Bounty hunter
翌朝、俺はバーツとクマに向かって宣言する。
「いろいろ諸事情があって、俺は王を目指すことにした。バーツ、王になるには何が必要だ? 」
「アンタ、ついに頭おかしくなったのか? いくら元王子だからって簡単に王様なんかなれる訳ねーだろ!」
「んなことはアホなお前に言われなくても分かってんだよ。俺が聞いてるのはどうやって王になるかってことだ。」
「なれないって答えじゃだめなのか? 」
あきれ顔でバーツが答える。クマは相変わらず腕を組んで黙ったままだ。
「バーカ、お前に聞いた俺が間違ってたよ。とにかく俺は王を目指さなきゃならない。これは決定事項だ。」
「うーん。王になるって言ったらやっぱり金がいるんちゃうかな。」
「まあ、そうだな。アシュレイが王に向いてるかどうかは別として、何するにしても金は必要だ。」
「ならばあとはどうやって金を集めるかだな。」
「地道に賞金稼ぎでもするしかねーんじゃねーの? 」
「そうやな、ワイらに出来ることつったら戦うことしかあらへんからな。」
戦う? つまり暴力か。このとき俺はキュピーンとひらめいた。
「ふっふっふ。俺、ひらめいちゃった。もっと楽に金稼ぐ方法があるじゃねーか。」
「そんな都合のいい話あるわけねーだろ? 」
「お前、確か夕べ賞金稼ぎの連中に絡まれたって言ったな。」
「ああ、めんどくさい連中だったぜ。」
クマはポンと手を叩く。なにか分かったようだ。
「それは良い案やな、さすがはだんさんや。きまりや、それでいこ。」
「何が良い案なんだよ。俺様にも分かるように説明しやがれってんだ!」
「まあ、簡単に言えば落とし前をつけに行くって話だ。お前は俺の従者なんだし、そのお前に絡んできたって事は俺にケンカうってんのと一緒だからな。」
「そういうことや。ワイらはよっわーいお前がいじめられたんで仇を取りに行ってやろうっちゅうことや。」
「だーかーらー、俺は弱くねーって言ってんだろーが!昨日の連中だって全員返り討ちにしてやったんだからな。」
「まあ、いいからいいから。とにかくお前は連中に絡まれたところまで案内すりゃいいんだよ。あとは正義の味方の俺達がやるから。」
ブツブツ言うバーツを先頭に俺達は街を歩く。このヴァランの街はヴァレリウスとの交易拠点となっていて、昼ともなれば人で溢れかえっている。
「いやー腕が鳴るのぉ。だんさん、どのくらい痛めつけたらいいんやろうか? 」
「まあ、街中だしな、問題になっても困るから殺さない程度に痛めつけりゃいいだろう。」
「了解や。やっぱりこういう血湧き肉躍る展開はいいのう。ワイ、だんさんについてよかったわ。」
「ああ、今日からは存分に暴れさせてやるぞ。俺もいい人ごっこは卒業だ。」
「この辺だったはずだぜ。奴らに出くわしたのは。」
バーツはいかにも裏通りといった感じの人気の無い暗い路地で足を止めた。
「そうか、んじゃ端から当たっていくか。」
俺達は一軒一軒尋ねて回り、賞金稼ぎのねぐらを探す。5件目でそれらしい所に行き当たった。扉には大きく獲物を咥えた猟犬の絵が描いてある。
「なんだ、お前らは。ここがどこだか分かってんのか? 」
玄関から顔を出したのは真新しい包帯を腕に巻いた男だった。
「ここで間違いないな。クマ。」
「まかせんかい! 」
クマがその男を殴り飛ばす。男はぶっ飛び壁に当たって気絶した。
「なんだてめーらは! 」「なめんじゃねーぞ!コラ! 」
出てくる出てくる、人相の悪い連中が次から次へと出てきてはクマに殴り飛ばされる。俺達は建物の奥にずんずん進んでいった。
一番奥にあったドアをクマが蹴破ると、そこには小綺麗な服を着たゴロツキが数名、だらしなくテーブルを囲んで座り、奥のでかい机には脚を机の上に投げ出して座っている頭目らしき男がいた。
「あ、なんだい、お前さんらは? 」
頭目らしき初老の男は威厳を示すためか、ゆっくりと身を起こすと持っていた剣を抜く。その身のこなしはなかなかに品がある。格好からして元騎士とかそう言った類いだろう。
「ははは、団長、久し振りじゃ無いですか、ウチが殴り込み受けるなんて。俺達でやっちまってもいいっすか? 」
小綺麗な服を着た子分その一が口元を歪め楽しそうに剣を抜いた。
「まあ待て、折角のお客人だ。せめて名前ぐらい聞いてやろうじゃねぇか。」
「それもそうっすね。おい、テメーら、団長がああ言ってくださってる。この世の名残に名前だけは聞いといてやるよ! 」
「あー。んじゃ一度しか言わんからその耳ようかっぽじって聞いとけや。ワイは『赤獅子のジェラルド』っちゅーもんや。んでそこにいるんが『銀狼のバーツ』。傭兵仲間じゃちっとは知られた名やでぇ。」
クマは言ってることとは裏腹に、めんどくさそうな顔で自分が耳をほじくりながらそう言った。
「あ、赤獅子に銀狼だとぉ? どっちも有名な傭兵じゃねーか! 何でそんな奴らがここにきやがる! 」
団長と呼ばれた年取った男はさっきまでの余裕をかなぐり捨て、目を白黒させている。
「お前達、夕べこのバーツに因縁つけて襲いかかっただろう? 今日はそのケジメをつけにわざわざ来てやったんだ。」
「あ、アンタも傭兵なのか? 」
「だんさんはワイら傭兵なんぞとは物がちがうんや。お前らみたいなもんでも『銀鷲』の名前くらい聞いたことあるやろ。」
「ま、まさかあの『銀鷲』か? ヴァレリウスの軍神と言われ、帝国の『白き皇子』すら子供扱いしておっぱらった、あのアシュレイ王子なのか? 」
「よう知っとるやないか。そのとおりや、あのアシュレイ王子や。お前ら、王子を前にして頭が高いんちゃうんか? 」
「は、ははーっ。」
彼らは一斉に跪いた。なんか時代劇っぽくね? この展開。だとしたら次はお決まりの、
「しかし団長、あの王子はいま追放中で身を隠してるはずですぜ。こんなとこで名乗ったりしないんじゃねーんですか? 」
子分その一はお決まりの展開へと導くようにそのセリフを吐いた。
「それもそうだな。赤獅子にしても銀狼にしても本物だって証拠はねーんだ。もし仮に本物だとしたら、王子の首は高く売れそうだしな。野郎共! かまうこたぁねえ、やっちまえ! 」
こうして時代劇の45分頃のシーンとなる。俺としては「懲らしめてやりなさい」くらいは言うべきだったかな。
5分後。俺は団長が使っていた大きな机の上に腰を下ろし、正座させられ、一列に並ばされた哀れな賞金稼ぎ共を見下ろしていた。
「じゃ、落ち着いたところで話でもしようか。」
「はい。」と団長は蚊の鳴くような声で返事をする。
「お前達は訳も無く俺の従者であるバーツに襲いかかった。これは俺に対する敵対行為と受け取るが、それでいいな? 」
そう言いながら俺は昨日奪った葉巻に火をつける。クマも欲しがったので一本分けてやった。因みにバーツはタバコを吸わないようだ。
「いえ、酒場で俺達の仲間が先にやられたので、報復に出ただけなんです。その時近くにいた男から、犯人はバーツという男で灰色の髪をしていると聞いたので懲らしめてやろうと襲ったまでのことなんです。」
「あ! 団長、この二人です、昨日俺を殴って金貨と葉巻を奪ったのは! 」
あー、こいつは昨日のあの男か。
「そう言えば、犯人を教えてくれたのもこの赤獅子でした! 」
別の男が言っちゃいけないことを言う。
「ちょっと待て、ってことはなんだ? こいつらがお前を殴って、しかも俺様を犯人に仕立てやがったってことかぁ? 」
肩をふるわせながら俺を睨むバーツ。しかし残念ながら今はそんなことにかまってられない。
「どちらが先に手を出したかなど問題ではないだろう? 要はお前らが俺に敵対するかどうかが大事なとこだ。そうだな、クマ。」
「ああ、そういうこっちゃ。敵になるっちゅーんやったらここで根こそぎ死んでもらうでぇ。あとあと面倒になるのはごめんやからな。」
クマがボキリと首を鳴らして脅す。
「いえ、我らは敵対するつもりなんか毛頭ありません。」
団長は悔しそうにそう言った。
「ならば結構。お前らにはケジメとして週に金貨100枚を支払ってもらう。この街で賞金稼ぎを続けたければ大人しく従うことだな。」
「わ、わかりました。」
「それとこの部屋は居心地が良い。ここを俺の部屋として明け渡せ。あと寝室も必要だ。」
「ぐっ、わかりました。」
団長は半ばやけになった口調で答えた。
「なにか不満でもあるのか? あるのであれば別の方法をとらねばなるまい。」
そう言って俺は剣を抜く。
「ひぃぃぃ、不満なんぞ全くありません! どうぞお好きにお使いください! 」
「最初からそう言えば良いのだ。バーツ、宿に行って精算をしてこい。後、荷物も持ってくるんだ。」
「なーんか府に落ちねーけど、まあしゃあねーな。わかったよ。宿に行ってくる。クマ、お前はここでアシュレイの面倒みとけよな。」
「おう、任しとかんかい。」
「とりあえず団長、腹が減った。何かうまい物を喰わせてくれ。もちろんお前も同席させてやるぞ。それと葉巻がなくなった。すぐにもってこい。」
「は、はい、ただいま! 」
そう言うと団長は子分共をつれ、風のように去って行った。
食事の際、団長に聞いたところによれば、賞金稼ぎというのは単独で動く者は少なく、大半が此処のようなギルドに所属して仕事をしているようだ。
ギルドは幾らかの手数料をそれぞれの賞金稼ぎからもらう代わりに、仕事の斡旋や仲間の手配などもしている。仕事は本業の賞金稼ぎの他、商隊の護衛、要人の警護なども請け負っており、ちょっとした総合警備会社みたいなものだ。
賞金稼ぎは気の荒い連中が多く、自らトラブルの種となることもあるが、そう言ったもめ事を収めるのも大事な仕事らしい。
その分威厳が無いと成り立たない仕事でもあるのでメンツには強いこだわりがある。バーツを襲ったのもギルドに所属するものが一方的にやられたとあっては評判に響きかねないからだと言う。
ここのギルドは『グレイ・ハウンド』と言う名前で、この街を中心として活動している。団長のエドワードは予想通り騎士上がりの人物で、その評価はこのエミリウス王国内でも高く、『猟犬エドワード』と言えば業界の有名人らしい。
こうして俺達は快適な住まいと定期的な収入を確保した。季節はすでに夏。外では蝉がやかましく鳴いている。
それから一ヶ月ほど、俺達は暑い夏の日差しを嫌い、賞金稼ぎのアジトからほとんどでる事無く過ごしていた。
賞金稼ぎ達は、俺達への上納金を稼ぐため本業に精を出し、何人かでグループを組んでは日々山賊狩りに出かけていった。おかげでこのアジトは人も少なく快適だ。
酒場で聞いた話では賞金稼ぎ達のがんばりのおかげでこの辺りの治安は大幅に向上したそうだ。
俺達も定期収入が入ってくるので、それなりに身支度を調えていた。3人とも夏用の麻で出来た上着を仕立て、下着も新しい物を買いそろえた。なにより大きいのは馬車を購入したことだろう。2頭立てで箱形の6人は乗れる豪華な物だ。もちろん支払いはギルド持ちだ。
オーダーメイドと言うこともあり、完成まで半月ほど掛かった物のその出来はすばらしい。
それを引く2頭の馬は帝国産の大きな黒毛。金貨500枚というその金額に団長は泣きそうな顔をしていたが、俺が「必要経費だと思え。」と言い切ると、渋々分割払いの交渉を始めた。
夏が終わり空が高くなった頃一つの事件が起きる。
この街の治安を預かる警備隊長が交代したのだ。今までの警備隊長は世間慣れした中年男で通商の拠点であるこのヴァランの街を時に厳しく、時に目こぼしをして波風立たぬよううまく収めてきたのだ。それだけに厳格な人物とは言えず、賄なども幾らか受け取っていたようだ。今回それが発覚し、警備隊長は更迭されてしまう。
新任の警備隊長として派遣されてくるのは厳格さで有名な近衛隊の中でも選りすぐりの厳しさを持つ中年の女騎士、マーベルだ。彼女の逸話は常に厳しさと残酷さに彩られている。彼女は極度の選民主義者らしい。
マーベルは任地であるヴァランの街に向かう道中、馬車の中で報告書を読みあさっていた。
ブロンドの髪は男性のように短髪に刈られ、微笑みをうかべる事の無い整った顔立ちとアイスブルーの瞳が彼女の厳格さを物語っていた。
「つまらぬな。なぜこの私がヴァランなどと言う僻地に赴かねばならぬのだ。本来であればこの時間は王都に巣喰う難民共を鞭で叩いている時間だろう? そうだな副官。」
彼女はつまらなそうに足を組み、報告書を緊張気味の副官に投げつける。
「今回の人事はタガの緩んだ彼の地の警備隊を根本から作り替えるための物だと小官は心得ております。それには厳格さで有名なマーベル殿が適任だったのではないでしょうか。」
顎の長い副官は背筋をのばしたままそう答えた。
「それはそうだろう。しかしアタシが気に入らないのは何だってアンタみたいな役立たずが副官なのかってことさ。おっと、それ以上は近寄らないでくれ。アタシはアンタが同じ馬車に乗ってるっていうだけで吐きそうなんだ。その髪につけた油だかなんだか知らないけどそれが臭うんだよ。」
副官はパーマ毛のため髪の収まりが悪く、常に整髪料代わりの油で髪を纏めていた。
「アンタは向こうに着いたら金物屋にでも転職しな。その頭で鍋でも磨いてやればみんな喜ぶってもんだ。よかったな、人の役に立てることがあって。」
こういうときは無視を決め込むことにしている。長い付き合いで反論すればドツボに嵌まることをこの副官は心得ていた。
「あー、あっちいなぁ。この暑さはいつまで続くんだよ。」
俺達は相変わらず悠々自適に過ごしていた。
「ほんまやなぁ。ワイもあっついのはたまらんわ。」
「オメーらいつまでそうやってウダウダしてるつもりなんだよ! 大体アシュレイ! オメーは王になるとか何とか景気の良いこと言ってたじゃねーか! それを来る日も来る日もダラダラ過ごしやがって。ちっとはしゃんとしろってんだ。」
バーツはクソ暑い中うっとうしい事を言い立てる。
「だってこの暑さだぜ? 王様になんのはもうちっと涼しくなってからでもいいんじゃねーの? 大丈夫だって、玉座ってのはな、逃げてくもんじゃねーから。」
「そうやで、この炎天下、外になんぞ出てみい、日射病で倒れんのが落ちや。」
「だったらどうやって王位を物にするか考えるとかよぉ、やるこたぁいくらでもあんだろーが! 」
「やだなぁバーツ君。君って案外せっかちだったのね。そんなんじゃ女にもてないよ? 」
「そやそや、男やったらドシッと構えとかないかん。」
「オメーらが何もしねーから俺様があれこれ言ってやってんだろ? グズなのも大概にしやがれってんだ! 」
そう言うとバーツはバタンとドアを乱暴に閉めて出て行った。
「ここがヴァランの街か。予想通りゴミダメのようだな。」
マーベルはついたばかりの任地を馬車から眺めため息をついた。街は活気はあるものの混沌としている。通路まで目一杯並べられた荷物は馬車の通行を妨げ、大声で話す商人達からは品性のかけらも感じられない。
ここには秩序という物が無いのだ。秩序が無ければ折角の繁栄しているこの街も悪人達や流れ者が集う闇市と何ら変わりは無い。そこから漏れ出る悪臭がエミリウス王国の基板を揺るがすアリの一穴となりかねない。
マーベルの忠誠心と職務に対するプライドがそんなことを許せるはずも無く、彼女はこの良い意味で少し緩いこの街の大掃除を行う決意を固める。
「アタシがここの警備隊長となったからにはどのような不正も怠惰も許されない。諸君はただアタシを信じてその職務に邁進すれば良い。考えるな、ただ従え。アタシの部下である以上守るべき事は今の2つだ。以上!」
これが彼女の着任挨拶である。その後、時をおかずに彼女は警備隊30名を連れ街の巡視に出かけていった。
彼女はそもそも真っ当すぎるほど真っ当な騎士だ。
若い頃はその美貌と武勇、そしてその慈愛の心から『エミリウスのバラ』などと称えられたりしていた。しかしそのバラはある事件を境に花の成長を止め、トゲばかりが大きくなっていく。彼女は夫に裏切られたのだ。
その夫は男爵家の次男で、騎士階級の彼女には似合いの相手だった。しかしその男はよりにもよって召し抱えていた下女の手を取り、西の共和国に亡命してしまう。彼女にはなにも断りの無いままに。いまだ子供を持っていなかったのが唯一の救いだっただろう。
この事件は純粋だった彼女の心を深く傷つけた。その日以来彼女は下層民に哀れみを与えること無く、厳しい弾圧を与えていく。情けをかけて召し抱えてやった下女が恩ある自分を裏切り、夫を寝取ったのだ。下賤な輩には恩義など通じない。奴らは動物と何一つ変らないのだ。
この日、マーベル率いる警備隊は敢えて貧民がたむろする一角に向かい、路地に座る物乞いや、たかってくる子供達を纏めて街から放り出した。明日からはこの通りに戻ってくる貧民共を鞭で叩くことが日課となる。
顎の長い副官が何か言いかけて辞めるのを視界の端にとらえた彼女はご機嫌だった。
そう、あの男は何も出来ないくせに甘ったるい理想論を奏でたがる。以前はよく食ってかかってきた物だ。その度に「ではアンタが何とかしてやるんだね。」と言ってやる。いくら慈悲の心があっても数十人の無気力な人間を喰わせ続けられるはずが無い。
最近では己の力を悟ったのか、彼女のやることに文句を言わなくなっていた。同情などなんの役にも立たないのだ。そのことに気付かず一切れのパンを与えて自己満足に浸るのはもはや犯罪と言って良いだろう。
翌日、精力的に街を見回る彼女の目に不快な物が映った。猟犬の描かれた扉から次々と人相の悪い男共がはき出されていたのだ。
「あれはなんだ? 」
彼女は不愉快な声で副官に尋ねる。
「あそこは賞金稼ぎギルドでしょう。あの扉の絵は『猟犬エドワード』の紋章です。マーベル殿も彼の名はご存じでしょう? 」
「ああ、薄汚い野良犬どもを集めゴミを食い散らかしていると評判のエドワードか。」
「そういう言い方はよくありませんよ。彼らの活躍でこの近辺の治安は保たれていると言っても過言ではないのですから。」
「それは今までの話だ。アタシが着任した以上、あんな野良犬共の力など必要ない。」
「そうは言ってもこの国境地帯にはびこる山賊の数は膨大な物です。昨今は隣国、ヴァレリウス王国の政情不安もあって多数の住民が賊徒に身を落としたと聞いています。あなたにどれほどの武勇があったとしても、ここの警備隊の人数ではどうにもならない。」
「それを何とかするためにアタシ達がいるんだろうが、アンタの仕事はその長い顎を動かすことじゃなく、脂ぎったその頭で考える事だ。出来ないなら金物屋への転職をお勧めするよ。」
「最善を尽くします。」
「まあ、それはともかくとして挨拶くらいはするべきだろう? ほんのわずかな間とは言え同じ街で暮らすんだ。礼儀は守っておかないとな。」
すでに彼女の中では賞金稼ぎどもの追放が決まっていた。
扉をノックした彼女の前に出てきたのは、不機嫌な顔を隠そうともしない灰色の髪の男だった。
「なんだい、アンタは。押し売りなら間にあってんだ。とっとと帰んな。」
「アンタはアタシの格好をみて押し売りだと思うのかい? アタシはマーベル。新しいここの警備隊長だ。分かったらとっととエドワードの所に案内するんだ。」
「あー、エドワードのじいさんなら出かけてるよ。明日にでも出直してくれ。」
扉を閉めようとする男を押しのけマーベルは建物の中に入っていく。
「思ったより小綺麗に片付いているじゃないか。エドワードがいないんなら代わりの責任者の所に連れていくんだ。アタシもそうそう暇じゃないんだよ。」
「代わりの責任者ねぇ。ま、それっぽいのは居るには居るが。会うことはお勧めしねーな。」
「居るんじゃないか。アンタはもったいぶらずにそいつのとこに連れてけば良いんだよ。」
どうせ目的は恫喝なのだ。ある程度の立場の者なら誰でも良かった。
「アンタがそれでも良いっていうなら良いけどよ。俺様はちゃんと警告したからな。後で文句いうのはナシだぜ? 」
「ああ、もちろんだ。」
マーベルは副官のみを伴い灰色の髪の男の後についた。
「おーい、アシュレイ。お前に客だぞ。」
「バーツか、丁度退屈してたとこだ、入ってもらってくれ。」
「ほら、ここだ。言っとくけどホントに後悔してもしらねーからな。」
そう言うとバーツと呼ばれた男は関わり合いを避けるように2階へと消えていった。
「何の用事かは知らないがよく来てくれた。ま、そこに座ってくれ。今冷たい物でも持ってこさせよう。クマ、誰か捕まえて用意させてくれ。」
アシュレイと呼ばれた美しい男がそう言うと、隣に居た赤髪の大男がめんどくさそうに部屋を出て行った。
「ま、難しい話は飲み物が来てからだ。アンタも吸うかい? 」
と葉巻を進めてくる。彼女は葉巻が好物だったので遠慮無くもらう事にした。副官は煙たそうに手を振って断っていた。
「ああ、コイツはこの脂ぎった髪に引火するとまずいんだ。髪が燃えたら鍋を磨けなくなるからな。」
「そりゃ大変だな。よかったらここの鍋も磨いてくれないか? 」
はははと笑うふたり。一人渋面を作る副官は嫌な予感がするのをヒシヒシと感じていた。大男が戻り、アシュレイの隣に座る。ほどなくゴロツキガ現れ、テーブルによく冷えたお茶を置いていった。
「で、一体何の用だ? 」
「アタシは新しくここに赴任してきた警備隊長でマーベルと言う。アンタ達に一言挨拶をしとこうと思ってね。」
「そりゃ大層なことだ。暑い中ごくろうだな。」
「アタシがここに来た以上、賞金稼ぎなんて名乗ってるゴロツキには容赦しない。アンタらも首を洗って待っとくんだね。」
「あー確かにああいう連中はビシッと言ってやった方がいいな。アンタみたいな立派な警備隊長が来てくれてよかったよ。」
何を言っているのだこの男は。彼女は軽い混乱を覚える。
「アタシはアンタらと言ったんだが。」
「え?だって俺、賞金稼ぎじゃないし。あんな連中と一緒にしないで欲しいんだけど。なあクマ。」
「ホンマやで。ワイらはあんなカスみたいなんとちゃう。」
クマと呼ばれた大男は腕組みしながらそう答える。
「だってここは賞金稼ぎのねぐらだろう? 関係無い奴がなんでこんな良い部屋にふんぞり返っていられるんだ? 」
「そこは説明すると長くなるから割愛だ。言ったように俺は賞金稼ぎじゃないから此処の連中が追放されようが縛り首になろうが知ったことじゃないんだ。だからアンタは自分の職務ってのをやってりゃいいんだよ。」
「アンタはそれでいいのか? 」
「良いも何も捕まるってのは何らかしら法に触れてるからだろ? 法に触れた連中を取り締まるのがアンタの役目だ。そういや昨日貧民街の連中を追放したのもアンタかい? ありゃいいね。スカッとしたよ。貧しけりゃ貧しいなりになんかすりゃいいのにボサッとぶっ座ってやがって。はっきり言って目障りだったんだよね。」
この時マーベルは自分の正義を認めてくれたこの男に好感を抱き始めていた。
「やはりそう思うか。アタシも常々そう考えていたんだ。なのに分かってくれる奴なんかは何処にもいないんだ。」
「そうなのか? 正しい事だと思うがな。小銭やパンを投げ与えて自己満足に浸る連中に比べたら100倍ましな措置だと思うぞ。
まあ、わから無い奴に何を言っても無駄さ。そこの兄さんがそのゴキブリみたいに光った頭をしているのと一緒だな。」
「なるほど、よく分かる例えだ。今日は有意義な一日だった、職務があるのでこれで失礼するがよければ警備本部にも顔を出してくれ。実は良い葉巻を手に入れてな。アンタになら分けてやっても良いぞ。」
「そりゃ魅力的だな。分かった、明日の昼過ぎにでもたずねるよ。」
「では失礼する。」
マーベルは心地よい充足感に包まれていた。自分を正当に評価してくれる人間が居る。そのことは彼女の歪んだ正義感にいっそう火をつけた。
「なあ、だんさん。」
「なんだ? 」
「だんさんには珍しいリップサービスやったけど、なんか考えとんの? 」
「ああ、彼女は善良な人だよ。ただちょっと歪んでるだけさ。その歪みをうまいこと使って此処での生活をより楽しい物にできるかなって。」
「まあ、そりゃ楽しい方がええけどあんな頑固そうなオバハン、うまいこと操れるんか? 」
「操ろうとするからだめなんだ。ちゃんと彼女の理想を実現し、街にとっても利益があって、その上俺達が儲けられるような話をしなきゃならない。ま、向こうの出方しだいだけどな。」
「さすがだんさんやな。ワイには考えもつかんことや。」
「ま、全ては明日だ。それよりどうだ? そろそろ一杯やりにいかないか? 」
「そりゃええのう。んじゃワンコロ呼んでくるわ。」
「ああ、頼む。」
夏の日差しが夕闇に変わるころ、俺たちはいつものように酒場に繰り出した。