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conspiracy


 翌日、俺は山賊退治から戻った団長のエドワードを連れ、警備本部に赴いた。

 途中、顎の長い副官に呼び止められ、警備隊長のマーベルの所には一人で行くようにと指示される。エドワードを別室に待たせ、俺はマーベルと対面する。


「これが例の葉巻だ。香りが高く気に入ってるんだ。」


 俺は差し出された葉巻に火を点け、煙を深く吸い込んだ。うん、言うだけのことはある。香りもいいし、味もいい。

 満足した、とニッコリ微笑む俺に彼女もまた、嬉しそうに頷いた。


「で、本題はなんだ? まさか葉巻だけの為に招待したわけではあるまい? 」


「ああ、もちろんだ。アタシにも職務に対する責任と言うものがある。今日来てもらったのはアンタが何者か知りたかったからさ。」


「まあ、そうだろうな。街の治安を預かるあんたとしちゃ謎の人物が街に居るのはいいことじゃない。」


「まあ、そんなところだ。で、アンタは何者なんだ? 」


 ごまかしは許さない、と言った表情で俺を見るマーベル。


「別に隠すことでもないのだがな。いいだろう、俺はアシュレイ・ヴァレリウス。ちょっと前まで王子だった男だ。」


 俺は身分証明を兼ねる紋章の刻まれた指輪を彼女に見せる。


「……アシュレイ王子と言えば、あの『銀鷲』? なぜこんな街に、しかもゴロツキどもと一緒におられるのですか?」


 俺が王子だと知ったマーベルはやや口調を改める。


「まあ、生きるために努力した結果と言えばいいのかな。それにだ、あくまで元王子で今はちがう。口調を改める必要はないよ。」


「わかった。ではそうさせてもらう。なぜこの街にいるのか、なぜ賞金稼ぎギルドに住んでいるのか、そこだけは納得の出来る説明をして欲しい。アタシとしてもトラブルはできるだけ避けたいからね。」


「そうだな。まず、なぜこの街だったかと言う事だが、それは単純な理由だ。謀反が起きたとき、俺は西の砦というところにいてな、そこから国境を越えて一番近かったのがこの街だったってわけさ。」


「なぜ亡命しなかった? アンタほどの身分ならどこの国でも受け入れてくれるだろう? ましてこの国のスカーレット王妃はアンタの姉さんなんだ。頼れば受け入れてくれるはずさ。そうすりゃ貴族並みの生活は保証されただろうに。」


「それじゃ操り人形といっしょだ。いつかは外交のカードに使われるのが落ちさ。で、その時俺は拒否できる立場にはないだろう。なにより俺は自分の足でこの大地に立ちたいんだ。自分で稼いで、飲んで食う。これが生きてるってことだろう? 」


「わかった。ではアタシもアンタを一市民として扱うことにする。王子ってのも黙っておくよ。」


「そうしてくれるとありがたい。いらぬ政治干渉は招きたくないからな。」


「で、2ツ目の質問はどうなんだ? なぜあんなゴロツキのところで暮らしている? 」


「ああ、それも単純な話だ。酒場で飲んでたら賞金稼ぎが絡んできてな、俺の従者が襲われた。で、その落とし前をつけにいった時、和解の条件としていくばくかの金貨とあの部屋を提供してもらってるってわけさ。」


「つまり奴らの上前をはねてるってわけかい。なかなかやるじゃないか。」


「まあ、こっちの状況はこんなもんだ。用事はそれだけかい? 」


「いや、もう一つある。むしろこっちが本命だ。」


「聞こうか。」


「アンタはアタシのやってることに賛同してくれた。今までそんなヤツは誰もいなかったのに。でも今の話を聞いて合点がいったよ。アンタは王子で為政者だった。だからアタシのやることが理解できた。そうだろ? 」


「まあ、そうだな。」


「で、そのアンタに教えて欲しいんだ。なぜアタシは正しいことをしているのに誰も支持してくれないのか。みんななぜこんな簡単な事が分からないのか。それがアタシにはわからないんだ。」


「なるほど。それも簡単なことだ。一つはあんたが思うように周りがバカだからだ。しかし考えてみてくれ。世の中のほとんどがバカだったらどうなる? 利口な奴が『あいつはちがう』とバカ扱いされるんじゃないのか? 」


「つまり、この世の中はバカばっかりって事かい? 」


「簡単に言うとそうだ。ここにいる連中は貴族も民もみな考えるということをしない。ひと握りの身分の高いものが示したものを『偉い人が考えた事だから』となんの疑いも持たずに受け入れてしまう。そうじゃないか? 」


「たしかにそうだ。しかしアタシは騎士だ。身分としても悪いものじゃないと思うが? 」


「それはやってることじゃなくてやり方がまずいんだよ。」


「やり方? 」


「ああ、アンタのやり方は効果が見える前に恐怖を与えてしまうんだ。だから誰も支持しない。そのへんをちょっとうまくやりゃ思い通りにできるはずさ。」


「そのやり方ってのは? 」


「簡単なことだ。さっきも言ったようにこの世はバカがほとんどだ。だからバカにもわかるやり方でやってやればいいのさ。」


「このアタシにバカどもに媚びろと? 」


「そうじゃない。では例をあげて説明しよう。例えばマーベル、あんたの前任者は何の罪状で更迭されたんだ? 」


「収賄だ。商人から金を受け取り便宜を図った罪だ。」


「ならば今、その金を贈った商人はどうしている? 」


「厳重注意の上、返しているはずだが? 」


「おかしいとは思わないか? なぜもらった方は罪に問われ、送った方は放免されるのだ? 両者とも同じ罪を与えるのが公正というものではないか? 」


「そ、それは、財務官の判断だ。税収が下がるのはマズイということで放免したらしい。」


「ならば税収が変わらなければいいのだろう? 俺なら今すぐその商人を逮捕して牢にぶちこむがな。」


「そんなことをしたら税収が下がり街の運営に支障がでるのではないか? 」


「だからやり方だ。ここは貿易拠点だ。その商人がいなくなれば新たに参入したい奴は山ほどいるはずなんだよ。だから主人だけ逮捕だけしてしばらく放っておくのさ。

 その間には新たな商人が現れ、逮捕された商人の権益を奪ってるだろう。なぜなら主人が逮捕されてどうなるかわからない商会と取引しようとは誰も思わないだろうからな。

 そして、物の動きは変わらず、税収も変わらない。そうなれば逮捕した商人の生殺与奪は思いのままだ。」


「で、その逮捕した商人はどうするつもりだ? 」


「全財産没収の上放免。」


「なるほど、街にとっては運営資金もはいってくるわけだ。」


「で、本題はここからだ。没収した資産を使って城壁の外の原野を開拓する。」


「そりゃいい事だけど、誰がそこで働くんだい? 」


「貧民どもさ。収穫があるまで面倒見てやり、数年間働いたら開墾地をくれてやるのさ。そうすりゃ貧民街の問題もなくなり税収も上がる。しかもまともな市民が増えれば消費も活発になり街全体が潤うって寸法さ。」


「そりゃいいかもしれないね。早速やらせよう。おい! アンドレ! 」


 アンドレと呼ばれたのは例の顎の長い副官だ。


「アンタは今から何人か連れて行って例の商会の主人を逮捕してくるんだ。そのまま牢にぶち込んでやればいい。ほかにも不正を働いてる商会のリストがあったな。あれをアタシのところまで持ってきな。ほら、さっさとするんだよ。アンタの顎が伸びて地面に穴を開ける前にね。」


副官は律儀に復唱すると、踵を返して去っていった。


「で、あとはアンタの処遇さ。そんだけ頭が切れるんだ、そんな人間を放っておくのは街にとっても危険だろ? しかもアンタは王子なんだ。怪我でもされたら国際問題にもなりかねない。そこでだ、アンタをこの街の顧問官として雇いたいがどうだ? 」


「悪くはない話だが俺は人に使われるのも頭を下げるのも苦手なんだ。」


「そう堅苦しく考えるんじゃないよ。それを言ったらアタシはアンタに頭を下げ続けるどころか言葉さえ掛けられないだろう? このままでいいから相談相手になってくれって言ってるんだよ。」


「それならいいな。しかし、俺の名で雇用されると将来あんたの履歴に傷がつくかもしれん。今のところこの王国じゃなんの咎めもないがヴァレリウスじゃ政治犯扱いだろうからな。

 そこでだ、名目上は連れてきたエドワードを顧問官にして報酬を払い、実質は俺が相談に乗る。もちろん金はエドワードからもらう。これでどうだ? 聞けばあのじいさんは結構な有名人だそうじゃないか。誰が見ても順当な人事だ。どこからも文句はでまい? 」


「流石に頭が切れる奴は言うことが違うね。いいだろう、とりあえず給金は一週間当たり金貨50枚だ。これで文句はないだろう? 」


「ああ、十分だ。」


 こうして俺はヴァランの街の顧問官となった。3ヶ月もするとマーベルの打った施策はことごとく成果を上げ、エミリウス王国内での彼女の評価は鰻登りだ。近く爵位と領地を与えられ、正式な貴族になるという話まで出てきている。


 また、名目だけとは言え、賞金稼ぎギルドの団長であるエドワードが顧問官に就任したため、警備隊と賞金稼ぎは連動して街の治安に当たるようになり、治安は著しく上昇。今では賞金稼ぎにも警備隊並として給料が支払われている。


 一方俺は週に金貨150枚の収入がある。月に直せば金貨450枚、年で言えば金貨5400枚とちょっとしたプロ野球選手並みの収入だ。しかも非課税。

 しかしこれだけでは自立できない。なんとか定期収入を稼ぐ手段を見つけなければ。



 その頃、ヴァレリウス王国ではロマーニャ公爵が焦燥の極みにあった。


アシュレイ王子が姿を消して早半年が過ぎている。その間、彼の生死はおろか、居場所さえ掴めていない。


 彼はもっと簡単に考えていたのだ。あのプライドの高い王子のことだ、必ずどこかの国に亡命するに違いないと。そうでなければ貴族としての生活など望めず、王位に就く可能性もないのだから。亡命さえしてくれれば彼は得意の外交術でどうとでもできたはずなのだ。仮に長年敵対している帝国であったとしても。


 彼は王子の真意について考える。なぜ表舞台にでず、庶民にまぎれ身を隠すのか。そもそも人に頭を下げることのできないあの王子がそんな暮らしに耐えられるのだろうか。どれほど考えてもそうすることによる王子のメリットは見当たらない。


 いや、一つだけあった。それが現在の彼の状況。王子が行方不明のうちは新たな王を立てられない。強行しようにもあの堅物で知られるカスティーユ公が許さない。民に対しては王家に蓄えられていた財を一時金として下賜することで支持は得ている。


 しかし、王の不在というこの事実は長く続けば貴族の離反を招き、民の反乱につながるだろう。王室を一日で潰し、その後もたいした混乱もなくこの国を治めてきた彼にとって唯一思うままにならぬのが王位継承権だった。


 行方不明の王子に次いで高い継承権を持つカスティーユ公は、自身の戴冠の可能性は否定している。

 あくまで彼はカスティーユ公国の主であって、ヴァレリウスの忠実な臣下でしかないと公言しているのだ。で、あれば彼、ロマーニャ公爵の息子アルフレッドこそが王位を継承するべきなのだが王子の消息が知れるまでは、それは認められないとカスティーユ公は言う。


 彼は追い詰められていた。息子アルフレッドを王位に付けるには力ずくでカスティーユ公を滅ぼすか、アシュレイ王子を探すしかない。

 王の不在で権威の弱まったヴァレリウス王国はいつ何時他国の侵略を受けてもおかしくはない。また、貴族の離反も心配だ。そんな中ヴァレリウス王国最大の貴族、カスティーユ公を敵に回すなどできるはずもなかった。


 こうした膨大なストレスを抱えたまま、行き先のようとして知れない王子を探すと言う、不毛な作業を繰り返すことが彼にできる唯一の事だった。


 彼は確信を得る。これが王子のやりたかった事なのだと。妻の鼻を折っただけでは気が済まず彼が最も苦しむようにと考えた上の行動なのだ。

 妻はあれから碌に食事も取っていない。それが幸いしてか若かりし頃の体型を取り戻していた。折れた鼻もなんとか元通りになった。

 しかし妻の精神的ダメージは大きく、あの日以来彼女は笑うのをやめた。


 そんな折、一通の報告書が彼に届く。

 それによれば、あの王子をエミリウス王国のヴァランという街で補足したらしい。彼は一瞬固まった。ついに待ちに待った時が来たのだ。こみ上げる笑顔が抑えきれない。ロマーニャ公爵は使者に問いかけた。


「その情報元は信頼できるのであろうな? 」


「情報元はエミリウスで一、二を争う大商人、フィンリー商会でございます。彼より確かな情報網はこの大陸に存在しません。」


「アサシンの調達もその男に頼めるか? 」


「彼は命も商います。代金によっては可能かと。」


「金に糸目はつけぬ。条件は王子の首、これだけだ。」


「かしこまりました。しかと伝えます。」


 ロマーニャ公爵は楽しげに頷く。今夜は久々に熟睡できそうだ。

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