Ⅲ 目覚めた先は
「紗菜っ!!」
「兄さんっ!!」
学校が終わった後の下校途中。いつも遊んでいる友達がみんなそれぞれ用事が重なっていたので、普段よりもうんと早い時間に下校していた私は偶然にも双子の兄である日坂悠翔に出会った。
兄さんと一緒に帰るのは実に小学生の時以来なんだけど、その途中で奇妙なことが起きる。
最初早くに異変に気付いたのは兄さんだったんだけど、その異変は目に見える形で私たちの目の前で現れた。
それは、そう。まるで空間そのものが揺れ捻じ曲がるかのような錯覚を感じる。
瞬間、私は無意識の内に兄さんに手を伸ばしていた。兄さんも私に向けて手を伸ばすけど、お互いの手が触れることはなかった。むしろどんどん離れて行っているようにも感じてしまう。
意識は朦朧としていき、ついに私の意識はぷつんと、糸が切れたかのように落ちていった。
*
――とても、懐かしい夢を見ている気がする。これは、そう。確かまだ私と兄さんの仲が良くなかった時の記憶だ。
いつも遊んでいる場所とは違う、木々に囲まれた広場。それは兄さんが遊んでいた時に偶然見つけた場所らしく、いつも自慢げに話していたのを覚えている。
その日も私に向かって自慢げに話してきた兄さん。この時の兄さんの言葉に苛ついた私は「そこまで言うなら見せてよ!」と、怒鳴ったのだ。すると兄さんも私を驚かせてやろうと思ったのか、私の手を引っ張ってぐんぐん目的地まで向かっていった。初めて繋いだその手に妙な熱さを感じつつも、無事その場所についた私は言葉を失った。
――そこには、大樹がそびえ立っていた。
直径百メートル近くはあるんじゃないかと言えるくらい大きく、存在感のある樹。どうして今まで気づかなかったんだろう、知らなかったんだろうと思ってしまうほどにこの大樹は目立っていた。
あまりの雰囲気に呆然と突っ立っていた私に兄さんは、笑いながら私の頭を軽くポンポンと叩いてから嬉しそうに口を開いた。
「ここはね、何でも一つだけ、願いを叶えてくれる場所なんだって!」
「……誰かに聞いたの?」
「うん」
「それって、誰に?」
「んーとね――」
――女神様だよ!
*
「んぅ……」
体に若干気怠さを感じつつ、私は上体を起こした。起きたばかりでぼやけて定まらない視界の中、まさに今までに見ていた懐かしい夢を思い出す。
「女神様、か」
あの日、その後のことはよく覚えていないけれど、確かに兄さんはそう言っていた。女神様なんてそんなもの、いるはずもないのに。
まぁでも、あの頃はまだお互いに幼かったのだ。それに今の兄さんからは考えられない言葉なだけに、少し微笑ましくも感じる。
それにしても……
「……ここ、どこ?」
私の目の前に広がるのは辺り一面やけに丈の長い草が生えている、言うなれば草原と言い表せるような場所。先程までは確かに兄さんと一緒に住宅地を歩いていたのに……
「……って兄さん!?」
そうだ、兄さん。周りを見渡しても兄さんどころか人一人おらず、果てしない草原の中に私だけがぽつんと存在している。試しに自分で頬を思いっきり抓ってみても目は覚めず。正直信じられないことだけど、どうやらこれは夢ではないらしい。
こんな訳の分からない場所にいる原因はおそらくさっき突然起きた歪みみたいなものに間違いはないんだろうけど……
「あー、もう! こういう頭使うのは兄さんの役目なのに!」
どうしようもない不安を不満にして叫ぶことで何とか怖い気持ちを紛らわせようとする。
……にしても兄さんがいないということは、まさか私だけこんな変な場所に来てしまったということなのだろうか。
――と、視線を後ろに移したとき、何やら奇妙なものが見えた。
大きく、高くそびえ立つ壁のような物。そしておそらくその壁の中の中心にあるだろうと思われる、大きな城のような建物。
そこから考えうるものを普段使わない頭を使った結果、ピンと来た。ピンと来てしまった。
「まさか……テーマパーク!?」
一度口に出してしまうとあら不思議。もう何を言おうとそうとしか見えなくなった。と言うか絶対そうだ!
冴え渡る私の頭脳。これは私のことを脳筋脳筋と馬鹿にしていた兄の頭脳を上回ったに違いない。
ふっふっふ……。そうと分かれば臆することは何もない。何でこんな草原にあるのか。というかそもそも何で私はここにいるのかとかは今は置いておいて、先程までの鬱屈とした気分をあそこで思いっきり発散するしかない!
――いざ行かん、遊園地!!
*
――と、テンションメーターが振り切っていた時期が私にもありました。
門らしきところに近付くと、そこには甲冑と言うか鎧と言うか、とにかくごつい男が二人が門番のような形で立っていた。作りがやけにリアルだからと中のアトラクションの期待度も高まり門番さんに意気揚々と話しかけたのだが、その門番二人は私の存在を確認するなり警戒した面持ちで立ち塞がったのだ。
「貴様、止まれ」
「……見ない格好だな。どこから来た?」
何やら不穏な空気が流れるが、私は入場審査みたいなものかなと思い素直に答える。
「都心からですけど」
「都心……。そうか、帝都から来たのか。ならいい、通れ」
先程までの警戒はどうやら解かれたようで、私は案外すんなりと門の中へと通される。
正直帝都とかなんのこっちゃと言った感じだが、今はもうどうでもいい。これでやっと遊べるわけだ。
どんなアトラクションがあるのかとワクワクしながら進んでいくと、そこには信じられない光景が飛び込んできた。
中にあったのはアトラクションではなく、ましてやテーマパークなどでもなかった。
「……街?」
幾つも広がるレンガ造りの、まるで外国にあるような外観の家々が連なっている。そして一番に驚くのは街中を歩いている人だ。皆がローブを羽織っており、肌や髪、瞳の色ですら多種多様。いやでもそれだけじゃない。その場で呆然と突っ立っていると目の前をドローンをもっとSFチックにした飛行する機会が右往左往している。
……そういえばアトラクションが楽しみすぎてスルーしていたが、あの門番の持ち物も変だった。
ごつい鎧はそういうテーマパークの仕様なんだろうと気にしなかったが、腰の部分に掛けられていた黒と灰の球体。大人の拳一つ分くらいの大きさのあれはいったい何だったのだろうか。
そうして考えようとしたが、考えが中々纏まらず、というよりは何を考えればいいのかもよくわからず知恵熱で頭が少しくらくらしてきた。これじゃあ常日頃から兄さんに脳筋呼ばわりされても仕方がないなと思ってしまう。
兄さんのことを考えたからだろうか。私は不意に以前兄さんが言っていたことを思い出した。
『物事において、状況判断するにあたって必要なのは情報だ。知らないのと知っているのとではその事柄での優位性がかなり変わる』
「情報、か……」
……そうだ。何もわからないなら、聞けばいい。
日本語しか話せないし理解できない私が明らかに外国人の風貌をした人達と会話できるかは怪しいところだが、さっきの門番の人には通じてたし、何より伝わらなくてもジェスチャーとか気持ちで通じるはず! そう! 人類皆兄弟!!
根拠のない自信で私は早速歩いている人達から情報収集することにした。
ちょっとだけ忙しい日々が続いて更新遅くなってしまいました……。それはさておき、最近少し肌寒くなってきましたね。日没時間も早くなってきましたし。この調子だと冬なんてあっという間なんだろうなぁ。皆さんも風邪ひかないように気を付けてくださいね!
さて、次回も引き続き紗菜視点のお話です。多分次回も含めてあと二回は紗菜視点が続くかも。
ではではまた次回。