表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/16

The road to the king


 その頃、スフォルツア領に滞在しているレイラの元にロベルト率いる親衛隊が合流していた。

 豪華な調度品が並ぶリビングにはスフォルツァ男爵であるエミリオ、その妹で親衛隊長のレイラ、そして西の砦から部隊を率いてきた小隊長のロベルトが顔を揃えていた。

 王都からの早馬はレイラの下に届いており、いくらかの情報は彼女も把握している。


「ではロベルト、王子は無事なのだな? 」


「はい、バーツ副長がついているので万が一のことはないでしょう。」


「そうか、それはなによりだ。」


 レイラはホッと息をつく。彼女はアシュレイの事が心配で堪らなかったのだ。


「で、王子よりお二人に手紙を預かってきております。」


 ロベルトは恭しく手紙を差し出す。エミリオ宛が一通、レイラ宛が一通だ。


 レイラは奪い取るように手紙を受け取ると、鷲の刻印が刻まれた封を切る。そこには夢にまでみた愛しい男の筆跡があった。


 親愛なるレイラへ


 ロベルトがこの手紙を君に渡す頃には、王都の異変も君の耳に届いていることだろう。

 俺はバーツと共にしばらく身を隠す。もちろんロマーニャ公爵の思い通りにならない為だ。君や、君の兄上のところにも宰相派の貴族から圧力がかかるだろうが、無理をせず、大勢に従って欲しい。ここで何より大切なのは君たちの命なのだから。俺にはバーツもついているし、どこに行ってもそれなりにやっていける自信がある。だから君は俺のことなど心配せず、兄上であるスフォルツア男爵とロベルトたち親衛隊を活かす事だけ考えて欲しい。


 スフォルツア男爵には別途伝えるが決して早まってはならない。一時の屈辱は甘んじて受けるべきだろう。それが貴族、人の上に立つものの使命なのだから。とは言え、君にしばらく会えなくなったのは寂しい。しかしこの場合やむ負えないだろう。

 遠い空に君の元気な姿を想像して、日々を送ることにしようと思う。いつか再会出来た時に君の元気な姿を見れるよう、健康には十分留意してくれ。


 繰り返しになるが、君に頼みたいことは兄上の力になることと親衛隊の面々の安全の確保だ。ロベルトは頼りになる男なので何事も彼に図って行動するように。


 いつか再会できることを願って


                           アシュレイ・ヴァレリウス


 読み終わったレイラの右目からは涙が溢れていた。

あの王子が自分を気にかけてくれている。自分を頼ってくれている。その事実は心地よく彼女の心を侵食する。


 その姿をニヤニヤしながらみていた兄とロベルトをきつい眼差しで睨む。彼らは慌てたように目をそらし、テーブルに置かれたお茶へと手を伸ばした。


 兄に手紙の内容を尋ねるとやはり無理をせずに大勢に従えと書いてあるという。実はここ数日、宰相派の貴族から圧力を受けており、態度を保留していたスフォルツア家にとって、この手紙は方針を決める決定打となった。


 レイラはロベルトといくつか打ち合わせを行ったあと、自分の部屋に引きこもる。


 手紙を胸に抱きしめる。愛しい人の無事と、自分に対する思いを確認できた彼女の心は幸福に満たされていた。

 しかし、人間とは欲深きもの。彼女はこの状況で自分が彼のそばにさえいれば、彼を独占することができるのでは? と思い立つ。

 彼はもはや王子といっても肩書きだけで、自分のような身分の低いものが隣にいても咎めるものは誰もいないだろう。


 王子の意向はいまだわからないがどこかの国に亡命するなら自分もついていきたい。

 不安と孤独に苛まされる彼を自分が包んでやりたい。そうすれば彼の目には自分しか映らないはずだ。そう、あの整った顔も、憂いを帯びた目もすべて自分だけのもの。

 この左目と顔の傷はいまさらどうしようもないが傷のない右の顔と引き締まった体には密かに自信があった。そのへんの貴族の娘には負けてない。胸だって小さいわけじゃない。彼を虜にできる武器は備わっているのだ。


 彼女の不自然なまでに抑圧されてきた女の部分が留まることを知らずに妄想を掻き立てる。

 あの王子を自分だけのものにする。そんな夢想が現実感をおびてくる。

 その夢のカケラとも言うべき銀のペンダントを握り締め彼女は多幸感の中、眠りについた。



 夕方、街に着いた俺たちは宿を取り、風呂に入ったあと酒場を訪れる。久しぶりの風呂は心地よく、こわばった体をほぐしてくれた。


 酒場ではテーブル席に3人で座り、エールと言うビールに似た安い酒を飲んだ。俺が一杯飲み終える頃にはクマは3杯目を注文していた。


「ところでよぉ、さっき言ってた賞金稼ぎの話だが、」


 バーツが口の周りについた泡を舐めながら切り出した。


「ああ、お前は反対なのか? 」


「いや、反対ってわけじゃねーんだが、賞金稼ぎの連中てのはあんまり評判が良くなくてな。」


「お前らだって傭兵だったんだろ?たいした違いがあるようには思えないんだけど。」


「だんさん、傭兵っちゅうのは誇り高いもんなんや。戦場っちゅう舞台で全力を尽くして戦う。その代償として金をもらう。もちろん裏切りや卑怯な真似は禁物や。仲間から相手にされなくなってまうからな。傭兵っちゅうんは一人じゃできないからいろいろ縛りがあるんや。」


「クマがいま言った通りだ。だから俺様たちは評判を大事にする。しかし賞金稼ぎの連中ときたらい仲間内でも殺し合いしてるっつうどーしようもない奴らが多いんだ。ま、ゴロツキに毛の生えたようなもんだろ。」


 俺の中ではバーツ=ゴロツキだったのだが口にしない方がいいだろう。またいじけられてもめんどくさい。


 そんな時、隣のテーブルからヴァレリウスの近況を話し合う声が聞こえた。俺たちの中では一番聞き上手なバーツに情報を集めさせる。バーツは嫌がったが、お前が一番カリスマがあるとかなんとかクマと二人でおだてると満面の笑みを浮かべ、カウンターに向かっていった。情報を集めるなら女将からか、こういうところは便利なやつだ。


 俺はクマとバーツの悪口を肴に飲んでいたが、向こうで飲んでいる人相の悪い男に目が止まった。その男は葉巻を吸っていたのだ。


「なあ、クマ、お前タバコって吸ったことあるか? 」


「ワイの生まれ育った共和国にはなんでもあるからなぁ。もちろん吸ったことあるで。」


 この男の共和国自慢はややうざい。その共和国とやらがこの大陸で一番進んだ所だと心から思っているようだ。


「で、タバコって高いのか? 」


「そりゃ物によってちがうわ。パイプで吸う刻みたばこなら安いはずやで。」


「んじゃあの男の吸ってる葉巻は? 」


「あー、葉巻はそこそこ値段が張るなぁ。銀貨1枚はするんちゃう? 」


 一本1000円か。確かに高い。でも吸いたい。俺はその人相の悪い男が咥えた葉巻から目が離せなかった。


「なんだテメー、ジロジロ見やがって。ああん? 綺麗な顔した兄ちゃんだなぁケツでも掘って欲しいってか?」


「あー、あんたには用はないんだよね。その葉巻が気になってるだけで。」


「ガキが生意気言ってんじゃねーよ。母ちゃんのおっぱいでもしゃぶってんのがお似合いだぜ。」


 ガハハと下品に笑う下品な男。なんというありきたりなセリフなのだろう。


「おまえこそブサイクなくせに生意気だ。その葉巻が悲しくて泣いてるぜ? 」


 ついつい言い返してしまうのは俺の昔からの悪い癖だ。絡まれると無視できない。


「ああーん? 俺が誰かわかって言ってんだろーな!俺はなこの界隈じゃ、」


 セリフを言い切る前にクマが男の頭をジョッキで殴りつけていた。


「うっさいんじゃアホが。因縁付けるにしてももう少し気の利いた事言えんのかい! 」


 クマは気を失い倒れた男の懐から金貨の入った袋と何本か葉巻の入った箱をむしり取る。


「これはファイトマネーっちゅうやっちゃな。遠慮なくもろとくでー。だんさん、これがほしかったんやろ? ささ、遠慮せんと一服つけたらいいんや。」


 クマはホント人の心の機微っていうのがわかる男だ。


「ああ、そうさせてもらう。悪いなクマ。」


 俺は葉巻に火をつけると深く吸い込んだ。久しぶりのタバコだ旨くないわけがない。クマにも一服付けさせ、奪った金貨があるのでどんどん酒を注文する。


「おまえら、こいつに何しやがった! ちと顔を貸してもらおうか。」


 お仲間の登場だ。今の俺には彼らが財布にしか見えない。でも酒がうまいしここを離れるのもめんどくさい気がする。


「なんや自分ら、こいつの連れかいな。こいつをやったんはバーツとかいう灰色の髪の男や。まだそこらへんにいると思うで。」


「そうか、勘違いしてすまなかったな。」


 男たちは気絶した男を抱え、店から出ていった。

 俺とクマは顔を見合わせクククと忍び笑いをもらし、葉巻の紫煙をくゆらせた。その夜はしたたかに飲み、奪った金貨で支払いを済ませると宿に戻った。


 宿は安く済ませるため3人一緒の大部屋だ。


「おっせーなー、バーツの奴、いつまでかかってんだ。」


「まあ、あんなワンコロおらんでもどうっちゅうこともないやろ。」


「あいつがいないとメンドくさい事やるやつがいなくなるだろ?クマ、お前、情報集めとかできんのか?」


「そりゃ無理な話や。話聞き終わる前に殴ってまいそうや。」


「だろう? 俺もそういうのは無理だな。知らない奴に話しかけるとかめんどくさすぎ。」


「そう考えるとあの犬コロも必要やな。さすがだんさんや、考えが深いのう。」


「まあな。」


 二人の社会不適格者はこうしてバーツの重要性を認識した。


 その時バーツが戻ってきた。但し、服はあちこち破れ、顔にも殴られたような痣がある。


「よう、おかえり。どした、どっかで派手に転んだのか?」


「いや、何か知らねーけど賞金稼ぎの連中がいきなり襲ってきやがってな。仲間の仇だのなんだのわけわかんねーこといてるから、全員殴り倒してきたとこだ。お前ら無事だったか? 」


「そりゃー難儀やったな。元々賞金稼ぎなんていう連中は碌なもんやないからな。」


「それより情報の方はどうだ? 何かわかったか? 」


「ああ、ヴァレリウスの方は静かなもんさ。何事もなかったようにロマーニャ公爵が仕切ってやがる。どうやら逆らった貴族は誰もいないみたいだな。対抗馬と思われたカスティーユ公さえ、今のところ沈黙を保ってるって話だ。」


「マジか、あれほどよくしてやったのに誰も王家の味方しないとかありえねーだろう? 」


「アンタさぁ、今までの行い振り返ってみろよ。一月やそこら、いい人気取っても誰もついてくるわけねーだろ。」


「せめてさぁ、中立を保つ奴がいてもいいんじゃね? 」


「いやぁ、まったくいないね。気持ちいいほど綺麗さっぱりみんな宰相派だ。アンタの味方なんかいやしねーよ。ま、予想通りって奴だ。」


「……ごめん、ちょっと泣いていい? 」


「なんや話が見えんのやけど。なにがどうなってるんや? 」


「ああ、クマは知らねーんだったな。実はなこのアシュレイはヴァレリウスの王子だったんだ。お前も聞いたことあんだろ? 『銀鷲』って。それがコイツさ。」


「だんさんがあの『銀鷲』? そりゃまた意外やなぁ。で、その王子がなんでこんなとこに一文無しでうろついとるんや? 」


「まあ、わかりやすくいうとコイツは王子を首になったんだ。嫌われすぎて国から追い出されたのさ。クマ、お前だってコイツが自分の国の王様だったら嫌だろう? 」


 ニヤつきながらそう言うバーツの頭をひっぱたく。クマはいつものように腕組みをして考えていたがその顔はとても嫌そうだった。


 俺は自分の無力さを痛感する。いい人作戦はあれほど順調に思えたのに。貴族たちが俺に向けたあの笑顔は所詮一時の物だったのだ。

 俺はこの夜ひとつの決意をする。この世界は所詮力が物を言う。力こそ正義、ジャスティスだ。会社でたたき込まれた処世術など何の役にも立たなかった。もういい人を気取るのはやめよう。明日からは思うがままに生きてやると。


その夜、俺は枕を涙で濡らし眠りについた。


「あーあ、ついに追い出されちゃったねぇ。」


 馴染み深い六畳一間のボロアパート。心なしか綺麗に片付いている。俺は座布団に腰を降ろし、出してくれた麦茶を一気に飲んだ。


「それもこれもお前のせいだろうが!よくそんな人ごとみたいに言えるよな。」


「あはは、何言ってんだよ、直接の原因は君じゃないか。『アシュレイの懲罰』だっけ? 思い切ったことしたよねぇ。」


「……あれは不可抗力って奴なの。そもそもお前があのおばさんに憎まれてなきゃこんな事にはなってないだろ? 」


「あはは、そうかも知れないね。まあ、過ぎたことはしょうがないよ。で、どうするつもりなの? 」


「あー、まあ適当に生きていこうかなって。仲間もできたことだし。つか、お前なんでいろいろ知ってんの? 」


「ああ、神様の使いがたまに報告してくれるんだ。基本的に僕の役目は君に助言することだからねぇ。状況が分からなきゃ助言もできないだろう?」


「なに、俺って見張られてたの? なんかそういうのって気分的に良くないよなぁ。」


「まあ、しょうがないじゃん。相手は神様なんだし。でね、その神様からの伝言なんだけど。」


「何だ、一体。」


「うだうだ過ごすのはダメらしいよ。どうにかして王になって、宗教を作れだって。」


「あー、そんなこと言ってたな。でも状況は最悪だしなぁ。もし出来なかったらどうなるわけ?なにかペナルティとかあるの? 」


「うん。僕たち二人共天罰を喰らうって。神様って結構Sっ気多いみたいなんだよね。」


「ちょっとまって! 天罰とかやばいよね。雷とかバリバリ落ちそうだもの。火炙りとかされそうだもの。ねえ神様に天罰はやめてって言ってくれよ。」


「まあ、しょうがないじゃん。神のご意思ってのに逆らえるわけないし。あれだよ、ちょちょっと頑張れば王なんてすぐなれるさ。」


「なれるわけねーだろーが、今の俺は無職なんだよ。無職から王ってどれだけハードル高いか分かってる?もう、見上げても見えないくらい高いからね。」


「そのへんはうまくやってよ。僕は何もできないんだから。あ、そろそろバイトの時間だ。いかなくっちゃ。んじゃがんばってねー。」


「ちょ、ちょっとま、」


 目を覚ますとベッドの上だった。となりのベッドからはクマのイビキが聞こえる。

 なにあいつ、深夜のバイトなんかやってるわけ?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ