよ。」


「そう、嬉しい。」


 再び真っ赤になるタチアナ。メンドくさいところもあるが美人だし、ま、いっか。


「あ、忘れないうちに渡しとくな。お前はこの剣を使え。」


「これは、」


「そうだ、お前達を連れていた奴隷商がもっていたやつだ。上等な物だったので頂いてきたのさ。」


「あの男は? 」


「ああ、あの世に旅立った。」


「そう、ありがとう。」


 そのあと俺は彼女を連れ食堂へと降りる。皆が揃っているのを確認して、明日出発すると告げた。


 その夜はどうということもなく俺たちは寝る。タチアナも疲れていたようですぐに眠りに落ちた。俺はよほど手を出してしまおうかと考えたがこの手の女に深入りしちゃならんと、亡くなったじっちゃんが言っているような気がしたのでやめておいた。


 翌朝、皆武装して集合した。バーツは黒く染めた革鎧を着込み、両手剣を背中に挿している。クマは鎖帷子の上に派手な赤の革鎧だ。そういや『赤獅子』だのなんだの言ってたな。そのいでだちに、新調した両手持ちの斧を肩にかけている。剣闘士5人組はクマに合わせるように赤の革鎧と剣に盾を持っていた。

タチアナは白の鎧だ。黒髪と白い肌にその鎧が映えている。さすが俺、センスいいね。


 で、俺だけがなぜか普通の服を着ていた。


「なんで鎧買ってこねーんだよ! ちゃんと言っといたろ? 」


「しょーがねーだろ、前の奴が気に入ってんだよ。あれ以外着たくなかったの! 」


「なんでそんなにワガママなんだよ。ありゃ馬車に置いてきちまっただろーが! 」


 ブーブー怒るバーツを放っておき、厩舎で馬車を一台買い込んだ。中古だが6人乗れる箱型で、値段も金貨200枚と手頃だった。馬は奴隷商の馬車についていた2頭をそのまま使う。それに剣闘士4人が乗り込み、もともとあった馬車には俺とバーツ、クマ、それにタチアナと御者役のソーヤが乗り込む。水を入れた樽を載せて出発だ。


「なあ、ソーヤ、なんでみんな赤い鎧なんだ? 」


 俺は御者席に座るソーヤにたずねる。


「ああ、それはですね、」


「ワイがそうさせたんや。バーツに聞いたんやけど、だんさんの親衛隊は黒に銀の鎧で揃えてたんやろ?」


「ああ、そうだな。」


「しゃーから、ワイとこいつらはだんさんの『突撃隊』や。たとえ火の中水の中っちゅうやっちゃな。」


「なるほどな、そりゃいいかもしれん。んじゃ剣闘士たちはクマが率いてくれ。ソーヤ、お前はクマの補佐をするんだ。」


「わかりました!」


ソーヤは快活に答える。


「さすが、だんさんやな。ワイの思うところをパパッと分かってくれる。」


「そういや、レイラたちはどうしてるかな? 」


「姉御たちなら心配いらねーよ。しっかりやってるに決まってるさ。」


「まあ、そうだな。オルランスについたら手紙でも書いてやるか。」


「ああ、そうしてやってくれ。きっと喜ぶはずさ。何しろ姉御はアシュレイに惚れてるっていう奇特な人だからな。」


「レイラって誰? 」


 タチアナが口を挟む。


「ああ、聞いたと思うがこのアシュレイは昔王子様だったんだ。で、その時に親衛隊長を務めてた人が姉御さ。俺様の上司でもある出来た人さ。」


「ふーん。」


「ま、なんにせよアシュレイなんかにゃもったいねぇ素敵な人だってことだ。」


「ふーん。」


「あっれぇ? タチアナちゃんったらもしかしてジェラシー? やめとけやめとけ、こんな碌でもない男に惚れてもいいことなんか何もねーって。」


 手をヒラヒラさせて呆れたようなジェスチャーをするバーツ。


「ふーん。」


 バコっといい音がしてバーツは気絶する。どうやらタチアナの左フックがまともに入ったようだ。


「ちょっとぉ、何あの人、スッゲー怖いんですけど。」


「なんやいきなり殴りつけたで。しかもあのバーツを一撃や。あいつしぶといんだけがとりえやのに。」


「あの人急にスイッチ入っちゃうんですよ。今までも言い寄った仲間が何人もあのフックで沈んでます。」


 生き残った3人は御者席に身を寄せ小声で話し合う。


「アシュレイ。聞きたいことがあるの。ここに来て。」


 タチアナは自分のとなりに座るよう手で指し示す。


「ほら、だんさん、お呼びやで。はよ行かな。」


「そうですよ、逆らわない方が身の為ですよ。」


 二人に背中を押されるようにして、俺はタチアナの横に小さくなって座る。その様子をクマとソーヤは御者席から恐る恐る覗いている。


「な、なんでしょう。タチアナさん。」


「レイラって女、あなたの何? 」


「何と言われても、そ、そうだな、彼女は俺の相談相手さ。」


「相談相手。恋人とかじゃないの? 」


「いやぁそこまでの関係じゃないと思うよ。」


「バーツはあなたに惚れてるって言ってた。」


「ほ、ほらあいつ、ちょっと頭おかしいからさ。気にしないほうがいいと思うよ? 」


「そう、ならいい。あなたには私がいる。ほかの女は必要ない。」


「いやぁ、タチアナさん? ほら僕たちってまだそんな関係じゃないですよね? 」


「ならそうなればいい。私じゃいや? 」


「いいい、嫌とかそういうことじゃなくてですね、そのもっと良く知り合う必要があるんじゃないかなって。ほら、君、俺のことよく知らないでしょ? 俺最悪だよ? だらしないし、怠け者だし。きっと君の好みに合わないと思うなぁ。」


「大丈夫。アシュレイ。あなたは私の命の恩人。あなたは私を人として扱ってくれた。ずっと看病だってしてくれた。あなたがどんな人でも私は離れない。一生。」


 重い。ずっしりくる。実にヘビーだ。


「いやいや、そんなのは誰でもすることさ、タチアナは勘違いしてるって。命を救われたことと好きになることは違うから。まだ若いんだしもう一回ちゃんと考え直したほうがいいと思うよ? 」


「やっぱりレイラって女が引っかかってるのね。あなたと離れるくらいならあなたを殺して私も死ぬ。」


 シャラリと剣を抜く。え? 俺、絶体絶命? 俺は必死にあとずさりする。


「まずいですよ! 」


「お前は馬車を止めるんや! 」


「タチアナはん、そりゃああかんで。だんさんを傷つけたらあかん。ワイも黙っておられんくなる。」


 クマが俺と彼女の間に立ちはだかる。


「あなたには関係ない。邪魔しないで。」


「関係ないことあるか! だんさんはなワイにとっても大事なお人なんや。それ以上したきゃ、ワイを倒してからにするんやな。」


「わかった、そうする。外に出て。」


 二人は馬車の外に出る。完全武装で。


「ちょ、お前ら馬鹿なことはやめろ! 」


 俺の叫びも二人には届かない。


「さすがは名のある剣闘士やな。その威圧感、半端やないわ。」


「大丈夫。殺さないであげる。」


「舐めたらあかんでぇ、このアマ! 」


 クマが渾身の一撃を放つ! 上からまっすぐ振り下ろされたその斧は寸前で躱され、地面に突き刺さる。ボコッという音がして地面から斧が抜かれた。


「やるやないかい。だが、本番はここからや。だんさん、悪いが手加減なんぞ出来る相手やない。本気でいかせてもらうでぇ。」


「あなたじゃ私に勝てない。諦めて降参したほうがいい。」


「やかましいわ! 往生しいや!! 」


 クマは大斧を振り回す。上から、横から、下からと、空気を裂く音がヒュンヒュン響き渡る。タチアナはその中を平然と進む。盾で受け、そらし、躱す。クマの作り出した斧の嵐の中を何事もないかのように歩き続け距離を詰める。クマは必死の形相で再び大きく振りかぶり渾身の一撃を放った。


 バン! と大きな音がしてクマの一撃はタチアナの盾で大きく横に弾かれる。


「これでおしまい。」


 タチアナはそう呟くと、体勢の崩れたクマのこめかみを剣の柄で軽く殴る。


 あがが、とクマは唸りを上げるとそのまま地面に突っ伏した。


 え? クマくーん、君の力はそんなもんじゃないよね。今から立ち上がってその女を倒してくれるんだよね。信じてるから。俺、君のこと信じてるからね。


 俺の願いは通じず、クマはピクリとも動かない。


「ソーヤ、お前いけ! 頑張って俺を守るんだ! 」


「無、無理ですって! 僕じゃ時間稼ぎにもならないです! 」


「いいから行けって! 」


 うぁぁぁぁと雄叫びを上げて特攻するソーヤ。しかしその横っ面を盾で叩かれ2メートルほど吹っ飛んだあと動かなくなった。


「ソーヤ、あなたじゃ話にならない。」


 最終決戦兵器はそのまま一直線に俺を狙う。


「アシュレイ。話の続き。」


「それは俺を倒せたらな。」


 な、何言ってんの俺? いまのはNGワードだよね。言っちゃいけいない呪文だよね。


「そう。ならあなたを倒して私のものにする。」


 俺は剣をツラリと抜いた。大丈夫、俺なら見切れるはずだ。神よ! われに力を!


 タチアナはそのまま構えも取らず、つまらなそうに剣を振った。

 フュン! と俺の前を風が通り抜ける。やっべぇ、ほとんど見えねえ! タチアナは躱されたことがよほど不思議だったのか、目を大きく見開いている。その後ろでは2台目の馬車から剣闘士たちが緊張した面持ちで見守っていた。


 タチアナは距離を開け構えを取った。その姿勢は低く、腰を落として力を溜めている。まずい。あのバーツの攻撃ですらあれだけ速かったのだ。このタチアナにあの構えを取られては万に一つも勝ち目はない。

 ここで待ちを取れば確実に死ぬ。先手しかない!思い出せ、なにか使える技があるはずだ。俺は冷や汗を拭いながら頭の中を検索する。


 あった、これだ!


 俺は一気に走りよりタチアナとの距離を詰める。牽制の横薙ぎを身を低くして躱すとそのままスライディングのように滑り込み、彼女の足を蹴り払う。予想外の攻撃にバランスを崩し、尻餅をついたタチアナの喉元に剣を突きつけた。


 足払い。昔読んだ剣術物の小説で出てきた技だ。細かいところは覚えてないがアドリブでなんとかなった。やはり知は力なりだ。


「俺の勝ちだ。」


 馬車から剣闘士たちの歓声が上がる。そう、俺は勝ったのだ。この人生の大一番に。


「さすがはだんさんやな。」


 振り返るといつの間にか気絶から覚めたクマが拍手していた。俺はタチアナの手を取り、立ち上がらせると馬車に戻る。いやぁマジで死ぬトコだった。

 クマはソーヤを肩に抱えて戻ってくる。うーん。と唸り、目を覚ましたバーツに御者を任せ、出発しようとした時、タチアナがいないのに気がついた。彼女は呆然と立ち尽くしたまま、涙を流している。


「なにしてんだ、早く乗れ。」


「いいの? 私、いらないんじゃないの? 」


 もう、実にめんどくさい。


「いらないわけ無いだろ? もう、お前は俺たちの仲間なんだから。いいからとっとと乗るんだ。」


 ウンと頷く彼女に俺は手を貸してやる。これで大人しく無ってくれれば文句はない。何よりタチアナは強い。俺も立ち会うのは二度とゴメンだ。そんな彼女が仲間にいれば心強い事この上ない。何よりあのクマを余裕で倒したのだから。


「しっかしタチアナはんもごっついなぁ。あんな気持ちよく負けたんはだんさん以来や。」


「そうだな。クマに勝てる女なんてこの世に姉御くらいしかいないと思ってたんだがな。」


 バーツが御者席からこっそり爆弾を投げ入れた。


「そう、レイラって女は強いの。会える時が楽しみ。」


 ククククと不気味に笑うタチアナの声に誰も言葉をつなぐ事は出来なかった。


 この日以来、彼女は甲斐甲斐しく俺の世話を焼く。飯の準備から着替えまでほかの奴らが触ることを許さないかの如く、四六時中俺から離れない。


 やっぱりこれって呪いですよね。肩のあたりがずっしりと重たいんです。


 ガラガラと音を立てて馬車は進む。オルランスまではもうすぐだ。


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